いつもなら谷の下にいるくせに、何でこんな時に限ってここまで出てくるんだ。
頭では解ってる。山の獣が山のどこに出たって何も可笑しくなんかない。それでも、思ってもどうしようもないけれど、そう思わずにはいられなかった。
狼は普段、群れで行動する。しかも、縄張り意識が強い生き物だ。多分アイツは迷い込んできてしまったんだろう。やけに血走った目をしているのは、腹が減っているからかもしれない。
とはいえ1匹だ。それほど大きな個体でもないようだし、何とかなるだろう……エース1人だったら。いや、例え俺が一緒でも大丈夫だったろう。少なくとも、足手纏いにはならない自信はある。
けどルフィは違う。ほんの数日前……一昨日の朝まではただの平凡な村の普通の子どもだったんだ。原作では1週間掛けたもののちゃんとダダンの家に戻ってたけど……あれって奇跡だと思う。
悪魔の実の能力者だといっても、制御できなきゃ意味がない。いや、
当然というか何というか、狼は2人に襲い掛かった。
「チッ!」
「うわぁっ!」
後ろへと飛びずさって躱わすエースと、ゴロゴロと転がってその場を離れるルフィ。
エースはすぐに体勢を立て直し持っていた鉄パイプを構えた。……そう、持ってたんだよ、鉄パイプ。常時装備してるんだよ。今まで使わなかったのは、ルフィに打撃が無効だって知ってるからだろう。
一方でルフィは、何とか這って逃げようとしている。多分、腰が抜けてしまってるんだろう。……情けないとは思わない。本当に、真実、欠片も考えていない。
あの狼が大きくないとか何とかなるとか、そんなのはエースにしろ俺にしろ、赤ん坊のころからこの山で暮らしてきたから言えることだ。普通なら、成人男性でも素手じゃやられる可能性が高い。迷うことなく立ち向かうという選択肢を選ぶエース(それに、サボや俺)の方が変わってるんだ。
狼はといえば、始めは大きく動いたエースに注意を向けた。だが、2つのエサの内片方は抗戦の構え(しかも強い)。片方は逃げようとしながらもうまく動けないとなれば……最終的にどっちを狙うか、なんて解りきった答えだろう。ヤツは戦いたいわけじゃない、食欲を満たしたいのだから。
「ヒッ!」
狼の目が自分に向いたことが解り、ルフィが震えた。
「ガルゥ!!」
狼が跳躍し襲い掛かる。
ルフィは何とか爪や牙は避けたみたいだけど、その身体に潰される形になる。
「た、助けっ!!」
腕で狼の横っ面を押さえて何とか噛まれないように頑張っているけど、力やスタミナからいってそれは時間稼ぎにしかなってないだろう。助けを求めるのも当然だ。
「……言えよ!」
流石に助けようと思って投擲体勢をとったけど、エースが叫ぶようにして言った言葉に動きが止まった。
「言えよ、何を聞いたか! そしたら助けてやる!」
…………まだそんなこと言ってんの!? え、この状況で!? あぁ、くそ、昨日煽りすぎたか!?
俺は天を仰ぎたい気分だった。だって……。
「し、知らねぇ!! なんも聞いてねぇ!!」
そりゃそうだよね、そう答えるよね、ルフィだもんね!? うん、予想してた! だって拷問されても秘密を守る子だもんね!?
滅茶苦茶表情歪んでるけど! もう、泣きそうを通り越して号泣してるけど!
「おい、ユアン! やるなら早くやれ!」
サボが、腕を振りかぶったままちょっと固まってた俺を促した。
あぁ、そうだ。今は(心の中で)ツッコんでる場合じゃない!
俺は持っていた石を投げ、元のサイズに戻した。
「解除!」
その言葉と共に投げた石は岩へと戻り、まっすぐ狼……と、圧し掛かられてるルフィへと向かっていった。重力による加速も加わった岩を避けるには余りに急なことで、かといって受け止められるわけもなく、1人と1匹はそのまま押しつぶされた。
……ルフィがゴムじゃなかったら出来ないよ、こんなこと。
「ユアン!? サボも! な、何でこんなとこにいるんだよ!!」
咄嗟に動こうとしてたのだろう、エースが妙な体勢でこっちを見上げていた。
「…………監視?」
「ハァッ!?」
いや、だってそうとしか言えないし。
「ごめんね、活躍の場を奪っちゃって」
言うと、エースの頬に赤みが差した。……うん、これは照れてるんだね。
ルフィがいよいよ危ないってなったとき、咄嗟に飛び出そうとしてたのが横目で見えた。俺の声を聞いて止まったけど。そう、俺の方がちょっと早かったんだよ。
俺が……俺たちが最初っから見てたのなんて、もう気付いてるだろう。当然、ルフィを脅したことも秘密を言えば助けるって言ったってことも知られてるって。なのに、結局助けようとした。身体が勝手に動いたってとこかな。でも、それが何となくバツが悪いんだろう。……俺としては、いいことだと思うんだけどね。っていうか、あの状況で本当に動かなかったらその方が人間性疑う。
「さ、ルフィを助けようか」
俺はトンと木の枝から飛び降りた。着地成功! うん、体力は鰻上りに上がってきてるって実感!
「助けるって……もう狼は潰れてるだろ」
エースが不貞腐れたようにそっぽを向いたから、俺は苦笑した。
「狼はね。でも、岩の下敷きになったんだ。ゴムだからそれ自体はさしてダメージ受けてないだろうけど、放っといたら窒息しかねない」
もう見事に挟まってるからね。その隙間から出てるのは手足だけだよ。あれじゃあ息が出来てるか怪しいもんだ。
「1/4!」
何も、さっきみたいに現在可能な最小サイズの1/50にまで小さくする必要はない、どかすだけなら1/4……およそ25cm程度にすれば充分だ。
「うぇ……」
岩の下から出てきたのは……うん、惨状というかなんというか……スプラッタ?
ルフィは勿論無事だ。気絶はしてるけど、目立った怪我もない。地面にめり込んでるけど。でも狼が……うん、まぁ何だ……アレだよ、ミンチ? いや、挽肉とは違うんだろうけど、他に何と言えばいいのか。ぐしゃっと潰れて原型無いっていうか……うん、細かい描写は避けよう。お食事中の方もいらっしゃるかもしれないし。
「こりゃヒドイな」
降りてきていたサボが俺の後ろからこの惨状を見て眉を顰めている。
「……川に行こう」
俺は小さくした石をどかすとルフィを引っ張り出した。少し離れた場所で見ていたエースもルフィの現状に表情を歪める。
「何でいきなり川なんだ」
いや、そりゃあ……ねぇ?見れば解るでしょ?
「ルフィが汚れまくってるからだよ」
そう、狼はルフィに圧し掛かっていた。つまり、狼がミンチになったのはルフィの身体の上。今ルフィは顔も身体も服も、狼の血と肉でグシャグシャになってる……これだと、むしろ気絶しててくれててホッとするよ。
「幸い、そう遠くないし。小さくすれば運ぶのも簡単だし。1/10!」
ルフィを小さくし、俺はそのまま川へと向かった。すぐにサボが、少し遅れて渋々とだがエースも付いて来てくれたのだった。