父親を侮辱されたことで、ウソップの顔色が目に見えて変わった。
「何をしようと勝手だが、お嬢様に近付くのは止めてもらおう」
それに気付いているだろうに、クロは知らんぷりだ。当然か、これは挑発なんだろうから。
「あいつの父ちゃん、海賊なのか」
ルフィが驚いたように呟き、思案顔になった。ウソップに見覚えがあるからだろう。うん、お前本当に記憶の糸を手繰り寄せるのに時間が掛かるのな。
「薄汚いだと!?」
ウソップが地を這うような声で呟いた。
『海賊の子』ではなく『薄汚い』に反応する辺り、ウソップがどれだけ父を誇っているかが見て取れる。
「お嬢様に取り入って……目的は何だ? 金か?」
そりゃテメーの目的だろ、と俺は心の中で毒づいた。
ほらねー、自分がそんなことばっか考えてるから、他人にもそんな風に言うんだよ。
「言いすぎよ、クラハドール! ウソップさんに謝って!」
カヤお嬢さん……なんて良い子なんだろう。良識的だよ。
「謝る? 何をです? 私は事実を述べているだけです」
「ただの邪推だろうが」
俺が皮肉を混ぜて口を挟むと、クロはこっちを睨んだ……けど、全然怖くない。祖父ちゃんの何かを思い付いた時のキラキラした笑顔の方が、よっぽど怖い。
俺は肩を竦めた。
「ウソップは、そんなこと一言も言ってないし。……あぁ、それとも、前例でもあるのかな? このお屋敷に財産を狙った海賊が潜り込んだことがある、なんて前例が。それで警戒してるとか?」
当て擦りです、はい。その張本人が今目の前でメガネを掌で押し上げてます。
「……そのようなことが起こらないように注意を払っているのだ」
俺が言えたことじゃないんだろうけど……面の皮厚いな、コイツ。中々の演技派だ。表情1つ変えやがらない。
「まぁウソップ君……君には同情するよ。恨んでいることだろう、家族を放っぽって海に飛び出した、財宝狂いのバカ親父を」
「テメェ、それ以上親父をバカにするな!」
「何を熱くなっているんだ、君も賢くないな」
……こう言っちゃ何だけど、確かに熱くなってはいけない。相手がそれを望んでいる以上、思う壺というものだ。
ウソップが今にも飛び出しそうになっている……というか、既に飛び出しかけている。
ハァ……。
「ぐおっ!!」
飛び出して、クロの顔面を蹴り抜いた……俺が。
さっきも言ったけど、ウソップは既に飛び出しかけてた。けれど、その気になれば俺の方が早くやれる。
クロは思いっきり吹っ飛んで壁に激突した。
「へ?」
出遅れたウソップが間の抜けた声を上げたけど……まぁ、これでカヤのウソップに対する心証が悪くなるのは避けられたかね?
「き、君! 何のつもりだ!?」
あ、クロの復活早い。
「あ、悪い悪い。でも随分と丈夫だなー、まるで随分と戦い慣れた人みたいだ」
当て擦りも忘れません。クロは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「そんなことは聞いていない! 何のつもりで私に暴力を働いたのかと聞いているんだ!」
よしよし、クロの矛先はこっちに向いたな。
「いやぁ」
俺は困ったように頭を掻いた。
「俺も海賊の子でさ、ついカッとなって……でもウソップは偉いな」
「は?」
「俺なんて、うっかりコイツに暴行を働いちゃったのに、ウソップは堪えて。流石、器がデカイな。何も知らないヤツが勝手なことを言っても、揺るがないんだな。腹が立たないわけないのに、すぐに暴力になんて走らず、どっしりと構えて」
尊敬の眼差しでウソップを見詰める俺。対するウソップは困惑顔だが……うん、驚きでちょっと頭が冷えたみたいだ。
さて……もう一押ししとくか。
「きっと、お前の親父さんもそんな大きな男なんだろうね」
俺の、自分の父親を称える発言にウソップが胸を張った。
「当たり前だ! おれは親父が海賊であることを誇りに思っている! 勇敢な海の戦士であることを誇りに思っている! おれは親父の……海賊の息子だ!」
ウソップ、魂の叫び。やはりそこは譲れないんだろう。
「そっか、あいつ! 思い出した!」
やっとか、ルフィ。うん、いっそこの場で暴露してもらっちゃおうかな。
何というか……クロの反応を見てみたいし。思いっきり皮肉ってやりたいし。
「ルフィ、何を思い出したんだ?」
俺はルフィに先を促した。
「お前の父ちゃん、ヤソップだろ?」
ルフィがウソップに確認した。
「!? 親父を知ってるのか?」
驚きながらも肯定の言葉を返したウソップに、ルフィはやっぱりと言って笑った。
「子どもの頃に会ったことがあるんだ! お前、顔そっくりだな! 何か懐かしい感じはしてたんだけど、やっと思い出した」
思わぬところから出て来たせいだろう、その情報にウソップはポカンとしている。
「い、今どこに!?」
新世界です、多分。
「それは解んねぇ。でもきっと今も『赤髪』のシャンクスの船に乗ってるさ! ヤソップはおれの大好きな海賊団のクルーなんだ!」
「そ、そうか」
ウソップは嬉しそうだ。それもそうだろう、大好きなんて言われたらなぁ。
「そうか、シャンクスの船に……あの『赤髪』のなぁ………………………………シャンクスだとぉ!?」
うぉ、ウソップ凄い変顔!
