麦わらの副船長   作:深山 雅

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番外編 初頭手配の裏側

 これは、麦わらの一味の船長と副船長が手配された直後の話。

 

 ①とある軍艦の上での場合

 

 東の海の洋上。海軍の英雄ことモンキー・D・ガープはそこにいた。モーガンという人物を護送するためであった……尤も、それは果たせなかったが。

 

 そんなガープは頭を抱えていた。それというのも、今彼の机の上には2枚の手配書に原因がある。

 それはルフィとユアン、2人の孫のものだった。これで彼の家族は、彼を除いて全員が晴れてお尋ね者というわけだ。

 

 ルフィは昔から『おれは海賊王になる!』と言って聞かない子だった。それはそれで何とか修正しようと(彼なりに)努力したのだが、どうやら実を結ばなかったらしい。

 しかし、何だってユアンまで、と思う。あの子はエースやルフィとは違って、1度も『海賊になりたい』などと言ったことはなかったのに。

 

 まぁ要するに、色々言われるのが面倒くさかったから口に出したことは無かった、というだけの話に過ぎないのだが。ルミナに始まり、エース・ルフィと正直に『海賊になる!』と宣言する子供たちに慣れていたガープとしては、むしろこの不意打ちの方が堪えた。ほんの少し前に電伝虫で本人と会話したばかりなのだから尚更である。

 

 しかしそれもこれも後の祭り。

 

 自分はあの子たちの為を思って『海兵になれ』と言ってきたのに、何故その親心……いや、祖父心が解らんのだ! とガープは怒鳴りたかった。

 尤もあちらにしてみれば、殴られたり投げられたり無人島に放り込まれたり風船で飛ばされたりという仕打ちを受けてきた子ども……いや、孫たちの気持ちも考えろ! ってな感じだろう。

 つまりはどっちもどっちである。

 

 そして、ガープのその有り余る怒りのベクトルはというと。

 

 「『赤髪』ッ……!!」

 

 何故かかの四皇の一角へと向けられていた。何しろ、ヤツこそが諸悪の根源のように思えてならない。

 

 ルミナはロジャー海賊団解散後に赤髪海賊団に入るし。色んな意味で取られるし。

 ルフィは『命の恩人だ』とか言って憧れまくるし。

 ユアンは顔がヤツに似ちゃうし。(←愛娘に似て欲しかった)

 エースやサボは………………あんまり関係ないけど、とにかくムカつくし。(←最早何の脈絡も無い)

 

 後半は傍目には理不尽極まりない言い掛かりだが、ガープにしてみれば前半の要素で充分憎い。

 今回のことだって、ルフィはヤツに憧れて海賊になった。ユアンはそのルフィと一緒に海に出た。ならば突き詰めれば結局はヤツのせいではないか。

 

 惜しむらくはその相手が四皇の1人だということだ。下手に手を出せば戦争になりかねない。

 彼自身はこの恨みを晴らせるならばむしろ本望! とも思うが、上層部は認めないだろう。戦争となれば、勝たねばならない。そしてそれには十分な備えが必要だ。しかも現状、『赤髪』を戦場に引っ張り出すためのエサも無い。

 そして軍人の辛いところは、縦社会であり上の言うことに逆らえないということだ。自由奔放なガープは人よりも余程自由にやっているが、最低限の線引きはある。そして四皇関連はその線引きに入るぐらいの大事だ。

 こんなことならヤツが四皇と呼ばれるようになる前に何とかして潰しておくんだった、と後悔しても、それも後の祭り。

 結果としてガープは、ただ恨みを蓄積していくしかない。

 

 だがしかし。

 

 「『赤髪』ィ! 覚えとれェ!!」

 

 もしも相対するようなことになれば。年のせいでいくらか衰えた身体ではあるが、貯め込んだ恨みの力によって全盛期以上の火事場の馬鹿力を発揮できる自信があるガープであった。

 そして、超特大鉄球による拳骨流星群を降らせてやるのだ、と。船室に響き渡る怒号と共に、ガープは決意を新たにしたのだった。

 

 余談だが、ガープに見込まれて拾われたコビメッポはドア越しにその咆哮を聞いてしまい、自分たちが怒鳴られたわけでもないのに恐怖で身が竦み、抱き合いながら気絶してしまったという。

 

 

 ②とある海賊船での場合

 

 

 「船長! ついにあいつらが手配されました!」

 

 子分の1人が手配書を片手に駆け寄って来るのを、『道化』のバギーは苦々しく見ていた。

 あいつら、というのは他でもない。少し前にバギー海賊団に甚大な被害をもたらしたヤツらである。

 

 特に、ルフィとユアン。ゾロやナミも腹立たしいが、それ以上にあの2人だ。

 ルフィのせいでバギーは体と生き別れる羽目になるし。

 ユアンのせいで一味の財政は破綻しかけてるし。

 しかもいざ手配されてみれば、初頭手配にも関わらずその手配額は2人ともバギーの倍以上。これでいい顔が出来るやつがいたらお目にかかってみたい。

 

