麦わらの副船長   作:深山 雅

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第70話 過去編③ ~決意~

 「でもなぁ~。今まで誰も気付かなかったのに。ちょっとショックかも」

 

 あっさりとした発言に、ミホークは逆に引っ掛かった。『誰も』、というのはまさか……。

 

 「自分でも気付いてなかった、とは言わんだろうな」

 

 「うん、気付いてなかった。実はね、今4ヵ月だと思うんだけど」

 

 4ヵ月……? それでは、以前会った時には既に……?

 

 「全っ然気付いてなくてね……つわりとかも殆ど無かったのに、気付いた途端に体調悪くなっちゃうし」

 

 だからそれまでは戦闘にも出てたんだよね~と、実にあっけらかんと言い放つルミナには、1つの単語しか思い浮かばなかった。即ち。

 

 「馬鹿か」

 

 そうとしか言い様がない。

 ほんの数十分見ていただけのミホークが気付いたというのに、何故ずっと見ていた海賊団の者たち、誰よりも自分自身が気付かなかったのか。しかもこの娘は医者ではないのか。

 それにしても、気付いているかいないかでここまで変わるとは……。

 

 「はいバカです……でもね、気付いちゃったからにはもう、海賊船には乗ってられないな~って。だって戦えないんだもん」

 

 「貴様は船医だろうが。必ずしも戦う必要などあるまい」

 

 そう、普通ならばそうだ。船医なら戦闘中は船室に篭っていても問題はあるまい。大切なのは戦闘後の治療なのだから。

 しかし。

 

 「あたしはすぐに怪我治せるからね。近くにいたら、戦闘終了まで待ってられないよ。その間にも手遅れになっちゃうかもしれないもん。それに船内でじっとって言われてもね~。ほら、あたしって真っ先に狙われるタイプだし。うっかり捕まって人質にでもされちゃったら嫌だよ」

 

 確かに、ルミナは誰よりも狙われるタイプだろう。

 中身がコレだとはいえ、見た目は小柄で細身な若い女の首に、億を越える懸賞金が掛けられているのである。そりゃあ狙われるに決まっている。

 それでもルミナには、見た目に反して懸賞額に相応しい実力があったから問題は無かったのだ。彼女を外見で侮って懸賞金を狙う程度の賞金稼ぎや名を上げようとする敵(海賊など)程度なら、相手にもならなかった。

 しかし、身重の身体では今まで通りにはいかないだろう。

 それなら船内でじっとしていれば、と言うのは簡単だが、ルミナの性格と併せ持つ能力を考えればそれも難しいだろう。なまじ治療が出来るだけに、じっとしているなど耐えられまい。よしんば出来たとしても、海賊の戦闘など何が起こるか解ったものではない。

 なるほど確かに、船を降りること自体はやむを得ないことと言えなくも無い。しかし。

 

 「だからといって、何故黙って出奔などする」

 

 問題はそこである。せめて一言言えばいいものを。

 

 「だから、喧嘩しちゃったんだって」

 

 それきり彼女は口を噤んだ。どうやら、詳細を語る気は無いらしい。しかし、喧嘩したと言うわりには怒っているようにも悲しんでいるようにも見えないのが不気味だ。

 ミホークが困惑していると、ルミナが苦笑した。

 

 「で、何度も言うけど、黙っててね? あたし今、ライルで待ち合わせしてるから、行かなきゃいけないの」

 

 待ち合わせ。それでライル島に向かおうとしていたのか、と納得すると同時に疑問も沸く。

 

 「待ち合わせとは、誰とだ?」

 

 いつものミホークならば、ここまで深くは突っ込まなかった。しかし、借りのある娘にのっぴきならない事態が降りかかっているのを見過ごすのも寝覚めが悪い。

 こうなったらとことん聞き出し、納得のいく答えが返ってこなければ昏倒させてでも赤髪海賊団へ引き摺っていこう。ミホークはそう決めた。

 対するルミナの答えは非常に端的だった。

 

 「父さん」

 

 「……何?」

 

 「だから、父さん。パパ。ダディ。ファザー。クソ親父。船を降りてから連絡を入れてね、それならその島で落ち合おうって」

 

 「そんなことを聞いているわけではない」

 

 ルミナの父親、ということだろうか。

 確か彼女の父親は海軍の英雄、『拳骨』のガープだったはずだ。以前宴会に巻き込まれた折に、酔った赤髪海賊団のクルーの誰かに聞いた。

 それはつまり……何だ?

 この娘は海軍と待ち合わせているというのか?

