麦わらの副船長   作:深山 雅

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第118話 恨みの矛先

 山に帰りたい……ダダンすら懐かしい……。

 

 エースとの話し合いが終わってから、俺は部屋の隅で床にのの字を書きながら蹲っていた。もうさ、キノコ栽培しちまってもいい? ってか、このままだとここ、苔生すんじゃね?

 ええ、イジケまくってますが何か? 怒りを発散しつくしてしまったら、後に残ったのは途方に暮れたような感覚だった。

 

 エースからは、2~3年前とやらに何があったのか事細かに聞き出した。

 あり得ねェ……あり得ねェよ……何で……何で俺は、こんなややっこしい人間関係の真っただ中にいるんだ?

 いや、関係がややこしいだけならいいんだ。1つ1つ消化していけばいい。

 関係がややこしい上に、関係者がアレらだから一杯一杯になるんだ。何であっちもこっちもバケモノだらけなんだ!? 俺はこんなに平凡なのに!

 

 往生際が悪いのは解ってるよ。俺ってば見苦しいよね。

 でもさ、ちょっとぐらい殻に閉じこもってもいいじゃん。

 俺はそもそも、波風立たない平穏な人生を送りたいと願っただけだったのに……いや今となっちゃあ、頂上戦争に関わろうとか考えてる時点で初めから無理な願いなんだろうけど。

 

 聞こえない。そもそも、祖父ちゃんの孫(そしてルフィの親戚)として産まれた時点で『平穏』なんてものとは程遠い人生になるの確定だったんじゃね? 的な心の声は聞こえない!

 と言うより、それだけでも大変なのに……何で、それ以外とも関わらにゃならんのだ。

 何だかんだ言っても、もう諦めてる。さっきも言ったけど、頂上戦争に関わるって決めた時点で真の平穏は諦めた。全く波風立たない人生は、諦めたよ。

 

 でも……ダメですか? 少しでも立てる波風を小さくしたかったと願うのは、そんなにいけない事ですか?

 せめて情報の拡散ぐらいは最小限に留めたかった……! それが何で、ロックオンされるようなことに……。

 俺には、会う・会わないの決定権が無いのかよ!

 

 バレる可能性が高いとしたら、頂上戦争の時だろうなと思ってた。でもその時は他にも色々な衝撃があるだろうし混乱もしてるだろうしで、何とかすれば逃げられるだろうと高を括ってたんだ。それなのに……よりによって、事前に……。

 神は一体俺に何の恨みがあるんだ!  ……って、からかい倒しましたねそういえば。え、何? これ自業自得?

 ……そうか。俺が悪いんだな。ああいいよ。もうそれでいいよ。結局はなるようにしかならないんだ! 開き直れ、俺! でないと山に帰りたくなってくる!

 もうそれしかない! いくら俺が出くわさないように立ち回ろうとしたって、あっちに狙いを付けられたら意味無いもんな!

 

 何だろう、今なら何でも出来そうな気がする! もうさ、『小さい方』って言われた屈辱を晴らしに行ってもいい!? ストーカーと元凶に!

 …………………………ごめんなさい、調子に乗りました。ストーカーはまだともかく、元凶は無理です。俺はそんなことが出来るようなバケモノじゃありません。

 

 けどさ。やる・やらないは別として、開き直ったついでに俺もう、恨んじゃっていいかな? いいよね? 誰か『いいとも~!』って言ってくれ、って心の中でシャウトしたって誰にも聞こえねェよ!

 今まではそれ以上に『顔を合わせたくない』って思ってたけど、合わせざるを得ないんならもういいよな?

 

 だってこの件に関しては俺、何も悪くないはずだ。

 俺がヤツを恨んで何か問題あるか? ……って、しまったルフィの命の恩人だった! ということは恨んじゃいけないのか!?

 …………………………よし、落ち着こう。ちょっと暴走しすぎたな。恨み辛みからは何も生まれない。広い心でいよう。

 

 どの道、会わざるを得ないんならルフィの礼を言わなきゃいけない。その為に平常心を保つんだ!

