第1話 第2の人生
ちくしょう、あの神ジジイめ……。
つーかここドコよ。真っ暗で、温かな水(?)の中……いや、これが胎内ってヤツか!?
うわー、貴重な体験……って、痛い痛い!! ってか苦しい!!
何、俺今まさに第2の人生誕生の瞬間!? ちょっと待って、心の準備が……!
オギャー、オギャー!!
うわー、俺自分の産声聞いちゃったよ。
冷静な頭の中でそう考えるけど、口から出る泣き声は止まらない。
いや、もう苦しいんだよ。喉がビリビリする。胸が苦しい。泣かずにはいられない。
とかそうこうしてたら、生ぬるいお湯で身体を洗われて……これが産湯ってヤツか……。
あー、気持ちいい……産声も止まってきたよ。
でもここで1つ疑問。生まれたばっかの赤ん坊って、目ぇ開いてないよね?俺、周囲の確認が出来るんだけど……。やめよう、深く考えるのは。
そして、真っ白な布……産着か? ……に包まれた俺を手渡され、優しく抱き上げた女性。
多分……いや、間違いなくこの人が、俺の今生での母さん。
「……なぁに?」
すごくダルそうな声音だった。当然か、出産直後だもんな。
けど、それにしても……あまりにも顔色が悪すぎる。
母さんは、まだ若かった。20歳そこそこなんじゃないのかな。
長い黒髪と緑の瞳の、まだあどけなさを残した顔立ち。やっぱり顔色は悪いけど……でも、とても嬉しそうで……あぁ、愛されてるんだなぁって、解かった。
よかった、望まれずに生まれた命じゃ無さそうで……流石にソレはキツイ。
「あいつに、そっくり」
くすり、と笑って俺の頬を撫でる。
あいつ、って……誰だ?
そもそも、生まれたての赤ん坊なんてみんなサルみたいで、見分けなんて付かないのに……母親には解かるんだろうか、そういうのも。
ふと、母さんの瞳が翳った。
「……ゴメンね」
搾り出すような声だった。けれど、何を謝っているのかなんて、到底理解できなくて。
「ゴメンね……ゴメンなさい……」
ただ、意味の解からない謝罪を聞き続けるしかなかった。
どうしていいのか解からず内心でオロオロしていると、ドカドカとすごい足音が聞こえてきた。
(何だ?)
疑問に思ったのは一瞬だった。次の瞬間には、蝶番が吹っ飛びそうな勢いで扉を開け放ち入ってくる人影があった。
「生まれたか!!」
男の声だったから、今生での親父か? と思ったけど……多分違うだろうな。オッサンを通り越してジジイな年齢っぽいし。いや、有り得なくはないんだけど……このじいさんと母さんが夫婦って、何か想像付かない。
にしてもこのじいさん……どっかで見たことがあるよーな……。
「何勝手に入ってきてんのよ!!」
内心で首を捻ってる間に、母さんが投げた枕がじいさんの顔面に直撃した。
……あれ、母さん? さっきまでの何処か儚げな空気や、聖母の如き慈愛の表情はドコへ?
ってか、俺を抱いた状態でよくそんなん投げれたね!? しかも効果音が可笑しかったよ!? ドゴッて何なのさ、ドゴッて。枕の素材は綿と布だろ!?
あ、武装色の覇気でも使ってたのか? え、母さん何者?
じいさんはじいさんで変わらず笑ってるし。何この2人。
「父ちゃんが娘の部屋に入って何が悪い!」
「ウザイ!」
うん、キッパリだね母さん。じいさんはめっちゃショックを受けたらしく『ガーン』状態だ。
てか、父娘かこの2人。ってことは、このじいさんは俺の祖父ちゃん?
心に大きな傷を負いながらも、祖父ちゃんは俺を覗き込んできた……ら、何か眉根がやに下がった。何このニヤけた顔。
「おうおう、元気か~? 祖父ちゃんじゃぞ~?」
と、言って俺を抱き上げようとしたが……母さんに阻止された。
「あたしの子どもに触んないでよ、クソ親父!!」
と、思いっきり祖父ちゃんから俺を遠ざけ、庇うようにギュッと抱きしめた。
え~と、母さん? 母さん、素はそういうキャラですか、そうですか? じゃじゃ馬なんですね、解かりました。
「ルミナ! お前、自分が親になって親の気持ちが解かったんじゃなかったのか! クソ親父とは何じゃ、クソ親父とは!!」
うん、正論だね祖父ちゃん。
そして新事実。母さんの名前はルミナさんらしい。
しかし母さんは思いっきり顔を顰めた。
「だからこそよ! 父さん、絶対碌なことしないんだから! この子を殺す気!?」
え、何その不穏なセリフ。
あれ、ひょっとして母さん、本気で俺を守ろうとしてる?
祖父ちゃん、見た目は普通の孫を溺愛する祖父ちゃんにしか見えないんだけど……何か裏でもあるの?
そういえば、さっき一瞬……俺の顔を見た後、難しい表情をしたな……すぐにニヤけたから、気のせいかと思ったんだけど。
って、あれ? 母さん、また顔色が悪くなったような……息遣いも苦しげだし……。
「ルミナ! 安静にしておれ! 出血が止まらんのじゃと医者が言うとったぞ!!」
何ですと!? それでか、母さんのこの顔色の悪さ!!
母さんは、キッと祖父ちゃんを睨み付けた。
「誰のせいよ! 父さんがあたしを刺激してんじゃない!! 死んだら一生恨んでやるからね!!」
いや母さん? 死んだらそれで一生は終わりですからね?
それでまた『ガーン』ってショック受けてる祖父ちゃんや、確かに母さんは祖父ちゃんが来るまでは穏やかな空気でしたよ。
え、何、仲悪いのこの2人。いや、今更だけど。
でも母さんの具合が悪いのは本当みたいだ。話してる間にもどんどん顔色は悪く、息は荒くなっていってる。
バタバタと人が駆け寄ってきて……多分、格好からして医者や看護士なんだろう。俺は母さんの腕の中から看護士さんの1人の腕の中に移された。
……その際、自分が受け取ろうと進み出た祖父ちゃんを母さんが必死で牽制していたことは、スルーしよう。しかも、流石に可笑しいと思った俺自身が看護士さんに手を伸ばしたときには、祖父ちゃんはこの世の終わりかのような傷ついた表情をしていたことも、スルーしよう。
とにかく俺は、看護士さんに連れられ別室へ。その後この部屋で何があったのか、俺は知らない。
俺は甘く見ていたんだ。
母さんは出血が止まらないって言われてても、確かに温かくて、元気に受け答えをしていたから。だから……きっと大丈夫だって。
まさか……この数時間後、母さんが産褥によって亡くなってしまうなんて、想像もしていなかったんだ。
もっとちゃんと顔を見ておけば、声を聞いておけばって思っても……そんなのはもう、全部、手遅れになってしまったんだ。