麦わらの副船長   作:深山 雅

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第127話 そうだ、陥れよう 中編

  さて……種明かししよっかな?

 

 「ハハ! 言うなァ、ルフィ。でもちょっと待ってくれ。その前にちょっと言っておきたいことがあるんだ。……さて、クロコダイル? これ、何だと思う?」

 

 言って、俺は懐から『それ』を取り出す。ペルに持って来てもらった、あの子電伝虫とは別のもの。それは……。

 

 「それって……国内放送用の電伝虫?」

 

 ビビの訝しげな問いに、俺は笑って頷いた。

 原作でさ、麦わらの一味の出航時にビビが式典で使ってたアレだよ。アレ。

 国王に頼んで、用意してもらったんだよね。勿論これ単体じゃなく、放送の準備も込みで。コイツのマイクを取れば、後はもう流れちゃうように準備万端整えて。

 そう、それはつまり。

 

 「ひょっとして、今までの会話……全部、流れてた……?」

 

 察しのいいビビに拍手!

 クロコダイルはまだ訝しがってる……ってか、状況が解ってないようで、それほど様子の変化は見られない。精々が眉間に皺を寄せた程度だ。

 

 「便利だよね、コレ。アラバスタ中に声を伝えることが出来るんだから。このレインベースにも、首都アルバーナにも。それに反乱軍がいるだろうカトレアにも、ユートピア計画ってヤツの仕上げの地であるナノハナにも……他にも色々。ここが地下階、それも湖中でなければ、アンタも気付けたのかもしれないね。会話がダダ漏れてるって」

 

 言ってクスクス笑いと共にクロコダイルを見ると、状況を察したらしい。もの凄い形相で睨まれた。 

 これだよ! この余裕の崩れた顔が見たかったんだよ、俺は!

 あ、今は通信を切ってあるから流れてないよ? 具体的に言うなら、『ここから』~『ここまで』間の会話を流してました。ポケットの中でマイクを取ったり、直したり。地味にやってました。

 つまり。

 

 「これまでの悪行、現在進行中の計画の全容……そーいうのが全部、一連の黒幕の口から明かされるのがリアルタイムで流れてたってわけ。しかも、アラバスタ全国ネットで」

 

 出来るだけ邪気の無い笑顔で単刀直入に言えば、部屋中の人間がポカンとした。

 

 「ちょ……どういうこと!?」

 

 真っ先に我に返ったのはビビだったらしい。掴みかからんばかりの勢いで食って掛かってきた。

 

 「私、聞いてないわよ!?」

 

 え、そりゃそうでしょ。

 

 「だって、今初めて言ったし」

 

 あっさり言ってみると、ビビは何と言っていいのか解らないといった様子で口をパクパクさせた。

 

 「でも、ビビも見てただろ? 俺がこれを受け取ってる現場」

 

 ビビの方でも、それはすぐに思い当たったらしい。

 

 「もしかして、さっきのペルの……」

 

 その通りです。肯定の意を込めて首を縦に振ると、ビビはまだ納得出来ないのか更に言い募ろうとしてきた。

 

 「で、でも! じゃあ何でこれまで教えてくれなかったの!? そういう計画立ててるって!」

 

 「だって、本当に伝電虫(コレ)貸してもらえるかどうか、解らなかったし」

 

 「だからって、それが手に入ったなら、その時点で教えてくれたっていいじゃない!」

 

 えー、だって。

 

 「敵を欺くためにはまず味方から、だろ?」

 

 再び邪気の無い笑顔を向けると、ビビは脱力したように崩れ落ちてしまった。あれ? そこまでか?

 でもさ、教えちゃうとビビにクロコダイルに対して演技してもらわなきゃいけなくなるし、それよりは黙ってた方が自然と緊迫した雰囲気が出ると思ったんだよね。

 

 「? どういうことだ?」

 

 ……未だに解ってない様子のルフィは、放っておこう。ちゃんと解ってくれたらしい面々が檻の中で説明してくれてるし。

 俺は俺で、クロコダイルを苛めるのに精を出そう。

 

 「で? 何だっけ? アラバスタ崩壊後、国民の支持を得て国を頂く……だっけ? どうやって得るんだろうねェ、国民の支持」

 

 ニッコリ。

 そう擬音が付きそうなぐらい鮮やかに微笑んでやった自信がある。そしてそれは成功してたようだ。

 

 「……外道……」

 

 檻の中でゾロが冷や汗かきながら何か呟いてるけど……うん、クロコダイルのことだろうな。なんで今このタイミングでそれを言うのか解らんが。

 で、当のクロコダイルはというと。

 

 「この……クソガキが……!」

 

 うわー、凄い青筋! 面白! 

