俺たちはコノミ諸島に到着した後、ココヤシ村には立ち寄らずにその足でナミの実家へと向かった。
ただし、ナミだけはすぐにアーロンパークへ行った。アーロンに『1億ベリーが貯まったから取引したい』と言いに行ったんだ。
その間に俺たちは、ナミがこれまでに集めた金を掘り起こして数えることになった。どれだけ足せば1億ベリーになるか試算しとくって言ってね。
それに、もしネコババしようとするヤツが現れた時に見付からないように、俺の能力で小さくして隠す、ということにもなっている。アーロンの所に持って行くにしても、その方が楽だもんな。
「およそ8500万ベリーってところかな……」
ノジコ立会いの下みかん畑から掘り起こした箱の中身は、トータルするとそれぐらいだった。ざっと数えた感じだけど、多分そう誤差は無いだろう。
「となると、後1500万ベリー……アルビダとバギー、クリークから奪った分でそれぐらいになるかな……」
ってか、バギーを海軍に突き出して懸賞金貰えばよくね? 俺たちまだ手配されてないからそれも可能だな……ま、バギー今どこにいるのか解らないから無理だけど。
ナミの箱はルフィ・ウソップ・俺で掘り起こした。サンジはノジコにメロリン状態になってて役に立たないし、ゾロはまだ休ませている。
そしてその作業中に、ノジコが詳しい事情を話してくれた。そう、ベルメールさんのことだ。
ルフィは、『ナミの過去になんて興味ねェ』って言って特に気にしてなかったけど、その他は耳を傾けていた。
「8年前のあの日から、あの子は決して泣かなくなったし、人に助けを求めることもしなくなった。あたしたちの母親のように、アーロンに殺される人間をもう見たくないから……たった10歳だったナミが、どれほど辛い決断をしたか、解る?」
解るわけが無いさ。そんな経験、したことないんだから……。
ナミの苦しみもそうだけど……ベルメールさんは、凄いよな。
『ごめんね。私、母親らしいこと、何もしてあげられなかったね』
……自分が死ぬと解っていて、どうしてそう言えるんだろう。愛しているから、だろうけど……それだけの無償の想いは、どこから来るんだろう。
ふと、思い出す。
『ゴメンね……ゴメンなさい……』
あれからもう、16年か……。
自分の命を掛けて、それでもまだ足りないっていうのなら……一体、どれだけのことをしてあげたいと思ってるんだろう。
むしろ、子どもの方が、それだけの想いに報いる術が見付からないってのに。
「……ボロボロだな」
俺と一緒に箱を掘り出していたウソップが、中に入っていたお札を1枚摘んで呟いた。
ウソップの言う通り、箱の中身はボロボロな物ばかりだった。
血や泥で汚れた札束、瑕の付いた宝石、端の欠けた装飾品……見ただけでも、これまでのナミの苦労が解る……いや、とても他人が解るような苦労じゃなかっただろう。正しくは、苦労してきたということが解る、だ。
「海賊貯金を思い出すな」
ルフィが言ってきたけど……。
「ブツは似たようなものだけど……集めた人間の思いは全然違うんだろうな」
確かに海賊貯金も、結構ボロボロだった。そりゃあ、スリや強奪なんかでやってたんだから当然だろう。集める過程で危険な目にあったことも1度や2度じゃない。最たる例は、あのブルージャムの1件だ。
でも俺たちは、自分の夢のためにやっていた。だからだろう。今思い出せば、あれはあれでそれなりに楽しかった。
反対にナミは、これが唯一の手段だった。楽しむ余裕なんて微塵も無かっただろう。
宝を小さくして待っていると、ナミが戻ってきた。
「アーロンの反応はどうだった?」
聞くと、ナミは難しい顔をした。
「驚いてたわ。1億貯まるのはまだもう少し先だと思ってたみたい……書類とか用意するから少し待て、だって」
……うん。
「明らかに……ってか、あからさまに時間稼ぎだな」
多分、今頃ネズミに連絡でも入れてるんだろう。
「けど、村の売買の主導権がアーロンにある以上、待てって言われたら待つしかないよね。はい、これ」
俺がナミに渡したのは、掌で包み込めるサイズの小さな箱だ。
「また、随分と小さくしたわね」
ナミは若干呆れ気味な様子である。俺は肩を竦めた。
「俺の出来る限界、1/100サイズにまで小さくしたからね。でもこれなら、知らなきゃ誰にも解らないさ。ポケットにでも入れときなよ」
ナミが頷いてそれを自分のズボンのポケットに仕舞っていると。
「ナミすわぁん♡ お姉さまに頂いたみかんを使ったゼリーを作りました!」
サンジが文字通り、踊りながらナミの家から出て来た。ちなみに、目が♡である。
まぁ……空気が適度に緩んだから、よしとしとこう。
ネズミ大佐がゲンさんに連れられてやって来たのは、それからほんの2時間ほど後のことだ。
こんな時だけ仕事早いな、オイ!
