麦わらの副船長   作:深山 雅

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第68話 ミホークの用事

 現場に向かってみるとゾロは既にウソップとヨサク、ジョニーによって小船に引き上げられていて、剣を空に向けて高々と掲げていた。

 

 「おれはもう! 2度と負けねぇから! あいつに勝って大剣豪になるその時まで! おれは負けねぇ! 文句あるか、海賊王!!」

 

 「ない!!」

 

 魂の叫びと言ってもよさそうなゾロの宣言に、ルフィは満面の笑顔で答えていた。

 見た限りでも、ゾロは血塗れだった。急所は外されているだろうけど、早いとこ治療するに越したことはないな。

 

 「おい、大丈夫か!?」

 

 メリー号が小船……ヨサクとジョニーの船だ……に近付き、俺は声を掛けた。

 

 「これが大丈夫そうに見えるか!?」

 

 叫び返してきたのはウソップだった。

 

 「治療! 頼んだぞ!」

 

 「了解! 元よりそのつもりだ!」

 

 ルフィに言われ、俺は1度小船に降りてゾロを担ぎ、メリー号に戻った。

 ゾロの怪我は、やはり相当酷い。袈裟懸けにバッサリと斬られていて、出血もかなりのものだ。ただ、やっぱり急所は外れている。今すぐどうこうということにはならないだろう。

 

 「な、何があったらこんなことになるのよ!?」

 

 何が起こったのかまるで知らないナミが息を呑む。

 

 「理由は後でいい! ナミ、悪いけど、医療道具を用意しといて! 俺はその間に、ちゃっちゃとあの3人回収してくるから!」

 

 3人というのは当然、ウソップ・ヨサク・ジョニーのことだ。正直、ここまで酷い傷だとアイツらにも手伝ってもらいたい。

 普段ならタダで使われたりなんてしないナミだけど、流石にこの状況でそんなことを言う余裕は無いらしい。俺の指示に頷くと、船内に入っていった。

 俺は再び月歩で小船に降り、3人を回収……基、小さくして掴んだ。これなら早い。

 

 「おい、ナミの件は片付いたのか!?」

 

 ウソップとしては、その点も気になっているらしい。まぁ当然か。俺はちょっと小首を傾げた。

 

 「片付いた、とは言えないな。どっちかって言うと、これからが問題だ。それは追々説明する……!?」

 

 急にゾワ、と背筋が冷えるような感覚がした。

 な、何だ、一体!? これは……視線? ……あ、まさか。

 しまった……忘れてた……。

 俺は背後から感じる視線に、恐る恐る振り向いた。そしてその視線の先には、ヤツがいた。

 ヤツ……そう、『鷹の目』のミホークが。

 しまった……! ゾロの怪我のことばっか考えてて、ミホークがこの場にいるであろうことがすっかり頭から抜け落ちてた!! 出くわしたくないって思ってたはずなのに!!

 え~っと、『鷹の目』さん? 何でそんなにガン見してくるのでしょーか……。

 

 「おい、『鷹の目』。テメェはこの俺の首を取りに来たんじゃねぇのか?この東の海の覇者、首領ドン・クリークの首をよ」

 

 ミホークの後ろからクリークが何か言ってるけど、正直俺にはどうでもいい。

 もうあれだよ、蛇に睨まれた蛙の気分。そのくらいジィ~~~っと見られてるんだよ!!

 背中にイヤ~な汗が伝うのが解った。

 

 「そのつもりだったがな。もう充分に楽しんだ。それに、他に用も出来た。最早そんなことに興味は無い」

 

 …………あの~、用が出来たってどーいうことでしょーか? 『帰って寝る』んじゃありませんでしたっけ?

 俺の思考が軽く現実逃避を始めた中、クリークがミホークに武器を向けた。

 

 「テメェはよくても、やられっぱなしのおれの気が済まねぇ……帰る前に死んで行け!!」

 

 言うや、弾丸を乱射するクリーク。

 

 「懲りぬ男よ」

 

 ミホークは黒刀『夜』を手に取り、一振りすることでその攻撃の一切を無効化した。同時に、その衝撃で大きな波が起こり、この場は一瞬騒然とした。

 俺はというと、ミホークがクリークに一瞬向き直ったお陰で何とか緊張も解け、この隙にと思ってメリー号に駆け戻った。

 ありがとう、クリーク!まさかお前に感謝する日が来るなんて夢にも思ってなかった!

