麦わらの副船長   作:深山 雅

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第49話 甘言

 俺が困惑していると、バギーが徐に口を開いた。

 

 「男の子ならユアン、女の子ならユリア。もし自分に子どもが出来たらそう名付ける……ルミナはそう言ってやがった」

 

 ………………って、母さーーーーーん!? 公言しとったんかい!?

 何それ、つまり俺は名乗るだけで母さんの子だって一部の人間にはバレてしまうってことか!?

 バギーが知ってるってことは、少なくとも元ロジャー海賊団クルーにはバレてると思っていいだろう。それぐらいなら問題無いかもしれない……原作では、少なくとも頂上戦争時までに麦わらの一味が出会ったのはバギー・クロッカス・レイリーの3人だけだ。

 バギーは小者だし、クロッカスやレイリーがマイナスになるようなことをするとは思えない。

 

 けどもし……他にも知ってるヤツがいたら?

 俺、名前も隠さなきゃいけないのか? ……いや、それは無理だ。これから偽名を使ったとしても、絶対に誰かがポロッと暴露する。

 例えばルフィとか、ルフィとか、ルフィとか……。

 くそっ、あまり知られていないことを祈るしかないのか?

 いやそれよりも、今は目の前のバギーを何とかしなければ。

 俺は動揺して少し乱れていた息を整えた。

 そうだ、バギーはあくまでも『ルミナの』子かと聞いた。顔を見られたわけじゃないんだ。名前だけでそう言ってるなら、偶然の一致で乗り切れるかもしれない。

 

 「何のことだ?」

 

 必殺・しらばっくれる!

 俺は首を傾げてみせ、渾身のハッタリをかました。

 

 「………………違うってぇのか?」

 

 もの凄く微妙な間を置いて、バギーが胡乱げに聞いてきた。

 多分、ヤツは殆ど確信している。俺には詳細は解らないけど、そう考えるだけの根拠があるのかもしれない。

 それでも、信じたくないのかもしれない。もしヤツが本当にまだ母さんに未練があるなら……知らない間に子持ちになってる、なんて考えたくないだろう。

 だから、迷っている。そこを突いてやる。

 

 「悪いけど、何を言っているのか解らな」

 

 「何言ってんだ、おばちゃんはお前の母ちゃんだろ?」

 

 ……って、こンのクソゴムがっ!!

 

 いつの間にか復活していたルフィがキョトン顔で暴露した。

 コイツ、俺が何とか乗り切ろうと口八丁を働かせようとしていたまさにその時に……!

 俺がフードの下から引き攣った笑みを向けると、ルフィがちょっと震えた。お前、本当にもう黙ってろ!

 

 「テメェ、やっぱりそうなんじゃねぇかっ! ハデに嘘吐きやがって!」

 

 あぁ、もうバギーってば完璧にそっち側に判断が傾いちゃったよ。

 仕方が無い、こうなったらせめてこの顔だけでも隠して……。

 

 「なぁ、ユアン! 何でそんなに怒ってんだよ、何で睨むんだ!?」

 

 ルフィが、俺のフードを捲って顔を覗きこんできた。

 ………………って、この野郎ォ!!

 何なんだコイツは!つーか、フード取る必要あったのか!?

 見れない。バギーの方が見れない。一瞬目の端にチラッと映ったヤツの姿が、まるで石像みたいにビシィッと固まっていたから、絶対直視できない。

 けど、何時までもこうしてるわけにもいかない。

 

 「あ~っと……じゃあ俺、ナミの手伝いでもしに行くから」

 

 前後に何の脈絡もないけど、取りあえずここにいたくなかった。

 逃げと言いたければ言え!

 俺はルフィがまた余計なことを言い出す前にクルリと方向転換した……が。

 

 「どわっ!」

 

 飛んできたナイフにその動きが止められた。

 

 「待てィ、こんガキャー!!」

 

 バギーだった。うわ、さっきのナイフ、ルフィとの攻防の間にやってたものより早いし狙いも正確だった! まぁ、かわしたけどね!

 俺はもう殉教者のような気分でバギーを振り返り……後悔した。

 何と言うか、もう……同情を禁じえない。

 

 「何だ、テメェは! ハデにムカつく顔しやがって!!」

 

 うん、予想通り! 予想通りの、なんて理不尽な怒り! 俺関係ないじゃん!

 それでも俺はバギーを責められなかった。

 まるで滝のように涙を流すその顔を見ると、とてもじゃないけどこれ以上の追い討ちはかけられない。何だか、その涙が血の色に見えるのは気のせいだろうか?