 もしも本当に俺の言う通りさっきの会話がダダ漏れだったのなら、スムーズに国を手に入れることは不可能と言っていい。

 そしてクロコダイルには、その真偽を確認する術が無い。さっきも言ったが、こんな場所じゃあ外の状況は解らないのだから。『そんなわけがない』と否定するのは簡単だけど、一笑に付すには事実であった場合のリスクが高すぎる。

 

 この場合クロコダイルの最大の失敗は、外との連絡手段を持っていなかったことだろう。原作でもそうだったけど、子電伝虫を持っていたのはロビンで、クロコダイルじゃない。全てのエージェントに最終計画を通達した今となっては、すぐに水没させる予定の部屋に普通の伝電虫を置いておくとも思えない。

 余裕がアダになったってワケだ。

 よし、もう少し当て擦ろう。

 

 「あァ、でも」

 

 俺は声のトーンを落とし、頭を抱えてみせた。

 

 「当然、すぐに次の手を打たれちゃうんだろうなァ。何せお偉い七武海様だし? こんな『小物』の考えなんてとうの昔にまるっとお見通しで、対抗策ぐらい講じてるはずだもんな?」

 

 よよよ、とこの上なく神経を逆撫でする泣き真似をしてみせました。そしたらクロコダイルが切れたみたいだよ! もう、今にも飛びかからんばかりの体勢だし!

 

 「だって俺、最初は上手いこと誘導して真実を引き出すつもりだったんだよ。なのに、自分から勝手にベラベラと種明かししちまうんだもんな。まさか、浮かれて得意げになってただなんてそんな馬鹿なことあるわけないし。これもきっと何かの策略なんだろうね」

 

 実際の所、クロコダイルは単に浮かれて得意げになってただけなんだろうけどな。

 

 「……言いたいことはそれだけか……小僧」

 

 うぉ、凄まじい顔!

 でもな……ちゃんと切り札を持ってるんだよ、こっちは。原作知識持ちを舐めるなよ! そんな事は誰も知らないだろうけどな!

 

 「やだなァ……そんなに睨まれたら、俺みたいなチキンは恐怖のあまり、走馬灯が見えちゃうじゃんか。それで思い出しちゃった、過去に受けた衝撃を、恐怖のあまり思わずポロッと口にしちまうかも……アラバスタ全国ネットで」

 

 放送用の伝電虫のマイクに手を掛けながらそう言ったけど、クロコダイルは鼻で笑った。青筋立てて歯軋りしながら鼻で笑うなんて、お前も結構器用だな。

 

 「フン……命乞いのつもりか? 今までも全員殺してきたんだ……おれをコケにしやがった奴ァな!!」

 

 そっちこそ、人の話は最後まで聞けよ。

 

 「わぁ、怖ーい。じゃあ話しちまおうかな……俺が昔、エンポリオ・イワンコフに会った時に受けた衝撃を」

 

 ニッコリ。

 再び擬音が付きそうな笑顔を見せると、飛びかからんばかりだったクロコダイルが静止した。いや、固まったと言うべきか。

 

 「………………何だと?」

 

 おぉ、顔を滅茶苦茶に歪めながら、冷や汗ダラダラ。効くだろうなとは思ってたけど、ここまでとは……凄ェなイワさん。一体どんな弱味を握ってるんだ?