 だってヤバイって、マジで! いくら何でも『鷹の目』はヤバイよ、色んな意味で!

 いや、落ち着け俺! 今はそれよりゾロの治療が最優先事項だ! ひとまずミホークのことは忘れるんだ!

 

 「解除」

 

 俺は1回頭を振って思考を切り替え、連れてきた3人を元の大きさに戻した。

 

 「ヨサク、ジョニー、ゾロを船内に運んでくれ! ウソップは湯を沸騰させておいて! 消毒に使うから! 俺はその間に、船を少し動かしとく!」

 

 何しろこれから、バラティエ+ルフィVSクリーク海賊団が開戦する。巻き添えで船が破損したりするのは避けたい。それに、もし原作通りに毒ガスを使われたりしたら大変だ。

 俺の指示に、メリー号船上は俄かに騒がしくなったのだった。

 

 

 

 

 治療自体は、そう難しいものじゃなかった。

 ものの見事にバッサリいってるもんだから斬り口も綺麗で、縫合も簡単だったし。

 シロップ村でカヤが必要最低限の医療道具を積んでおいてくれたから、オレンジの町の時と違って今回は、麻酔もある。

 傷が大きいから大変ではあったけど、人手も足りていたから問題は無い。

 消毒し、麻酔を打ち、縫合し、また消毒して包帯を巻き、薬……鎮痛剤と抗生剤を飲ませる。作業としては単純だった。本当なら輸血とかもした方がいいのかもしれないけど、流石にそこまでの技術は無い。後でレバーやチョコレートでもたくさん食べてもらおう。

 そうして最低限の処置を終えた頃、メリー号に客人がやってきた。

 

 「おいテメェ、さっきはよくも宝を奪ってくれたな!」

 

 クリーク海賊団のモブたちである。人数は5人。狙いは俺と、俺の奪った宝。

 

 「あれ、意識あったんだ」

 

 正直、そんなこと考えてる余裕は無いと思ってたんだけどね。

 

 「さぁ、おれたちの宝を返せ!」

 

 各々武器を片手に凄んでくるけど……返せと言われて返す海賊はいない。

 

 「あの時は動けなかったが、今はどうってこたぁねェんだよ!」

 

 「……いっそ、動けないままの方が良かったと思うけど?」

 

 静かにしてくれないかね、ゾロが起きてしまうじゃんか。折角休ませてるのに。

 

 「あぁ!? ナメてんのか、このチビ!」

 

 ………………よし、叩き出そう。

 俺の頭の中からは、『話し合いで解決』だとか『穏便にことを進める』という選択肢が綺麗サッパリ無くなった。

 

 「ユアン……」

 

 何故かウソップが部屋の片隅にまで後退しながら俺に声を掛けてきた。

 やだなぁ、そんなに怯えなくてもちゃんとあいつらは地獄送……コホン、追い出しとくよ?

 

 「船は……壊さないでくれ……」

 

 「当たり前だろ? この船は俺たちの『家』じゃんか」

 

 元よりメリー号に傷を付けるつもりは無い。となると、嵐脚(ランキャク)は使わない方がいいな。

 

 「つべこべ言ってないで、さっさとッ!?」

 

 俺は剃で1番煩く喚いていたモブの懐に一瞬で入り、その右肩を撃ち貫いた。

 

 「指銃」

 

 別にどうということの無い、ごく普通の指銃である……が、モブの身体を貫くのは簡単だった。

 

 「グハッ!」

 

 それでもまだ倒れるほどではなく、指を引き抜くとモブはよろけながらも下がった。

 

 「何だ!? 何をした!」

 

 ……敵にわざわざ答える義務は無いな。

 

 「そんなことはどうでもいいんだよ……それより、さっさと俺たちの船から出て行ってくれない?」

 

 俺は指を鳴らしながら、そう言って微笑んだのだった。

 

 

 

 

 「嵐脚・線!」

 

 《うっぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!》

 

 あの後俺は、単純な蹴りや拳、指銃(シガン)を以ってヤツらを船内から追い出し、最後には嵐脚で海に叩き落した。

 あれぐらいなら問題ないよ。さて、戻るとするか……。

 

 「待て」

 

 !?

