麦わらの副船長   作:深山 雅

63 / 133
第62話 ウソップの器

 「クラハドール! 私の財産が欲しいなら全部あげる! だからこの村から出て行って!!」

 

 剣や拳を交えるだけが戦いではない。そういう意味では、カヤは己に出来る限り全力で戦っている。

 病弱な、か弱い女の子がこんなに頑張ってるっていうのに……。

 

 「何でまた寝るかな、ルフィ?」

 

 「ごめんなさい」

 

 うん、正座はまた今度じっくりしてもらうから。今は敵と向かい合ってくれ。それに、謝る相手は俺じゃないだろ?

 

 「後でゾロとウソップに謝っときなよ?」

 

 ゾロはお前が寝てる間も戦ってたんだし、ウソップは村を守るのに心を砕いている。でも、謝らなきゃいけないのは俺も同じか……今回の略奪は、もう少し落ち着いてからするべきだったな……反省。

 さて、その一方でクロは、自分が欲しいのは金だけではない、平穏もだと言っているが……無理だろ、それ。

 3年間静かに暮らしていても戦いを忘れていなかった男が平穏を手に入れたところで、長続きするとは思えない。

 

 「逃げろカヤ、そいつは本気だ! お前の知っている執事と思うな!」

 

 ウソップのパチンコはクロを捉えている……が、クロは気にしていないみたいだ。それはそうだろう。いくらウソップの腕が良くても、抜き足の速度には敵わないだろうから。

 しかしカヤは逃げなかった。スッと銃をクロに向ける。

 

 「村から出て行って!」

 

 カヤは本気だ。目を見れば解る。それでもクロが余裕を崩さないのは……自信があるからだろう。弾を避ける自信じゃない、カヤに撃たせない自信が。

 

 「憶えていますか? 3年間、色んなことがありましたね。」

 

 クロは思い出語りを始めた……こうして思い出話をすることで情に訴えるというなら、まだ優しかっただろう。下衆には違いないけど、カヤには救いがあったはずだ。

 しかし。

 

 「全ては貴様を殺す今日この日のため!!」

 

 突き付けられたのは、楽しかった思い出の全否定。

 涙を流して震えるカヤの心情は、察して余りある。あり得ないと解っているけど、もし俺もコルボ山での生活を否定されたら……苦労はたくさんしたけど、それでも楽しかったからね。

 

 「かつてはキャプテン・クロと呼ばれたおれが、小娘に付き合ってご機嫌取りに走る日々……解るか、この屈辱が!」

 

 お前、キャプテン・クロの名を捨てたいんじゃなかったのかよ。しっかり拘ってんじゃねーか。

 そういうお前こそ、解らないだろう。今のカヤの悲しみを。俺も知らんが。

 とうとうカヤは、持っていた銃を取り落とした。

 

 「クロォォォォォォォ!!」

 

 ウソップが激昂して殴りかかったけど、あっさりかわされる。パチンコではなく拳が出た辺り、ウソップの怒り具合が見て取れる。

 

 「ウソップ君……君には関わりのない話だ」

 

 クロはさして興味も無さそうにウソップに猫の手を振るう。だが、その刃がウソップに届くことは無かった。

 

 「鉄塊」

 

 俺は剃で2人の間に滑り込み、それを受け止める。ガキン、と金属同士がぶつかった音が響く。

 俺の姿を確認して、クロの表情が歪む。

 

 「貴様……確か、おれを思いっきり蹴ってくれたヤツだな」

 

 その顔には、強い屈辱が刻まれていた。うわー、根に持つタイプだ、コイツ!