 そんな感心は表面上には出さず、俺は余裕の笑みを崩さないように気を付ける。

 

 「だからさ、そんなに睨まれたら恐怖のあまり、かつてエンポリオ・イワンコフに会った時に受けた衝撃を余すことなく口にしちまうかもな~って……アラバスタ全国ネットで」

 

 俺のこの脅は……コホン、呟きの意味を理解できた者は少ない。というよりそもそも、イワンコフというのが誰なのかということすら皆は知らないようで、首を傾げている。尤も、檻の中にいる某ストーカーは眉間に皺を寄せてたから、知ってるのかもしれないけど。

 この言い方だとクロコダイルは、こう考えるだろう。俺はかつてエンポリオ・イワンコフに会い、クロコダイルの弱味を知った。そして、それを利用する気なのだと。

 

 当然だろう、俺はヤツがそう考えるように言い回したんだし。

 

 勿論ハッタリに過ぎない。俺が知ってるのはあくまでもイワンコフが弱味を握っているという事実だけで、その弱味そのものは知らないんだからね。

 ハッタリをかます時に最も大事なのは、余裕を見せることだ。だから俺は伝電虫を構えながら堂々と胸を張り、笑顔を崩さずにクロコダイルを眺め続ける。決して目は離さない。

 

 「テメェ……ヤツと一体どういう関係だ……?」

 

 クロコダイルもクロコダイルで俺の言葉を真実と計りかねているいるのか、怒りの形相ながらも問いかけてきた。

 

 「どういうって言われても……」

 

 はて、ここは何と言おうか。

 

 「そこまで明確な関係じゃないよ。ただ、10年ぐらい前に1度会ったことがあるんだ。イワンコフと、そのお仲間に」

 

 よし、ここは嘘は言わずにおこう。

 

 「その時、ちょっと話したんだ。何しろ昔のことだから、何が切っ掛けだったのかはハッキリとしないけど。でも確かなのはあの時俺たちが、22年前のローグタウンに海賊王の処刑を見物に来ていたとある海賊について話したってこと……かな?」

 

 嘘じゃないよ? 俺はイワンコフ(のお仲間であるドラゴン伯父さん)と、22年前にローグタウンに海賊王の処刑を見物に来ていた海賊、つまり母さんのことについて話したもん。

 うん、何だか色々言葉が足りなかった気がするけど、問題は無いだろ。嘘は吐いてないし。

 けれどクロコダイルは『何故か』誤解してくれたようで、動揺を見せていた。けけっ、いい気味。

 

 「テメェ……!」

 

 ギリギリと歯軋りをするクロコダイルからは、まざまざと怒りが伝わってきた。いつの間にか、ヤツが銜えていた葉巻が崩れ去ってしまっている。

 

 「怖い怖い……で、どうする? 俺たちを殺す? アラバスタ全国ネットと引き換えに」

 

 言って俺は、クロコダイルに目で問いかけた。

 『秘密をバラされたくなきゃ、さっさとどっか行け』と。

 俺のこの脅は……コホン、お願いを正確に読み取ったらしく、クロコダイルの顔が明らかに屈辱で歪む。

 ……ねぇ、イワさん。自分でやっといて何だけど、コイツをここまでにさせる弱味って、一体……。

 

 「……小僧、よく覚えておけ……必ずブチ殺してやる! 必ずだ!!」

 

 お、どうやら退散するらしい。俺の勝ち。やったね。

 

 「そう……じゃあ、忘れるまで覚えとくよ。でもブチ殺すのは無理だね。だってお前は、ルフィにぶっ飛ばされるんだから」

 

 ルフィはずっと前から言っていた。クロコダイルをぶっ飛ばすって。だから俺は遠慮して、こうして事前にお前をイジメ倒すだけで我慢してるのさ。

 

 「クハハ!」

 

 何がツボに入ったのか、クロコダイルは嘲るように笑った。

 

 「『麦わら』だと!? あんな小物に、このおれが!?」

 

 「何も可笑しくなんかないね。ルフィは海賊王になる男だから」

 

 フン、と鼻で笑い返してやると、クロコダイルの笑みが消えた。

 

 「言うじゃねェか……だったらこの状況、どうするつもりだ?」 

 

 クロコダイルは懐から1本の鍵を取り出す。あれは……。

 

 「檻の鍵!?」

 

 俺たちの応酬を、半ば目を点にしながら見ていたビビが声を上げた。尤も、上げたのはビビだけだったけど。

 どことなく白けた空気に気付いてないのか、クロコダイルは鼻を鳴らした。

 そして鍵を放り投げると、それは足元に開いた穴へと落ちて行く。

 

 「檻を開けたきゃ開けるがいい……尤も、おれがうっかり落としちまったがな」

 

 何も知らないクロコダイルはともかく、焦った様子で穴の下を覗き込むビビは……ひょっとして、忘れてるんだろうか?