 

 「自首でもする気なのか?」

 

 「まさか!」

 

 ルミナはからからと笑った。

 

 「流石にね、1人で生きてはいけないもん。……ううん、1人ならやりようはあったのかな? 1人じゃないからあたしだけじゃダメなんだ。安心して子ども産む環境を手に出来るとは思えない。あたしってほら、ムダに有名なんだもん」

 

 海賊としては嬉しいんだけどねと笑うルミナには、ウソを吐いていたり無理をしていたりする様子は無い。

 

 「その点父さんなら、ある意味安心よ。アレでも一応英雄だもの。……別の意味で不安だけど」

 

 「だからこそ、貴様を捕えようと考えるのではないか?」

 

 詳しくは知らないが、海兵の父親にしてみれば海賊の娘など身内の恥と言っても過言ではないはずだ。

 

 「あたしのことは、ね。でも大丈夫」

 

 ルミナは自信満々に断言した。

 

 「アレでも一応、情は深いから。産まれてくる命に罪は無いもの。あたしのことはともかく、孫を見捨てることなんて出来ないわ。あたし、父さんのことは絶対尊敬出来ないけど、そこら辺は信頼してるの」

 

 長年敵対してきたとはいえ、父と娘である。当事者がそう断言するのなら、そうなのかもしれない。

 

 「だが……子が産まれた後はどうする気だ?」

 

 そう、それだけで済む話ではないはずだ。

 

 「貴様の考えが正しければ、確かに子を産むまでの安全は保障されるだろう。産まれた子のその後も、特に心配はいらんのかもしれん。しかし貴様自身はどうなる。『治癒姫』よ」

 

 あえて彼女の海賊としての二つ名で呼びかけてみた。

 しかしルミナも、それは考えていたらしい。全く動揺することもなくクスクスと笑った。

 

 「心配してくれるの? ありがとね……そうね~、やっぱり海軍本部にでも護送されるかな? でも取引に応じる気は無いのよね。父さんに預ければ、少なくともこの子をあたしに対する人質にすることも無いだろうし……別の意味で不安だけど……まぁとにかく、それならその内インペルダウン送りにでもなるんじゃないかな? 運が悪ければ公開処刑かもしれないね」

 

 ルミナの手配書の『ALIVE』に関しては、ミホークも詳しいことは知らない。だが、わざわざ生け捕りに拘る以上は、何かしらの裏があるはずだ。『取引』というのは多分、そのことなのだろう。

 だが、今大事なのはそんなことではない。

 

 「貴様、死ぬ気か?」

 

 公開処刑は勿論、インペルダウンへの収容とて死刑に等しい。何しろあそこは脱獄不可能の大監獄。1度入れば死ぬまで出られない。

 

 「別に死にたいわけじゃないけど、その時はその時ね。それで何とかなるなら、それでいいわ」

 

 死にに行くわけではないと言いつつも、死ぬ覚悟はしているのだろう。

 

 「育てられない子を産んで、何になる」

 

 ルミナが産後の身の振り方をそのように予測しているならば、産んだ子は放っておくことになる。言い方は悪いが、産みっ放しだ。不慮の事態でそうなったというなら仕方が無いだろうが、初めからそうなることを想定しているとは。

 

 「それは……確かに心苦しいなぁ……」

 

 初めてルミナの笑顔が曇った。

 

 「そうだね、それに関してはいくら謝っても謝り足りないんだろうね。でもだからって、他にどうしようもないもん。それとも、産むのを諦めた方がいいと思う?」

 

 「……おれには、そこまで口出しする権利も義務も無い」

 

 ミホークとルミナの仲は、決して悪くない。むしろ良い方と言えるかもしれない。ルミナは元々人懐っこい性格であるし、普段は一匹狼のミホークからしても、一方的にとはいえ借り……恩を感じている相手に悪感情は無い。

 それでも精々、知人・友人の範囲である。そんな人生の掛かった問題に口出しするほどの関係ではない。

 

 「うん……でもね、あたしだって無い頭で考えたんだよ。結局同じことなんじゃないかなぁって」

 

 「同じだと?」

 

 「育てられないから産んでも可哀相っていうのも、堕ろすのは子どもを殺すことだから可哀相っていうのも、結局はどっちも親のエゴだよ。だって子ども自身の意思なんて微塵も入ってないもん。それでも生きたかったかもしれないし、それなら産まれてこなければ良かったって思うかもしれない。本人に聞けたらいいのかもしれないけど、見聞色の覇気を使っても解んないし。だったらあたしもあたしが1番に思うことをやる。だから産む。自分で育てられなくても。あたしは子どもを育てたいんじゃない……ううん、勿論出来るなら育てたいけど。でもそれよりも、ただ生きて欲しい。周りに迷惑掛けるけど、構わない。あたし、我が儘なの。海賊だから」

