麦わらの副船長   作:深山 雅

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第124話 始動

 俺たちが到着した時、ユバは正に砂嵐に巻き込まれてる最中だった。

 それも、ここまでの道中で遭遇したいくつかの砂嵐よりもよっぽど酷い。町全体がソレで覆われているし、結構な距離まで地響きが伝わっていたのだから。

 流石にそんな渦中に入って行くことは出来ないので、収まるまで範囲外にて待機。

 

 暫くしてやっと入ったユバは、とてもオアシスと呼べるような土地ではなかった。水なんてどこにも見当たらないし、木は枯れてしまっている。

 オアシスは、完全に砂に飲み込まれていた。

 エルマルと大して変わらない、とゾロが呟いていたけれど、全く以て同感だ。

 そんな中、スコップで地道に穴を掘るおっさんが1人。

 

 「旅の人かね? 砂漠は疲れただろう……すまんな、この町は少々枯れている」

 

 少々どころじゃないだろ、というツッコミはきっと言っちゃいけないんだろう。うん。

 おっさんはそりゃあもうフラッフラになりながらも、宿はあるから休んでけと勧めてくれた。何ていい人だ。そして、いい人ばかりが苦しむのがこのご時世なのだろうか。

 

 穴掘りは止めずにこちらを振り向くおっさんに対し、ビビがさり気なく顔を隠す。要人は大変だ。

 そしておっさんはというと、『反乱軍』の単語に眦吊り上げて反応し、激怒しながら物を投げつけてきた。どうやら、反乱軍の志願者と勘違いしたらしい。

 けれどそれはカッとなったが故のことで、割合すぐに落ち着いてくれた。そして、爆弾発言を放つ。

 

 「あのバカ共なら、もうこの町にはいないぞ!」

 

 それにみんなは揃って驚いてるけど、さもありなん。

 こう言っちゃ何だけど、こんな枯れた町に『軍』が駐留出来るはずなど無いのだから、当然だろう。おっさんが言うには、正にその通りだったらしい。

 

 「反乱軍はカトレアに本拠地を移したんだ……」

 

 「カトレア!?」

 

 その情報にビビが真っ先に反応する。

 

 「どこだビビ、それ近いのか!?」

 

 …………………………うん。

 つくづく思う。ルフィって本当に腹芸が出来ないヤツだよね。ビビが何のために顔を隠してると思ってるんだ?

 

 「ビビ? 今、ビビと……?」

 

 ほらバレた!

 

 「おいおっさん! ビビは王女じゃねェぞ!?」

 

 …………………………うん。

 

 「お前、ちょっと黙ろうか?」

 

 「ごめんなさい」

 

 素直でよろしい。え? 俺、別にそれほどのことはしてないよ? ただちょ~っと服の襟を締め上げただけで。

 俺たちがそんな1コマを繰り広げてる間に、おっさんことトトはビビと涙の再会を果たしていた。

 トトは、国王を信じている、反乱軍を止めてくれとビビに訴える。

 反乱軍としてももう体力の限界で追い詰められており、次の攻撃で決着を着ける腹なのだと。

 

 「頼む、ビビちゃん……あのバカ共を止めてくれ!!」

 

 何とも切実な願いだった。

 

 

 

 

 トトの言う通り、ユバは宿の多い町だった。流石は元・砂漠の交差点。久しぶりにちゃんとした寝台で寝られるよ。

 何故か、そしていつの間にか枕投げ大会が始まってたけど、それはとにかく。

 普段なら先陣切って枕投げしてそうなルフィはこの場にいない。さっきフラッと外に出て行ってたから、多分トトの所にいるんだろう。

 

 そんな騒がしい中には入らず、俺はといえば道中の遺跡で手に入れたポーネグリフの写しを清書していた。改めて見てみると、やっぱり暗い中安定しない体勢で書いたからか、何となく歪んでてさ。で、丁寧かつ慎重に清書中なわけだ。