 でもねぇ。俺に恨みを持つのは別にいいけどさ。

 

 「もうちょっと周りを見なよ。お前に腹を立ててるのは、ウソップと俺だけじゃないんだぞ?」

 

 言い終わるとほぼ同時に、クロは吹き飛んだ。

 

 「ぐっ!」

 

 流石にあれだけ距離のある相手には注意を払っていなかったからか、クロは碌に受け身も取れていない。

 

 「手ェ出されんのがそんなに嫌なら、あと100発ぶち込んでやる!!」

 

 クロをぶっ飛ばすために伸ばされていた腕を引き戻したルフィが、そう宣言した。

 

 

 

 

 「カヤさん、行きましょう!」

 

 「あの羊に説得は通じません!」

 

 「ここは、キャプテンたちに任せて!」

 

 お子様3人組が、カヤを引っ張っていこうとしていた。ウソップに言い渡された任務『カヤを守れ』を全うしようとしているんだろう。

 

 「でも……!」

 

 ウソップのことを気にしているのだろうカヤがまだ迷っている間に、クロが起き上がる。その視線の先にいるのは、ルフィ。あれ、俺へのロックオンは解除したのか?

 

 「少々効いた。妙なことをする……貴様、悪魔の実の能力者か」

 

 グランドラインではない、この東の海ですぐさまそれに思い至って動揺も見えない辺り、クロもそれなりに肝が据わっている。

 

 「おれはゴムゴムの実を食ったゴム人間だ!」

 

 ……今言うことじゃないかもしれないけど、何でわざわざ詳細をバラすんだろう? 相手は敵なのに。いや、ルフィに誤魔化すというスキルが無いってことは解ってるけどさ。対策立てられてしまうじゃないか。

 

 「何ィ、悪魔の実!?」

 

 「本当にあったのか!?」

 

 「それで手や足が伸びたのか!」

 

 反対に、モブたちは慌てふためいている。ちょっと黙っててくれ。

 

 「ジャンゴ!」

 

 クロは坂の下のジャンゴを呼んだ。

 

 「この場はおれがやる!お前は計画通りカヤお嬢様に遺書を書かせて殺せ!」

 

 この場は、って……ルフィにゾロに俺……ウソップもかな? を、1人で相手する気なのか? 自信過剰すぎじゃないか?

 いや、本人にしてみれば決して根拠の無い自信じゃないだろう。何しろクロの賞金額は1600万ベリー。能力者であるバギーが1500万ベリーなんだから、クロは充分強い部類に入る……東の海では。……ってかバギー、お前本当にもっと頑張れよ……。

 

 「カヤ! 早く行け!」

 

 ウソップの呼びかけに、カヤが漸く動いた。お子様3人組に連れられて、後方の林へと逃げ込んで行った。

 

 「テメェは!」

 

 ウソップの怒りは随分と大きいようだ……当然だろうけど。

 

 「3年も一緒にいて! 何とも思わねぇのかよ!」

 

 「思わんな。」

 

 クロの答えには迷いも戸惑いも無かった。いっそ清々しいほどだ。

 

 「カヤはおれが欲しいものを手に入れるための駒……死んで初めて感謝しよう」

 

 「! 何だと!」

 

 「そんな問答をしてる場合じゃないみたいだよ」

 

 カヤを追おうとしているのはあくまでもジャンゴ。そしてそのジャンゴは、今まさに坂を登ろうとしている。滑る油も飛び越えるとは……流石に、それなりの身体能力はあるんだな。

 

 「止まれ。この坂を通すわけにはいかねぇ」

 

 ゾロが刀でその行く手を遮った……!

 

 「ゾロ、後ろ!」

 

 「!」

 

 ジャンゴと向き合っていたゾロの背後から、抜き足でも使ったのだろう、クロが突如斬りかかった。ゾロは受け止めたが、その隙にジャンゴはゾロの横を通過する。一方でクロも、ゾロから離れた。

 やるか……と構えようとしたけど、俺よりもウソップが動く方が早かった。

 

 「止まれ!」

 

 パチンコをジャンゴに向けて威嚇するウソップ。それに対してチャクラムを構えるジャンゴ。

 

 「無駄なことを……お前じゃおれには敵わねぇよ」

 

 「敵わなくても守るんだ!」

 

 パチンコを構えるウソップの手足は震えていた。

 

 「おれはウソップ海賊団のキャプテンで! 勇敢なる海の戦士なんだ! あいつらはおれが守る! 村にだって手出しはさせねぇ!」

 

 カッコいいじゃんか……くそぅ。

 『おれが守る』、か……なら、メインはウソップに頼もうかな?