その時俺はルフィ・ウソップと一緒にみかん畑でみかん狩りをしていた。あまり取り過ぎないように、と厳命されているけど……うん、俺は全然みかん取れてない。ルフィが取り過ぎないように牽制するので精一杯だったよ!
ちなみに、ゾロはまだ休んでいて、サンジはメリー号にて昼食の準備中だった。
「!?」
やって来た集団を見て、ルフィが驚愕の顔で持っていたみかんを落とした。
「ルフィ!? 落ち着け、おれたちはまだ海軍に追われるようなことは……」
その驚きを、海軍の集団を見たせいだと思ったらしいウソップが宥めようとしたけど……え~っと、な?
「落ち着くのはお前だよ、ウソップ。よく見てみろ、ルフィの視線の先を」
ルフィの視線の先にいる人物。それは……。
「あのおっさん……何で頭に風車挿してんだ!? イカス!!」
ゲンさんだった。
「そっちかよ!?」
今日もウソップのツッコミは切れがいい。
「チチチ……私は海軍第16支部大佐、ネズミだ。君かね、ナミという犯罪者は?」
卑しい笑みを浮かべながら、ネズミはナミに聞いた。
「ええ、そうよ。海賊だからね。犯罪者でしょうよ……何? アーロンに何か言われて来たの?」
対するナミは挑戦的だ。言葉にも棘が満載だし。
ネズミは一瞬沈黙したが、すぐに言葉を続けた。
「アーロン氏に? はて、意味が解らないな……今日来たのは、君が泥棒だという情報が入ったからだ」
……じゃあ、その情報の出所を言ってみろよ。どうせアーロンだろ?
「対象が海賊らしいな? まぁ、そうとなれば君を強く咎めるつもりは無いが……犯罪は犯罪だ。その盗品は、我々政府が押収させてもらう。今までに集めた金品を提出しろ!」
ぐ、とナミが言葉に詰る。その視線が不意に俺の方へ向き……俺の言った通りになった、という表情をした。
しかし、すぐに気を取り直したらしい。
「……こっちこそ、何のことだか解らないわ。盗品なんて、無いわよ。何なら探してみる? あぁ、みかん畑は無茶苦茶にしないでよね」
その強気な態度に、ネズミは面食らっている。
「チチチ……ならばそうさせてもらおう。探せ!」
その号令と共に、ネズミが引き連れていた海兵の一団が散り、捜索を開始する。
しかし、家の中、畑の地中……当然ながら、どこを探しても盗品は見付からない。
なお、畑の捜索においては、みかん畑そのものには触られないように俺たちで注意を払っておいた。
「まだ見付からんのか!?」
目的の物が見付からず、またナミが全く動じないこともあって、ネズミは明らかに苛立っていた。当初の余裕はどんどん無くなっている。
「米粒を探しているんじゃないんだぞ!? 1億ベリーだ、見付からねぇはずがあるまい!」
ざ~んね~ん。確かに米粒サイズとまではいかなかったけど、1億ベリー(正確には、まだ8500万ベリー)はすっごく小さくなってナミのポケットの中で~す。1億ベリーを探すつもりで探してたら、一生見付けられないな!
