麦わらの副船長   作:深山 雅

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第54話 確認作業と勉強会

 珍獣島を出航し、俺はプリントを手書きで作成していた。

 そしてあんまりにもそれに集中していたもんだから……初めは気付かなかった。

 

 「どうだ? 大漁だぞ!」

 

 ルフィの釣りが、もの凄い成果を挙げていたことに。

 確かに大漁だ。10匹はいる。群れにでも遭遇したんだろうか。

 しかも。

 

 「お前、どんだけ幸運なんだよ……」

 

 俺はつい感嘆の溜息を吐いてしまった。

 ルフィが釣った魚たち。それは鯛だった。

 そう、キングオブフィッシュの鯛だよ! ピッチピチの真鯛!

 

 「どうしよう……オーソドックスに塩焼きにするか? それとも、折角新鮮なんだし、刺身にでもするか?」

 

 いや待て、10匹以上いるんだ。煮付けにだって出来るし、ちょっとは残しておいて干物にして保存するのもいいかもしれない。

 

 「何ブツブツ呟いてるのよ」

 

 俺が考え込んでいると、ナミが呆れたようにツッコんできた。

 

 「俺は、コック代理として今後の食事事情を考えてるだけだよ」

 

 うん、やっぱ取りあえず今晩は塩焼きにしよう。素材の旨みを引き出すのが1番だ。

 

 「そう。だったらさっさと作りましょ。手伝ってあげる」

 

 「いや、いい」

 

 「何でよ!?」

 

 間髪入れずに断ると、ナミに怒られた。だってさ……。

 

 「3000ベリーなんでしょ? 4人分ぐらい大した手間じゃないし、1人で充分だ。」

 

 コンロの使用料だけでも1000ベリーなのに。

 

 「いらないわよ。コンロの使用料もタダにしてあげる」

 

 ………………え!?

 ナミが……金を、いらない……だと……!?

 

 「ちょっと、何よその顔!」

 

 多分俺は化け物でも見るような顔をしていたんだろう。ナミが思いっきり顔を顰めた。

 うん、俺ってば失礼。失礼なのは解るけど……だってさぁ?

 

 「あのねぇ」

 

 ナミは頭を抱えた。

 

 「私、まだあの話聞いてないのよ?」 

 

 「あの話? ……あぁ、覇気のこと?」

 

 そういえば言ったな、後で話すって。なるほど、話をする時間を作ろうと……でも。

 

 「別にわざわざ2人きりになろうとしなくても、後で食事中にでも話すよ?」

 

 ルフィはもう知ってるし、ゾロに隠すようなことでもない。

 ナミは、何となく言いにくそうにしていたけれど、徐に口を開いた。

 

 「…………他にも、聞きたいことがあるのよ。嫌だって言うなら、例え100万ベリー出したってコンロ貸さないから!」

 

 何故だか躍起になってる。どうしたっていうんだろう?

 でも……チャンスと言えばチャンスかもしれない。

 この後にはシロップ村、そしてウソップ・メリー号との出会いだ。

 メリー号を手に入れたら、ナミと2人きりになるのは難しい。全員が同じ船に乗り合わせているとなれば、誰がいつ来るか解らない。その前に、ちょっと情報を得ておこうかな。いや、実際には既に知ってるけどさ。原作知識だなんて言えないし、『情報を得たという事実』は必要なんだ。調理中ならば、怪しまれずに可能だろう。

 俺は1つ頷くと、にっこりと笑った。

 

 「解った、よろしくね」

 

 そうして俺はルフィが釣った魚を小さくして桶に入れた。

 

 「ユアン……お前、何か企んでんのか?」

 

 ルフィから使い終わった釣竿を受け取る時にそんなことを聞かれてしまった。

 確かにちょっと企んでる。でも、何で解ったんだ?