 あ、騒ぎには入らなかったけど、流れ枕が当たった時にはそれを投げたヤツにきっちり報復しといたよ。

 そうして度々報復を繰り返していたら、その内に流れ枕も飛んで来なくなった。気を遣ってくれたんだろうか。おかげで集中して清書を進めることが出来た。

 

 けど逆に、それでいつの間にか枕投げ大会が終わっていたのもスルーしてしまっていて、ふと気付いたのは泊まってる宿の扉が開いた時だった。何故開いたかと思えば、トトが寝こけてるルフィを担いできてた。

 何やってんだ、あいつは……でも、何だかトトも機嫌が良さげというか、微笑ましそうにしてるからいっか。

 というわけで(←どういうわけだ?)、俺は『どーもすいません』的な感じでルフィを受け取っておいた。既に俺以外は全員就寝してるみたいだから、起こさないために声は出さなかったけど。

 でも困ったな、まだ眠くならないや。

 丁度いい具合に清書ももうすぐ終わるのもあって、俺はそのまま外に出てトトの穴掘りを手伝う事にした。体を動かして労働の汗でも流せばスッキリと眠れるだろう。

 

 

 

 

 穴掘りに参加させてもらったら、わりとすぐに湿った地層に到達した。

 それを蒸留して水を作り出すのを手伝い終えると、まだ眠くはなってなかったけど特にやることも無かったから大人しくベッドに入った。

 けど、眠くなってないと思ってたのにいざ寝転んでみるとすぐに寝入ってしまえたのだから、何だかんだ言ってもやっぱり砂漠越えの疲労はちょっとずつ溜まっていたのかな。

 

 

 

 

 翌朝。

 トトは小さな水筒1個をルフィに渡した。勿論中には水が入っている。

 

 「正真正銘ユバの水だ。すまんね、それだけしかなくて……」

 

 確かに、元がオアシスだってことを考えればこの水量は悲しいものだろう。けど、何もトトが謝らなきゃならないようなことじゃないはずだ。ルフィの方も、感動して大事に飲むって言ってる。

 トトとはそのまま別れ、俺たちはひとまずカトレアを目指して再び歩き始めた。

 けど、ユバが肉眼では見えなくなってきた頃のことだ。突然ルフィが座り込んだ。砂漠のど真ん中、1本だけ生えている小さな枯れ木の根元にである。

 

 「やめた」

 

 いっそ天晴、清々しいほど見事に言い切ってくれた。

 

 《は!?》

 

 その断言にみんなが驚きの声を上げている。上げなかったのはゾロと俺ぐらいだ。

 そして非難囂々。

 

 「おいルフィ、お前の気紛れに付き合ってるヒマは無ェんだ!」

 

 いやいや、それは。

 

 「気紛れじゃないだろ?」

 

 そう大きな声は出していないのに、俺の言葉はしっかりと聞かれていたらしい。揃って振り向かれた。

 でもまぁ、別に問題は無い。

 

 「前々から言ってたもんな。……となると次の目的地は、レインベースか?」

 

 「レインベース?」

 

 「夢の町、レインベース。クロコダイルのいる所」

 

 答えると、ルフィは頷いた。

 

 「あァ。……ビビ」

 

 そしてそのまま、困惑顔のビビを見る。

 

 「おれはクロコダイルをぶっ飛ばしてェんだよ!」

 

 うん、それかなり最初の頃から言ってたよね。

 実際、このままカトレアに行ったとしても、ビビ以外のメンバーには特にやることが無い。精々が道中の護衛ぐらい。それに、海賊と一緒だという事実が変に広まればビビも誤解されかねないんだし。

 しかも万事上手くいって反乱軍が止まったとしても、それは結局応急処置でしかないわけだ。そしたらクロコダイルがまた別の手を打つだけだろうから。

 ルフィが淡々とそういう風に言葉を続けると、核心を突くそれにウソップが『ルフィのくせに』って言ってた。内心で同意してしまった俺はきっと悪くない。本当にこいつは時々、直感で辿り着くんだよね。