 

 ルミナは一切の迷いも無く断定した。

 

 「……それに、だからって放り出すつもりでもないよ? 父さんに預けるから。さっきも言ったけど、少なくとも孫を売る人じゃないからね。……別の意味でものすっごく不安だけど……」

 

 頭を抱える彼女が何を考えているかはミホークには解らなかったが、何やらブツブツと呟いているのは聞こえた。

 

 「うん、不安。すっごい不安。ひょっとして事故死させられたり……ううん、大丈夫よ、きっと。きっとこの子は逞しく生きていけるわよ、あたしの子だもん。あたしだって生き延びられたもん。ああでもあのクソ親父のことだから何かトンでもないこと仕出かすんじゃ……仕出かすわね、絶対。どうしよう、いざその時になったら渡せないかも……不安すぎて。ううん、不安どころじゃないわ。うぅ、どうか強く生きて……」

 

 珍しいことに、何とも鬱々とした空気を醸し出している。

 

 「……そんなに気がかりなら、いっそ『赤髪』に話してしまえばいいだろう。喧嘩をしたからとて、意地を張ってもどうにもなるまい」

 

 「あ、それはダメ」

 

 あまりにもあっさりとした返しに、さっきまでの暗い空気が一瞬で霧散した。

 

 「確かに話せなかったのは喧嘩したからだけど、それはそれ。単なるキッカケだよ。だって、どの道子どもは父さんに預ける気だったの。……出産から何から頼ろうとしてるっていうのには、涙が出てきそうだけどね。情けなくて」

 

 ルミナは実にあっけらかんとしたものだ。

 

 「親の罪を子どもに背負わせるのってナンセンスだけど、それでも現実は厳しいもんね。あたしが海賊であることは自分で決めたことだし、自分の心に正直に生きた結果だから後悔とかはしてないけど、子どもは親を選べない。海賊の子ってレッテルは付いて回るよ、絶対。でもそれだと、選べる道が減っちゃうと思う。海賊になりたいって言うなら問題ないだろうけど、もし海兵になりたいとか言ったら、厳しいよ。止める気は無いし、自分でそう決めたのならそれでいいけど、本人がその気でも向こうが拒絶するかもしれない。海賊も海兵も関係ない一般人として生きていきたいって思っても、白い目で見られたり差別されたりすることは絶対あると思うんだよね」

 

 フンフン、とルミナは自分で話しながら頷いている。ミホークとしても、その意見に特に反論は無い。特にこの場合、親たる海賊は有名人である。『ALIVE』で手配されているルミナは、世界中に知られていると言っても過言ではない。

 

 「その点父さんは、アレでも一応海軍の英雄だよ。海兵になりたいって言い出しても問題ないと思うし、海賊になりたいって言い出しても……うん、問題ない! だってあたしだってなれたもん。一般人として生きたいって言い出したとしても、頑張れば何とかなると思う」

 

 ……一般人として生きていくのが1番難しい、と言わんばかりの口ぶりである。

 

 「少なくとも、海賊より海兵の方が庇護者としては最適だと思うのよ……父さんの場合別の意味で危険だけど、まぁ、世間的には。でもね。家出して海賊になって、以来音信不通も同然の親不孝娘が、『そういうわけだからうちの子よろしくね』って、流石にムシが良すぎるよ。だから、ケジメはつける。子どもを押し付ける代わりに、あたしは捕まる……父さんがそれを要求してきたら、今度は従うわ。だから、戻らない。今戻ったら、もしかしたらもう出たくなくなるかもしれないから」

 

 いっそ清々しいほどの笑顔は、決して諦めている者のものではなく……。

 そのルミナの笑顔に、何かが引っ掛かった。

 

 (どこかで……見たような気がするな……)

 

 考え、ふと思い至った。

 

 「海賊王か」

 

 「?」

 

 1人納得しているミホークに、ルミナは小首を傾げた。

 思い出すのは、数年前に東の海のローグタウンで見た公開処刑。今のルミナの笑顔は、あの時の処刑台の上での海賊王の笑みとどこか似ていた。死を覚悟して、その上でこうして笑っているのだ。

 

 「何でもない……しかしそれは、結局自首と変わらんのではないのか?」

 

 「う~ん、言われてみればそうかも……でも、父さんがあたしを捕まえようとしなかったら、逃げるけどね! 死にたいわけじゃないし!」

 

