「これは……」
棺船に降り立った俺にミホークが投げて寄越した物は母さんの日記にもあったように、小さな物だった。
「貝?」
大きさは精々5cmほどで、掌で包み込んでしまえる。色は淡い水色の、小さな二枚貝だ。
けど、ただの貝をわざわざやり取りに使うとは思えない。となると、コレってひょっとして……。
「ダイアル、という物だと言っていた」
やっぱりか。
見た瞬間から予想はしていたから、驚きはあまり無い。
ただ、これが何のダイアルなのかが解らない。こんなのは原作でも見なかった。
そもそも俺の記憶が正しければ、原作で出て来たダイアルは巻貝型ばかりだったはず。でもこれは二枚貝……その時点で俺の知識外にある。
だってあれって、殻長を押すことで溜め込んだエネルギーを放出してるんじゃなかったっけ? これ、殻長無いじゃん。
ってことはひょっとして……エネルギーを溜め込めないのか? でもそんなダイアルにどんな使い道が?
元々は母さんの物らしいけど、日記には……無かったと思うんだけどな。いや待て、前にそんな記述を読んだことあるような気がする。船長ロジャーにダイアルをもらった、とか。ダイアルにはあんまり興味無かったからスルーしてしまってたのかも。後で確認するか……。
けど、それよりもまず。
「
今の今まで持っていたミホークに聞くのが手っ取り早いかもしれない。
けれど俺の問いに、ミホークは肩を竦めた。
「知らん」
……あっさりだな、オイ!
「便利な物だ、としか聞いておらん。あとは、珍しい物だから価値を知る者には高値で売れるかもしれない、とも言っていたな。だが、肝心の使用用途や使用方法に関しては聞きそびれた」
まぁ、ダイアルなんて大抵が便利な物であり青海では珍しい物だと思う。
けどミホークがウソを吐いているようには見えないし、吐く理由も無い。知らないのなら知らないんだろう。
「じゃあもう1つ……何でこれを母さんじゃなくて俺に渡すことでOKになるんだ?」
俺の質問にミホークは一瞬沈黙し、やがて口を開いたのだった。
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それは全くの偶然だった。
ミホークはシャンクスとの再戦のために赤髪海賊団がいるという島に向かっていた。
ライバルと言われる2人が決闘したことは、当然、1度や2度じゃない。
そして、偶然出くわしたとき以外で勝負が起こるのは大抵、ミホークがシャンクスの元に訪れる時である。とはいえ別に、ミホークがシャンクスに挑んでいるわけではない。
何しろ、海賊とはいえ団を結成しているわけではない一匹狼のミホークと、一党の頭であるシャンクスだ。個人の自由度はミホークの方が圧倒的に高い。故にいつしか、ミホークの方がシャンクスの元に向かう、というスタイルになっていた。
その時もそんなある意味いつも通りの行動の途中、赤髪海賊団がいるという島よりも少し手前の島に補給のために立ち寄った。割と人の多い活気に溢れる島だったのだが、そこに見覚えのある1人の娘がいた。
「……こんな所で何をしている」
ミホークが問い詰めたのも無理はない。
「ミホークさん!? 何で!?」
そこにいたのは、今まさしくミホークが向かおうとしていた島にいるはずの、赤髪海賊団の船医、『治癒姫』ルミナだったからだ。
はっきり言えばミホークは、赤髪海賊団にそこまでの興味は無い。彼にとって大事なのはあくまでも『赤髪』個人との決着であって、その一党はどうでもいい。
顔見知りではあるし、気のいい連中だとは思うが、それだけだ。誰がどのような行動を取ろうと、ミホークには関係の無いことで、謂わば対岸の火事。
だが、『治癒姫』だけは別である。何故ならミホークは、彼女には借りがあった。
ミホークとシャンクス。2人の決闘は決着が着かず早数年。その間彼女はその能力を以って2人を治療してきた。
当初は、自身の船長であるシャンクスはともかく、敵であるはずの自分にまで治療を施すのはどういうことだ、と思ったものだ。何か妙な哀れみや同情でもあるのか、と内心面白くなかった。
しかし、ルミナ曰く。
『だって、決着着いてないんでしょ? だったら、ちゃっちゃと治してまた鍛練でもした方がいいんじゃない? どうせシャンのことはすぐ治さなきゃいけないんだし、その方がフェアだよ。ミホークさんが負けたっていうなら手は出さないんだけどね』
とのこと。
言われてみれば、彼女の言い分も解らなくはない。