 しかし話が進み、犠牲が出なければいいという考えを『甘い』と断じ、人は死ぬと言い切ったルフィにビビがキレた。

 つまるところ、殴り飛ばした。

 

 「国王軍も反乱軍も、誰も悪くないのに! 何故誰かが死ななければならないの!? 悪いのはクロコダイルなのに!!」

 

 ご尤も。ビビの言ってることは道理だ。

 けど、1度走り出したものは中々止まれるもんじゃない。それに。

 

 「じゃあ、何でお前は命賭けてんだ!!」

 

 ルフィが起き上がってビビを殴り返したことでウソップとチョッパーがギョッとし、サンジがキレた。

 

 「おいルフィ、やり過ぎだ!」

 

 「ルフィ、テメェ!!」

 

 「まぁ、落ち着け」

 

 サンジに関しては何だか飛び出して行きそうな感じがしたから、軽く宥めておく。

 

 「荒療治みたいなもんだろ……ルフィはちゃんと手加減してる」

 

 頭に血が上ってアドレナリンが回ってる状態ではあるだろうけど、ビビはルフィに殴られてもすぐさま起き上がって馬乗りになっている。そこまでのダメージは負ってないのだ。それに、さっきの1発以外は手も出してない。

 色々と抱え込んで煮詰まった時は、パーッとぶち撒けてしまった方がいい。今のビビもそうだろう。

 自国の町がいくつもダメにされて、悲しくないわけも悔しくないわけもない。元々が平和な国だったのならそれが当然だ。反乱軍を説得しようとしてたのも、不安が無かったわけじゃないはずだ。相当のプレッシャーがあったと思う。

 それでも昨日、国民(トト)には笑いかけていた。反乱は止めるから、と。

 

 「おれ達の命ぐらい、一緒に賭けてみろ! 仲間だろうが!!」

 

 とうとう堪えきれずにビビは泣きだした。そんなビビの背中を、ナミが擦る。

 

 「本当はお前が1番悔しくて、あいつをぶっ飛ばしてェんだ」

 

 

 

 

 次の目的地が決定した。

 俺たちが向かうのはカトレアではなく、レインベースだ。

 で、またもや砂漠越え……暑い……くそ、クロコダイルめ……待ってろよ、イジメ倒してやるからな……。

 チョッパーがやる気を出して頑張って自力で歩く根性を魅せる傍ら、俺はそんな決意をすることでこの暑さに因るイライラを紛らわせていた。

 そしてその視線の先では。

 

 「クロコダイルをぶっ飛ばしたら、死ぬほどメシ食わせろ」

 

 杖に縋り付きながら歩くルフィが、ビビに要求を突き付けている。

 

 「うん、約束する!」

 

 昨日トトに向けていたのとは違う、無理の無い自然な笑みを浮かべながらビビはそれを承諾した。

 ……あの~、それって俺たちも食べさせて貰えます?

 

 

==========

 

 

 所変わって、ここはレインベースの中央に存在する町最大のカジノ、レインディナーズ。その一室には今、秘密犯罪結社バロックワークスのオフィサーエージェント(Mr.3ペア&Mr.5ペアを除く)と社長・副社長が集っていた。

 これまで謎に包まれていた社長の正体が王下七武海の一角、クロコダイルだったことに一同は驚きを隠せない。尤も、予め知っていたミス・オールサンデーのみは別だが。

 クロコダイルは真の目的を部下たちに明かし、アラバスタ乗っ取りのための最終作戦である『ユートピア作戦』の計画書を各自に配る。

 各々は自分がすべきことが書かれたその1枚の紙切れを読むと、証拠隠滅のためなのか揃ってその紙を机の上の燭台にかざす。当然、ただの紙切れはあっと言う間に燃えてしまった。

