麦わらの副船長   作:深山 雅

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番外編 エースの出会い 中編

 グランドラインの新世界、とある冬島で人かの海賊が登山をしていた。

 

 「もう少しだな!」

 

 その集団の先頭で満面の笑みを浮かべて振り返る青年に、周囲はげんなりした顔をした。

 

 「船長ォ~……やっぱりやめましょうよ~」

 

 冬島で登山。それだけでもテンションは下がるというのに、目的が目的だ。しかし彼らスペード海賊団の船長は、いたってマイペースだった。

 

 「何だ、寒いのか? じゃあ船で留守番してくれてて良かったのによ」

 

 「そういうわけにはいかないでしょう!?」

 

 思わず涙腺を緩ませながら抗議するが、船長……エースは全く頓着していない。というより、何故そこまで嫌がるのかが解らないらしい。

 

 「でもなぁ……別に戦いに行くわけじゃないし、おれ1人でもよかったんだぞ?」

 

 不思議そうに首を傾げるエースには、その場にいた彼以外の全員がツッコミたくなった。

 

 《そんな単純に済む話じゃないだろっ!?》

 

 と。

 

 

 

 

 事の起こりは数日前、エースが決めた目的にあった。

 

 『近くに上の弟の命の恩人がいるらしいんだ。おれはその人に是非お礼を言いに行きたい。』

 

 当初は全員、何の異議も無く承知した。

 エースには随分と仲の良い兄弟たちがいるらしいというのは、それまでの航海で充分解っていた。そしてその兄弟の命の恩人ともなれば礼を言わずにはいられないだろう。そんなエースのどこか律儀な性格はみなの好むところだし、少しの寄り道ぐらいどうということもない。むしろ微笑ましい心持ちだった。

 

 しかし……聞いてない。

 

 『で、その恩人さんってのはどんな人なんで?』

 

 『おう! シャンクスって海賊だ!』

 

 その相手が四皇・『赤髪』のシャンクスだなんて、聞いてない。

 

 

 

 

 新世界で生き残るには、四皇の誰かの傘下に降るか戦い続けるか。そう言われている。

 今のところエースの方針は『戦い続ける』だ。

 そんな海賊が四皇に会いに行こうだなんて、それだけで喧嘩を売ろうとしてると取られても可笑しくないのではないか?そんな懸念が彼らの中に広がるのはむしろ当然である。

 

 エースにとっては『弟の命の恩人』でも、向こうにとってはどうなのか。もし向こうも『命を助けた子どもの兄』と認識してくれたらいいだろうが、それ以前に『単なるルーキー』と取られるかもしれない。

 戦々恐々、である。

 そんな彼らの緊張は、見つけた洞窟に入り、彼らの船長がその最奥いる赤い髪の男に対して。

 

 「ちょっと、挨拶がしたくて」

 

 などと軽く言い放った瞬間にピークを迎えた。

 

 《船長ォ~~~~~~~~!!!》

 

 彼らの心の叫びは一致していた。

 

 「おれに……挨拶だと?」

 

 その男、『赤髪』のシャンクスの手が傍らに置かれた剣へと伸びたのだから、尚更だ。軽く恐慌状態だった。

 

 「あ、違うんだ、そういう意味じゃなくて」

 

 エースも少し慌てたように手を振った。

 

 「弟が、命の恩人だってあんたの話ばかりするもんで、一言礼が言いたくて。えーっと、フーシャ村の……」

 

 「フーシャ村? ルフィのことか? 何だ、あいつ兄貴がいたのか?」

 

 『赤髪』の空気が一瞬にして和らいだのを察し、スペード海賊団の面々は大きく息を吐いた。

 

 「懐かしいな、話聞かせてくれよ!」

 

 どうやら、『赤髪』というのは随分と気さくな人柄らしい、と彼らは漸くホッと安堵したのだった。

 

 

 

 

