麦わらの副船長   作:深山 雅

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突然ですが、番外編です。主軸はエース。


番外編 エースの出会い 前編

 どうしてこうなった、とエースはただただ硬直するしかない。

 自分はただ、いつも通りにダダンの家から少し離れた所で1人遊びをしていただけなのに。それなのに、物音がしたと思ったら急に女が1人現れて。

 

 「か~わ~い~い~♡」

 

 何故この女は自分を抱きしめて頬擦りしてくるのだ。

 何だ、自分が何をしたというのだ。

 

 「は、離せっ!」

 

 ハッとして咄嗟に振り払い、距離を取る。

 そして女を睨みつける様はまるで毛を逆立てて警戒する子猫である。

 

 「何なんだよ、お前! 誰だよ!」

 

 真っ赤になった顔で怒鳴るエース。

 改めて見てみたが、こんな女はこれまでのエースの記憶に無い。というより、ダダン以外の女を見たのも初めてかもしれない。

 女がハッとした様子で口元を抑え目を見開いたのを見て、怒鳴るんじゃなかったか、とチラリと考えた……が。

 

 「な……何、この小生意気な生き物………………可愛いっ!!」

 

 「どわぁっ!!」

 

 何故か再び抱きしめられる羽目になった。

 というか、生意気が可愛いって何だ、ダダンたちは可愛くないって言うぞ! エースはそう言って突き飛ばしてやりたかった。

 しかし、出来なかった。

 女はエースを思い切り抱きしめているように見えるのにその力加減は絶妙で、どこも痛くもなければ苦しくもない。ただ柔らかく温かく、変に心地よかったのだ。

 

 「ぷにぷに~。癒される~。赤ん坊もいいけど、幼児も可愛い~」

 

 女はもう完全に自分の世界に入り込んでいる。

 エースは困惑した。こういう時、どういう風に対処したらいいのかまるで解らなかった。だって初めての経験なのだ。

 それでもせめて、さっきの質問にぐらい答えてもらおうと思い、再度口を開く。

 

 「おい、お前」

 

 誰なんだ、と問おうとしたが、出来なかった。

 パタリ。

 

 「へ?」

 

 エースは間の抜けた声を出してしまった。

 まるで糸の切れた人形のように、女が急に倒れてしまったからだ。

 

 「は? え? ……お、おいっ!!」

 

 よく見れば、女は酷く顔色が悪かった。

 何が何やら全くわけが解らず、エースはおろおろするしかない。 

 暫く揺さぶっていると、女はハッと目を覚ました。

 

 「あ……しまったなぁ……そんなに無理したつもりは無かったのに……」

 

 エースは2つの意味でホッとした。

 1つは女が気を取り戻したこと。もう1つは、女がさっきまでと比べて幾分冷静になっているように見えたことだ。

 女はエースの姿を見とめ、ふっと微笑んだ。

 

 「ごめんね、驚かせちゃって……君が、エースでしょ?」

 

 エースは暫し逡巡する。

 この女は何者なのだ、自分が鬼の子と知って来たのだろうか。

 急に現れて、抱きついて、倒れて……行動が突飛過ぎる。

 誤魔化そうか、とも思ったが……この女の口ぶりでは、自分がエースだと確信している。確認しているんじゃない。それなら、時間の無駄は避けよう。そう結論を出すと、エースは小さく頷いた。

 途端女は、やっぱり、と相好を崩した。

 

 「会ってみたかったの……山賊に預けられてるんだって?」

 

 その言葉にもエースは小さく頷く。女は盛大に溜息を吐いた。

 

 「ったく……あのクソ親父……」

 

 ポツリと呟かれた言葉はエースには聞き取れなかったが、女は立ち上がると不思議そうに自分を見るエースに手を差し出した。

 

 「?」

 

 その意図を図りかねて、エースは困惑した。女は微苦笑を浮かべ、エースと視線を合わせるようにしゃがむとその手を取った。

 

 「その山賊たちのところに、案内してくれる?」

 

 エースは頷いた。握ってくる手が、酷く優しい手つきなのを訝しがりながら。

 

==========

 

 

 (まったく、あの脳筋親父は……)

 

 山賊に子どもを預けるなんて何を考えているんだ、とルミナは心の中で盛大に父親を罵った。

 いや、札付きの海賊である自分が言えた義理ではないことぐらいは解っている。だが、それにしたって子どもの情操教育を何だと思ってるのか。

 