 俺は視線で問いかけた。するとルフィの答えは。

 

 「なんか、そんな顔してる」

 

 具体的なことは自分でも解ってないんだろう。ルフィの返答は抽象的だった。

 しかし、表情で気付かれるとは。まぁ俺たちの付き合いって、長い上に濃いもんなぁ。ルフィは勘は良いし……ど天然だから、折角のその勘が発揮されることは滅多に無いけど。しかも、簡単に誤魔化されるけど。

 俺は肩を竦めた。

 

 「多少はね。でもルフィに迷惑は掛けないし、ちゃんとメシも作るよ」

 

 あ、そうだ。でもその前に。

 

 「ルフィ」

 

 俺はちょっと釈然としない様子のルフィに、さっき作ったプリントを渡した。

 

 「? 何だ、これ?」

 

 俺が渡したプリントは3枚……察してもらえると思う。

 

 「言っただろ? 後で勉強会だって。」

 

 俺がにっこり微笑むと、ルフィは青汁を飲んだような顔をした。

 

 「四皇・七武海・海軍上層部を簡単に纏めといたから。読んどいてね?」

 

 何も、暗記しろとは言わない。いずれはしてもらいたいけど。

 

 「イヤだ!」

 

 案の定と言うか何と言うか、ルフィは全力で嫌がってきた……でもな。

 

 「ルフィ……腹減ってるよな?」

 

 というか、ルフィが腹減ってない時ってそうそう無いよね。

 

 「当たり前だ!」

 

 うん、それって胸を張る場面じゃないと思うぞ?

 

 「じゃあ、メシ食いたいよな?」

 

 「当たりま……!」

 

 ルフィは俺の満面の笑顔の裏を読んだらしい。珍しく。

 時々……本っっっ当に時々、ルフィも裏を読むことがあるんだよ。

 

 「お前、鬼だ!!」

 

 何とでも言え。俺の考えは変わらない。

 

 もし勉強しなかったら、メシを抜くからな!

 

 俺は無言で魚を持って船を移ったのだった。

 

 

 

 

 「え~とだな、アレは覇気といって……」

 

 現在俺は、鯛を焼きながらナミに覇気の説明中である。

 最初に言っておく。鯛を焼く時は気を抜いていけない。鯛は鱗ごと焼くのが美味いのだが、うっかりすると松ぼっくりみたいになってしまうんだ。なので、俺は今目を離せない。

 

 「まぁ言ってみれば、誰でも持ってる潜在感覚だよ。それが引き出せるかどうかって話であって……『気配』・『気合』・『威圧』の3種類があって、それぞれ見聞色・武装色・覇王色と呼ばれてる。俺が使ったのはこの内の1つ、見聞色……ただし、完璧じゃないから『モドキ』を付けた。」

 

 「要するに、気配に敏感ってこと?」

 

 俺の丁寧な説明は、味噌汁用の大根切ってるナミに一纏めにされた。

 うん、味噌汁作ってるんだよ。今日は和食。ついでに言うと、和食って大変なんだよね……味噌もシェルズタウンで買ったんだけど、中々見付からなかった。

 閑話休題。

 

 「ま、平たく言えばそうだね。苦労したよ、何年も殴られ続けてやっと掴みかけてるんだから」

 

 鯛から目は離せなくても、ちょっとぐらい手を離すことは出来る。鯛を焼いているのとは反対のもう1つのコンロにかけた鍋では今、出汁を取っている。ちなみに鰹節だ。

 何故かその様子を、ナミは食い入るように見ていた。

 

 「ねぇ……あんた、誰に料理習ったの?」

 

 え、急に何だ?

 

 「別に誰にも習ってない。必要に迫られて試行錯誤しただけ」

 

 前世で家庭科の授業中にちょっと習ったけど、あれは本当に基本だけだったからね。

 

 「必要って?」

 

 何だろう、やけに食い付くな。

 

 「他にやってくれる人がいなかったってこと。ルフィ(とエース)は精々丸焼きにするぐらいだし」

 

 毎日毎日町で食い逃げするわけにもいかないしね。

 俺の答えに、ナミは首を傾げた。

 

 「そういえば、さっきも言ってたわよね。自分たちはそういう生活を送ってきた、とか。互いの扱いにも慣れてるみたいだし、あんたたちって付き合い長いの?」

 

 ……またか。ゾロも言うまで気付いてくれなかったよなぁ。

 

 「長いよ。だって俺たちは兄弟だからね」

 

 似てないけど、と付け足すと、ナミは心底驚いた顔をした。

 

 「先に言っとくけど、ルフィの方が兄ちゃんだよ。間違えないでね?」

 