 そのまま赤髪海賊団とスペード海賊団は宴会へとなだれ込んだ。

 最初に言っておくが、別に彼らは赤髪海賊団の傘下へ加わりにきたわけではない。はっきり言うなら、敵同士だ。いくら船長同士に浅からぬ縁があるからといって、これは如何なものか? とスペード海賊団の者たちは呆気に取られた。

 しかし、特に裏表も見えない宴会に、次第に彼らは無礼講の体へとなっていく。

 その一方で、彼らの船長と『赤髪』、そしてその幹部たちが何やら話しこんでいるのを、特別気に留める者はいなかった。

 

==========

 

 

 (しっかし、本当にそっくりだな……)

 

 エースはジョッキを傾けながら『赤髪』のシャンクスを盗み見、確信を深めていた。

 手配書を見ても思ったが、実物を見てさらに思う。シャンクスはエースの下の弟……ユアンにそっくりだ。

 単なる他人の空似なら、驚くだけだっただろうが……。

 

 (何だかな~)

 

 かつてユアンに見せてもらった、その母親の日記。そして、祖父(エースとの血縁は無いが)の様子。それらから考えれば、エースはその類似を単なる他人の空似とは到底思えない。

 上の弟……ルフィのように、『気のせいだ』と言われて『気のせいか』と納得することなど、エースにはとても出来ない……というか、あいつが真っ先にユアンのことを『ちびシャンクス』と称したくせに、何であんなあっさり誤魔化されるのだろう、と疑問に思う。

 とはいえ、だからといってそれを指摘したりはしなかった。エース自身も『そういった問題』に関してはナーバスだからだ。情報の拡散は最小限に留めておくべきだろう。

 

 

 

 

 エースの心境は非常に複雑である。

 目の前の相手は、ルフィの命の恩人だ。しかもそのために、本人は腕1本犠牲にしている。いくら感謝してもしきれない。

 けどその一方で、ユアンにとっては微妙な相手でもある。しかも、ユアンが別段シャンクスを嫌っているわけではない、というのがある意味ややこしい。いっそ自分がそうであるように憎んでいたりしたのなら、両極端な相手として対応は楽だった。

 ルフィに関することのみ礼を述べ、以降は何も考えないようにすればよかった。

 だが……。

 

 (色々難しく考えるのは、性に合わねェんだがな……)

 

 このまま『ルフィの命の恩人』に対するものとして接して昔話に花を咲かせていれば、問題は起こらないだろう。

 だがその一方で、聞きたいこともある。

 

 「あのよ……1つ、聞いてもいいか?」

 

 エース自身気になっていることであり、誰よりもユアンが気にしていることでもある。そして多分、この人ならばその答えを知っているはず。

 

 「『治癒姫』は、どうして『ALIVE』として手配されたんだ?」

 

 瞬間、和やかだった場の空気が張り詰めた。

 

 

 

 

 「何故……そんなことを聞く?」

 

 何となく探るような視線を向けられながらも、エースは動じなかった。

 

 「何故も何も……普通気になるもんだろ? 『ALIVE』なんて他にないんだし……それに、一応身内と言えなくもねェしな」

 

 エースとルミナの関係は、友人である。しかし、弟たちの母であり叔母でもある。確かに広い意味では身内だろう。

 

 「知ってんのか? ルフィは知らないみたいだったが……」

 

 さもありなん、とエースは内心頷いた。ルフィがルミナの存在を知ったのは、ユアンに聞いてからだ。それ以前に出会っていたシャンクスにはそんな事情は解るまい。

 

 「あぁ、そりゃ……ちょっと、聞き及んだんだ。13年前に行方知れずになったっつっても、その前はここにいたんだろ? だったら知ってるんじゃないかって思って」

 

 「そっちこそ、何故知っている?」

 

 言葉を遮られて、エースは困惑した。変に勘ぐられないように、言葉を選んだつもりだったのだが。

 

 「あいつが行方知れずになったのは、確かに13年前だ。けど、そんなことは誰もわざわざ公表したりなんてしてねェ。何でそんなピンポイントで言い当てられたんだ?」

 