 しかしバギーは、気付いていなかった。

 すぐ身近に、それどころじゃない天災(?)が忍び寄っているということに……。

 

 

 

 

 それが起こったのは例の手配書が出回ってすぐの頃だ。

 何の前触れも無く轟音と共に船が大きく揺れ、何事かとバギーは甲板に飛び出す。そしてそこで目にしたものは。

 

 「船長! 海軍です!!」

 

 そう、それは海軍の軍艦だった。それも、ただの軍艦じゃない。バギーはその軍艦の船首飾りに見覚えがあった。ありすぎた。

 

 「『拳骨』のガープ……!!」

 

 何だって海軍本部の英雄が東の海になんているんだ! と思ったが、それどころではない。

 何しろ、その軍艦から雨あられと砲弾が飛んでくるのだから。

 

 「大砲だー!」

 

 部下たちは慌てている。彼らも解っているのだ、その軍艦に乗っているのが自分たちが太刀打ちできる相手ではない、と。

 そんな混乱に陥っている部下たちに、バギーはとてもではないが思い至った真実を告げる気にはなれない。

 まさかあの砲弾が大砲などではなく、ガープ中将本人によって投げられてるものだ、などとは。

 

 「戦線離脱!」

 

 咄嗟に指示を飛ばしながら、バギーは泣きたかった。

 

 かつてロジャーの船に乗っていたころも、ガープ中将に砲弾を投げられたことはあった。しかしあれから20年以上経つというのに、その砲弾の威力に衰えは見えない……というか、増している。

 しかも、何でわざわざ本人が出張ってくるのだ。自分が東の海では大物であってもグランドラインの基準ではそうでもないことは、かつて新世界も見たことがあるバギーは内心で自覚している。それがなんで英雄・ガープに喧嘩を売られなければならないのか。

 

 バギーは知らない。かつてのガープは娘を巻き込むことに葛藤があって、本気が出せていなかったことを。

 そして現在、孫たちの手配書を見て鬱憤を貯めたガープが自分の限界以上の力を発揮している、ということも。

 さらに言うなら、ガープ自身が出てきたのは何てことは無い。八つ当たりである。ものスッゴイ苛立っている時にたまたま海賊船を見つけ、ストレス発散に走っているのだ。

 

 ちなみにこの時ガープは自身の旗艦にて。

 

 「『赤髪』ィ!! 覚えとれェ!!」

 

 と叫んでいたのだが、幸いにもバギーがそれを聞くことはなかった。

 

 もしも自分がガープのシャンクスに対する鬱憤晴らしの犠牲としてこんな目に会っていると知ってしまえば、流石のバギーも怒りなど通り越して世を儚んでしまっていたかもしれない。

 

 

 

 

 ひたすら逃亡に努めたためか、バギー一味は何とかガープ中将を振り切ることに成功していた。

 ガープとしても、見付けた海賊(バギー一味)を捕まえたかったのではなくただ暴れて発散したかっただけなのでそこまで積極的に追いかけていなかったからこそ成功したことなのだが。

 そして安堵すると、ふつふつと怒りが湧いてくる。

 しかし。

 

 「それもこれも……あの『麦わら』どものせいだァ!!」

 

 ガープ中将本人に怒りを向ける勇気は無かったが。

 そのセリフは、起こった出来事だけを見れば言い掛かりにしか聞こえない。実際、端で聞いていたアルビダは呆れ顔である。

 しかし因果関係を突き詰めてみると、実は非常に的を得たセリフなのだった。

 

 

 

 

 かくしてバギー一味は打倒『麦わら』を胸に、一路ローグタウンへと向かう船を進めるのだった。

 

 

 ③とある大海賊船での場合

 

 エースは上機嫌だった。今朝新聞を見てからというもの、そりゃあもう機嫌が良かった。

 

 「エース、どうしたんだ?」

 

 場所はクルーたちが多く集まる食堂。同僚が思わずそう尋ねてしまうぐらいに上機嫌だ。

 

 「おう! 弟たちが海賊として海に出たみたいでな! 今朝、手配書が出てたんだ!」

 

 その発言に、天下の白ひげ海賊団の猛者たちは凍りついた。

 その張り詰めた空気にも気付かず、エースは食事を口に掻き込んで立ち上がる。

 

 「オヤジにも知らせてくる!」

 

 件の2枚の手配書を持ち、エースはバタバタと食堂を出て行く。後には、この後の展開を予想して蒼褪める一同を残して。

 

 

 

 

 エースには3人の兄弟がいる。それは誰もが知っている話だった。特に、弟2人のことは。

 一言で言ってしまえば、エースはブラコンだった。酔えば出て来るのは弟自慢の話ばかり。しかも捕まってしまえば何時間も色んなエピソードを延々と語られる。お蔭で彼らは、その会ったことも無い弟’sの性格その他を粗方把握させられてしまった。