「何だ、シャンクスのこと知ってんのか?」
ルフィ……お前、この3日間何をしてたんだ? そりゃ大抵の人が知ってるって。後ろでゾロもナミもお子様3人組も驚いてるよ。カヤだって驚愕してるし。お前だって復習した時は言えてたじゃん。
「当たり前だ、そりゃ大海賊じゃねぇか! そんなスゲェ船に乗ってんのか、おれの親父は!」
さて、ここでクロの様子を見てみよう……うん、何だその驚愕の顔! 面白っ!
けどまぁ、ある意味予想通りだ。
ヤソップがどこのどんな海賊団に属しているのかは、今この瞬間まで息子のウソップすら知らなかったんだ。ほんの3年前にこの村にやってきたクロだって知らない可能性が高いと思ってた。多分、その辺のゴロツキだとでも思ってたんだろう。
よし、当て擦ろう。
「そっか、四皇の元にね……道理で。成る程、それならただの海賊とはわけが違うね。まさしく、勇敢なる海の戦士だ。そんな田舎の村のお金持ちのお屋敷に狙いをつけてセコセコ裏工作するような小物とはわけが違うよね」
そう、例えば今そこで倒れている男のような、ね。
「あ、そっか、四皇!」
ポン、と手を叩いて納得するルフィ。
……って、お前今までそれ忘れてたのかコラ、ルフィ!
「す」
ん?
「すっげぇ、キャプテン!」
「カッコいい!」
「本物なんだ!」
お子様3人組が、キラッキラした笑顔でウソップを取り囲んだ……え? そこまで?
「……海賊が勇敢な海の戦士だと? ものは言い様だな」
あ、クロの立ち直り結構早かった。つまらん。
けど、何と言うか……四面楚歌。
「「「「ばーか。」」」」
ルフィ……9歳児に混じるな。
ウソップはクロに何もしていないし、この状況ではクロが一方的にウソップの父を貶めているだけっていうね。しかも、ギャラリーの心の天秤は、完全にヤソップに傾いているし。
「海賊は海賊だ! 君が何か企んでいるという証拠なら、君が海賊の息子であるというだけで充ぶっ!」
「俺も海賊の息子だ、って……言ったよね?」
俺の蹴り2発目がクロの顔面にまたもやヒット。カヤの前で本性晒すわけにもいかないから、クロはあっさりと蹴られた。
「暴力はやめてください!」
心優しきお嬢様、カヤに宥められる俺……さて。
「でも……ウソップだって腹立つだろ!?」
俺はウソップに向き直った。
「え? あ、あぁそり」
「腹立つだろ!? (お前、器の大きさ見せ付けとけよ)」
ウソップに詰め寄り、ヤツにしか聞こえない程度の声量で後半のセリフを呟く。ウソップはちょっとビクついたけど……やがて、大きく息を吐き出した。
「いや……もういい、あんなヤツ。もう親父を侮辱さえしなきゃ」
うん、その譲れない部分までどうこう言う気はない。
「ウソップ……! 俺……自分が恥ずかしい」
俺は恥じ入ったように俯いてみせた。
恥じ入っているのはカヤもらしい。
「ごめんなさい、ウソップさん。クラハドールに悪気は無いの」
いや、アレは悪気の塊だろう。
「ただ、私のためを思って……過敏になっているだけなの。もうあんなこと言わないでって、私からも言っておきます。あの! また、来てくれる……?」
「お、おうよ! おれは細かいことにいつまでも拘ったりしねぇよ!」
その返答に、カヤはホッとした表情を見せていたのだった。
あの後、結局俺たちは屋敷を追い出されたわけだけど……まぁ、カヤの中のウソップ評価は下がるどころか上がっただろう。
「お前、アレはわざとだろう」
道すがら、ゾロが確信的に聞いてきた。
「お前が蹴らなきゃ、アイツ、あの執事を殴ってただろうからな」
アイツ、の部分でお子様3人組に纏わりつかれながらルフィと雑談してるウソップをチラッと見た。
まぁ……原作を知る者としては、ウソップが発砲されるのは忍びないしねぇ。
ウソップがクロの計画を聞いてカヤに知らせに行って、それで撃たれるのはなぁ。ある意味では狼少年の自業自得だけど、流石に可哀相だし。
後は……。
「まぁ、そうだけど……それだけじゃないよ。ちょっと気になることがあるんだ。悪いけど、ちょっと船に戻るね」
俺は一言断りを入れて船に戻った。
「ちゃんと持っといたもんね~」
俺が取り出したのは、手配書のリスト。そりゃ海賊だからね、こういうのも持ってます。勿論、アーロンとかのもあるよ!
