当然ながら、俺も高町に入るのは初めてだ。
入り口の検問をサボの父親は金でゴリ押しした。
これまでのサボの悪童ぶりは俺たちに脅されて巻き込まれたものだ、と証言させようとして失敗したからだ。
しかも、その脅しにエースとルフィの命を盾に取ろうとするという悪辣さ。
……なんかもう、あまりにも解りやすい腐れ貴族だな。
そうしてやってきました、サボの生家。
流石は貴族というべきか、山賊に育てられている現在は勿論、一般高校生として生を終えた前世でも見たことが無いような豪邸ではある。
住んでる人間が真っ当だったら、素直に感心できたよ、うん。
連れ帰った父親は消毒してから入れって言うし……あ、俺は何とか見つからずにすんだよ。こんなオッサン1人の目を誤魔化すのは難しくなかった。んで、出迎えたサボの母親はうっかり臭いとか言ってるし。
でも何よりムカつくのはステリーだよ! ステリー解る? サボの両親の養子……つまりはサボの義弟だよ! 義弟って意味じゃあルフィや俺と同じのはずなのにね! 丁寧な挨拶の裏に見下しきった感情が透けて見えた!
ようやく俺がポケットから出られたのは、サボが部屋に戻ってからだった。
「ごめんな、ユアン……連れて来ちまって……」
申し訳なさそうなサボだけど……実はワザと付いて来た俺としては非常に心苦しかったりする。なので、早速話を逸らそうと思う。
「大丈夫……でもさー、俺驚いた。サボ、俺ら以外にも弟いたんだねぇ。まぁ、ルフィの方がずっと可愛いけど」
名付けて、あえて茶化して和ませよう作戦。
「……お前、自分は入れないのかよ」
まぁ確かに、俺も弟ではある。けど。
「だって俺、可愛げないし」
俺ってば、口ばっか達者だもんな。
でも、ようやくサボが少し笑ってくれた。……別に、ボケたつもりは無かったんだけど。
まぁいいか。それより、真面目な話を切り出そう。
「それより、気にならない?」
「? 何がだ?」
原作で見てても不思議だったんだよね。
「サボがあのオッサンに見付かったのって、もう結構前だよ? しかもサボも含めて俺たちはここらじゃ有名だ。何で今になってこんな強引に連れ戻そうとするわけ? 金で動くゴロツキなんてブルージャム以外にもいくらだっているんだ、連れ戻すならもっと早く連れ戻してても可笑しくなかったはずなのに」
まぁ、多分ゴミ山を燃やすことになってるからだろうけど……それが親心ならともかく、自分たちのために生かさせるためってんだから救いようがない。
原作知識を持ってはいないとはいえ、俺が言ってることはある意味正しいことはサボも解ってるんだろう、難しい顔で考え込んだ。
クソムカつくステリーがサボの元を訪れたのは、正にその時だった。
「お兄さま、いるかよ」
さっきまでの、両親がいるときとは明らかに違う口調だった。慇懃無礼がただの無礼になってる。
俺はというと。
「ぐぇっ!」
ハッとしたサボに咄嗟に握られて、潰されそうになっていた。カエルが踏み潰されたときのような声出しちゃったよ!
サボが隠してくれようとしたことはよく解るし、勝手にくっついて来た俺がとやかく言える立場じゃないんだけどさ……出来れば、もうちょっと優しく扱って欲しかった。
「今、誰かと話してなかったか?」
キョロキョロと不思議そうに部屋を見渡すステリー。
誰かって、明らかに俺のことだよな?
「…………気のせいだろ」
サボはぶっきらぼうに答えた。バツは悪そうだけど、ルフィのように『ウソ下手っ!』ってほどじゃない。
今はどうでもいいことなんだけど、俺の見たところではウソの上手さはルフィ<<<<<エース<<サボだと思う。俺は……どうなんだろ。
閑話休題。
ステリーは訝しんでいたけれど、実際今この部屋にサボ以外の人間は見当たらない。まさか、全長数cmの小人がサボの拳の中に隠されているなんて、想像も出来まい。すぐに気を取り直したらしい。
取り直したらしいけど……はっきり、胸糞悪くなる言葉の羅列だった。コイツは何をしに来たんだ、単にサボを馬鹿にしにきただけなのか、と思うのに充分なぐらい。
正直思い出したくないので、あえて明文化はしないでおこう。
大事なのは、コイツが言ったただ一言だ。
「グレイターミナルが火事に!?」
聞き捨てならない不穏な言葉に、サボはステリーの胸倉を掴んだ。
ちなみに俺は、ステリーがベラベラ喋ってる間にサボのポケットに戻ってる。
ステリーは少し苦しそうだけど、コイツの苦しみなんて知ったこっちゃ無いからどうでもいい。
「そうだよ……もう何ヶ月も前から決まってる」
この国の汚点は全て燃やすんだ、というステリー。ゴミもそこに住む人々も、全て纏めて。
俺は、じゃあまずお前らが燃えちまえ、と不覚にも思ってしまった。
今それを知ったところで、高町から何かができるわけがない。それでも、いてもたってもいられなかったんだろう。
サボは、部屋の窓から町へと飛び出して行った……ポケットの中の俺も一緒に。
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ルフィとエースは2人、独立国家へと戻っていた。これまで4人で暮らしてきたためやけに広く感じるが、2人にはそれを気にするだけの余裕はなかった。
ブルージャムに、忘れてやることがサボのためだ、と言われ何が本当にサボのためになるのか解らなくなってしまったため今は様子を見ることにしたものの、心配や不安は拭いきれない。
本当に珍しいことだが、そのせいで2人とも夕食があまり喉を通らなかった。
勿論、サボ本人の葛藤など2人……特にエースはよく解っている。それを思えば止められなかったことが酷く悔しいし、その心中を察して胸が張り裂けそうでもある。
とはいえ、今のサボにはユアンも付いているのだ。
本来ならユアンにサボが付いている、と考えるべきなのかもしれない。
だが、あの末弟が彼ら兄弟の内最も大人びていることは、口には絶対出さないけれど何となく気付いている。肉体的には自分達が守っているはずなのに、精神的に守られているような感覚に捕らわれることもあった。
多分、サボの気を紛らわせたりはしてくれているだろう。
また、ブルージャムが言っていた『仕事』のことも引っ掛かっていた。詳しいことは解らないけど、あの時のヤツらの顔を思いだせば絶対碌なことじゃないだろう。
エースは、この間ユアンに渡された小さなナイフを取り出した。
偶々まだあまり錆びついていない綺麗なヤツを見つけた、エースが持ってた方が役に立つだろう、けれど絶対に人には向けないで欲しい……そう言って渡されて以来、常に持ち歩いている。
これまで、ユアンとのその約束は守ってきた。だから今回も、使わなかった……もし取り出していたらブルージャムのヤツらはどんな対応をしてくるか解らなかったからだ。
自分だけならいい。そこにいることがバレてなかったユアンもいい。けれど、もしルフィに万一のことがあったら……そう思うと、どうしても踏ん切りがつかなかった。そうでなかったなら、例えブルージャムの反撃を受けようと、後でユアンに怒られようと、出来る限りの死力を尽くしてサボを行かせなかったのに。
けどもし、明日ブルージャムがルフィに何か妙なことをしようとしたら……その時は、それこそ自分が盾になってでもルフィを守ろうと、そう決意したのだった。
大事な友達を、弟を失うかもしれない。それはエースにとって、何よりも恐ろしいことだった。