 かつての、自分が幼い頃の記憶が蘇る。

 孤島のジャングルに置き去りにされた。

 風船に括りつけられて空に飛ばされた。

 谷底に突き落とされたことだってある。

 他にもまぁ、挙げようと思えば枚挙に厭わないが……とにかく、何でその教育方針で子どもが海兵を目指すと思ったんだ、と言ってやりたい。いや実際昔言ったのだが……『だって、わしの娘じゃし』とあっさり言われたあの時が、ルミナが父親に完全に愛想を尽かした瞬間だった。

 

 エースのこともそうだ。

 別にロジャー船長の息子だから海賊になって欲しいとか、そういうことは思ってない。エースが海兵になりたいというならそれはそれでエースの選択だし、父がエースを海兵にしたがっているのも実際のところはエースを守りたいからだというのも理解はしている。しているが……それで何で山賊に預ける。

 相変わらず、どこかで何かがズレている。

 

 チラリ、と繋いだ手の先のエースを見て思う。

 一応、ちゃんと育ってはいるみたいだ。さっき抱きしめた感触でも、栄養失調に陥っているとかそういう風には感じなかった。虐待されているような痣や傷も無い。抱きしめたときに痛がらなかったから、服で見えないところをやられてる、というわけでもないだろう。もしかしたら、その山賊たちもそこまで酷い者たちではないのかもしれない。

 でも、抱きしめられるのに慣れてもいないようだったから、スキンシップとかの経験も無いだろう。

 そう、さっきエースに抱きついたのは、それらを確かめるためだ……2度目は。1度目はついうっかり我を忘れてしまったのだが。

 

 ルミナにしてみれば、子どもには笑っていて欲しい。笑顔を忘れた子どもなんて、悲しすぎる。出来れば、エースを引き取りたいぐらいだ。

 けれど、出来ない。何しろ、彼女自身が平穏とは程遠い身の上なのだから。

 その点に関しては、父に感謝してはいる。恐らくは新たな孫のため、一時的にではあるが自分を匿ってくれている。だが、胎の子が産まれたら……ケジメはつけなければ。

 

 

 『ルミナ、お前、家出してわしの娘は辞めたんじゃなかったんかい』

 

 『ええ、辞めたわ。でもそれも辞める。あたし、父さんの娘に戻る』

 

 『調子のいいことを言うでない!』

 

 『いくらでも言うわよ! あたしが父さんの娘に戻れば、この子は父さんの孫になる! まさか、孫を売ったりしないでしょ!?』

 

 『……卑怯なことを言うのう』

 

 『えぇ、言いますとも。卑怯でも卑劣でも、何だっていいわ!』

 

 

 ルミナとて父がただズレているだけであり、家族を大事に思っていることは承知している。エースの現状を思えば果てしなく不安ではあるが、少なくとも、孫を売ったりはしないだろう。

 

 でも、自分は違う。勝手に家出して、海賊になった。親不孝をしたとは思うが、それを後悔はしていない。ただ己の心に正直に生きた結果だ。

 だが理由はどうあれ、自分は今父を利用している。情けないし不甲斐ないが、後悔はしない。それで子が産めるなら。だが、ケジメは必要だ。

 子どもが産まれて体力も回復すれば、ルミナはインペルダウンでも海軍本部でもどこにだって行くつもりだった。子どもは産みっ放しで育てることも出来ないだろうし、そんな女が母親になる資格があるのかとも悩んだが、それでも……我が子を諦められない。

 

 そして、体調も優れない。

 ルミナは曲りなりにも医者の端くれだ。海賊船の船医だったから妊娠・出産の知識はそれほど多くないし、経験に至っては皆無だが、それでも今の自分があまり芳しくない状態なのは村の医者に言われるまでもなく解っている。この状態で子どもの面倒を看られる自信は無い。

 どちらにせよ、ルミナに子ども(エース)を引き取る、などということは出来ない。

 ほんの数ヶ月、長くても1年程度。そんな短い期間幼い子どもを引き取ったところで、何になるだろう。自分がいなくなれば、また元に戻るだけなのだから。

 それならばいっそ……利用してやる。

 自分のこの売れすぎた名と顔を利用してやる。ルミナはそう決意した。

 

==========

 