「どうして1億ベリーなんて断言できるのよ」
しかも、その失言を聞き咎められてナミに詰られてるし。
「!? あぁ……まぁ、1億……それぐらいありそうな気がしたんだ」
ネズミ、何気に立場弱くなってるな。まぁ、宝という証拠が見付からなければ、傍目にはナミに冤罪を被せようとしただけに見えるし。
その一方で、とうとうナミが爆発した。
「いい加減なこと言わないで! アーロンがあんたたちをここへ寄越したんでしょ!? あんたたち海軍に助けを求めてる人はこの島には大勢いるのに、そんな人たちを素通りしてよくここまで来れたわね!」
「海軍が海賊の手下に成り下がるなんて……!!」
「何という腐ったやつらだ!」
ノジコとゲンさんも、溜め込んでいた怒りが出ている。
「ぐ……おい、さっさと見付けろ! 無いわけがねぇんだ! 見付けねぇと、報酬の3割が……っ!」
……今頃口を噤んでも、遅いと思う。ものすごく。
何だ、アイツあっさり自爆したな。
もう完璧にバレてるよ。このまま撤退しときなよ。
「とうとう本性現したわね! あんたのようなやつが海兵だなんて! ベルメールさんは、あんなに戦ってたのに……!」
「チチチ……煩い小娘だ!」
うわ、開き直った!
「捜索の邪魔だ! 出て行グハッ!!」
激昂してナミに銃口を向けようとしたネズミの横っ面に、拳が直撃した。
誰の拳かというと。
「ルフィィィィィィ!? 海軍に喧嘩を売る気か!?」
そう、ルフィのゴムゴムの銃だった……チッ、出遅れた。俺も準備はしてたのに。
……でも、考えようによってはいいな。だって、喧嘩売ってもいいっていう船長のお墨付きが出たようなもんだし。
「知るか! 海軍だろうと何だろうと、クズはクズだ!!」
ルフィは怒り心頭である。ナミに銃を向けようとしたことで相当キテるみたいだ。
「その通りだな。それにウソップ、俺たちは海賊だ。その時点でもう海軍に喧嘩売ってるようなもんじゃないか?」
言うと、ウソップはorz状態になった……だって、事実だろ?
「き、貴様ら!」
あれ、ネズミが復活した。
「おれが誰だか解っているのか!? おれは」
「海軍第16支部大佐、ネズミ」
「へ? グホッ!!」
ネズミ、再び悶絶。何故か? だって、へたり込んでるネズミの顔面、蹴り抜いてやりましたから。うん、やりたかったんだよ!
「解っててやってんだよ。お前がどこの誰だろうが、敵には違いないんだから。そっちこそ、何都合のいいこと言ってんだよ。この小物が」
「ユアンーーー!? お前までっ!?」
何だか遠くでウソップの絶叫が聞こえた気がしたけど、気にしない。
「お前は切れさえしなきゃ、比較的常識人だと思ってたのに!」
……切れさえしなきゃって、何さ? 俺、怒ったことはあるけど、ブチ切れっていうほど切れたことはまだ無いと思うぞ?
それに。
「常識人なわけないだろ? 海賊なんだから」
その時点で、既にアウトローだ。
……ん?
「海賊だと?」
あれ、周囲の海兵が色めき立ってる?
「貴様ら、本当に海賊なのか!?」
ネズミが怒鳴るけど……うん、そんな地に伏した体勢で何を言っても、威厳もクソも無いぞ?