 体のサイズが違うから、大抵は間違われたりしない。でも時々、俺の方が大人びてるからって間違えてしまうヤツもいる。だから釘を刺しといた。

 間違えると、ルフィはそりゃあもう不機嫌になるんだよ。以前町でそのように言われた時は、1日中不貞腐れてた。1晩寝たら機嫌直ったが。

 

 「……呆れた。兄弟で海賊になるなんて」

 

 「ちなみに、俺たちの上にもう2人兄ちゃんがいる。そいつらも海賊として海に出てるよ」

 

 海賊として海に出たけど……サボ、どうしてるんだろ。エースはあっと言う間に名を上げたのに、サボのことは全然聞かない。

 俺が思いを馳せていると、ナミは思いっきり大根に包丁を振り下ろしていた。あれ? 機嫌悪い?

 

 「確か、亡くなった母親も海賊だったって言ってたわよね? どういう家族よ。はた迷惑!!」

 

 随分苛立ってるなぁ。

 でも、勘違いしてる。母親が海賊だったのは俺だけだ……多分。ルフィの母さんのことよく知らないから断言は出来ないんだけど。

 

 「まさか、父親も海賊だ、なんて言うの?」

 

 「………………どうなんだろ?」

 

 サボは貴族の豚。ルフィも違う……革命家って、ある意味海賊より大変だけど。エースのは海賊で、しかも王者だし。俺のは……多分海賊だし。

 うん、ややこしい! 何と言っていいやら解らん!

 考え込んでいると、ナミが睨んできた。

 

 「何黙ってんのよ」

 

 ……その視線に軽蔑が宿ってる気がする。

 多分今ナミの頭の中では、俺は骨の髄から生粋の海賊、ってことになってるんだろうな……。

 

 「じゃあ1つだけ言わせてもらうけど……別に、俺たちが海賊の道を選んだのは、親が海賊だからじゃないよ。ルフィは小さい頃に出会ったある海賊に憧れてらしいし、俺は自分の願いを叶えるのに都合が良さそうだったからだ」

 

 そう、俺たちが海賊になったことに、親は無関係だ! ……よね? あれぇ?

 俺が海賊になったのはルフィの影響で、そのルフィが海賊になったのは……ってことは、間接的に……いや、無関係無関係、うん。色々と気になる考えが浮かんだ気がするけど、気のせいだ。多分。絶対。

 あ、鯛焼けた。

 えーと、何でこんな話になったんだっけ? そうだ、元は俺とルフィが兄弟だって話だったんだ。でもこの話題も終わったし。

 

 「ナミ、覇気以外にも聞きたいことがあるって言ってたよね? 何?」

 

 それで2人きりになったんだよ。何だろ。

 

 「………………」

 

 あの~、何か言ってくれない?

 

 「……料理」

 

 正直諦めかけてた頃になって、ナミはポツリと呟いた。

 

 「可笑しいわよ、料理人でもない年下の男が、何で……しかも、必要に迫られて、って……」

 

 え、それって要するに…………俺の方が自分よりも料理上手くて拗ねてたってことか!? んで、俺が誰かに教わったのか聞き出そうと……何ともまぁいじましいね。

 思わず吹き出すと、ギロッと睨まれた。ヤバイヤバイ。

 

 「じゃ、聞きたいことは聞けたってことで……この話はここまで、な?」

 

 俺はナミが切り終えていた大根を受け取ると、鍋に投入した。

 さて……俺も情報収集しないとね。

 

 「俺も聞きたいことあるんだけど……ナミはどうして海賊専門泥棒になったんだ?」

 

 聞くと、ナミはふと真面目な顔になった。

 

 「私は、お金がいるの。何が何でも1億ベリー貯めて、ある村を買うのよ」

 

 あれ、結構あっさり答えてくれたな。

 

 「へぇ。それは大変だね。1億ベリーなんてそうすぐに貯まる金額じゃないし。後どれくらいで貯まるんだ?」

 

 実際、俺たちが何年も掛けた海賊貯金。あれでも結構大変だったのに、海賊相手だもんな。

 

 「後ちょっとなのよ。だからもう、邪魔しないでよ!」

 

 それは、あれか。俺がオレンジの町でナミがバギーから奪おうとした宝を丸々ブードルさんに渡したことを言ってるのかな?