 言われ、ハタと気付く。

 そういえば、これまで仕入れた情報では、『10年以上前』とか『15年は経たない』とか、そんな曖昧な言い回しだった。海賊船の1クルーがいつ頃船を降りたかなんて、外には正確に伝わらない場合が多い。

 うっかりして、かつて出会った時期から換算した年数を言い当ててしまったのだ。

 しまった、と焦りが顔に出た。不運だったのは、ルフィほどではないにせよエースもウソが下手だということだろう。その焦りを、見抜かれてしまった。

 

 「何を知ってるんだ、お前は」

 

 真正面から見据えられて、内心肝が冷える。

 流石は四皇の一角、威圧感はかなりのものだ。

 

 「……1度だけ、会ったことがあるんだよ」

 

 渋々とだが、エースは少しだけかつてのことを話すことにした。

 

 「おれはジジイに、フーシャ村の近くのコルボ山ってトコに預けられてた……13年前、1人の女がそこを訪ねて来た。あの頃は解らなかったけど、後で手配書を見てその女が『治癒姫』ルミナだったと知ったんだ」

 

 その話に、場が俄かにざわめいた。

 この場にいるのは、赤髪海賊団の幹部たち、その中でも古株の者たちである。話題がルフィのことだったからか、当時のことも知っている者が集まっていたのだ。そして、そんな古株たちの中には、かつてルミナが在籍していたころからの仲間も多い。

 これまで長い間、全くといっていい程情報が掴めなかったルミナの話に、驚くなという方が無理だろう。

 

 「今はどこでどうしているか……知ってるか?」

 

 問いかけてきたのは副船長、ベン・ベックマンだった。対してエースは……。

 

 「…………知らねェ」

 

 エースは図らずも、もしもユアンがいたならば『ウソ下手っ!?』とツッコんでいたに違いない、あからさまに怪しい顔をして自爆した。

 

 「大体、何でそんなこと気にするんだよ。あの人が船を降りて、もう長いんだろ? 代わりの船医だっているはずだ。そっとしときなよ」

 

 「おれはあいつが船を降りることを承諾した覚えはねェよ」

 

 シャンクスは憮然とした様子だった。

 

 「勝手に降りて、いなくなった……納得できるか、そんなもん。船医の代わりはいてもな、あいつの代わりはいねェんだよ」

 

 その言葉は、ある意味正しい。船長の許可も得ずに船を降りて、納得する者などいない。

 それは解っている。解っているが……何となく、エースは腹が立った。

 

 「代わりはいないってんなら……どうしてもっとちゃんと見てなかったんだよ」

 

 自分でも驚くぐらい、冷ややかな声が出た。

 

 「勝手に降りてって言うけどよ、それはあんたが追い詰めたからじゃねェのか? 喧嘩したんだろ?」

 

 ユアンほど読み込んでいたわけではないが、エースもルミナの日記は読んでいる。

 ルミナが船を降りたのは、自分で決めたことだ。しかし、『黙って』降りたのはシャンクスと喧嘩をしたからではないのか。本人は特に恨んだりはしていないようだったけど、結果的にこれが彼女を一層意固地にさせた。詳しいことまでは書いてなかったので解らないが、そんな気がしてしまう。

 確かに、と意外にも傍で見ていた赤髪海賊団の面々が頷いた。

 

 「やっぱり喧嘩が原因だったのか……お頭、何したんだ?」

 

 と、何処となく非難がましい視線を向けたのはヤソップだった。

 

 「おれが原因かよ」

 

 シャンクスは反論したが、当時を知る者たちからはヤソップと同様の視線に晒される。

 

 「あんたたちの喧嘩の原因は、9割5分の確率でお頭だったと思うが?」

 

 ベックマンの冷ややかな一言が、彼らの心情をよく現していた。

 正に、四面楚歌状態である。

 確かに彼らの喧嘩は大抵の場合、シャンクスの軽口やちょっかいが原因だった。そうでなければ、ルミナが天然で何かポカをやらかした時である。自覚はあったのか、本人も言葉に詰る。

 

