ビビがカルーに手紙を託して送り出すのを、俺たちは黙って見ていた。ちなみに俺は、エースやゾロと一緒にメリー号の上から見下ろしている。何で下船しなかったのかって? いや、だって降りるの面倒くさかったんだよ。無精でゴメン。
「七武海のクロコダイルがこの国にいるのは知ってたが、海賊が国盗りだって? 性質の悪ィジョークだぜ」
カルーが走り去るのを眺めながら、エースが呆れたように呟いていた。
「海賊が一つ所に碇を降ろして落ち着こうってェのか? まさか、国王の座に納まろうってわけでもねェだろうに」
本当にな……ただプルトンのポーネグリフを有していたために……災難だよな、アラバスタは。
「よーし、船を出すぞォ!」
船に戻ってきたルフィが号令をかけているのが聞こえる。まだ船に乗り込んでいないウソップがその言葉に慌てている様子を尻目に、エースは肩を竦めた。
「その国盗りには、何か裏があるかもしれねェな」
まさか、エースがここにあるポーネグリフのことを知っているとは思えない。だから多分この発言は、勘から来ているものなんだろうけど……何て鋭い。
「裏?」
殆ど独り言に近かったエースの呟きを聞きとがめ、ゾロが眉を潜める。
「何かもっと、深い……な」
そして、エースはつと俺に視線を寄越してきた。ん、何だ?
「ユアン、お前ェなら何か予測は付いてんじゃねェのか?」
え?
「何で俺が?」
確かに付いている……というか知ってるけど、何でそれがエースに解るんだ?
「その話を聞いてからこれまで、時間は十分にあっただろ? なら、お前なら色々考えてんじゃねェかと思ってな」
つまりは、それも勘か。
恐るべし……エースの勘。
「……随分と、買い被られたもんだね。エースは俺を何だと思ってるんだ?」
溜息と共に尋ねたけれど、返ってきたのはニヤリとした笑みだった。
「これでも、信用してんだぜ? お前のその知識と頭の回転はな……誰がお前を育てたと思ってやがる」
「うん、ありがとう」
「いや、礼を言って欲しいわけじゃねェんだが」
解ってるよ、論点がそこじゃないってことは。
ただそれを額面通りに受け取るのは、ちょっと照れるしかなり疑問を感じる。
確かに俺の知識量はそれなりのものがあるだろう。原作知識というアドバンテージもあるし、転生後も新聞や本を色々読んで情報収集してきた。何せ情報は時に運命を左右する……だからそれに関しては自負している。
けど別に、頭の回転なんて良くない。むしろ、1つのことに集中すると他に気が回らなくなる傾向がある。ガキの頃にエースとルフィの衝突を画策したもののその安全面を考慮していなかったり、バギーからログポースをくすねるために母さんを利用したり……うん、思い出すだけで落ち込んでくる。
でも、それを今言うわけにもいかないんだよな……しかも、すぐそこでゾロも『どうなんだ?』的な訝しげな視線を向けてきてるし。
「……確証は、無い」
極々真面目な顔でそう答えると、食い付いてきたのはエースよりもむしろゾロだった。
「それはつまり、クロコダイルの『裏』とやらが予測はできてるってことか」
「そうとも言える。ただ、さっきも言ったけど確証は無いから、口には出さない。的外れな考えだったりしたら、無駄に混乱させるだけだ」
肩を竦めながらそれだけ言うと、ゾロは納得はしていないようだったけれどそれ以上は踏み込んでもこなかった。
実際、例え原作知識が無くても今までに入手できた情報からクロコダイルの目的を推察できないことはないんだ。
第1に、ニコ・ロビンと出くわしている。彼女の過去やその他諸々を知っていれば、そこに辿り着くのは決して不可能じゃないはず。