 

 「それぞれの任務を貴様らが全うした時、このアラバスタ王国は自ら大破し行き場を失った反乱軍と国王軍は我がバロックワークスの手中に落ちる。一夜にしてこの国は、我らのユートピアとなるわけだ。これがバロックワークス社最後にして最大の『ユートピア作戦』! 失敗は許されん……決行は明朝7時!!」

 

 「了解」

 

 「武運を祈る」

 

 今まさに邪まな計画が発動されようとした、その時である。予想外の乱入者があったのだ。

 

 「その『ユートピア作戦』、ちょっと待って欲しいガネ」

 

 Mr.3だった。

 本来ならMr.3を始末するよう指令を受けていたMr2が声を荒げたが、Mr.3はクロコダイルにのみ視線を向けている。

 一方のクロコダイルはといえば、Mr2がMr3を始末できていないという報告こそ受けてはいたものの、まさか今ここに現れるとは思っておらず、Mr.3が現れたその真意を見極めようとしていた。そのため、Mr.2のことも彼が牽制する。

 その様子は落ち着いたものだったが、Mr.3のある知らせを聞いて途端に顔色を変える。

 

 「取り逃がしただと!? やつらはまだ生きているのか!?」

 

 その知らせとは、麦わらの一味と王女ビビを取り逃がしてしまった、という知らせだった。

 

 流石のクロコダイルもこれは無視しきれないことだった。彼の計画は既にほぼ成っており後は仕上げをするだけ。そこまで来てはいるが、アラバスタ王女であり反乱軍リーダー・コーザの幼馴染でもあるビビならば、それを治めてしまう可能性を持っているのだから。しかもビビは、クロコダイルの正体を知ってしまっている。

 そして話を進める内に、リトルガーデンでクロコダイルからの連絡を受けたのがMr.3ではなかった、ということも解った。

 任務を失敗してしまったMr3は慌てて弁解するが、クロコダイルとしては腹の虫がおさまらない。Mr.3がターゲットを1人も始末できていない、などと言うのだから尚更だ。

 けれどそんな2人の話など、この場で他に理解できる者などミス・オールサンデーしかいない。遂にはMr.2が痺れを切らした。

 

 「0ちゃん!? 何の話をしているのか説明して頂戴!? わけが解らナイわ!」

 

 それは皆が思ってることだった。表情に困惑が現れてる。

 しかしクロコダイルが事情を明かし、ビビの写真や以前アンラッキーズが書いた海賊たちの似顔絵をミス・オールサンデーに持って来させると、それを見たMr.2が何とも言えない間抜けな顔をした。

 

 「あちし……遭ったわよ!?」

 

 その素っ頓狂な声音が、彼(?)の驚きをよく反映している。

 

 「こいつらならあちし、ここに来る途中で遭ったわよう!?」

 

 敵だと言われた海賊たちは、彼(?)が海で小さな友情を育んだ相手だった。

 

 「あいつらつまり、敵だったってわけなーのう!?」

 

 ショックだった。そりゃもう、もの凄く。抱いた友情と比例して、そのショックはより大きくなった。運命は非情である。

 クロコダイルはMr.2の言葉を肯定し、彼(?)が披露したマネマネメモリーを写真に収めるよう指示する。アンラッキーズの似顔絵はよく描けているが、やはり絵よりは写真の方がいい。それにペットと考えられたチョッパーはともかく、似顔絵には無かった長鼻の男、即ちウソップの顔は特にそうしておく必要があった。

 クロコダイルとしては任務を失敗したMr3はさっさとこの場で処分したい所だったが、もう1つ、聞いておかねばならないことがある。

 

 「Mr3……麦わらの一味には1人、顔の解らないヤツがいたはずだ」

 

 「?」

 

 一瞬Mr.3は何を言われたのか解らず首を傾げたが、クロコダイルは構わず続ける。

 

