波に揺られ、航海すること早数日。俺たちは海軍基地のある町、シェルズタウンへと辿り着いた。
当然といえば当然だけど、ルフィは航海中全く役に立たなかった。でもコビーは手伝ってくれたよ? その気配りに不覚にも涙が出そうになったのはここだけの話だ。
「メシ食おう!!」
ルフィ……島に着いて第一声がそれなんだな……ちゃんと航海中色々食わせてたのに。それも、お前をちゃんとミニサイズにして。
でもまぁ、ルフィの食欲ぐらい俺だって承知してる。
「コビー、これを渡しとく」
俺はコビーに、アルビダ一味から奪った現金の内いくらかを渡した。
「ルフィとメシ屋に行っといてくれない? 俺は買出しをしときたいから、その間だけアイツを見張ってて欲しい……放っておくと、店の食料を食い尽くす勢いで食べ続けるだろうから」
これまでのコルボ山生活での習慣を考えたら、まず間違いなくルフィは食い逃げに走るだろう。でも、今までは金が無かったから食い逃げをしてただけで、金が有るなら払っておいた方が後腐れが無くていい。これ俺の持論。これまで食い逃げしてきた店にも、後々ちゃんと払うつもりでいる……宝払いでね。
まぁ……今渡した金額じゃあ、とてもじゃないけどルフィの食費を購えやしないだろうけど。
俺の買出しには、特に変わったことはない。
まぁ、この先オレンジの町・珍獣島と買い物なんて出来なさそうな島に行くんだし、ちょっと多めに買い込んでおいたけど。
取りあえず、水と食料。今乗ってる小船にキッチンなんてないから、買った食料は保存食が主だ。
ライムジュースやレモンジュースもたくさん買っておいた。壊血病にはなりたくないからね!
後は酒! そう、酒!! 酒豪・ゾロも加わることになるだろうし、色々揃えた!
取りあえずそういった物を小船に積み込んで、俺はルフィとコビーがいるであろうメシ屋へと向かった。
2人を見つけるのは簡単だった。人だかりの出来ている店に行けば良かったからだ。
ルフィの食いっぷりにギャラリーが出来てたんだよ……。
正直言えば他人のフリしてスルーしたかったけど、これも宿命なんだろう。俺は意を決して店に入った。
……お前の胃袋はどこのブラックホールだ? 亜空間にでもなってんの? って勢いで食欲を満たそうとするルフィの姿がそこにあった。
うん、俺にとってはある意味見慣れた光景!
「それ、金足りてる?」
どうせ食事中のルフィは人の話なんて碌に聞きゃーしないから、まずはコビーに聞いてみた。
コビーは蒼白な顔でフルフルと首を振る……うわぁ、面白い!
ゴメンナサイ、ちょっとからかってました。俺ってばわざと、絶対にルフィの食費には足りないだろう金額しか渡してない。だって戦々恐々になるであろうコビーを見て楽しみたかったんだもん!!
充分に堪能したことだし、ここらで安心させよう。
「大丈夫、買出ししてきたけどまだちょっと残ってるから」
つーか、あえて残した。色々買ったけどちゃんと計算はしてたんだ。
救世主! とも言わんばかりの輝く瞳で俺を見詰めるコビーに、ちょっとやりすぎたかな~とも思ったけど、まぁ面白かったからよしとしよう。
ルフィが食い終わるまでの間に俺も注文して(勿論、俺はただの大盛りだ)、俺が食い終わった頃にルフィも丁度食い終わった。
さて、頃合かな。
「ルフィ、俺買い物の最中に面白そうな話を聞いたんだ」
本当は聞いてなんかいないけど、まぁそう言っといても問題は無いと思う。
「ん?」
ポンポンと腹を擦りながらルフィは視線で促してきた。
「ここの海軍支部に、海賊狩りって呼ばれてる賞金稼ぎの剣士が捕まってるんだって。名前はロロノア・ゾロ」
ゾロの名が出た瞬間、店中の人間がドン引きした……何もそこまで。って。
「どうしたんだ、コビー? 面白い顔して」
コビーってばムンクの叫び状態だよ! 感情表現の豊かな子だよね!