 

 自分が死ぬかもしれない、いや、その可能性の方が高いというのに、まるで陰は見えない。どうやら本気で腹を括っているらしい。

 

 「と、いうわけで」

 

 ルミナは徐に立ち上がった。

 

 「もう行くね。船に何とかして潜り込まないといけないし。あんまりボーっとしてられないよ」

 

 「待て」

 

 「……あのねぇ」

 

 ルミナの視線には苛立ちが混じっていた。

 

 「あたしが何でミホークさんに詳らかに話したと思う? 邪魔されたくないからだよ。バレちゃった以上は考えてること全部話して、見逃してもらうため。そうでなければ、力ずくでも連れてくつもりだったでしょ?」

 

 「……何故解った?」

 

 「かん!」

 

 それはどんな勘だ、とミホークは思った。野生の勘か? ……女の勘、とは思えないのは何故だろうか?

 

 「でもとにかく、納得はしてなくてもあたしが本気だっていうのは解ったでしょ? 無い頭だけど、あたしなりに考えて出した結論。あたしが今、最も優先したいことを考えた結果。今のあたしの最優先は、この子の未来。……あたしだって、強いんだからね! 黙って連れてかれたりなんてしないんだから!」

 

 確かにそれは解った。ルミナの印象、単純・鈍感・能天気に頑固を加えたい気分である。

 力ずくで連れて行こうにも本人の言う通り、相手は『治癒姫』だ。剣は使えないことは知っているが、素手での格闘は抜きん出ている。しかも覇気が使えるらしいことも把握していることだし、治癒能力も持っているのだ。

 本気で抵抗されればどうなることか。少なくとも、あっさり捕縛なんてことは不可能に違いない……しかもそのせいで胎の子に万一のことでも起これば、一生恨まれそうである。

 だが何にせよ、呼び止めたのは引き止めるためではない。

 

 「船に潜り込む必要は無い。送ってやる」

 

 「…………え?」

 

 この時のルミナの顔は、実に間の抜けた表情になっていた。

 

 

 

 

 「どうもありがとうございました!!」

 

 辿り着いたライル島の海岸で、ルミナは90°に腰を折って礼を述べた。

 

 「でも、わざわざ連れて来てくれるなんて……どういう風の吹き回しなの?」

 

 「……借りを返したかっただけだ」

 

 「借り?」

 

 「怪我を治していただろう」

 

 ルミナは、わけが解らない、という顔をしている。やはりこの娘にとってはあれは大したことではなかったのだろう。

 

 ミホークはといえば、最早諦めの境地にいた。

 ルミナのあの笑い方が海賊王の最期の笑みと似ている、と思った瞬間に、彼女を連れ戻そうというのは諦めた。ルミナは本気で腹を括っているのだと理解したからだ。

 かといって放っておけば、このままルミナは表舞台から去るだろう。ガープ中将が見逃せば或いは戻れるかもしれないが、目を離せば再び海賊稼業に戻りかねない(というか、間違いなく戻る)娘を放置しておく父親などそうそういないはずだ。

 手配もされてない下っ端クルーだったならば、子どものために産後そのまま海賊を捨てて母として静かに生きるという選択も可能だったのかもしれない。しかしルミナは『治癒姫』だ。伝説のクルーの1人であり、自身も億を越える懸賞金を掛けられている有名な海賊。とてもではないが、一般に紛れるなど出来まい……果てしなくウソが吐けない性格でもあることだし。

 ならばミホークにしてみれば、これがルミナへの借りを返す最後の機会かもしれないのだ。島1つ分渡すことぐらい何でもない。

 何だか死地へ送ってしまったような気がしないでもないが、本人が望んでいるのだ。どうしようもない。

 

 「でもやっぱり悪いよ……あ、そうだ!」

 

 ルミナは懐から何かを取り出した。

 

 「これあげる。ダイアルっていうの。便利だよ。それに、珍しいから価値を知ってる人となら取引に使えるかもしれないし!」

 

 それは小さな二枚貝だった。(ダイアル)、というのがどういうものかミホークは知らなかったが、どちらにせよ受け取る気は無い。

 

 「いらん。それでは借りを返したことにならんからな」

 

 「だって、借りって言われても……あ、じゃあ預かってて! いつか返してもらうから!」

 

 ポンと手を打つルミナだが、生憎その手に乗るほど軽率な相手では無かった。

 

 「海に戻って来られる可能性が無きに等しい者が、何を言うか」

 

 「……戻ってくるかもしれないよ?」

 

 「限りなく低い可能性だな」

 