「おう! おれは海賊王になる男だからな!」
いつの間にかこっちにまで来ていたルフィが、胸を張って答えている。
「捕縛しろ!!」
腐ってもネズミは、この場での最高位の海兵である。当然、海兵たちはその命令に従う。ジリジリと、海兵たちは俺たちを取り囲む……けど。
「だってさ。どうせならアーロンに対しても『捕縛しろ』とか言えばいいのにな」
「準備運動には丁度良さそうだな! あ、そうだ! どっちの方がたくさんやれるか、勝負しねェか?」
「……何か賭けたいものでもあるのか?」
「おれが勝ったら、冷蔵庫から鍵を取れ!」
「それは負けられないね……じゃあ、俺が勝ったらルフィは向こう1ヶ月、1日5食じゃなくて1日3食な。」
「げ! お前鬼か!」
「普通の人間の食事事情は、そうなってんだよ」
俺たちには、全くと言っていい程緊張感が無かった。
勝負が着くのに、5分も掛からなかった。
「俺の勝ちだな」
フフン、と勝ち誇る俺に対して、ルフィは駄々を捏ねている。
「ちくしょ~~~!! 3人差だ!!」
そう、俺が勝った……必死だったからな! ふはは、ルフィ! 1日3食しか食べられなくて飢えるがいい!
あ、周囲の状況?
まぁ……死屍累々、と答えておこう。いくら海兵とはいえ、これぐらいの相手はどうってことない。
「おばえら……このおでに手ェ出じて、ただでずむとおぼうなよ……。」
ネズミ……タフだな。その点だけは感心するよ。
けど、まぁ。
「目汚しだな……飛んでいけ!!」
思いっきり、蹴っ飛ばしました。うん、結構な飛距離出た。
暴れて、ちょっとスッキリした。
「そんなことがあったのか……」
下っ端の海兵たちもほうぼうの体で逃げ出し、時が来たと俺はメリー号にいた2人を呼んできた。あ、ついでにヨサクとジョニーも。
「何でだよ、何であんなに目立つ真似を……絶対目ェ付けられちまったよ、どうすんだよ」
……ウソップが暗黒を背負って何か呟いてるように見えるけど、気にしないでおこう。
それよりも。
「……バッカみたい」
肩を落として蹲っているナミの方が、ずっと心配だ。
「8年よ? ずっと、信じてたのに……アーロンは、金の上での約束は、それだけは守るって。もうすぐ、村も解放されるって思ってたのに……私、何してたんだろ……」
可能性を考えてはいても、実際に突き付けられればやっぱりショックなんだろう。
ナミの肩は震えている……ずっと堪えていたものが込み上げてきているんだろうか。
「……知っていたよ」
ゲンさんの静かな言葉に、ナミがパッと顔を上げた。
「ナミ、お前が村のために頑張っていたことは、村の全員が知っている……ノジコに聞いた。だが、知っていると言えば、我々の期待が、お前があの一味を抜けたいと思ったときに足枷になると思い……知らぬフリをしてきた」
「そんな……」
ナミは目を瞠っている。
その一方。
「うし! 行くか!」
ルフィがやる気充分に俺たちに声を掛けてきた。その言葉に、ナミはハッとしてこっちを見た。
「ほ、本当に行くの!?」
「当たり前だろ? 何言ってんだ、今更」
ルフィは心底不思議そうな顔をしている。
「あんたたちは……この島とは関係無いじゃない!」
「ああ、無ェよ」
「殺されるかもしれないのよ!」
「死なねェよ。おれは海賊王になるんだからな!」
ルフィは実にあっけらかんとしたものだ。
うん。
「ま、確かにこの島『は』関係無いな。俺たちが関係あるのは、ナミだからね」
俺が肩を竦めると、ルフィが頷く。
「この前だって言った。おれたち、仲間だろ?」
この前……クリーク一味との戦いの直後の、あの時のことだろう。
そしてあの時、ルフィが言ったことはもう1つある。
「……ルフィ」
『何でおれたちを頼らねェんだよ』……ルフィはそう言ったんだ。
そしてあの時と今とでは……色んなことが、違う。
「助けて……」
8年間。その間でナミが人に助けを求めたのは、多分これだけなんだろう。
その言葉にルフィはナミの所まで歩いて行き、その頭に自分の被っていた麦わら帽子を乗せた。そして、大きく息を吸い込み……。
「当たり前だァ!!!」
腹の底からの叫びに、空気が震えた。
そしてこの場で、その叫びに否やのある者はいなかった。