「ど、ど、どうしたって!! ゾロって……あのロロノア・ゾロですよ! 魔獣のようなヤツだって専らの噂なんですよ!?」
ゾロ……お前一体何したんだ? 魔獣って……。
「ソイツ強ェのか?」
お、ルフィの興味は引けたらしい。
「強くなけりゃ噂になんてならないさ」
実際、ここの人たちにヨサク&ジョニーを知ってるかって聞いても知らないって言われそうだ。
「ちょ、ちょっと待ってください! まさか、仲間に誘う気ですか!?」
「そうだな~、いいヤツだったらな!」
ルフィは乗り気だ。
「悪いヤツだから捕まってるんでしょうっ!?」
コビーは必死だね。でもさ。
「コビー……冷静に考えてみなよ」
落ち着いて、落ち着いて。クールダウンだよ。
「そもそも、ロロノア・ゾロは賞金稼ぎなんだ。本当なら仲間に誘うかどうか、だなんて考えるまでもない。それなのに、俺が何でこんな話を出したと思う? ロロノア・ゾロが『捕まってるから』だ」
いくら今俺たちに懸賞金は懸かってないとはいえ、本来なら賞金稼ぎを海賊の仲間に、なんて考えない。
「いくら悪名高くたって、賞金稼ぎをやって海軍に捕まるなんてことはない。そんなことしたら、わざわざ懸賞金を懸けてまで手配する意味が殆ど無くなる」
懸賞金の高さが強さや危険度を示すバロメーターのような扱いになってるけど、要は懸賞金が高ければ高いほど海軍はそいつを捕まえたいのだから、そんな自分の首を絞めるような真似をするわけがない。
「しかも、もう1つ面白い話を聞いたんだ。ここの海軍支部で1番のお偉方はモーガン大佐っていうらしいんだけど」
モーガンの名を聞き、また町の人々が大きな音を立てて俺たちから離れていった。
何て解りやすい反応なんだろう。
「……まぁ、とにかく。そのモーガン大佐には、色々イヤ~な噂があるみたいでね」
実はこれ、本当の話だったりする。
俺が余所者だから逆に言いやすいのか、買い物をした店で結構大佐の愚痴を聞かされた。ぶっちゃけ、『貢ぎ』が大変だって話。
「だから、ロロノア・ゾロが捕まってるのって何か理由があるんじゃないかな~、なんて思ってさ」
俺の話をルフィは面白そうに聞いてたけど、コビーは複雑そうだ。
「そんな、海軍の偉い人に……嫌な噂だなんて……」
そりゃあ、今までずっと海軍に憧れてそれを心の支えにしてきたコビーにしてみれば、俄かには信じがたいだろう。
「んじゃ、ひとまず行ってみっか。海軍支部!」
ルフィのその一言で、俺たちの次の目的地が決定したのだった。
やってきました海軍支部! いやー、結構デカイね!
ここになら……『アレ』がある可能性が高い。
手に入れたところで、実際に使うことになるかどうかは解んないけど、無いよりは有る方がいい。
って、今はそれよりもゾロだ、ゾロ!
「ユアン、ゾロがいそうな場所、解るか?」
ルフィに聞かれたから、ちょっと意識を集中してみた。
「解るかって……捕まってるんですよ? きっと奥の独房とかに……」
「いや」
コビーの言葉を遮り、俺は閉じていた目を開く。
「あっちの方に1つ、強そうな気配がある……多分、それだ」
いや、驚いた。何とも強烈な存在感だ。想像以上だよ。
でも間違いない。この気配がきっと、ロロノア・ゾロのはずだ。
「あっちだな!」
ルフィは俺の指差した方向へと走っていった。コビーは目をパチクリとさせて呆けている。
「気配って……」
あ、やっぱり信じてないな? 何て疑わしげな目!
「別に、信じられないなら信じなくていいよ。ルフィだって、最近まで信じてくれてなかったんだから」
肩を竦めて、俺はルフィを追う。
ルフィはそう離れていないところで壁によじ登り、海軍基地の中を覗いていた。
「ユアン! ほら、いたぞ! アイツだろ、ゾロって!?」
うん、ちょっと興奮状態だね。
俺もルフィの隣から顔を出して、中を見てみた。そこにいたのは。
十字の杭に縄で縛られ、磔にされている男。
間違いない、ロロノア・ゾロだ……でもさ。
何であんな縛り方なんだろ? ヘルメッポの趣味だったりする?