例えほんの数日であっても、向こうは動けてこちらは動けない、というのは確かに面白くない。向こうの方が怪我が軽くて先に治った、というならまだしも、悪魔の実の能力によって一瞬で全快するというのだから。
納得したことにより、ミホークはルミナの治療を受け入れた。
けれどそれは同時に、何となく彼女に借りを作っているような気にさせられていたのだ。本人は気にしていない……というよりむしろ、考えてもいないようだが。
そのルミナが、何故こんなところにいるのか。聞かぬうちに赤髪海賊団が移動していたのか、とも思ったが、今この島には海賊はいないらしい……訂正、海賊『団』はいないらしいと事前に聞いていた。
「何をしている」
もう1度、ミホークは訊ねた。ルミナの左腕をがっちり掴んで逃げられないようにして、だ。でなければすぐさま踵を返して逃亡されそうな気がしたのである。
ルミナはギクリと身を強張らせ。
「か、買出しよ!」
目は泳ぎ、口元を引き攣らせながらそう言った。
「…………。」
ミホークは、何と言っていいやら解らなかった。もし彼にツッコミという属性があれば、『ウソ下手っ!』と言ってくれていたかもしれない。
が、ミホークにそんなスキルは無く、僅かな頭痛を抑えて再び問い詰めようとした時、ルミナの顔色が急に変わった。
「は、離してっ!」
それが自分から逃亡するための言葉だったなら、ミホークはルミナの腕を離さなかっただろう。だがその時の彼女は、何やら気分が優れなさそうだった。
そういえばこの娘は、怪我は治せても病気は治せなかったかと思い至り、もしや体調が悪いのかと思い拘束を解くと、ルミナは口元を押さえてダッと駆け出して道から外れ、誰も来ないであろう茂みの中に隠れてしまった。
その勢いがあまりに切羽詰っていたので、ミホークは一瞬呆気に取られた。が、すぐに持ち直して彼女を追おうとした。
「お兄さん、この島特産の牛肉はいかが?」
串に刺して焼いた肉を持った移動販売らしい商人の女に呼び止められたが、買う気も無ければそもそも興味すら無いので素通りする。女は残念そうに溜息を1つ吐いたが、すぐに気を取り直して去って行く。
茂みを覗いてみると、ルミナが蹲っていた。
「うっ……げほっ、う、っく……」
どうやら、随分と気分が悪いらしい。嘔吐一歩手前、という感じだ。
かといってミホークにはこんなときどうすればいいのかなど解らないので、取り敢えず持っていた水を差し出してみた。
「あ、ありがとう……」
ルミナはそれを受け取り、ゴクゴクと勢いよく飲み干す。
「風邪か?」
特に深い意味があっての問いではなかったが、聞かれルミナはまた視線を彷徨わせた。
「そ、そそそんなところかなっ!?」
「…………」
明らかに先程よりも挙動不審である。
怪しい。それ以外の言葉が見付からない。
ミホークはカマをかけてみることにした。
「ならば、来い。おれはこれから『赤髪』と戦いに行くつもりだ。ついでに送ってやる」
「え!?」
ルミナはあからさまに動揺した。
「や、その~……お気になさらずに……ホラ、買出しも終わってないし!」
「待ってやる。病人を1人で置いていくのも寝覚めが悪い」
「え!? あの~えっと……あ、あたし別に、病気ってわけじゃないから!」
「ついさっき、風邪だと言っていなかったか?」
「う!」
元々ウソが吐けないタイプのルミナは、簡単に自爆した。
何やら厄介なことが起こっているようだ、とミホークは内心で嘆息したのだった。
場所を町の宿の1室に移し、ミホークはルミナと向き合った。
何しろ2人とも有名な海賊であるから、町中で悠長に話していて誰かに気付かれては面倒だ。
まず口火を切ったのはミホークだった。
「それで? 何故この島にいる」
元々小さな身体を更に縮ませて身構えるルミナだが、もう下手な言い訳をする気は無いらしい。というより、先程のように引っ掛けられるぐらいなら素直に話してさっさと解放してもらおう、とでも思っているらしい。あっさりとミホークの質問に答えた。
「偶々よ。本当は、ライル島に行きたかったの。でも……港でトラブルがあって、定期便に乗れなくなっちゃって」
ライル島は、ここイリシン島のさらに1つ手前の島だ。現在赤髪海賊団がいるというダザン島はとは正反対の方角である。
どうやら彼女は、1人でダザンからイリシンまでやってきて、そのままライルへ向かうつもりだったらしい。
港で起こったトラブルについては、ミホークも町中で耳にしていた。
何でも積荷泥棒が出たらしく、チェックが厳重になっているのだとか。なるほど確かに、『治癒姫』などバレた瞬間に通報されるだろう。戦えば彼女に分もあるかもしれないが、その目的があくまでも渡航ならば意味が無い。