第2に、俺の性格が悪いってのも関係してると思う。ウソップ曰くの外道だし。だから、同じく外道(by.原作ゾロ)のクロコダイルの思考回路は読みやすいんじゃなかろうか。外道は外道を知るのさ……なんちゃって。
でも……原作ではクロコダイル、『外道って言葉はコイツにピッタリだな』とかゾロに言われてたけど……俺とどっちが外道なんだろう。いや、そんなのクロコダイルに決まってるよな。俺は国盗りなんてしようと思わないもんね。そうだよ、俺の外道さなんて可愛いもんだよ、うん。
内心で1人大きく頷いていると、ゾロが溜息を吐いていた。
「……なら、確証が持てたらちゃんと言えよ」
念を押されてしまいました。うん、そりゃあまぁ。
「言うさ。そこまで行ったなら黙る意味も無くなるからね」
そしてそれは、そう遠い話じゃないだろう。
サンドラ河を更に上り、エルマル近くの岸に上陸する……前に、とある動物と遭遇した。
「上陸したけりゃおれ達を倒して行け、だって」
チョッパーが通訳してくれたその動物はご存知、クンフージュゴンだ。
……何て純粋な瞳をしてるんだ……くそぅ、可愛いじゃねェかこの野郎。これは是非、俺も1匹ぐらい倒して弟子にしたい。
調子に乗ったウソップが向かって行って返り討ちにされてるけど、そんなことはどうでもいい。そもそも、クンフージュゴンを甘く見たウソップが悪いんだ。
俺は手頃な距離にいるクンフージュゴンに当たりを付け、蹴りかかってみた。
「よし、勝利!」
はっきり言おう、何の問題も無かった。一発KOだ。
「よっしゃー!!」
あ、隣でルフィも勝利してる。
「勝ってもダメ!」
俺たちの勝利を目にして、ビビが悲鳴を上げていた。でも俺としてはそれに不満があるから、口を尖らせて抗議した。
「何でだよ、俺はクンフージュゴンの弟子が欲しかったんだ」
「クンフージュゴンの特性を知ってて何で勝つの!?」
「だって可愛いじゃんか!」
蹴り飛ばされて意識を飛ばしていたクンフージュゴンが、パッと起き上がってそれはもうキラッキラした眼差しを向けてきていた。俺はそいつを抱き上げ、ビビの眼前に突き付ける。
「う…………」
口元を押さえてちょっと後ずさるビビは、多分この可愛さを解したんだろう。返答に窮していた。
そして、俺たちがそんなやり取りをしている間に。
「違う! 構えはこうだ!」
ルフィは弟子を増やしていた。
その後結局、クンフージュゴンは連れて行けないとのことで置いて行くことになった。涙ながらにハンカチを振る彼らを背に、先を行く。
「あんたたちのせいで余計な時間使っちゃったわ」
ナミがぶつくさ言ってるけど、それは物申したい。
「俺はそこまで使わせてないぞ。ちゃんとまる鍋を躾たぞ」
ルフィが弟子にしたクンフージュゴンたちはチョッパーが説得したけど、俺の弟子には俺が話をした。何せ1匹だけだし、ちゃんと上下関係をハッキリさせて言うこと聞かせたから。
「……まる鍋って、何?」
「あいつの名前」
付けました、はい。あいつにも。その方が愛着湧くじゃんか。
え? 何でまる鍋かって? だって甲羅背負ってるし。ジュゴン料理は思いつかなかったけど、カメ(というかすっぽん)料理と言えばまる鍋だろ?
「何であんたの名付けは食べ物ばっかなのよ……」
ナミが疲れたようにツッコんできたけど……その方が楽しいんだよ。
ちなみに、同じく俺が名付けた大福はミニ化して俺の肩の上にいる。ナノハナでは船に残ってたけど、今回は付いて来る気らしい。まぁ、もう香水のキツイ匂いはしないしね。
「別にいいだろ? それで誰かに迷惑が掛かってるわけでも無いんだからさ。なー、大福?」
大福に同意を求めると、ちょっと視線を逸らされた……え、嫌なのか?