 「こいつだ……手配書には写真が載って無ェ、アンラッキーズの似顔絵でも顔はフードに隠されてやがる。こいつには遭ったのか?」

 

 言ってクロコダイルが投げて寄越したのは、明らかにあり得なさそうな顔の似顔絵での手配書と、フードに因って顔が隠されてしまっている似顔絵(?)だ。それに描かれた人物はどちらも『髪が赤い』という特徴があることから、おそらくは同一人物だろうとクロコダイルは見当を付けていた。

 その2枚の紙を見た時、Mr.3の脳裏にはリトルガーデンでの地獄が蘇った。そう、それは正にフラッシュバック。

 

 「…………………………」

 

 Mr.3の手はブルブルと震え、額からは大量の冷や汗が流れている。クロコダイルの言いたいことは解ったが、解らない方がMr.3には幸福だったかもしれない。

 そしてその様子に、クロコダイルはMr.3がこの男、モンキー・D・ユアンとやらに出くわしたのだということを察した。だが。

 

 「遭ったんだな……そいつの顔を教えろ。蝋人形でも作ればすぐのはずだ」

 

 その一言は、Mr3にとってはパンドラの箱に等しかった。

 

 「蝋……人形……?」

 

 蘇るは、リトルガーデンでの記憶。

 

 

 『俺さ、自分の顔、あんまり好きじゃないんだよね。え、知りたいの? 好きじゃない理由知りたいの? 死にたいの? やっぱりいい? そうだよね、理由なんてどうでもいいことだよね。で、何が言いたいかっていうと、もしもゾロを騙そうとした時にナミの人形作ってたように、俺の蝋人形でも作ったりしたら承知しないよってこと。もしも作ったりしたらその時は…………………………ふふふ』

 

 

 かの御仁は、それはそれは優しげな微笑みを湛えてMr.3に釘を刺してきていた。でも目が笑ってなかった。

 身長に関することの説教の中で、まるで暗示のように……つーか暗示以外の何物でもない……さり気なく、抜け目なく、Mr.3に刷り込んでいた。それは、こうしてキーワードを提示されなければ思い出しもしないような絶妙なタイミングでの出来事だった。

 何ともエグイ。

 

 「ダメだガネ! 蝋人形はダメだガネ!!」 

 

 この時、Mr.3は錯乱状態に近かった。

 クロコダイルに始末されるかもしれない、けれど蝋人形を作ればその先に待っているのも恐らく地獄。何かもう、自分には生き延びる道が無いかのような気分だった。

 今の彼は、自分が『悪魔だガネ』とか『踏み潰されるガネ』とかそういったことを口走っているのにも気付いていない。

 けれどその呟きを聞き、クロコダイルは考え込む。

 

 (こいつは『赤い髪のチビ』だと聞いてたんだが……ガセだったか?)

 

 今のMr.3は、完全に混乱している。しかしだからこそある意味、その言葉は真実っぽい。

 一種の噂のようなものである『チビ』という情報。しかし実際に遭ったMr.3は『踏み潰される』と言う。

 まさか本当に人を踏み潰すほどの巨体だとは思えないが、だからと言って『チビ』に『踏み潰される』などと思うだろうか?

 実際にはMr.3の記憶にある『踏み潰しの相手』ユアンでは無く、彼が従えていた巨虎・大福である。だがクロコダイルにはそれを知る術は無い。

 

 そのため彼は、勘違いをしてしまった。

 

 即ち、ユアンの特徴『赤い髪のチビ』については、『赤い髪』は事実であっても『チビ』の方はガセか、そうでなければ成長したのだろう、と。

 もしも本人が聞いたならば、泣いて喜んでクロコダイルを称えそうな勘違いである。

 そんなクロコダイルの間抜けともいえる勘違いをミス・オールサンデーは気付いていた。しかも彼女は麦わらの一味がウィスキーピークを出航した頃に顔を合わせているため、海軍の情報が正しいということは重々承知している。だからといってその勘違いを訂正したりはしなかったが。

