理不尽だ。
「いてててて! そこだ、そう、もっと強く!」
何で俺がこんなことしないといけないんだ。
「たわしのおっさん大変だなー」
ルフィ……お前はいいよな。暢気に弁当食えてるんだから。
「まぁ、20年もあんな箱に入ってたんじゃあね。仕方が無いわ」
ナミも何だかんだ言っても手伝ってくれないし。
けど1番理不尽なのは。
「ふむ……しかしこの弁当、中々美味いじゃねぇか」
何でガイモンが俺の分の弁当食ってるんだ!
そして! 何で俺がこんなもじゃもじゃなオッサンの整体マッサージなんてしてやらなきゃならないんだってことだよ!
箱から出られたガイモンだけど、それで万々歳とはいかなかった。
20年箱詰めになってたせいで下半身の関節がガッチガチに固まってしまってて、碌に立ち上がることすら出来なかったんだよ。
んで、何故か俺がマッサージしてやることになった……何で俺なのさ! しかも俺がモミモミとしているのを尻目にルフィとナミは弁当を広げ出すし。ルフィは食うに当たってちゃっかりミニ化を要求してくるし。羨ましがったガイモンに俺の分渡すハメになったし!
理不尽だ。甚だ理不尽である。
確かに俺は船医代理だ。けどあくまでも『代理』だし、本職の医者でもない。マッサージなんて基本しかできない。
むしろ女の子のナミの方が繊細な施術が出来るんじゃないか? って聞いたけど、無視された。おのれ。
ちなみに……弁当を食べ始めてから、そのナミの様子が少し可笑しい。
「ナミ……不味かったか?」
1口食べて固まり、以後何となく無表情で黙々と食べている。口に合わなかったのだろうか。
「………………不味くないわ」
それは良かった。でも、それならその微妙な間は何だ?
俺たちのやりとりにルフィが不思議そうな顔をした。
「そうだぞ、ユアンのメシは美味いんだ!」
……ルフィは天然の人誑しだ。人をその気にさせるのが上手い。
「ねぇ……あんた、コックじゃないんでしょ?」
ナミが視線を弁当に固定させたまま聞いてきた。
「そうだよ? 言っただろ、コック『代理』だって」
単に、ルフィが作れないから俺が作ってるだけだ。ゾロも作れなさそうだし、ナミは有料だし。コンロを貸してもらうときに1000ベリーを要求されたけど、実はその時、3000ベリー出すなら代わりに作ってあげる、とも言われた。勿論、丁重に断った。
「これ……どうやって作ったの?」
ナミが持ち上げたのは、野菜炒め・・・いや、どうやってって言われても。
「野菜を切って、油通しして、焼いて、味付けした」
極々普通の工程だよね?
「……この肉は?」
次に指したのは、レアステーキ。何でレアかって?そういう気分だったからとしか言いようがない。
「焼いて、味付けした」
ただそれだけ。実に単純だ。
「そう……」
それっきり押し黙るナミ……何なんだ一体?
って。
「お前は何やってんだ」
俺は、ナミの弁当に付けといたみかんにこっそり伸ばされていたゴムの手を掴んだ。
「人の物を取ろうとするな。どうしても欲しけりゃまずくれないかって聞きなよ」
盗み食いを邪魔されたルフィがむくれた。
「だって、おれの弁当にこれ付いてなかったぞ!」
「……お前、自分の弁当にどれだけ肉が詰め込まれてたか解ってる?」
それはもう、思いっきり入れた。㎏単位で入れといた。なのにまだみかんを要求するか。
「これで我慢しなよ」
俺はガイモンの食べかけの弁当を奪い、ルフィに渡した。ガイモンがショックを受けてる顔したけど……そもそも何でお前に食わせなきゃならなかったんだ。俺は今お前のマッサージしてんのに。
「でも、あなたはどうして箱に嵌ってたの?」
ナミがいつの間にか気を取り直していて、ガイモンに尋ねていた。
「……お前ら、海賊だと言ってたな」
「ああ、まだ4人だけどな」
弁当その2を食べながらルフィが頷いた。
「おれもそうだった……あれはいい! 特に宝探しには胸が躍るもんだ!」
そして語られるガイモンの過去。大岩の上で見つけた宝箱に気を取られて落下し、その下にあった別の宝箱にジャストミート。そして抜けることも出来ずに20年が経過、と。
「正直に言やぁ、もう箱から出ることは諦めてたんだがな……」
まぁ、20年もあのままだったんじゃあな。
「じゃあ、元に戻そうか?」
意外にも少し寂しそうな顔をするもんだから聞いてみたが、慌てて否定された。
「バカ言うな。諦めてはいたが、抜けられたんならそれに越したことは無ェ」
良かった、許可を取らずにやったから本当は嫌だったのかと思った。
「ところでお前たちは、何を求めて海賊になったんだ?」
ガイモンが質問返ししてきた。
「おれは、ワンピースを見付けて海賊王になるんだ!」
ルフィ……本当にブレないな。
「ワンピースだと!?」
ガイモンが驚愕している。
「まさか、グランドラインへ入るつもりか!?」
「そうでなきゃ海賊王になんてなれない……って!」
「ぐはぁっ!」
俺はガイモンの右足の膝を伸ばした。膝が1番凝り固まってた部位だったからか、ガイモンが悲鳴を上げる……うん、これは痛いだろうな。
「海図もあるんだぞ!」
ししし、と笑うルフィだけど……残念、グランドラインで必要になるのは海図よりも記録指針だ。