「ユアン……大福って、そりゃねェぞ」
エースにまで呆れられた。けど、そんなこと言うなら。
「じゃあエースなら何て名前付けるんだよ。」
大福を指差し、問うてみた。
「あァ? 名前? こいつにか?」
エースは目を丸くしたけど、すぐに思案を始める。
「言ってやってくれ、お兄さん!」
ウソップ煩い! 何の声援だ!
暫くの間唸りながら『白と黒……』とか呟いていたエースだけど、徐に口を開き。
「…………………………ごま塩?」
俺と大して変わらねェよ、それじゃ。
エースの回答を受け、大福は『ガーン』状態になった。俺たちの話を傍で聞いてたみんなも、ルフィを除いてズッコケかけている。
「ダメか? 握り飯の方がよかったか?」
だから、大して変わらねェって。
「肉じゃねェのか?」
……ルフィは放っとこう。どうせ、人類以外の哺乳類にはみんな似たようなこと言うんだろうし。
「何だかんだ言ったが……やっぱり兄弟でいいのか、あいつらは」
「どんなネーミングセンスしてるのかしら」
そしてまたもやヒソヒソヒソヒソと……煩いな、聞こえてるんだよ!
「……エースなんて、犬を飼って火犬とでも名付ければいいんだ」
取りあえずこの苛立ちは、俺と大して変わらないネーミングセンスのくせにダメ出しをしてきたエースをからかって晴らそうと思う。
なのに、エースは『はいはい』とでも言わんばかりの余裕の笑みでスルーするし……何だよ、つまらない。
エルマルにはすぐに着いた。下船してほんの数分歩けば良かったんだから、早いもんだ。
ビビは、この町を見ればバロックワークスがこの国にどんなことをしてきたのかが解ると言う。
「何も無ェな、ここは!」
砂に埋もれた町に足を踏み入れ、ルフィの第一声がそれだった。そしてそれは、極めて正しい。人はいないわ、建物は崩れかけだわ……まさに廃墟としか言い様がない。
「つい最近までここは、緑の町と呼ばれる活気ある町だったのよ」
ビビの発言を疑っているわけじゃないけど、今この状態しか見ていない俺たちにしてみれば何とも言えない。
「ここが……ねェ」
ゾロがかろうじて立っていた木を蹴るが、水分が全く無いせいだろう。そう力を入れたようには見えないのに、簡単にボロッと崩れた。
ビビの話では、元々雨の少ないこの土地だけれど、偶に降る雨を蓄えることで何とか人々の生活は回っていたらしい。
「けれどこの3年、この国のあらゆる場所で1滴の雨も降らなくなってしまった」
3年前というと……俺からしてみれば、丁度エースが出航した頃か。うん、長いなそれは。
「だがよ、雨が降らねェとは言っても、すぐそこにさっき渡ってきた河があるじゃねェか」
「そうだぜ、あの河から水は引けなかったのか?」
ゾロとウソップが一見尤もな意見を述べるけれど、今ここに広がっている光景がその答えだろう。
「それは無理だな」
ポツリと呟くと、どういうことだ的な視線に晒される。ただ1人、ビビの視線は違う意味を持っていたけれど。
「解るの?」
何だろう、凄く悲しそうだ。
「……普通、河にジュゴンはいない。あれは真水じゃなくて、海水なんだろ?」
潮の匂いも少ししたしね。
「えぇ、そうよ。太古の昔からこの国をずっと潤してきたサンドラ河も、近年ではかつての勢いを失って下流に海の浸食を受けているの」
「まぁ水には違いないから、蒸留でもすれば使えないことはないんだろうけど」
クルリと視線を巡らせる。今は廃墟とはいえ、エルマルのかつての街並みの名残は多少ある。
「これだけの規模の町の産業・生活用水を確保しようと思ったら、難しいよ。桶で1杯1杯汲んで来たんじゃ追い付かないし。近年ではかつての勢いを失ってってことは昔はあの河も利用してたんだろうから、当時は運河でも作ったと思う。本当にいざとなればそれが利用できたのかもしれないけど……敵にしてみればそんな逃げ道、残す道理は無い」
「怖ェこと言うな、お前は」
ウソップが若干引いてるけど、当然だろう?