 それに、それならそれで1つだけ聞きたいこともあるしね……。

 

 「よし、もう大丈夫!」

 

 本当は全然大丈夫じゃないけど、自分に言い聞かせるために俺はグッと拳を天に突き上げながら宣言した。

 

 「何が大丈夫なの?」

 

 「俺を待ち受ける運命が例えどんなに疲れるものであろうと……って、ビビ? どうした?」

 

 ヤバイヤバイ、うっかり零してしまいそうになってしまった。

 振り返ると、ビビが船内に入ってくるところだった。

 

 「そろそろ、ちょっとカルーに仕事を頼もうかと思って……」

 

 そう言ってビビははにかんだ……あぁ、なるほど。となると。

 

 「それ、俺も頼んでいい?」

 

 「え?」

 

 「アルバーナの国王に手紙を書くんだろう?」

 

 座り込んでいたから起き上がって確認を取ったけれど、ビビは随分と驚いているみたいだ。

 

 「どうして解ったの?」

 

 原作知識です……とは言えない。まぁ、例えそんなものが無くたって、これは予測できることだ。

 

 「事が国盗りなんて大事だからね。ビビは王女だし、カルーって足もある。これで肝心の国王に何も伝えないなんてあり得ないでしょ?」

 

 しかも相手が相手だし。

 

 「で、それなら俺も一筆奏上したいんだよ。ちょっと頼みたいことがあってね……」

 

 「頼みたいこと?」

 

 俺の頼みを、ビビはどうやら頭から断る気は無いみたいだ。ただ、その内容は知りたいらしい。それは当然だと思うけど……ちょっと、今はまだ言えない。

 俺は苦笑した。

 

 「大したことじゃないよ。ただ、ちょっと貸して欲しいモノがあるんだ。それが何なのかはまだ言いたくないんだけど……確証は無いから。それが貸してもらえるかも、貸してもらえたとしても上手くいくかどうかも。ただ、何にしたってマイナスにはならないと思う」

 

 例えプラスにはならなかったとしても、マイナスになる可能性は限りなく低い。だからこそ実行しようかと思うわけで。

 

 「ビビの手紙と一緒に、俺が書いた分も同封して欲しいんだ。贅沢を言えば、ビビの手紙の方でもそれに協力してくれるように一言添えてくれたら尚いいな」

 

 俺は顔の前で両手を合わせて拝む。俗に言う『お願い』ポーズだ……あの、ビビ? 何でそんなに疑いの眼差しなの? 

 

 「本当に、無茶な要求はしない? 誰かを脅したり、騙したりしない?」

 

 ………………俺、そんな風に思われてたのか。

 何だよその言い草。まるで俺が悪党みたいじゃんか……って、海賊だから悪党でいいのか。しかもよくよく考えたら、脅したり騙したりってつまり、脅迫や詐欺ってことで……うん、大得意だな。

 って、納得してる場合か!

 

 「しないしない……多分」

 

 断言できない自分が悲しい。けど本音を正直に言ったらますます胡乱な目で見られてしまい、慌てて手を振った。

 

 「でも、少なくともコブラ王を騙したり脅したりする気は無いよ?」

 

 今のところは。後々、色んな事が終わってから何かしら請求する可能性は否定できないが。

 そんな内心は当然外には出さないように気を付ける。するとビビは、それには気付かなかったらしい。代わりに向けてきたのは疑問の籠った視線だった。

 

 「何をするつもりなのか、今は言いたくないと言ったわよね? でも、どうしてその『何か』をしようと思ったのか……それも聞かせてはくれないの?」

 

 何故、か。

 原作知識……とは当然言えないな。

 

 「……俺、ルフィとは長い付き合いなんだ」

 

 「え? えぇ、そうでしょうね」

 

 急に話が飛んだからか、ビビは困惑気味だ。兄弟なんだし、と小さく呟いてる。

 

 「だから、あいつの考えそうなことは大体解る……直感で行動されると予測不可能になることも多いけどね」

 