 不意に背後から響いた静かな声に、俺は硬直した……何故なら、それが聞き覚えのある声だったからだ。

 恐る恐る声のした方を見ると。

 

 「………………」

 

 「………………」

 

 『鷹の目』のミホークがそこにいた……うん、無言で見詰め合うことになっちゃったよ!? 振り向けばヤツがいる~、ってか!?

 え、何!?何でわざわざ船にまで来て………………気のせいだよね?

 ミホークの視線が完全に俺をロックオンしていて、しかもその手が背中に背負った『夜』に伸びているなんて、気のせいだよね!? 俺の見間違いだよね!?

 

 「……!」

 

 「どわぁっ!!」

 

 気のせいじゃありませんでしたぁっ!! 普通に斬りかかられましたぁ!!

 いや、その一閃を俺が避けられた時点でミホークの方は本気じゃなかったんだろうけど!! でもすっごい心臓に悪い!!

 

 「な、何で斬りかかるんだよ!」

 

 俺はミホークから充分に距離を取って問い詰めた。けど……それに対するヤツの答えは。

 

 「つい」

 

 「つい!?」

 

 何だよそれは! そんなの理由になるか!?

 

 「世界一とも言われる剣士が、『つい』で人に斬りかかるのか!?」

 

 斬るべき時に斬るべきもののみを斬るのが剣豪じゃないのか!? 『つい』って何だよ!

 しかし俺の発言も、ミホークには特に堪えてないらしい。何故なら、『夜』を仕舞いながら次いでその口から出た言葉が。

 

 「条件反射だ」

 

 …………って、オイ!

 

 「何の!?」

 

 いや、予想は付く! ものすっごく考えたくないけど、予想は付いてしまう! けど何だか、認めたら負けな気がしてしまうのは何故だ!?

 あれ? でも今はもう、ミホークはソレにあんまり拘ってないんじゃなかったっけ?

 

 「かつてを思い出したものでな」

 

 え~~~~っと……つまり、そういうことデスカ? 今ではなく、過去のヤツを思い出して、当時の自分が蘇った、と……?

 って、ふざけんな!! いい迷惑だ!! 俺、関係無いじゃん!!

 ……いや、落ち着け俺。冷静になるんだ。もうこうなったらスルーしてしまえ。

 俺は1回小さく深呼吸し、あえてミホークに向き直った。

 

 「それじゃ、俺はこれで。ゾロの様子も気になるから」

 

 至極爽やかな笑顔でそれだけ言って、踵を返そうとした。

 俺が『赤髪』に似てるって理由でちょっと昔を思い出したってだけなら、もういいだろう。無関係を装うのが1番だ。そう思い、俺は引き返しかけた……が。

 

 「待て。確認するべきことがある」

 

 思いっきり引き止められた。

 

 「……何か?」

 

 仕方が無く、俺は振り返った。何故ならば、ミホークの声音が有無を言わさぬ響きを持っていたからだ。これを無視して船内に戻れば、ミホークも来てしまうかもしれない。もっと悪ければ、メリー号も真っ二つにされる可能性だって皆無じゃないかもしれない。それはどちらも御免である。

 振り返った先のミホークは何やら思案顔だったけど、やがて徐に口を開いた。

 

 「小僧、貴様の名はもしや、ユアンというのではないか?」 

 

 …………………ハイ?