「だって、俺がクロコダイルの立場なら真っ先に潰すよ。砂漠で水が確保できないなんて、致命的だから」
こう言っちゃ何だけど、戦略……いや、謀略としては正しい選択なんじゃなかろうか。
「………………なるほど、外道は外道を知るんだな」
何だろう、人に言われると腹が立つ。って、何でみんな納得してんの!? エースにルフィまで! 俺、そんなに外道か!? 誤解だよね、コレ! みんな勘違いしてるだけだよね、ね!?
俺が自身の性根にいささか自信を失うというちょっと寒いギャグみたいな状態になっていると、ビビが頷いていた。
「ええ。確かにあったわ、運河は。……あなたの言う通り、何者かに破壊されてしまったけれど」
何者かって言うけど、クロコダイルの手の者に決まってるよな。
ビビの話は続く。
雨が全く降らないというのは、砂漠の国アラバスタでも過去数千年無かった大事件だったらしい。しかし、そんな中でただ一カ所だけいつもよりも多くの雨が降っていたのが首都・アルバーナ。
「人々はそれを王の奇跡だと呼んだわ。あの日、事件が起きるまでは」
事件とは勿論、ダンスパウダーの発覚である。
「ダンスパウダー!?」
当然と言えば当然なんだろうけど、航海士のナミはダンスパウダーのことを知っていた。
「何だ? 知ってんのか?」
ルフィがこういった疑問を投げかけるのはいつものことだけど、今回は別にルフィが無知というわけじゃないだろう。雨……というか水に困ったことがない人間なら、知らなくても可笑しくない。
「えぇ。別名は、『雨を呼ぶ粉』」
「雨を呼ぶ?」
ダンスパウダーの仕組みについてはナミが説明してるけど、長くなるので割愛する。原理にそこまでこだわる必要も無いし。
「なるほど、不思議粉のことか!」
うん。取りあえず、雨を降らせる粉だってことだけ認識してくれたらいいよ。ルフィはすごく不味かったって言ってるけど……お前、食べたことあったのか。でもそのルフィの感想に取り合うヤツはいなかった。
「何だよお前ら、おれが嘘吐いてるって言いてェのか?」
「言って無いって。ルフィが嘘吐けないヤツだってのはよく知ってるから」
もう本当、『嘘下手っ!?』とツッコまずにはいられないぐらいに。特に食に関することはね。だから、食べたって言うなら食べたんだろう……でも、どこで見付けたんだ? ダンスパウダー。
ルフィがちょっとイジケたのが面倒だから、また干し肉を渡しておいた。予想通り、それで機嫌が回復するんだから、単じゅ………………いやいや、純粋なヤツだよ。
「待て待て、そんな粉があるならこの国には打ってつけじゃねェか」
ウソップのこの疑問も、知らなければまた当然だろう。
「それも無理。ダンスパウダーは製造も所持も、勿論使用だって、世界政府によって禁止されているから」
言うと、何故かナミに睨まれた。
「あんたね、知ってるなら言いなさいよ。私にばっかり説明させてないで」
言ったら言ったで、ナミは俺に丸投げするくせに。カームベルトの時もそうだった……何てことは、口には出さない。俺は空気の読める子だからね。それに関しては日本人お得意の曖昧な笑みで誤魔化して、すぐにまた真顔に戻る。
「はっきり言って俺は、世界政府なんて大っ嫌いだよ。あのマークを見るのも不愉快なぐらいに、嫌いだ。革命軍を全面的に支持したいぐらいに、嫌いだ。それでも中には、良い判断だと認めざるを得ない事柄もいくつかある。ダンスパウダーの禁止はその中に入るね」
俺の口調は言い捨てる……というよりむしろ、吐き捨てるってのに近いと思う。ゾロですら苦笑する(だよね、アレ。多分)ぐらいに。
「随分と辛辣だな」