 ダダン一家には、かつてない緊張感が漂っていた。

 それというのも、預かり子・エースが1人の女を連れてきたからだ。

 いや、その女がただの町娘だったのなら、こんな空気にはなっていない。その女は、ダダンたちでも知っている超有名人だったのだ。

 

 かつて処刑された海賊王、ゴールド・ロジャーの仲間と言われてすぐに思い浮かぶのは、まずその右腕であった『冥王』シルバーズ・レイリー。次が、世界初にして唯一『ALIVE(生け捕りに限る)』の手配を掛けられた、ロジャー海賊団見習いであった『治癒姫』ルミナ。

 そう、今ダダン一家の目の前で水を飲んでいる女がそれだ。手配書の写真よりも年を重ね、少女から女性になっているが、間違いない。

 ダダンたちが預かっているエースは、ロジャーの実子である。もしやこの女はそれを知って来たのか? だとしたらそれは、情報が漏れているということなのか? ルミナ自身は元ロジャー海賊団であるからまだいいが、もし世界政府や海軍にでも知られたりしたら……。

 内心、戦々恐々である。

 コトリ、とルミナが水を飲み干したコップをテーブルに置いた音にすら、ダダンは反応してピクリと震えた。

 

 「水、ありがとう」

 

 にっこりと笑うその顔は、まるでその辺の極平凡な娘さんだ。いや、むしろその明るさは犯罪者に全く似つかわしくない。ダダンはそれに少し気が緩み、軽口が出てくる。

 

 「構いやしないさ……にしても、かの『治癒姫』がこんなチビとはね」

 

 確かに、彼女は小さかった。世界に名を轟かせる海賊にしては、いっそ貧弱に見えるほどだ。しかし。

 

 「張っ倒しますよ?」

 

 ルミナがにこにこと笑っているのは変わらないのに、ダダンの背筋は凍った。

 彼女の目が雄弁に語っていた……『誰がチビだ、あぁ?』と。

 しまった地雷だったか、とダダンは先ほど以上の緊張感に包まれた。

 

 賞金首の手配額というのは、大抵の場合その人物の強さに比例する。細かくいえば世界への影響力や政府への危険度なども加味されているが、懸賞金額が高い者ほど強い、その認識は決して間違っていない。

 当然、懸賞額が低い者が高い者を倒すという事例も山ほどある。だが、格の違い、というものも歴然と横たわっているのだ。

 はっきり言えば、億越え賞金首である『治癒姫』が本気になれば、ダダン一家などあっさり潰される。それほどの差がある。このことを誰よりも理解しているのは当のダダンだ。

 彼女の機嫌を損ねるわけにはいかない。でないと、海軍に踏み込まれるより先に命が危うくなる。

 ダダンは賢明にも口を噤んだ。

 ルミナは小さく溜息を吐くと、思考を切り替えたらしい。

 

 「あたし、エースの様子を見に来たんだけど……もう少し、何とかならない?」

 

 その発言に、ダダンは苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

 「何とかってどういうことだい? ちゃんとメシもやってるし、寝床も提供してる。それ以上アタシらに何をしろってのさ」

 

 「子どもの情操教育とか」

 

 「フン……海賊が何を言うかと思えば」

 

 確かに、ダダンはエースを殆ど放置している。決して誉められることではないだろう。しかし、だがらと言って今日突然現れた女につべこべ言われる筋合いだって無いはずだ。

 

 「それを言われちゃうと、弱いなぁ」

 

 ダダンの返しは予想通りだったのか、ルミナは苦笑いした。その様子が一見あまりにも普通の村娘と変わりなく見えたため、ダダンは調子付いて更に続けた。

 

 「こちとら、鬼の子を預かってやってんだ。感謝して欲しいぐらいだね!」

 

 しかしその瞬間、ルミナの醸す空気が変わった。

 

 「鬼の子……?」

 

 ピクリ、と一瞬眉が跳ね、次の瞬間……それはそれは鮮やかな笑顔を浮かべた。

 同時に、背筋が凍るようなビリビリとした威圧感が放たれる。ダダンの背後で様子を窺っていた手下たちの相当数が泡を吹いて気絶してしまった。

 ダダン自身も一瞬意識が飛びかけたが、何とか踏み止まる。それが出来たのは、ダダンに山賊頭としての意地があったからだろうか。

 何だこれは、とダダンは冷や汗が流れるのが止められない。先ほど彼女が身長のことを言われて微笑んだ時も背筋は凍ったが、これはそれとはまた違う。あの時は純粋に恐怖を感じたからだったが、今回は何かに気圧されているような心持だった。