「何故ライル島なのだ? ダザン島へ戻るのではないのか?」
「…………あたし、抜けてきたの」
その答えには、即座に反応できなかった。あまりにも予想外であったために。
「何だと?」
「だから、赤髪海賊団、辞めてきたの」
まさか、とミホークは内心驚愕した。表情には出なかったが。
「『赤髪』が貴様を手放したというのか?」
ミホークは正直、有り得ないと思った。
一海賊として見れば、船で唯一の医者、それも悪魔の実による治癒能力まで持つ者を手放すことにメリットは感じられない。むしろデメリットしかない。しかもルミナ自身、戦闘の腕も立つのだ。
一個人として見れば、海賊王の船に乗っていた頃からの仲間である2人の間には、確かな信頼関係があったはずだ。
「ん~、ちょっと違うかな」
ルミナはコテンと小首を傾げながら続けた。
「勝手に出てきたの。だから、これからミホークさんがシャンたちに会いに行っても、あたしのことは話さないで」
何だそれは、とミホークは更なる頭痛を覚えた。どうやら、予想以上に事態は厄介なのかもしれない。
「海賊船のクルーが船を降りる・降りないというのは、船長の許可がいるのではなかったか?」
それは、団を結成していないミホークでも理解している、海賊団の鉄則である。ルミナの方でも解っているらしく、苦笑した。
「うん。でも、降りるって言っても許してくれなさそうだし。だから黙って出たの」
何が『だから』なのか。相変わらず、思考回路がズレている。
「……追われるのではないか?」
「そうかもね。でも、捕まってあげない。だからホラ、渡してたこれも回収しといたし」
言ってルミナが懐から取り出したのは、1枚の紙。見た目には何の変哲も無い紙だが、話の流れでミホークはその正体を察した。
「ビブルカードか」
正解、といわんばかりにいっそ無邪気な笑みを浮かべるルミナに、ミホークは本気で頭を抱えたくなった。
「よく家捜しが出来たものだな」
いや、同じ船(=家)にいたのだから、部屋漁りか。
「だって、寝てたもん」
ケロッとしたその様子に、ミホークは何だか嫌な予感がした。
「起きる可能性もあったのでは?」
「大丈夫! 一服盛っといたから!」
ミホークはその瞬間、積年のライバルに心底同情した。
今彼の目の前でどん、と胸を張る娘は、船医である。まさか海賊頭が自身の船医に一服盛られるなんて、夢にも思って無かったに違いない。しかもミホークの記憶が正しければ、その2人は恋仲でもあったはずだ。
「……今頃向こうは混乱しているだろうな」
「かもね。でも大丈夫だよ、後任の船医はダザンで見つけておいたから」
そういう問題ではないだろう、という言葉が喉まで出かかったが、ミホークは口を噤んだ。
しかしそうなってくると、これは本気だ。単なる冗談や家出(?)ではない。この娘は本気で『赤髪』の元を去ろうとしている。何がどうしてこうなった。そして、何故それに自分は遭遇してしまったのか。
ルミナの逃亡が完遂されれば、『赤髪』が多かれ少なかれ動揺するのは間違いない。この娘にはそれだけの影響力がある。それはミホークとしては避けたかった。無いとは思うが、そのせいで万が一にでもヤツの剣先が鈍ったりしたら目も当てられない。
「何故だ?」
気付くとミホークはそう詰問していた。下らない理由だったならば、このまま引き摺ってでもルミナを連れて行く気満々である。
むぅ、とルミナは首を捻った。
「……喧嘩した」
色々言ってやりたいことはあったが、まず気になったのは。
「いつものことだろうが」
そう、いつものことである。
決闘の後、赤髪海賊団では決まって宴会が催される。船長が勝ったわけでもないのに何故だ、と当初は思っていたが、その都度ミホークも強制的に参加させられ、やがて彼らが単にお祭り好きな集団であるということを理解した。まさしく、類は友を呼ぶ、だ。
まぁそれはともかく。その度にシャンクスとルミナが喧嘩しているのをミホークは目撃している。酒が進んでくるとシャンクスは決まってルミナをからかう。そしてルミナは毎度それに応戦する。
海賊団の連中によれば、それは宴会時に限らず日常茶飯事の光景のようで誰も止めない。むしろ、関わりたくないらしい。
それはそうだろう。ミホークも見ていて思ったが、あれではまるで子どもの喧嘩、そうでなければ痴話喧嘩である。誰が好き好んでそんなものに首を突っ込みたいものか。
……今まさに自分は首を突っ込みかけていると気付きミホークは眩暈がしたが。
一方のルミナはというと、まだ首を捻って考え込んでいる。