 ぐ、とルミナは押し黙った。

 

 「で、でも、あたし借りって言われてもピンとこないんだもん。むしろ借りを作ったのはあたしの方で…………じゃ、こうしよう?」

 

 何かを思いついたような、悪戯っ子のような笑顔だった。

 

 「ミホークさんはあたしに借りがあると思ってる。でもあたしはそう思ってない。むしろ今回送ってもらったことで、あたしの方が借りがある気分になってる。これじゃどっちも譲れないから、水掛け論だよ。だから」

 

 

 ルミナは後ろを向き、何やら(ダイアル)を弄った。何をしていたのかは彼女の身体に阻まれて見えなかったが、振り向いたルミナはまた満面の笑顔を浮かべていた。

 

 「これを、持ってて? あたしがもしまた海に出てこられたら、返してもらう。もしダメだったら……この子に渡して?」

 

 この子、と言ってルミナは自分の腹を撫でた。

 

 「別に、わざわざ渡そうとしなくていいの。もしこの子が海に出て、出会ったりしたら、その時に渡してくれれば。もし生活に困ったりしたら、売っちゃってもいいし」

 

 「……それもまた、随分と可能性の低い話だな」

 

 生活云々、の部分は取り敢えず聞かなかったことにした。

 まぁとにかく、子どもが海に出るかどうか、それ自体解らない話だ。

 その上で偶然出くわし、それがこの娘の子だと解り、なおかつミホークがまだその貝ダイアルとやらを持っているか。いや、海賊なのだ。そうなる前にどこかで命を落としているかもしれない。

 はっきり言って、天文学的確率と言えよう。

 そうだね、とルミナは笑った。

 

 「賭けてるのかもしれないなぁ……そんな有り得ないぐらい可能性が低い出来事が起こったら……しょうがないなって。あたしの身勝手で振り回すことになっちゃうし……勿論、それを手に入れたからって使うかどうかはこの子次第なんだけどね。別に強制してるわけじゃないもん。決めるのは本人。そうだ、1つだけ言っとくと、子どもの名前はもう決めてあるの。男の子だったらユアン、女の子だったらユリアにしようって。見分けの参考にでもしてね」

 

 それだけ言うと、ルミナはミホークにソレを押し付けた。

 突っ返そうかとも思ったが、ルミナは有無を言わせなかった。

 ……単純・鈍感・能天気・頑固に、強引を付け加えることをミホークは心に決めた。

 

 「あ、ついでに、伝言も頼もうかな?」

 

 ポン、とルミナは手を打った。

 

 「父さんとかに頼んだ方が確実なんだろうけど、ちょっと恥ずかしいし……こんな母親の言葉なんて聞きたくもないかもしれないからなぁ……」

 

 こんな母親、と言う。

 確かに、産んだ後で海軍に捕まればそれで終わりだ。捕まらなくとも、子どもに『海賊の子』というレッテルを貼らせないためには、共に生きることは出来まい。

 なるほど確かに傍から見れば、産んだ子を放りっぱなしの母親失格者かもしれない。

 だからだろう、他のことでは全く動じないのに、その考えに嵌るとルミナの表情は曇る。泣き笑い、と言えるかもしれない。

 それは、言付かった伝言にも表れていた。

 

 「我が儘なものだ……」

 

 ミホークは呆れながらも了承した。そう手間の掛かることでもないし、伝言も簡単なものだったからだ。

 ルミナはその答えを聞き、また元の明るい表情に戻った。

 

 「そうだよ、海賊だもん。我が儘で身勝手なの。色んなこと、勝手に決めちゃったしね……。 我が儘ついでに、もう1つ頼まれてくれる?」

 

 「まだあるのか……『赤髪』になら、黙っておいてやる」

 

 「そうじゃなくて……あのね、もしも、でいいの。もしこの子と出会ったら、っていうよりもさらに可能性の低い話なんだけど……」

 

==========

 

 「……これ以上は、今言う話でもあるまい」

 

 「そこで切るのかよ!?」

 

 え、母さんってば何頼んだの!? っていうかこの『鷹の目』にどんだけ物事押し付けてんのさ!

 いや、そんなことはどうでも……いいのかは解らないけど、今はそれよりも。

 ダイアルがミホークの手に渡った経緯は何となく解った。彼が本当に詳細を知らないらしい、ということも解った。

 でも何だか、本来聞きたかったことのはずのその話よりもずっと気になる話があったような気がするぞ!?

 え、何? つまりどういうこと?

 ……落ち着け俺。落ち着いて情報を整理してみよう。


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