 

 「鬼の子って、どういうこと? ……それに、鬼って何? 船長のこと? ……それは仕方がないのかもしれないね。だってあなたたちは船長のこと知らないんだもん。世間の評価を鵜呑みにしててもしょうがないかもしれないわ。でも、あたしの前でそんなこと言わないで。だってあたしにとっては凄く尊敬している人だもん」

 

 淡々と語ったルミナだが、それに、と続けた後は更に威圧感が増した。

 

 「鬼の子、ってのは絶対やめて。確かにいきなり子どもを押し付けられるのはあなたたちにしてみればいい迷惑だったと思うけど、エースが何したの? 何もしてないでしょ? 親の罪を子どもに背負わせないで。子どもに親は選べないんだし、生まれてくる子に罪は無いんだから」

 

 ダダンにしてみれば内心、言い返してやりたいことは山ほどあったが、とてもではないがこの威圧感にはこれ以上耐えられない。

 結果、コクコクと頷くしかなく……そしてそれを見た瞬間、ルミナはフッと視線を緩めた。同時に、あの威圧感も綺麗サッパリ消え去る。

 

 「ごめんなさい、急に。うっかり漏れちゃったなぁ……」

 

 最後の一言は小さな声だったのでダダンには聞き取れなかったが、そんなことはどうでもいい。それよりこの場の空気が和らいだことの方が重要だ。

 ルミナは1つ溜息を溢し、次いで座っていたイスから立ち上がった。

 

 「確かに、あなたたちの子育てにあたしが口を挟む権利は無いけど……でも、さっき言ったことは覚えておいてね?」

 

 最早ダダンに言い返す気力は無かったのだった。

 

==========

 

 エースはダダンの家の外でそわそわしながら待っていた。

 先ほど出くわした女は、ここに着くとダダンに話があると言って中に入っていった。初めはエースも入ろうとしたのだが、山賊たちに止められてしまったのだ。

 

 「エース」

 

 呼ばれ顔を上げると、件の女が家から出てくるところだった。

 

 「何だ、よっ!?」

 

 顔を合わせるや、再びハグっと抱きしめられる。

 

 「可愛い~! 小生意気~!」

 

 「は、離せっ!!」

 

 言うと今度はあっさり離してくれた。

 何なんだ、こいつは。その突拍子もない行動は、エースにどこかガープを思い出させた。

 女は地に膝を突いてエースと視線を合わせ、わしゃわしゃとその頭を撫でた。

 

 「エース、ちゃんと食べないとダメだよ? 食べないと大きくなれないんだからね! ……あたし、食べてるのに大きくなれなかったけど……って、それはともかく! 栄養は大事なんだから!」

 

 そう言われても、エースの食事事情はお世辞にも良い物ではない。飢え死にの心配をしなければいけないほど切羽詰ってはいまいが、かと言って余裕も無い。あるとしたら……。

 

 「肉ばっかじゃダメなんだよ、野菜も食べなきゃ!」

 

 ギク、とエースは固まった。今まさにそのことを考えていたからだ。

 エースにとってご馳走とは、狩りで手に入れた肉である。ウサギとか、野鳥とか。

 ふと、女は急に真面目な顔になった。空気が張り詰めたのが解り、エースも女を見る。

 

 「ねぇ、エース。エースはいい子だよ。森で出くわした不審人物を心配してくれたし、案内してくれた。あたしはすごく嬉しかったし、助かったもん」

 

 不審人物だという自覚があったのか、という思いが頭の片隅に浮かんだが、エースは言及しなかった。今はそんなことはどうでもいい。

 

 「だから、そんな顔するのはやめよう? 笑った方がいいよ。そんな眉間にシワ寄せた顔してたら、出会えたはずの喜びも逃しちゃうんだから」

 

 「勝手なこと言うな!」

 

 エースは女の手を打ち払った。

 

 「お前には関係ない!!」

 

 「だから?」

 

 あまりにもキョトンとした顔に、エースの方が虚を突かれた。

 

 「あたし、エースに何があったかなんて、どうでもいいし。あたしはただエースが可愛いくて良い子だから、難しい顔してて欲しくないだけだよ。エースはエースだもん」

 

 何とも身勝手な理屈である。長年……といってもほんの数年だが……悩んできたことを、こうもあっさり切り捨てられるとは。

 