「う~ん、いつもの喧嘩とは違くて……何だろう、黙って出てこう、って思ったのよね」
うんうんと、ルミナは話しながら勝手に納得している。自己完結は結構だがやはり話の肝が見えてこず、ミホークはやがて顔を上げた。
「ならば、やはり来い。話し合え」
結局のところ他人がどうこう言えた問題では無いのだ。当人たちに任せるしかない。
しかし。
「それはダメ」
ルミナの答えは簡潔だった。そして即答だった。
「例え話がどう転んでも、どの道船は降りなきゃいけなくなっちゃったし。……大事なことが話せなかったけど、うん、その方がいいのかもしれない。黙って出てきちゃったのは悪いと思ってるけど、だからって戻る気は無いの。だからお願い。このままあたしを解放して、あっちには何も言わないで」
そう言って笑うルミナに、ミホークは何だか妙な感じがした。
(これがあの『治癒姫』か? あの子どもっぽい、暢気な娘か? 何があったというのだ)
ミホークが前回ルミナと会ったのは、ほんの2ヶ月ほど前のことである。
(女は急に変わるというが……)
だからといって、こんな短い間に何故こんな笑顔を浮かべるようになる。このような……複雑な笑顔を。
単純、鈍感、能天気。それがミホークがルミナに対して抱いている印象だった。なのに先ほど見せた彼女の顔は、その真逆だった。
そこでふと、ミホークは気付いた。
女は急に変わる、という話は以前に聞いたものだがそれと同時に、短期間で大きく変わる時というのは大抵どういう時か。
まさか、とも思うが、同時にふと思い出す。つい先ごろの、町中でのルミナの様子を。
目の前でコップの水を飲む娘に、ミホークは直球でカマをかけてみることにした。
「身篭ったか」
瞬間、ルミナがブハッと飲んでいた水を吹き出し咳き込む。
「ゲホッ! な、何で……?」
目を見開くルミナに、ミホークは確信した。
「女が短期間で急に変わる時、その原因は大抵色恋か懐妊だと聞いたことがある」
「……誰に聞いたの、そんなの。偏見よ。人それぞれ事情ってものがあるんだから」
「かもしれん。だが、今回は当たりだったようだな」
グ、とルミナは言葉に詰る。思い返せば町中で吐きかけていた所も見られていて、咄嗟に上手い言い訳が見付からなかったのだ。あれは失敗だった……まさか、これまで大好きだった肉の匂いが、あれほどまでに堪えるものになるなんて。
一方でミホークは更なる頭痛を覚えていた。何故こうも厄介な出来事に遭遇してしまったのか。
「『赤髪』の子か」
思わず口をついて出た問いだったが、正直答えは期待していなかった。何しろルミナは今まで散々誤魔化そう、しらばっくれようとしていたのだから。
しかし。
「そーだよ」
ルミナは聞いた方が呆気に取られるほどあっさり認めた。
ミホークの疑問顔に気づいたのだろう、ルミナは肩を竦めた。
「どうせもうバレちゃったなら、誤魔化すのも面倒かなって」
いっそ清々しい、ケロッとした顔をしている。
何とも立ち直りの早い娘である。変わったといってもやはり本質は以前と同じらしい。単純、鈍感、能天気だ。
==========
「うん、予想してた。予想はしてたよ、ってか確信してた。でもさぁ……」
棺舟の上で頭を抱えて蹲る俺に、ミホークは怪訝な顔をしている。
気持ちは解る。俺ってば怪しいよね。
でも! でもさぁ!!
予想はしてたよ。ってか確信に近かった。
でも明言っていうか、断言されたのは初めてだよ!!
現実を自分で認めるのと他人に突きつけられるのでは、やっぱり衝撃が違うね!!
こう、駄目押しっていうか、決定打っていうか!!
しかもその話をしてきたのが『鷹の目』のミホークって! どんな巡り合わせ!?
「……もう聞かんつもりか」
「聞きます」
ヤバイヤバイ、大事なのはこれからじゃんか! orz状態になってる場合じゃない!
正直言えば、母さんのウソの下手さはルフィ並かよ! とか。
『一服盛って』って何!? とか。
そんなしょっちゅう喧嘩してたのか? とか。
色々とツッコミ所が満載なんだけど、その辺はまぁ、置いといて。
衝撃を受けるのは後でいい。俺が聞きたい、ってか知りたいのはその後のことなんだからな。
出てきたダイアルはオリジナルです。原作では出てませんし、勝手に考えたものです。ただ、チートアイテムというわけではありません。詳細は追々。
念のために言っておきますが、ミホークとルミナの関係は真実、知人以上友人未満ってところです。バギーのように特別な感情があるわけではありません。
次回も過去編です。…どこかに文章力って売ってませんか?