 

 「ウソップ」

 

 極小さな声で俺は囁いた。

 

 「隙は作る。後は得意の狙撃をかましなよ。一発でアイツ沈められるようなヤツをさ」

 

 ウソップは小さく頷いた。

 

 「言うのは簡単だ。が、実力の差ってモンがある」

 

 カッコ付けてられんのも今の内だ。

 俺は今度こそ身構え、攻撃を放った。

 

 「嵐脚・線!」

 

 「!? どわっ!」

 

 完全にウソップに注目していて俺の存在を忘れかけていたんだろう。ジャンゴは慌てて斬撃を避けた。ったく、俺ってばウソップのすぐ隣にいたのに……ちょっと寂しいぞ。

 

 「必殺……」

 

 ウソップが狙いを付けているのにも気付いているだろうけど、咄嗟の事態にジャンゴは反応しきれていない。

 今更慌てても遅いんだよ。

 

 「火薬星!!」

 

 「ブバァ!!」

 

 小さな爆弾が正確にジャンゴの顔面に炸裂した。

 いくら小さいと言っても、あんなモンが顔面で破裂すればそのダメージはでかい。ジャンゴはそのまま意識を飛ばして倒れた。

 その様子を見ていたクロの額に、青筋が浮かんでいる。そりゃそうだろう、クロの作戦には最低でもジャンゴは不可欠だ。いくら後で始末するつもりとはいえ、カヤに遺書を書かせる前にジャンゴが脱落するのは許せることじゃあるまい。

 

 「貴様ら……死ぬ覚悟は出来ているだろうな……!」

 

 多分今ヤツの考えでは、さっさと俺たちを始末してジャンゴを叩き起こし、カヤを追いかけようって算段だろう。

 既にクロの立てた計画に支障は出ているが、修復は可能だろう。まだ狂ってはいない。それがギリギリの所でクロを抑えているのかもしれない。

 

 「死なねぇよ!」

 

 凄んでいたクロの眼前に、またしてもルフィの腕が伸びてきていた。クロは抜き足でそれを避け、ルフィに向き直る。

 

 「戦う前に1つ聞いておく……何故よそ者の貴様らがしゃしゃり出てくるんだ。」

 

 一瞬、ルフィはキョトンとした顔になった。が、すぐにニッと笑った。

 

 「死なせたくない男がいるからだ!」

 

 その答えに、ウソップがちょっと驚いた顔になってる。お前のことだよ、お前の。後になって照れたりするなよ、めんどくさそうだから。

 

 「それが貴様の死ぬ理由か」

 

 「死なねぇって言ってんだろ!」

 

 臨戦態勢に入っている2人の船長に……まぁ、クロは『元』船長だけど、今回の事件の黒幕なんだからそう呼んでもいいだろう・・・他の者は下がった。ゾロも、既に刀を鞘に納めている。俺の方も、傍観体勢である。

 

 「おれはあいつらを追いかけるぞ!」

 

 ウソップの関心はあくまでもカヤとお子様3人組にあるんだろう、少し慌てた様子で林へと向かっていった……決して、この場から逃げたわけではない。あくまでも大事な者たちを心配しての行動だ。念のため。

 追っ手はいないとはいえ、カヤの身体が弱いのは本当だしね。途中で動けなくなってやしないか、と心配するのは当然だろう。

 

 

 

 

 そして、これが最終局面。

 ルフィVSクロの戦いが、始まった。そしてすぐ終わった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。