「ほう。で、どれがグランドラインだ?」
ルフィが広げて見せた海図を眺めるガイモン。
「さぁ……解んねぇけど。たわしのおっさんは解るか?」
「おれは海図なんてさっぱりだ!」
「おれもだ!」
はっはっは、と笑い合う2人……うん。
「海賊同士の会話とは思えないわ」
「右に同じ」
でも、もう諦めの境地だ……これまで何度、ルフィに航海術を仕込もうとして挫折してきたことか。あ、目から汗が……。
「いい? レッドラインは知ってるわね?」
海図を引っ手繰り、ナミのグランドライン講座が始まった。
世界を割る大陸、レッドライン。その中心から直角に世界を1周している航路が、グランドライン。
「歴史上でも、それを制したのは海賊王、ゴールド・ロジャーただ1人!世界で最も危険な海だと言われてるわ」
普通なら尻込みしそうなそんな情報も、ルフィにかかれば。
「世界1周旅行ってことか」
そんな一言で片付けられてしまった。俺としては、苦笑するしかない。
「別名、『海賊の墓場』。デタラメな天候と敵対する3大勢力、その他諸々の困難によりそう呼ばれ、一般常識は全く通用しない海」
俺がそう言うと、ナミに何故か睨まれた。
「詳しそうじゃない。知ってて何でこいつを止めないのよ。」
えー、だってさぁ。
「ルフィなら出来そうな気がするんだよね」
ルフィに視線を向けながら言うと、ルフィは胸を張った。
「おう、やるぞ!」
そんな和やかな俺たちに対して、ナミは頭を抱えた。
「なんて根拠の無い話……」
根拠はあるぞ、色々。
あぁ、でも。
「ルフィ、俺今、3大勢力って言ったよな?」
「? おう」
「それが何か解るか?」
聞くとキョトン顔になるルフィ……うん、コイツ絶対知らない!
「海軍本部、七武海、四皇だ。海軍の上層部と四皇・七武海のメンツの二つ名と名前と顔、それと出来れば能力ぐらいは覚えておいた方がいい」
特に、七武海。事前情報があれば、砂ワニに串刺しにされたりだとか、デカらっきょに影を取られたりだとかは回避出来るかもしれない。
ってーかむしろ常識の範囲の知識じゃね? 特に海賊なら。
「………………しちぶかい、ってのは聞いたことある! ……気がする」
「だろうね。ちょっと前に、エースが勧誘されたの断ったっていう新聞記事見せたはずだし」
むしろ、思い出すのが遅すぎる。しかも、思い出しきれてない。
「七武海は、政府公認の海賊。収穫の何割かを政府に納めることで、未開の地や海賊に対する略奪行為を許されている。政府の狗とも揶揄されるけれど、実力は高い連中。世界政府がコイツらを擁する目的は……って、お前聞いてないだろ!」
折角人が懇切丁寧に説明しようとしてんのに、コイツ途中で理解を放棄しやがった! 弁当に食らい付いて無視を決め込みやがった………………うん。
「お前、後で勉強会な」
決めた。絶対にグランドラインに入るまでに最低限の知識詰め込ませてやる。
「勉強!?」
驚いた顔で振り向くその表情には、明らかに『勉強キライ!』と書かれていた。お前は中だるみの高校2年生か!丁度17歳だしな! いや、高校2年生の全員が弛んでるわけじゃないのは解ってるけど。
「七武海だけじゃないぞ、四皇も海軍も、俺の知ってる限りは教えてやる」
ニッコリと笑って宣言すると、ルフィの顔がちょっと青くなった。
「あんた、本当に詳しいんじゃない……」
ナミは若干呆れ気味だ。
「知ってるなら解るだろ、ワンピースなんて夢のまた夢だ」
ガイモンも小ばかにしたように言ってきた。ちょっと腹立つ。
「いででででででで!!」
俺はまだ曲がったままだったガイモンの左膝の関節を思いっきり伸ばした。ちょっとした意趣返しである。
「まぁどっちにしろ、精々稼ぐだけ稼いで逃げるってのが賢いやり方よ」
ナミはそう言うけど……それ無理だろ。
「グランドラインはカームベルトに挟まれてるから、1度入れば逃げ出すのは困難……それは知ってるだろ?」
原作でクリーク一味はグランドラインを逃げ出してきていたけど、あれは随分と運が良かったんだな、としか言い様がない。追いかけて来たミホークは……うん、海王類ぐらいどうとでもしそうだし、深くは考えない。
ナミも、カームベルトのことは承知していたらしく、言葉に詰る。
「お前、随分と乱暴なやり方じゃねぇか」
ガイモンが自身の左足を擦りながらぼやいた。
「失礼な。少なくとも、マッサージをしてあげるぐらいには優しいつもりだよ。それで、どう? 歩けそうか?」
一応両足を一通り揉み解したから聞いてみた。
「どうもまだ難しいな。感覚が無ェ」
まぁ……仕方がないな。そればっかりはどうしようもない。運動不足のせいで筋力も弱ってるんだろうし、後はもう時間をかけて慣らしてもらうしかない。
何度も言うけど、俺は本職の医者じゃない。これ以上出来ることなんて無い。
「まぁ、それはそれとして……ついでにもう1つ、頼まれ事を聞いちゃくれねぇか?」
ガイモンが神妙な顔で俺たちを見渡した。
「20年前におれが見た、あの宝箱のことなんだけどな」
あれを諦められない、どうか確認させてくれねぇか……ガイモンはそう言ってきたのだった。