 それがどうした、という感情を滲ませた気配を醸し出しながら、それでもビビは無言で話の先を促している。

 

 「ビビは、反乱軍を説得したいんだろ?」

 

 改めて確認を取ると、コクリと頷かれる。

 

 「それが成功するにしろしないにしろ、どっちに転んでもルフィのその次の行動は予測できる。んで、そうなった時に『ソレ』があれば助かる。ビビ……俺は、クロコダイルを苛めたいんだよ」

 

 「……は? いじ……?」

 

 ビビは目をパチクリとさせている。

 

 「だって、腹立つし。嫌いだし。でもぶっ飛ばすのはルフィがやりたいみたいだから、俺は苛め倒すぐらいに留めておく」

 

 実際の所はぶっ飛ばそうと思ってもそう簡単にいける相手じゃないだろうけど、どの道ルフィは譲らないだろうからその辺はあまり考えていない。

 

 「それで…………苛めるの?」

 

 おいおい、何だよその変なモノを見るかのような目は。

 

 「うん。」

 

 けどその失礼な視線はスルーして、俺は極真面目な顔で頷いた。本当はただ苛めるだけじゃなくて、反乱を止められないかという思惑もあるんだけど……それはまだ言わずにおこう。ビビって腹芸は苦手そうだから、全てを話したらいざという時に露見しかねない。

 

 「俺ってば根が苛めっ子で出来てるみたいでね。どうにも、嫌いなヤツは苛めたくなるというか」

 

 東の海でも、クロ苛めしたよな~……アレは楽しかった。

 あ、誤解はしないでほしい。一応最低限の倫理はあるつもりだったから、学生やってた前世時代でイジメの類はしてない。

 

 「もしそれが上手くいった時に、クロコダイルがどんな顔をしてくれるだろうと思うと……もう、想像するだけで笑えてくるんだよね」

 

 少なくとも、上機嫌にはならないだろう。

 

 「…………ユアン君、気付いてる? あなた今、もの凄く楽しそうよ?」

 

 あ、そう? 気付いてなかった。

 ビビに指摘され、俺は流石に不謹慎だったかと思い直して1つ咳払いをした。

 

 「まぁ、とにかく……要はクロコダイルを苛めるための小道具が欲しいってわけだよ」

 

 少し強引ではあるけれど、俺はにっこり笑ってそう締め括らせてもらった。

 その後少しの間、思案気なビビと笑顔の俺で見詰め合うことになった。見詰め合うとは言っても、当然色気は無いけどね。

 やがてビビは、1つ溜息を吐くと肩の力を抜いた。

 

 「……解ったわ。少なくとも、父を困らせるつもりが無いのは本当のようだし……私も、クロコダイルは嫌いだもの」

 

 了承の言葉に、俺も人知れず緊張を解いた。

 詳細を明かさないのだから、断られてもなんら可笑しくなかった。だから地味に緊張してたんだよ、これでも。

 でも、これで終わりじゃないんだよな……頼んでも、『アレ』を貸してくれない可能性はあるし。その場合は、また別の手を考えなきゃいけなくなる。

 そんなことを考えていると何となく疲れてきて、俺はクロコダイルの変顔を想像することで気を紛らわせることにした。

 

 

 

 

 そうと決まれば話は早い。

 ビビは女部屋で、俺は男部屋でそれぞれ手紙をしたためる。

 自分から手紙を出すと言い出しておいて何だけど、ぶっちゃけ俺は『手紙を書く』という行為に不慣れだ。これまでの人生ではそもそも手紙を出す相手がいなかった。

 けれど失礼があっては元も子も無いし、あまりに軽い調子でも信用してもらえないだろう。それらも考えたせいか、書き上げた手紙を読み直すと、どうも必要以上に固いというか、丁寧に書きすぎた気がしないでもない。何しろ、『謹啓』で始まって時候の挨拶を経て、本文の後には『謹言』で終わってる。最後には日付まで入れてしまった。しかも、全文敬語だ。

 これだけ読むと、まるで俺がものすごく礼儀正しい人みたいだ……マキノさんの礼儀講座の賜物だろうか?