 あ、大根に火が通ってきた。後は味噌を溶かして、と。

 よし。

 米もさっき炊いたし。取り敢えずいいか。完成ってことにしよう。

 後は……。

 正直言えば、女の子にこんなことするのはとても心苦しい。でも、こういうのが有効だろう。

 

 「ナミ、出来た。運ぶの手伝ってくれる?」

 

 「いいわよ」

 

 ナミに味噌汁をよそってもらう傍ら、俺は人数分のカップに水を注ぎ、トレーに乗せた。

 そしてそれを持ち、ナミがこっちに全く注意を払っていない、その隙に。

 

 「うわっ!」

 

 俺は『うっかり』躓き、持っていたトレーをひっくり返した……ナミに向かって。

 

 「きゃっ!」

 

 当然ながらカップに入っていた水は零れ、ナミに掛かった。その水によって、ナミの『左半身』が濡れる。

 

 「ゴメン、大丈夫!?」

 

 すぐそこの台の上に『偶然』置いてあったタオルを取り、ナミの濡れた身体を拭いた。

 

 「ちょっと、気を付けてよ!」

 

 ナミは驚いたこともあったのか、随分と動揺している。

 

 「本当にごめん」

 

 言って、俺がナミの『左腕』をしっかりと拭いていると……ナミは急にハッとした。

 

 「い、いいわよ! 自分でやるわ!」

 

 慌てた様子で俺の持っていたタオルを引っ手繰る。そして、警戒心も露に俺を見た。

 

 「………………見た?」

 

 その探るような視線に、俺は心底不思議そうな、面食らった顔を作った。

 

 「見たって……何を?」

 

 ここで気を抜いてはいけない。このハッタリを見抜かれてはいけないんだから。

 暫く、船内は無音だった……が、ナミの溜息によってその緊張は解けた。

 

 「見てないんならいいわ。今度からは気を付けなさいよね!」

 

 どうやら、信じてくれたらしい。でも……すぐに引くより、ちょっと聞いてみた方が自然かな?

 

 「うん、ごめん……けど、本当に何のこと?」

 

 小首を傾げてみる。けどナミは、俺の背中を押して船内から追い出した。

 

 「妙な詮索はしない! ほら、私着替えるから、ちょっと出てて!」

 

 ぐいぐいと押され、俺は船室から出た。

 バタン、と思い切り扉が閉められ、俺は小さく息を吐いた。

 女の子にわざと水を引っ掛けるなんて、良心が痛むけど……でも。

 

 「イレズミ確認完了」

 

 誰にも聞こえないであろう小さな小さな声で、俺はそっと呟いた。

 これで、俺がナミのイレズミのことを知ってても、可笑しくは無いだろう。あのイレズミは、一発でナミとアーロン一味を結びつける。それ1つでいくらでも仮説を立てることが可能になる。

 でも。

 

 「まだ早いかな」

 

 その事実を知っている……いや、察していると伝えるのは、まだ早い。

 まぁ焦ることはない。ピースさえ揃えば、後はタイミングが合えばいいんだから。俺としてはアーロンパークでの1件で、少しでもナミの心労を抑えたいだけだしね。もう少し信頼を得たい。まだナミの中では俺たち=海賊、海賊=嫌いの方程式が残ってるみたいだ。

 

 「ユアン! メシは出来たのか?」

 

 ルフィが隣の船から涎を垂らしそうな顔でこっちを見ていた。

 

 「メシはね。でも俺がちょっとドジっちゃったから、もう少し待っててよ……そうだ。今の内にお前がちゃんと勉強したか確認しておこうか」

 

 ゲッ、とルフィは苦い顔になった。

 

 「お、おれちゃんとあれ読んでたぞ!」

 

 だ・か・ら。その確認をするんじゃないか。

 

 「頑張れよ~? 晩メシが懸かってるぞ?」

 

 ニヤリと笑って隣の船に飛び移ると、ルフィは不思議そうな顔をした。

 

 「ユアン、機嫌いいな? 何かあったのか?」

 

  ……本当に、妙なところで勘が良いよ。

 

 「あった、と言えばあったかな?」

 

 苦笑と共に、俺はそう返した。

 

 

 

 

 案は色々あるけど……さて、どのタイミングが1番効果的だろうな?


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