 

 「? お前ェ、何言ってんだ? そんなモガッ!?」

 

 まず間違いなく余計な事を言おうとしたであろうルフィの口を、ウソップが慌てて塞いでいた。そりゃそうだ、わざわざ教えてやる必要なんて無い。

 そんなやり取りをしてる間にも、穴の下ではバナナワニが鍵を飲み込んでいて、ビビは蒼褪めていた……おーい、ビビ?

 

 「それとこの部屋は、これから1時間かけて自動的に消滅する。もう不要の部屋だ、じきに水が入り込み、湖の底に沈むだろう」

 

 この世界にもあるのか? ス○イ大作戦。

 ……そんなのどうでもいいか。ったく、面倒くせ。

 

 「どうでもいいから、さっさと行けよ」

 

 はっきり言って、焦ってるのはクロコダイルの方だろう。

 クロコダイルがアラバスタを手に入れたいのは、あくまでもプルトンの情報を得るためだ。万一国が手に入らないとしても、最低限プルトンは手に入れたいはず。

 いや、それは逆か。プルトンさえ手に入れられれば起死回生を図れる、と言うべきなのか。

 

 まぁどちらにせよ、クロコダイルはアルバーナに……もっと言うとコブラ王に、すぐにでも接触したいに違いない。

 だからこそ、どれだけ屈辱であろうと今は俺の脅……コホン、提案に乗って、出て行くのを承諾しているんだろう。後々に報復することを前提として、だけど。

 けれど俺の発言を聞きとがめたクロコダイルは、また表情を険しくさせた。

 

 「フン……『麦わら』は能力者だ。部屋が沈む前に、当たりのバナナワニを見付けられたらいいがな」

 

 最後まで嘲るのは忘れずに、クロコダイルは体を砂に変えて消えた……行ったのか。早いな。

 うん?

 

 「ユアン君、早くしないと! 鍵を見付けなきゃ!」

 

 ビビが俺の服を引っ張ってきた。

 まぁ、ビビ1人じゃバナナワニの群れなんて対処出来ないだろうし、俺を連れて行こうとするのは当然だろう。

 でも……。

 

 「ビビ……本気で忘れてるのか?」

 

 疑いの眼差しを向けると、ビビは虚を突かれたような顔をした。

 

 「海楼石の檻。そりゃあ厄介だろうさ。能力は効かない、強度は凄まじい……でもな」

 

 俺は気配を探ってクロコダイルが確かにいなくなっていることを確かめると、檻に近付き、その格子の間から手を中に突っ込んだ。そしてそのまま、1番近場にいたナミの肩を掴む。

 

 「こんだけの隙間が開いてりゃ、何てことは無い」

 

 能力を発動し、ナミを小さくする。その隙間から出せる程度にまで、だ。

 

 「鍵なんてそもそも必要無いんだよ」

 

 そのまま、小さくしたナミをそのまま檻の中から引き出した。

 そう。さっきも考えてたけど、脱出なんて初めから簡単に出来たんだ。だからこそ、ルフィも俺に『出せ』って言い続けてたわけだしね。

 ビビも俺の行動の途中で漸く思い出したのか、ハッとしてた。うん、冷静さを欠いちゃいけないよ?

 

 

 




 かつて、筆者は考えました。

 『クロコダイルがレインディナーズであれだけ得意げに喋ってたのをアラバスタ中に公開できたら面白いのに』

 と。
 
 そしてこのSSを書きはじめて暫く経った頃、『ユアンが某錬金術師にちょっと似てる』的な発言を受け、読んでみました。そのコミックを。
 そして1巻を読んで思いました。

 『あれ、何か状況似てね?』

 と。

 でも、まぁいっかとそのまま敢行。

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