 海賊が書いた手紙としてこれってどうなの? とも思ったけど、失礼があるよりはずっとマシだろう。そう結論付けて、俺はそれを畳むと部屋を出た。

 そのままラウンジまで出てみると。

 

 「やァ! おれはキャプテン・おにぎりウソップだァ!」

 

 「何の! メシだるさんだァ!」

 

 ルフィとウソップが食料で遊んでいた。おい、そんなことしてたら……。

 

 「テメェら! 食い物で遊んでんじゃねェ!」

 

 ほら、サンジに怒られた。

 ラウンジにはこの3人の他にはエースとビビもいる。ビビも手紙を書き終えたんだろう。エースは……。

 

 「………………」

 

 視線を逸らされた。地味に傷つく。

 そもそもは俺、悪くないと思うんだけどな……喋っちまったのはエースのミスだ。けど、さっきのはちょっとやり過ぎだっただろうか。アレか、オーバーキルってやつか?

 ダメだな、本気で頭に血が上ると前後の見境が無くなってしまう……俺の悪い癖だ。流石に、拷問まではしてないと思うんだけど……そもそも、エースが黙って拷問を受けるとも思えない。

 しかも、俺、その時のことあんまり覚えてない……何だろう、みんなにも何か言ってしまったような気がするんだけど……さっきビビは特にツッコまなかったし、それはまだ許容範囲内だったんだろう、うん。

 

 「エース………………………………ごめん、やり過ぎた?」

 

 この空気も居た堪れないものがあるし、謝っておこう……何で俺が謝らなきゃならないのかちょっと疑問だが。

 

 「何で疑問形なんだ?」

 

 サンジに怒られた後、ルフィと並んで皿洗いをさせられているウソップが疑問の声を上げた。

 

 「いや、だってあんまり覚えてないんだよ」

 

 《覚えてないィ!?》

 

 うわ、何だ!? 驚いた! 何だよみんなして。

 

 「アレを覚えてねェだと……?」

 

 サンジが銜えていた煙草が、ポトリと落ちる。良かった、シンクの中に落ちて。火事にならずに済んだ。

 しっかし、本当に何言ったんだ俺は?

 

 「お、覚えてねェのか? じゃあ、『白ひげ』に飲食代を請求したりしねェよな?」

 

 ウソップ……まるで縋り付くような、懇願するような視線で……って、『白ひげ』に飲食代を請求?

 

 「誰が言った、そんなこと」

 

 「「お前ェだよ!」」

 

 え、俺? 全っ然覚えてない。

 でも、それはそれでいいかも……結構な額に上ったもんな、エースの2食分の食費。

 俺が半ば本気で考えていると、ユニゾンツッコミに参加してなかったルフィが別のことを言い出した。

 

 「あ、そうだ! なァ、『白ひげ』っておれの父ちゃんでもあるのか?」

 

 ……はい?

 

 「何でそうなる」

 

 「何でって」

 

 俺が尋ね返すとルフィは口を尖らせた。

 

 「お前ェがそう言ったんじゃねェか」

 

 へ? 俺が何を?

 俺は視線でエースに助けを求めた。何故エースかというと、ルフィが物事を説明すると要領を得ない話になる可能性が高いからだ。

 そして、エース曰く。俺ってば『だって『白ひげ』はエースの『親父』なんだろ? で、エースと俺は兄弟だ。兄弟の親は俺の親』とか何とか言ったんだって。

 うわ~……何言っちゃってんだろうね俺。

 ヤバいな、本当にブチ切れてたみたいだ。

 

 「ルフィ」

 

 純粋に疑問に思っているんだろう、向けられているルフィの視線に他意は感じない。

 

 「それは、ものの例えってヤツだよ。エースにとって『白ひげ』は親父だけど、俺たちにとっては別に父親的存在じゃない」

 

 「そうなのか?」

 

 そうだとも、と俺は大仰に頷いた。

 『白ひげ』にしてもいい迷惑だろう。面識も無い赤の他人に父親認定されたって。いや、エースというクッションがいるから、完全に赤の他人とも言い切れないか?

