麦わらの副船長   作:深山 雅

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第73話 さらばバラティエ

 翌日になって、ルフィはサンジを再勧誘すべくバラティエに向かった。

 ちなみに、クリーク海賊団を追い払ったことで雑用はチャラになったらしい。

 ……それって匙を投げられてるだけなんじゃないか? とも思ったけど、口には出さなかった。

 

 

 

 

 その一方で、俺もゼフと交渉すべくバラティエへ。ルフィが店を壊したことの弁償についてだ。

 ナミの1億ベリーに使うという方向で話が進んでいる以上、少しでも値下げして欲しいし……。

 けど、ゼフの提案は意外なものだった。

 

 「0? 弁償しなくていいってことですか?」

 

 そう、弁償はいらない、と言われたのだ。

 

 「あいつにゃあ、ヒレも壊されてるしな……皿も大量にダメにされてるし、正直計算するのも面倒だ」

 

 うん……ゼフの顔には、疲労の色が濃い。

 ルフィ、逆にスゴイな。ここまで言わせるとは。

 

 「ったく……嬉しそうな顔しやがって」

 

 下の方を覗き込んでいるゼフの視線の先にいるのは、話し込んでいるルフィとサンジ。随分と白熱しているのか、微かにその声が聞こえてくる。

 

 「オールブルー、か」

 

 4つの海の全ての魚が集まる海……常識で考えればあり得ないけど……そもそも、『常識? なにそれ美味しいの?』な感じがする世界だもんな……うん、素手で大砲よりも早く砲弾を投げられる人間がいるんだ、常識なんて役にも立たない。

 きっと世界のどこかに、オールブルーもあるはずだ。

 

 

 

 

 その後はメリー号で大人しく待ってた……というか、日記を確認してたんだけどね。

 ほら、あのミホークから渡された(ダイアル)。アレについて何か書いてないかって思ってさ。

 けど……。

 

 「やっぱ無いなぁ」

 

 パタンと日記を閉じて、俺は目頭を押さえた。

 あくまでもざっと流し読んだだけだけど、見当たらなかった。見たことあるような気がするのに……どうして無いんだろう。

 

 「何が無いんだ?」

 

 聞いてきたのはウソップだった。というより、他にいない。

 ゾロは寝ているし、ナミは色々緊張してるらしく女子部屋で1人になってる。

 そうそう、ゾロで思い出した。あんな怪我してるくせに、もう起きだして鍛練しようと仕出したんだよ。曰く。

 

 『普通じゃないあいつに勝つためには、おれも普通でいちゃいけない』

 

 らしい。

 その心意気は天晴れだと思うし、向上心は見習いたい。

 

 でもそれ以上に、馬鹿か、と思う。

 普通云々以前に、死ぬぞ? アーロン一味との戦いに出るなら尚更、それまでに例え雀の涙の如く微々たるものであったとしても、少しでも回復させておくべきのはずだ。

 なので、背後から後頭部に踵落としをくらわせて気絶させた。その上で麻酔を打って強制的に安静にさせている。

 ……その際、傍で見ていたウソップが何だか冷や汗を垂れ流していた。うん、自覚はある。俺って酷いよね。でも譲る気は無い。

 おっと、話が逸れたな。

 

 「ちょっとね。調べ物してたんだけど、ダメだったんだ」

 

 「へ~。何の本だ、コレ?」

 

 伸ばしてきたウソップの手を、俺はやんわりと押し留めた。

 

 「これは本じゃなくて、日記だよ。悪いけど、母の形見でさ。あんまり中身を人に見せたくないんだ」

 

 特に、ウソップにはね……だって、ヤソップとかも出てくるし。そんな記述を見られようもんなら、きっと色々気付かれる。

 ウソップはまだ気になるようだったけど、流石に『形見だから』と言われたら強くは出られないらしく、大人しく引き下がった。

 

 「おい、お前ら!!」

 