あ、エースの手配書とかつての母さんの手配書はちゃんと分けて保管してる……マザコン・ブラコンと言いたきゃ言え。俺は開き直る。
コホン、話が逸れた。
んで何が言いたいかっていうと、本当なら失効された手配書は処分してしまうんだけど、1枚だけ残してたんだ。
そう、3年前に処刑されたと思われている、キャプテン・クロの手配書だ。
これがあれば、ヤツが海賊だって周囲も信じてくれるだろう。
始終持ち歩いてるのも不自然だから、船に置いといたんだよ。ここまで取りに来るぐらい大した手間じゃないし。
「さて……戻るか」
ルフィに何も言わずに来ちゃったし、早い方がいいかな。
俺が戻ると、そこはカオスな状態になっていた。
お子様3人とルフィ、それに♡型のサングラスをした縞々顎の男の5人が、道端で眠りこけてるっていうね……。
「どんな状態なのか簡潔に10字以内で説明せよ」
「催眠術師が現れた!」
ウソップの返答は確かに10字以内だった。
うん、状況は把握した。
「起きろ」
俺はルフィの首を思いっきり踏みつける。
「ぐぇっ!」
ゴムに踏みつけのダメージはないだろうけど、息は詰ったはずだ。ルフィも咳き込みながら起きる。
「げほっ! もうちょっとマシな起こし方ねェのかよ!」
「無いな」
「無いのか」
「って、何納得してんだよ!」
ウソップにツッコまれた……あれ? この場合ツッコまれたのは俺? ルフィ?
「はっ! しまったぜ……」
ん? いつの間にか催眠術師……ジャンゴも起きた。
「ガキども、おれは忙しいんだ。じゃあな」
渋くキメて去っていったけど……うん、口の端に付いてた涎の痕が全てを台無しにしてた。
「で、何しに行ってたの?」
催眠術にはあまり興味が無かったんだろう、真っ先に聞いてきたのはナミだった。俺は持ってきていた手配書を差し出す。
「『百計』のクロ。懸賞金1600万ベリー。何か見覚えがあってね」
そこに写った写真を見て、4人が反応した。青くなったのがウソップとナミ、好戦的な顔をしたのがゾロとルフィだ。
「改心したって可能性も無くはないけど……悪いこと考えてそうじゃないか? なにせ二つ名が『百計』だ。しかもこの男、本当なら3年前に処刑されてるはず。それが生きてるなんて、不自然だ」
「ちょっと待て」
ウソップが俺の言葉を遮った。
「ってことはお前、ヤツがキャプテン・クロだと解った上で、あんなに蹴ったり嫌味言ったりしてたのか!?」
「そだよ」
むしろ、一般人にあそこまでしないって。
「ついでに、これは今さっき増えた情報なんだけど……もう1つ」
俺が次いで差し出して見せたのは。
「あ、コイツさっきの催眠術師!」
ルフィがその手配書を指差して叫んだ。
「『1、2』のジャンゴ。クロネコ海賊団の現船長。ちなみに先代船長は『百計』のクロ……あいつらはまだ繋がってる可能性が高い。改心した、とは思えなくなってきたな?」
俺はニヤリ、と笑ったのだった。