 

 「それに、俺は嫌だよ、四皇が父親なんて。絶対に色々と面倒くさいから」

 

 そう、面倒くさい。果てしなく……あれ?

 

 「何で安堵の溜息を吐いてるんだ?」

 

 微妙な顔したエースときょとんとした顔したルフィ。それ以外にここにいる、ウソップ・サンジ・ビビが何故かあからさまにホッとしていた。

 

 「いや……お前が四皇ってェ存在を思い出してくれて良かったぜ」

 

 さっき吸っていた煙草がダメになったサンジが、新たな1本を取り出しながらしみじみと呟いた。

 

 「そうよ。ユアン君ってば急に、『四皇って何だっけ?』とか言い出すんだもの!」

 

 え。そんなこと言ったの、俺。

 うん……きっと、現実逃避してたんだろうな。

 

 「ゴメン、ちょっと混乱してて」

 

 てか、正直に言えば今も多少混乱してるけど。

 

 「………………悪かった」

 

 俺が苦笑してると、エースがまだそっぽを向きながら呟いた。

 

 「そもそもの原因はおれだ。悪かった……役にも立てねェで」

 

 『役に』って言い方は嫌だけど……その通りだよ。

 エースってば自分の持ってる情報を引き出せるだけ引き出されておいて、あっちの情報は結局煙に巻かれてるんだから。しかも、ついさっきまでそのことに気付いてすらいなかった。

 

 「メシ代のこともな。けどおれ、今あまり手持ちが無ェんだ。代わりに何か1つ、何でも言うこと聞いてやるぜ」

 

 ………………うん?

 

 「何でも?」

 

 それはまた大きく出たな。んで、それで手打ちにしようと。

 けど……。

 

 「何でも、なんてそう簡単に言うもんじゃないよ」

 

 特に、俺みたいな揚げ足取りの前ではね。そう溜息を吐くと、エースはムッとしていた。

 

 「何だよそれ」

 

 「俺がもし、『白ひげ』の首が欲しいって言ったらどうするんだ?」

 

 それを言った瞬間、ピタリと周囲の動きが止まった。エースも目を見開いてる。おいおい、そんなに本気になるなよ。

 

 「冗談だ。でも、『何でも』ってのはやめた方がいい」

 

 世の中、無理な事ってのは確かにあるんだから。

 俺が本当に冗談でああ言ったのだと解ったのか、みんなはホッと胸を撫で下ろしていた。

 けど願い……願いか、そうだな。

 

 「『白ひげ』の首はいらないけど……『赤髪』の首なら欲しいかな」

 

 「お前それ、言ってること大して変わってねェぞ」

 

 まだ冗談を続けてると取ったのか、ウソップのツッコミはまだ軽い。

 だが。

 

 「………………オイ、まさか今度は本気かァ!?」

 

 俺が無言で微笑んでいると、ウソップがまたツッコんできた。

 うん、ちょっと本気だ。だって。

 

 「『小さい方』と呼ばれた屈辱……俺は忘れない」

 

 「いや忘れろよ、それぐらい!」

 

 それぐらい……だと……!

 ふん、どうせお前は他人事だからそんなこと言えるんだよ!

 これでも俺は、恨むのは諦めて怒りだけで済ませてるんだ!