 そんな中、ルフィが満面の笑顔を携えて船内に駆け込んできた。

 

 「コックが加わるぞ!」

 

 本当に、嬉しそうな笑顔だな。

 

 

 

 

 バラティエのコックたちが、食料を分けてくれると言っているとルフィに聞き、俺が受け取りに行った。

 シロップ村で大量に買い込んでおいたし、冷蔵庫も鍵付きだから盗み食いされることの無かったからまだ余裕はあったけど、くれるっていうなら貰っておくに越したことはない。何しろ、うちの船には食魔人がいるんだし。

 能力で小さくしたから、運ぶのは楽だ……というか、だからこそ俺1人でも大丈夫ってことで来たんだしね。

 厨房から出て船に戻るために店の中を横切ろうとしたら、サンジが1人でタバコをふかしていた。

 物思いに浸っている所を邪魔するのも悪いか、と思って別の道へ行こうとしたら、意外にも向こうから声を掛けられた。

 

 「おい、テメェ」

 

 ……名前を言ってないから仕方ないのかもしれないけど、もうちょっと言い様はあるんじゃなかろうか?

 

 「何? ……先に言っとくけど、俺の名前はユアン。テメェは止めて欲しいな」

 

 「ああ……おれはサンジだ。怪我の治療は感謝してる。ありがとな」

 

 あ、そこか。

 俺は肩を竦めた。

 

 「別にそれほどでもない。俺は医者じゃないから、割と適当な治療だし」

 

 言うとサンジは微妙な顔をした。

 

 「何だ、医者じゃねェのか? 船医はいないのかよ、海賊船のくせに」

 

 ふ……それが俺たちだ。

 

 「いない。俺が船医代理をやってるけどね。……実は、今さっきまではコック代理もやってたんだ。だから、本職が来てくれて嬉しいよ。結構キツかったんだよ、労働量的に。あぁ、そうそう。これ、受け取って」

 

 俺はポケットに入れていた鍵をサンジに投げて渡した。

 

 「鍵?」

 

 「冷蔵庫の鍵だよ。俺たちの冷蔵庫は鍵付きタイプなんだ。そうでないと、いつの間にかつまみ食いをするクソゴムが出てくるからね。……それは、コックが持つべきものだと思うから、渡しとく」

 

 コックの仕事に『鍵の死守』なんて項目がある海賊船は、そうそうないだろうな……。

 なお、シロップ村を出てから今日までの間に俺が鍵を狙うルフィに襲撃された回数は、既に片手の指じゃ足りないぐらいに登っていることをここに追記しておこう。

 サンジは鍵を手で弄りながらちょっと考えてたみたいだけど、素直に受け取ってくれた。多分、この数日の間にルフィのつまみぐい癖を存分に見せ付けられてきたんだろう。

 

 「まぁ、了解だ……悪かったな、時間を取らせて」

 

 いやいや、これぐらいはどうってことないよ?

 

 

 

 そして、出航の時はやってくる。

 サンジがこっちの船に着くまでに、パティやカルネの攻撃を受けたりしていたけど、まぁ実力が違うし、問題は無かった。

 それよりも、ゼフの最後の一言の方が印象的だった。

 

 「おいサンジ……風邪引くなよ」

 

 それによって、サンジの涙腺は決壊した。

 

 「オーナーゼフ! 今まで長い間、くそお世話になりました! このご恩は一生! 忘れません!!」

 

 土下座でその意を伝えるサンジに、バラティエの面々も取り繕っていたすまし顔を崩し、泣き出した。ついさっき襲い掛かっていた2人もだ。

 感銘を受けているのか、ヨサクとジョニーも一緒になって号泣している。

 

 「行くぞ!! 出航!!」

 

 ルフィの高らかな宣言と共に、メリー号はバラティエを離れ海に出た。

 

 

 

 

 次の目的地は既に決まっている。

 いざ、コノミ諸島へ。


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