 「ね、じゃあ友だちになろ? そしたら無関係じゃなくなるし!」

 

 何て勝手で強引な女なんだ、と思ったが、全く邪気の無い笑顔に毒気を抜かれ、エースはいつの間にか頷いていた。

 女の笑顔が、また鮮やかになった。

 

 

 

 

 それから、色んな話をした。主に、海のことだ。どうやらこの女は海賊らしい。

 父・ロジャーに対してコンプレックスを持っていたエースはそれまであまり海賊にいい印象を持ってなかったが、女があまりにも楽しそうにウソのような冒険譚を話すものだから、ついつい引き込まれてしまった。

 しかし、それから数時間が経った頃、別の人間が現れた。

 

 「こんな所におったのか!!」

 

 それは、メガネをかけた男だった。やはりエースには見覚えは無かったが、女はバツの悪そうな顔をした。

 

 「げ、村長」

 

 「げ、じゃないわい!」

 

 村長、と呼ばれたメガネの男は、随分と怒っているようだった。

 

 「そんな身体で、こんな山奥にまで出歩きおって! 医者の不養生とはこのことじゃ! あやつにお前の監督を頼まれたわしの身にもなれ!」

 

 「……はーい」

 

 女は渋々といった体で頷いた。

 

 「でも、エースが心配だったんだもん……だからって、何かが出来たわけでもないけどど……帰るよ、帰ります。だからそんなに睨まないで」

 

 「……」

 

 その『帰る』という言葉に、エースは寂しさを感じた。

 それに気付いたのか、女はまたエースと視線を合わせて笑った。

 

 「ゴメンね、もう行かなきゃいけないみたい。あたしにも色々事情があるから、もうここには来られないと思う。ひょっとしたら、2度と会えないかもしれない。でも、あたしたちは友だちだからね? 死ぬまで……ううん、死んでも。それを覚えててね。エースは1人じゃない。いい子だから、きっとこれからも色んな人に出会えるよ。そして、大事に思う人が出来る。だから……その人たちのためにも、自分自身のことを大事にしてね」

 

 頷いたらいいのか突っぱねたらいいのか解らずに固まっていると、女は不意にエースの右足に手を翳した。

 

 「!?」

 

 その瞬間僅かに女の手元が発光したかと思うと、数日前に転んで擦り剥いていた膝頭の傷が治り、瞠目する。

 エースの驚いた顔に、女はまるで悪戯が成功した子どものような楽しそうな顔をした。

 

 「じゃあね」

 

 ポンポンとエースの頭を軽く撫で、女はメガネの男と共に山を降りていった。

 

 「……ダダン」

 

 いつの間にか様子を見に来ていたダダンに、エースはボソッと声を掛けた。

 

 「おれ……海賊になる」

 

 「何ィ!?」

 

 あの女の話にあったような冒険譚に、素直に憧れた。

 背後でダダンが、ガープにどやされるのはあたしたちなんだよ、とか言ってたが、どうでも良かった。

 なお、何故かは知らないがこの後、ダダンたちはエースに対して『鬼の子』とは言わなくなった……少なくとも、面と向かっては。

 

 

 

 

 たった1日の出会いの話である。

 

 

 

 

 その時の女が海賊・『治癒姫』ルミナであったと知ったのは、それから6年も経ってからのことだ。

 あれから弟が出来、友だちが出来、また弟のようなヤツが出来た。

 ある日、弟と友だちが見ていた1枚の手配書。それはあの女のモノだった。さらに言うならその女は、弟の実母であるというのだ。

 なるほどそう言えば、確かにあの女は腹がでかかった。あの頃はよく解らなかったが、今ならそれが解る。

 

 というより、何故今まで気付かなかったのか。

 確かにあの女と弟は全然似ていない。しかし、ヒントはあからさまな程たくさん転がっていたというのに。

 あの女はあの時の最後の言葉どおり、2度とエースの前に姿を現すことはなかった。死んだというのだから、きっとこれからも無い。

 そしてこれもあの時の言葉どおり、エースは大事だと思えるヤツに出会えた。

 

 (本当に……変な女だったな……)

 

 本当に幼い頃に、たった1度しか会ったことのない人間。それでも忘れることはなかった。

 

 

 

 

 『治癒姫』ルミナは、身勝手で強引で、けれど鮮烈な人だった。




 幼少期編で話だけ出てた、エースとルミナの邂逅。

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