 

 「そう、だけど……」

 

 やはり、と言わんばかりの表情のミホークに対し、俺は軽くパニック状態だ。

 

 「何でそれを知ってるんだ?」

 

 思い返してみても、俺の名前を知られる機会は無かったはずだ。ルフィもウソップも、俺の名前は呼んでいなかった。

 ……いや待て。ミホークのこの口ぶりからすると、今この場で聞いたのではなく、元々知っていたみた

いじゃないか? となるとそれって……!! まさか!?

 

 「昔、ある娘に聞いたことがある」

 

 やっぱりか! それ明らかに母さんだよね!? え、でもミホークにまで知られてんの!? どこまで広まっちゃってんの、俺の名前!!

 しまった……あっさり肯定するんじゃなかった……しらばっくれるべきだったか?

 くそ、俺ってばマジで冷静さを見失ってる。

 落ち着け、知られてたから何だ。別にそれでどうこうしなきゃいけないわけでもないだろうが。ミホークの方も別に特別敵意や戦意を見せているわけじゃない。バギーみたいに問答無用で襲い掛かってきたりはしないだろう。

 

 「じゃ、疑問も解決したところで、俺はこれで……」

 

 「待て」

 

 再び場を切り上げようとしたけれど、それは阻止されてしまった。

 何なんだよ、一体!?

 

 「貴様に渡すべきものがある」

 

 渡すべきもの……って、俺に?

 

 「俺、あんたとは初対面だと思うんだけど?」

 

 思うどころか、間違いなく初対面だ。

 

 「16年、いや、もう17年近く前のことだ。おれはある娘から預かり物をした。いつか返してもらうと言っていたが、未だにそれはおれの手元にある……貴様の名を聞いたのもその時だ」

 

 ……へ? って、それってまさか……。

 

 「あんたか! 『珍しい場所で会った珍しい人』って!」

 

 あの、日記に書いてあったヤツ! 移動に困ってた時に船に乗せてくれた人!

 しかも、その人は『会う度にいつも怪我をする』って……そりゃするだろうよ! 母さんが『鷹の目』に度々会う機会があるとしたらそれはまさに、今じゃ伝説になってるっていう『赤髪』VS『鷹の目』の決着の着かない決闘の時だろうからね!!

 ……アレ?ってことは。

 

 「……その節は母が大変お世話になりました」

 

 ペコリ、と。俺はマキノさんに習った挨拶を思い出しながら腰を折った。まさか、俺がこの挨拶を使う日がやってくるとは……。

 でもそうだよ、だとしたらミホークってある意味恩人じゃん。だって、海賊辞めた後に移動に困ってたんなら、それって祖父ちゃんに合流する前のことだ。ってことは、もしミホークに会えなかったら母さんはそのまま移動がままならなかったかもしれないわけだよね? 謝礼はしておかなければ。

 ミホークは一瞬だけ何だかちょっと微妙な表情をしたけど、すぐに元に戻った。

 

 「そんなことはどうでもいい……おれは預かったものを返したいだけだ」

 

 いや、でも。

 

 「こう言うのは何だけど……それをあなたに預けたのは母さんであって、俺じゃない。俺に渡されても、意味は無いと思うんだけど……」

 

 とはいえ、その母さんも死んでいるわけだから、どうしたらいいのか解らないんだけど。

 

 「問題はない」

 

 俺が思案していたら、ミホークはこともなげにそう言った。

 

 「あの娘も、元々そのつもりだったからな……賭けはあの娘の勝ちというわけだ」

 

 「? それってどういう……?」

 

 言ってる意味が解らない。

 

 「詳しいことはおれも知らん。だが、とにかくおれはあの時の約定に従って、貴様にそれを渡す。来い。すぐに済む」

 

 俺の返事を確認もせずに、ミホークは踵を返して船から降りていった。多分、横に棺船でも停泊させてあるんだろう。

 

 「…………」

 

 俺はというと、暫く迷った。

 行っても、多分、問題は無い。もうゾロの処置も終わってるし。それに、かつて何があったのかも気になる。

 しかし一方で、ミホークの真意も図りかねる。ヤツが俺を騙す理由も必要性も無いだろうけど、何を考えているのか解らない。

 迷ったけれど……結局俺は、ミホークの後を追って棺船へと降り立ったのだった。


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