 

 「あちしは会ってないわよーう!? 何、他にもいたの!?」

 

 ユアンと顔を合わせていないMr.2が目を丸くする。

 

 「…………………………もういい」

 

 Mr.3のこの様子からして、ユアンの蝋人形は作らないだろう。クロコダイルはそう見切りをつけ、溜息を吐いた。その言葉に、Mr.3はハッと頭を上げた。

 

 「し、しかし! 今度こそこいつらは私がこの手で仕留め」

 

 「黙れ、間抜け野郎!!」

 

 クロコダイルも現在進行形で間抜けな勘違いをしているが、それはともかく。

 

 「Mr.3! おれが何故、テメェにこの地位を与えていたか解るか!? 戦闘の実力ならMr.4にも劣るお前にだ!」

 

 クロコダイルに首を掴まれて持ち上げられながら、Mr.3は苦痛に顔をゆがめる。同時に、彼からはどんどんと体内の水分が失われていく。

 

 「姑息かつ卑劣なまでの、貴様の任務遂行に対する執念を買っていたからだ!」

 

 その言葉に、Mr.3は苦しみの中絶望する。自分は任務遂行が出来なかった。

 それに彼は今、大いに自信を失っていた。これまで姑息な大犯罪をモットーとしてきたのに、自分よりもよっぽど姑息な人間がいることを知ってしまったからだ。

 任務は失敗し、取り柄だった姑息さでも負けた。ならば自分の価値はどこに行ってしまったのか。

 クロコダイルはMr.3からあらかたの水分を奪うと、ミイラに等しい状態になった男を床に放り投げた。

 

 「み、水……水……」

 

 生存本能に従い、Mr.3の口からはその要望が出る。だが、クロコダイルはMr.3を許す気は毛頭無かった。

 

 「水なら好きなだけ飲め……」

 

 言うや、1つのボタンを押す。それは、対象を階下に落とす仕掛けを作動させるボタン。対象は勿論、Mr.3。

 

 「ぎゃああああああああああああああ!!!」

 

 Mr.3の落ちた先は、バナナワニのいる水槽。普段のMr.3ならば対処出来たかもしれない相手だが、今の弱り切った彼に成す術は無く、パクッと丸呑みにされてしまった。

 そんなMr3のことなどクロコダイルはさっさと忘れ去り、他のメンバーに向き直る。

 

 「いいかテメェら。この6人、目に焼き付けておけ……1人は顔が解らねェが」

 

 ある意味不気味である。手配書、似顔絵、Mr.3の態度、その上Mr.2とも遭っていない……ここまで重なると偶然と言うよりもむしろ、まるでわざと顔を隠しているみたいではないか。まぁ、Mr.2の能力を知っていたとは思えないから、考え過ぎだろうと思うが。

 

 とはいえ、ビビに関してはその立場・人脈から厄介だと思うがその他はただのルーキー、つまり小者だ。そこまで躍起になる必要は無いかと考え、話を進める。

 何年もかけてやっとここまで来た計画である。ぶち壊しにされては堪らない。

 クロコダイルは、本来なら盗聴の危険があるために多用しない電伝虫の使用も許可し、ミス・オールサンデーにビリオンズへ指示を出すよう言い付ける。

 

 「王女と海賊を決してカトレアに入れるな! ビビとコーザは絶対に会わせちゃならねェ!!」

 

 「はい……すぐに」

 

 ミス・オールサンデーはすぐに動き出す。それを確認したクロコダイルは、今度は他の面々に指示を与える。

 

 「さぁ、お前らも行け……おれ達のユートピアはすぐそこだ。もうこれ以上のトラブルはごめんだぜ?」

 

 ユートピア作戦が、始まる。

 

 


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