 これは絶対気付いてる。俺の出生に完全に気付いてる。

 バギー……不憫なヤツ。

 

 「何だ、その同情しているかのような視線はァ!!」

 

 ブンブンと何本も投げてくるナイフをかわしながら、俺は内心でツッコんだ。

 違うぞバギー、これは同情した『ような』視線ではなく、同情『している』視線なんだ。

 でも、言えない。あまりにも不憫すぎて……。

 

 「ルミナが消息不明になって15~16年! テメェも見たところそれぐらいの年だな、オイ!! つまりはそういうことなんだろうがッ!!」

 

 うん、多分真実はお前の考えてることとほぼ同じだと思う。

 

 「バラバラ砲っ!!」

 

 最終的にバギーは、ナイフを握り締めた腕を俺に飛ばした。しかしそれを隣から掴んだゴムがいた。

 

 「お前の相手はおれだ!」

 

 ……おい、カッコつけてるけどさ、バギーがこうなった元凶ってある意味お前だよな、ルフィ?

 

 「黙れテメェ! おれは1度は吹っ切ったんだ……仕方が無いと諦めた! だがな、ルミナがヤツの元を去ったと聞いたとき、また希望が見えた気がしたんだ! それなのに……ルミナの行方不明の原因がこういうことだったなんざ、認められるかっ!」

 

 勝手なこと言うな、と言いたい。別に母さんが『赤髪』の元を離れたからって、お前に靡く理由にはならんだろうが! 大体、何で俺の存在にお前の許可が必要なんだ!

 ……でも、口に出しては言えない。不惑も間近だろうオッサンが血の涙を流しながら咽び泣く姿の、何と哀れなことか。青春の思い出ってバカにできないね!

 

 「おれは……この世のあらゆる財宝をこの手にすると誓った! いつの日か、シャンクスを超えてやろうと……!」

 

 方向性が思いっきり間違ってる気がするが。ってか、だから実力を見詰め直しなって……東の海で燻ってるヤツが四皇を超えるって、本気で言ってるのか?

 

 「なぁ、ユアン」

 

 バギーが己の世界に入り込んでる間に、ルフィが俺に聞いてきた。

 

 「あいつ、何言ってんだ? 何でおばちゃんの話がシャンクスの話になるんだ?」

 

 ………………うん。

 

 「お前はそれ、一生解んなくていいと思うよ。」

 

 ここまで情報出されてまだ気付かないルフィって、奇跡じゃね!? いや、俺的にはその方が都合がいいんだけど。

 仕方が無いか。かつて俺が『赤髪のシャンクスに似てるなんて気のせいだ』って言ったら『気のせいか』って納得しちゃったような子だもんね?

 

 「海中は無理でも、海上の宝は全ておれのものだ! だから……おれの財宝に手を出すヤツァ、許さねェ!!」

 

 バギーの視線の先には、宝の袋を抱えるナミがいた。

 バギーは上半身を飛ばし、ナミを襲おうとする・・・が。

 

 「はぅっ!?」

 

 置き去りにしていた下半身に、ルフィの急所攻撃が炸裂した。

 コイツ鬼だ!!

 

 「お前の相手はおれだって言ってるだろ!」

 

 何か、バギーの不憫パラメータが振り切れているような気がしてきた。

 

 「おい、お前、さっさと逃げろよ!宝なんて置いてきゃいいだろ!」

 

 助かった、とホッとしているナミにルフィが忠告した。

 確かに、両手一杯にあんな袋抱えてたら、走りにくいことこの上ないだろう。

 

 「いやよ!」

 

 だが、ナミはどキッパリ断言した。

 

 「私は海賊専門の泥棒よ! その私が海賊から盗んだんだから、この宝はもう私の物! 何で置いてかなきゃいけないのよ!」

 

 ナミの泥棒論、絶好調だな。

 

 「ふざけるな! おれの宝はおれの宝だ! 何でそれを他人に渡さなきゃならねェんだ!」

 

 あれ、でもお前ロジャー海賊団時代に母さんに宝石あげたんじゃ……そうだ。

 バギーはもう充分不憫だが、この際とことん不憫になってもらおう。

 

 「剃」

 

 俺は一瞬でバギーの背後に立った。

 

 「じゃあ、それ、俺にくれない?」

 

 そう聞くと、バギーは振り返りざまナイフで切りつけようとしてきた。勿論、しっかり受け止めたが。

 

 「テメェはおれの話を聞いてたのか!? 何でおれがテメェに宝をくれてやんなきゃならんのだ、ハデバカがっ!」

 

 ……人の顔を見る度に血の涙を流すの、やめて欲しい。

 俺は1つ溜息を吐くと、ナミに聞こえないようにバギーの耳元で囁いた。

 

 「コレくれたら、後で母さんの墓所、教えてあげてもいいぜ?」

 

 その一言に、バギーの肩がピクリと揺れた。よし、反応はありそうだな。

 