 

 「何だよ、ユアンもシャンクス嫌いだったのか!?」

 

 ルフィが目を丸くしている。言外に、祖父ちゃんみたいに、というニュアンスが含まれてる気がする。

 俺は内心は押し隠して苦笑して。

 

 「別に、嫌ってるんじゃないよ。『小さい方』って言われるのが嫌なだけで」

 

 と、当たり障りのないであろうことを言ったのに。

 

 「でも、お前小せェぞ」

 

 俺、コイツ殴っていいか? 何だその無邪気な目は。

 

 「………………まぁどっちにしろ、それをエースに頼む気は無いから。冗談と言えば冗談かな」

 

 スルーしてしまおうそうしよう。

 俺の冗談宣言に、みんなはまたしても胸を撫で下ろしている。

 

 「何か頼みを聞いてくれるっていうなら、今は無いから保留ってことにしといてよ」

 

 というわけで、取っておかせてもらいます。

 

 「保留なァ……まァいいが。それよりお前ェ、さっきはともかく何でドラムでも律儀に払ったんだ? 逃げりゃよかったのによ」

 

 確かに、昔はスタコラ逃げてた。それを知っているからこそ、エースは不思議そうな顔をしている。

 そりゃあ俺だって逃げたかったよ。でもな。

 

 「ちょっと、動けなかったんだよ。病気になっちまったから」

 

 しかも真横でドクトリーヌが見張ってたし。

 あの時のことを思い出して、かなり苦しかったよな~とちょっとしみじみしていたら、エースがガシッと俺の両肩を掴んできた。

 え、あの……何その怖い顔。

 

 「病気だと!? 何で気を付けてねェんだよ、お前は身体が弱ェんだぞ!」

 

 …………………………あ、エースもそう思ってたんだ。ルフィだけじゃなかったんだな。

 俺はまるで他人事のように、ぼんやりとそんなことを思った。もう訂正するのも面倒くさかった。

 けどそれで放置してたら、ルフィまでそれに乗っかってきた。

 

 「エースもそう思うだろ! なのにこいつ、治療はしねェし雪山で寝るし!」

 

 「雪山で寝ただァ!?」

 

 げ、それは違うだろ!

 

 「別に雪に埋もれたわけじゃないって! 暖かい屋内でベッドに入って寝たんだ!」

 

 いくら何でも、雪山で直接寝たりはしない!

 俺がそう説明すると、エースは何だそうかと安堵の息を吐いた……ルフィは納得しなかったけど!

 

 「同じだろ! 雪国で寝たら死ぬんだぞ!」

 

 まだそんなこと言ってんのかお前は!

 

 「ルフィ……そりゃ違ェだろ」

 

 エースも呆れてるよ。そりゃそうだよな。けどルフィも譲らない。

 

 「だって昔、そう聞いたんだ!」

 

 まるで駄々っ子だ……いや、ルフィが駄々っ子なのはいつもか。

 

 「あー……お前ェ、騙されてんぞ」

 

 「何!?」

 

 エースが言い難そうに告げたら、ルフィは『がーん』という擬音が背後から聞こえてきそうな状態になっている。やっと理解したか、騙されてたって。

 ルフィはちょっと考えると、とても悔しそうな顔をして地団太踏んで叫んだ。

 

 「あー!! またシャンクスにからかわれてたァ!!」

 

 「…………………………………………へェ~…………………………」

 

 よし、恨もう。恨むのはやめようと思ったけど、やっぱり恨もう。例えルフィの命の恩人でも、恨もう。

 

 てか、やっぱりか! 何でこうも嫌な予感ばかり当たるんだ!

 余計な事ばっかり……! おかげで俺は、病身なのに安眠できなかったじゃねェか! むしろ意識が回復した後、叩かれまくったせいか顔が痛かった!!

 

 『恨んでいいかな?』という問いに、『いいとも~!』という返事が頭の奥で聞こえてきた気がした。

 これはあれだ。きっと、そうしろという神からの啓示だよ。神嫌いだけど、この際それはどうでもいい。ルフィの件について礼だけ言ったら、もう後は知らん!!

 そもそも、ちっこいものの敵だしな!

 

 「ふ、ふふ……いつか覚えてろよ……」

 

 思わず零れた笑いと呟きに、未だに悔しがってて俺の様子に気付いていないらしいルフィ以外がドン引いていたらしいけど……この時は頭に血が上っていて、全然気付いていなかった。

 うん、取りあえずこの怒り、クロコダイルに八つ当たって発散でもしようかな。

 

 


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