そりゃそうだ。だって嫌いなんだよ、世界政府。だって、ゴア王国がその縮図と考えていいわけだろ? あの火事の時の高町の様子を思い出せば……嫌うなって方が無理だ。それにそもそも、天竜人を頂点に置いてるって時点で、もうね……天竜人の中にもいるのかな、サボのようなヤツは。いなかったら、本当に救いようがないよなぁ。
「ま、まァとにかく……何で禁止されてんだ、そのダンスパウダーってのは」
ウソップが、逸れていた話の筋を戻す。
「そりゃ……無から有は生まれないからね」
「はァ?」
あれ、端的すぎたか? ナミが説明を補足してくれた。
「ダンスパウダーには、思わぬ落とし穴があったのよ」
それは隣国の旱魃。ダンスパウダーは水じゃないんだ、雨を生み出すわけじゃない。あくまでも呼ぶだけ。でも、呼んだ後に『ありがとうございました、さようなら』と返すことは出来ない。何せもう降った後だから。
「そうか、放っときゃ隣の国に自然に降るはずだった雨も奪っちまったってわけか」
それで戦争が起こり、その原因たるダンスパウダーは事態を重く受け止めた世界政府によって禁止された、というわけだ。話の流れにウソップ含め、みんなが納得してる……ただ1人を除いて。
「ルフィ……付いて来てるか?」
未だに干し肉を齧りながらきょとんとしてるルフィに問いかけると、答えはすぐさま返ってきた。
「不思議粉はダメってことだろ?」
「…………思ったより解ってくれてて良かったよ」
うん、まぁ……間違っちゃいない。問題は無いよな、クロコダイルをぶっ飛ばすのにその辺の細かい事情を理解する必要は無いし。
話をアラバスタの件に戻すと、ダンスパウダーが見付かったことで国民は『王が雨を奪った』と怒った。そりゃそうだろう。王を疑ってくださいと言わんばかりの状況だ。
「何だビビ、そりゃお前の父ちゃんが悪ィぞ!」
「お前は何のためにこの国に来たんだ」
ツッコませていただきました。えぇ、拳と共に。
クロコダイルがアラバスタを乗っ取ろうとしてるって話なのに、何でそれが解らんのだ!
「嵌められたんだよ、ビビちゃんのお父様がそんなことをするか!」
サンジもルフィを蹴ってるし……うん、これは止めない。あいつは蹴られた方がいいと思うよ。どうせゴムだからダメージは無いんだし。
ビビ曰く、コブラ王には全く身に覚えのない事件。だが、同時に宮殿でも大量のダンスパウダーが見付かったらしい。
「宮殿で、大量に……ねェ」
少量ならともかく、大量にとなると……誰かが買収されてるか、工作員が入り込んでるか。何にせよ、宮殿内だからと気を抜いていい状態じゃないわけだ。
「宮殿の中にも手が回ってたのか」
それは誰もが思い至ったらしく、ゾロが呟いていた。
ダンスパウダーの1件以来、王の信頼は日に日に崩れ、やがて戦いが始まってしまったのだと言う。エルマルの人々は水を求めて他のオアシスに移り、緑の町は枯れた。
ビビが一通りの経過を話し終え、場には沈黙が落ちた。何と言っていいか解らないよ。
そんな中、ゴウッと強く風が吹いたと同時に、人の声ような音が辺りに響いた。
「反乱軍か!?」
「まさか、バロックワークスの追手か!?」
チョッパーやウソップが慌ててるけど、その線は無い。
「大丈夫だ、この辺りで俺たち以外に人の気配は無い」
「あァ。ただの風だ、これは」
俺の保証に1番に頷いてくれたのはエースだった。
「風?」
ルフィも疑問顔だけど、俺の保証を疑っている様子は無い。
「ほ、本当に大丈夫なのかァ!? 四方から聞こえて来るぜ!」
煩いよ、ネガッ鼻。本当に四方に人がいたら、俺じゃなくても誰かが今までに気付いてるはずだろうが。
これは本当にただの風、廃墟の町で反響して響いてるだけだ。原理としては、笛に近いだろう。