 「お前の言う通り、俺の母はモンキー・D・ルミナ。俺の名前はモンキー・D・ユアンだよ。悪いね、母さんは有名だから、出来れば知られたくなかったんだ。でも俺は知ってたよ? あんた……『赤鼻』のことを」

 

 さて、上手いこと言葉を選ばないとな。

 

 「かつての仲間なんだって? でもさ、俺当時のこと知って思ったんだ。お前、母さんのこと好きだったんじゃない? しかもさっきの様子を見るに、まだ未練があるんだ?」

 

 「んなっ!?」

 

 おーおー、真っ赤になっちゃって。

 

 「でもお前、母さんがどこに眠ってるかなんて知らないんだろ? 墓参り、したくない?」

 

 バギーは目を見開いた。

 

 「テメェは知ってるってのか!?」

 

 その質問に、俺は余裕な笑みを浮かべた。

 

 「勿論。だって俺は息子だもんね」

 

 嘘ではない。確かに知っている。

 そうして俺は困ったような表情を浮かべた。

 

 「昔から思ってたんだ。母さんの墓参りに行くのって祖父ちゃんや俺(とエース)ぐらいしかいなくてさ、可哀そうだなって。昔の仲間が会いに来てくれたら、きっと草葉の陰で喜んでくれると思う」

 

 これはこれで事実である。

 母さんの墓参りに行くのは俺たち家族ぐらい。だって世間に知らせてないんだから、当然である。

 それに、日記から読み解いた母さんの性格を考えれば、草葉の陰からって部分も嘘じゃない。

 

 加えて、だ。

 母さんの墓参りに行くのが俺たち家族ぐらいってことはつまり、『赤髪』も来たことが無いってことだ。つまりはヤツに先んじることが出来る。

 バギーのコンプレックスを思えば、些かみみっちいとはいえ溜飲が下げられる事実なんじゃなかろうか。

 

 「………………本当だろうな?」

 

 おぉ、食いついた!

 

 「俺は嘘は吐かないよ」

 

 まぁ、言葉を敢えて抜かしたり、黙秘したり、ハッタリをかましたりすることはあるけど。

 

 「で? 宝、もらってもいい?」

 

 俺が聞くと、バギーはたっぷり30秒は考えてから、小さく頷いた。

 げに恐ろしきは、22年越しの執念。

 

 「ナミ、その宝頂戴? バギーが俺にくれるって」

 

 バギーには見えない位置で、『ひとまず預けてくれればいい』というアイコンタクトを送ると、ナミは渋々宝を俺に渡した……ふふふ、返す気はないぞ。

 

 「あぁ、そうだそれと」

 

 俺は再びバギーに向き直った。

 

 「記録指針を持ってたりしない? あったら欲しいんだけど……」

 

 聞くとバギーは、やっぱり記録指針を持ってるらしい。船長室の隠し金庫に仕舞ってあるんだってさ。気付かなかった。俺もまだまだだな。

 

 「ルフィ」

 

 俺は宝を持って、ナミと船の方に向かうことにした。

 

 「俺はちょっと用ができたから、先に行ってるよ。後は任せた」

 

 「おう! アイツぶっ飛ばしてやる!」

 

 俺とバギーの会話は、近くにいたナミにも聞こえないぐらいの小声だった。当然、離れていたルフィにも聞こえているはずがない。

 でももう欲しいもの記録指針の情報は得たし、バギーがどうなろうと興味は無い。それこそ、ルフィにぶっ飛ばされても、ね。

 

 「ブードルさん」

 

 俺は、少し離れたところで隠れながら成り行きを見守っていたブードルさんに、持っていた宝を渡した。

 

 「復興に使ってください。元々あなたたちの物なんだし」

 

 「ちょっと!」

 

 ナミが慌てて俺を止めようとした。

 

 「それは私の宝よ! 海賊専門泥棒の私が海賊から盗んだんだから!」

 

 「この宝は、海賊のものになる前はこの町のもの。最終的にそれをこの町の人が取り戻したってだけの話だ。結論だけ言えばね。泥棒の持論よりは正当だと思うけど?」

 

 それに、と俺は続けた。

 

 「それとも、ナミはブードルさんの目の前でこれを奪うの? 町を海賊に襲われた人たちに、更に追い討ちをかけたいんだ?」

 

 卑怯な言い方である。ナミの過去を知りながら、あえてそこを突くような言い方だ。予想通り、ナミはグッと押し黙った。

 憤懣やるかたない様子だけれど、ナミは黙ってそのまま船の方に向かっていったのだった。俺もそれに続く。

 

 しっかしバギーのヤツ、ああもあっさり頷くとは。まさしく、恋は盲目、ハリケーン。空恐ろしいもんだよ。

 ……母さんの墓所については、今後余裕を持って会えた時、本当に教えてあげよう。バギーのためというよりも、母さんのために。

 きっと、『友達』に来てもらえれば、嬉しいだろうからね。


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