 「でもよ……いつものことだっただろ?何だって急に……」

 

==========

 

 当時のことを思い返す。

 

 エースの言う通り、ルミナがいなくなる数日前、彼らは喧嘩した。確かに原因はシャンクスの軽口だっただろうとは思うが、今となってはもう、その内容を正確には覚えていない。何故なら、シャンクスにしてみればそれは日常となんら変わり無かったからだ。

 ただ、いつもなら打てば響くように反応を返してくるルミナが、やけに静かだったのは覚えている。さらに言うなら、精々数時間、早ければ数分もあればケロッとする彼女が、それを数日もの間引き摺っているように見えた。

 元々、見習いの頃からルミナをよくからかってきたのは、彼女が気に病まない性質だったからだ。どんなにイジっても、すぐに立ち直ってくるバイタリティがあった。だからこそ、反応を楽しんでいたのだ……たまに、やりすぎて本気で怒らせてしまうこともあったが。

 

 だから、可笑しいな、とは思っていた。

 思っていたがまさか、いなくなるなんて考えてもみなかった。

 

 

 

 

 あの日は、朝目を覚ました時からやたらと頭が重かった。だが、前日に飲んでいたこともあって、二日酔いかと思って気に留めていなかった。

 島に停泊していたから、ルミナがいないこともあまり気にしていなかった。そういう時にはよく薬の調達に出払っていたからだ。

 夜になっても戻らなかったので心配はしていたが、彼女の実力ならそれほどの問題もあるまい、と思って様子を見ることにした。

 いつも通り、と思っていたのだ。

 翌日になって、ルミナに臨時の船医を頼まれた、という島の医者がやってくるまでは。

 

 それからは混乱が起こった。

 すぐに本人を探そう、ということになりビブルカードを探したが、見付からなかった。部屋をひっくり返す勢いで探しても見付からず、ふと気付いたのだ。

 前日の朝あれほど頭が重かったのは、一服盛られていたのだと。そして、その間にビブルカードを回収されていたのだと。

 ここまで思い至り漸く、ルミナが本気で姿を晦まそうとしているのだ、と理解した。素晴らしく計画的な犯行だ。

 

 理解はしたが……わけが解らなかった。

 しかし、いくら困惑していても時間が止まるわけではない。既に1日の出遅れもあったためその時は深く考えるのを止め、とにかく探すことにした。

 だが結局、出て来た情報は定期船でどこか別の島に行ったらしい、ということだけ。しかもその別の島というのが近隣のどの島か、というところまでは解らず。

 彼らは完全にルミナを見失ってしまったのだ。

 

 

 

 

 それでも、当初はまだ楽観的に構えていた。

 何しろ彼女は有名だ、そう長いこと身を隠してもいられまい。近い内にどこかしらで情報を得られる……そのように考えていた。

 しかし1週間が経ち、1ヶ月が経ち、2ヶ月が過ぎた頃にはそんな余裕も無くなっていた。

 

 その頃『鷹の目』のミホークが再戦しにやって来たが……そのミホークが、ルミナの愛用していた貝ダイアルを持っていたのを見たときは、心底驚いたものだ。入手経路などを聞いたが、頑として口を割らない。

 ……その際、何故か彼は冷ややかなような同情的なような複雑な視線を向けてきたが、それでも肝心の情報は全く明かさなかった。口止めされている、と察し、シャンクスは追及を諦めた。相手がミホークでは、如何ともし難い。その性格も実力も知っているが故に。

 広い目で見るならば、ミホークのそれが、唯一得られたルミナが姿を消してからの彼女の情報といえる。

 

 そしてそのまま……もう13年だ。

 ルミナの手配額がじりじりと上がり続けていることからみても、海軍も彼女の行方を掴めておらず、探し続けているのは明白だ。世界中が彼女を探しているといっても過言ではない。それなのに、全く何の情報も出ない。

 それが思わぬ所から出てきたのだ。食いつかないはずがなかった。




時間軸としては、まだルミナの手配が執行される前の話です。

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