「エルマルの町が……泣いている……」
ビビの言葉は、詩的であると同時に正論だ。町が枯れずにいたのなら、ここまでの反響音は無かっただろうから……って。
「ビビ……俺の目が正しければ、あれって砂嵐なんじゃ……?」
それは砂嵐と言うにはかなり小規模ではあった。砂煙と言った方が近いかもしれないというぐらいには。人が吹き飛ばされるほどじゃないけれど、それでもぶつかって嬉しいものじゃない。
俺たちは各々踏ん張って、ソレに耐える。そう長いことじゃない、ほんの数秒だ。その間、目に砂が入ったら痛いから閉じてたけど過ぎ去って顔を上げてみれば、1番前にいたルフィが不思議そうな顔でミニ砂嵐を振り返っていた。
「どうした?」
「んー……何か、変な感じがした」
尋ねてみても、答えは要領を得ていない。本当に直感で物を言っているんだろう。けどルフィの勘は当たるからなぁ。
ひょっとしてアレも、クロコダイルの仕業とか? にしては小規模すぎるけど……いや、レインベースからここまで来る間に威力が変動したのか? ……やめよう、どうせ考えたって答えは出ない。
ルフィの方でも早々に気を取り直したようで、もう前を向いていた……だから、それに真っ先に気付いたのもルフィだった。
何も言わずに駆け出したルフィの進路上にある物体に気付き、ナミとビビが驚きの声を上げた。
「誰か倒れてる!」
「この町にまだ、人がいたなんて!」
でも…………あのさ。俺、さっき言ったよね。ここには俺たち以外の気配はしないって。
近寄ってみればすぐに解る。それは骨……つまりは死体だ。ブルックじゃあるまいし、当然生きちゃいない。さっきまでは気付かなかったことを考えると、多分今ので砂が巻き上げられて表層に出て来たんじゃないかな。
断っとくけど、いくら骸骨を見たからって流石にあの名言を使う気にはならない。空気が読めるとか読めないとか以前に、そこまで不謹慎じゃないさ……まぁ、ビビの事情その他と無関係に偶々見付けただけの骸骨だったら言いたくなったかもしれないけど。
ビビはそのしゃれこうべを持ち上げ、正直な心情を吐露していた。この国や国民に対する想い、そしてクロコダイルへの恨み。
「私は、あの男を許さない!!」
それとほぼ同時に、少し離れた所にある建物が崩れ落ちた。犯人はこの場にいないルフィ、サンジだろう……ウソップも何かやったのか?
それにしても、何とも豪快な発散方法だよ。
「ガキか」
ゾロが半ば呆れている傍ら、俺はエースと一緒に墓穴を掘っていた。あの骸骨さんの。
「ユアン、お前はいいのか? 何気にイラついてるだろ」
掘りながら聞かれたかから、俺も同じく手は休めずに返す。
「うん。でも俺は、陰険だからね。暴れるよりも、クロコダイルイジメの計画を練る方が気が晴れるんだ」
何だか微妙な顔をされたけど、半分ぐらい本当である。クロコダイルは苛め倒そうと心に決めてるし。
「……何でだろうな。お前ならやれそうな気がするぜ」
違うね。やれるやれないじゃなくて、やるんだよ。
ルフィ達が戻ってきたころ、丁度こっちの埋葬も終わった。
最後に墓標代わりの枝を1本立てて、俺たちはエルマルを後にする。
目的地はユバ、目的は反乱軍の説得。ビビからしてみれば反乱軍は敵とは言えない。彼らもまたクロコダイルの被害者だからだ。故に、これ以上無駄な血が流れて欲しくないと言う。
俺は知っている。ユバに反乱軍がいないということを。けどそれを知っていて言わずにいるからこそ、ビビの願いが甘いと感じつつも叶えたいと思うんだ。
けどその前に、これから砂漠越えか……大変だけど、物資は豊富にあるし。何とかなるよな。