 捕まった犠牲者にしてみれば、それは最早苦行に等しい。

 少しぐらいなら『微笑ましい』と思えることでも、そうも続けばキツイ。

 それが一端に手配された、ともなれば……この後、どれだけ兄弟話を聞かされることか。

 食堂に残った面々は、自分が犠牲者とならないことを切に願うしかなかった。

 

 

 

 

 

 「見てくれ、オヤジ! こいつらおれの弟たちなんだ!!」

 

 大海賊、『白ひげ』ことエドワード・ニューゲートはエースが持ってきた手配書を眺めながら穏やかに彼の話を聞いていた。

 『家族』というものを大事にする『白ひげ』にしてみれば、エースのその楽しそうな様子は良い事以外の何物でも無い。

 しかし1つ気になったことがあったため、エースの話が少し落ち着くのを待って口を開く。

 

 「グラララ……それにしてもエース。下の弟の方の手配書、こりゃ災難だったなァ?」

 

 通常、手配書にはデカデカと顔写真が載るものだ。しかしその手配書は『写真入手失敗』として似てない似顔絵があるのみ。

 海賊にとって手配書はある意味勲章のようなもの。手配されればそれは海賊として認められたようなものだし、手配額が上がるのも同様だ。それなのにその手配書がコレでは、まるで出鼻を挫かれたようなものである。

 

 だがエースは、不意に視線を泳がして乾いた笑いを浮かべた。

 

 「あ~、それは……大丈夫だと思うぜ、多分本人がそうなるようにしたんだろうし」

 

 エースだって、弟たちの性格ぐらい把握している。特に今話題に上っている下の弟……ユアンは、実質的にはエースが育てたようなものだ。何となく事情は読めてしまう。

 

 「あいつは自分の顔を世間に晒すような事ァ、したく無ェはずだからな」

 

 その言葉に『白ひげ』は眉を顰める。

 海賊が素顔を晒したくないなんぞ、騙し討ちのためか? と思えたからだ。しかしそんな卑怯なことを企んでいるのなら、エースも引き攣っているとはいえ笑いはしないのでは? とも思う。

 

 再び手配書に視線を落とす。

 『モンキー・D・ルフィ』と『モンキー・D・ユアン』。手配額はエースと比べてもまだまだだが、初頭手配だということを考えれば破格と言えるだろう。

 エースの弟、というが、『白ひげ』はエースの出生の秘密を既に知っている。父親が産まれる前に、母親が産まれた直後に亡くなっている以上は実の兄弟では無い。というか、『モンキー』と付くからにはガープの縁者なのだろう、ということも見当が付く。

 今2人の話題に上っているのはユアンの方だが、こんな似てない手配書では顔形など見当もつかない。これから窺える確かだと思える特徴は精々、髪が赤いということぐらいか。

 

 しかしその時、『白ひげ』はふと思い出した。

 あれはもう22年も前のこと。今彼の目の前にいるエースの実父、『海賊王』ゴール・D・ロジャーと最後に酒を酌み交わした時のことだ。

 

 

 『海軍の連中がおれのことを何て呼んでるか知ってるか!? 『ゴールド・ロジャー』だとよ! おれは『ゴール・D・ロジャー』だ!』

 『時々いるな、『D』が付くヤツが……ウチにも1人、ティーチってのがいるぜ』

 『ガープだってそうだしな。ルミナもそうだ』

 『ルミナ? あのチビ娘もか』

 『あァ。まァ、あいつはガープの娘だからなァ!』

 『………………何だと?』

 

 

 あれには驚いた。まさか、ロジャー海賊団vs白ひげ海賊団の時にも見かけたあの海賊娘がガープの娘だったとは、想像もしていなかったのだ。

 

 改めて、まじまじと手配書を見てみる。

 『治癒姫』ルミナが消息を絶ったのは、もう15年以上前になるか。そしてエースの話では、このユアンというガキは16歳なのだという。

 そして、行方知れずになる前の彼女が所属していたのは……。

 

 (まさか……)

 

 確証も何もない、ふと覚えた小さな疑い。けれど『白ひげ』はそれを放置することにした。

 まさか、とは思う。あり得なくはない。だが結局の所、彼にはあまり関わりの無い話である。ならば取り立てて明かすようなことでもあるまい。そう結論付けたのだった。

 

 

 

 

 余談だが、『白ひげ』相手に思う存分弟自慢をしたエースは、次なる標的を捕まえてはブラコン魂を発揮していったとか。

 

 

 ④とある島での場合

 

 

 とある島でとある海賊団がキャンプをしていた。呑気なもんである。

 

 「呑気なことだ……」

 

 奇しくも、それを正直に口に出した男がいる。彼の名はジュラキュール・ミホーク。『鷹の目』の二つ名で知られる、世界一とも言われている剣士だ。

 

 彼はちょっとした気紛れから、ある出来事をある男に教えてやろうとこの島まで来たのだが……それを少しばかり後悔した。自分がわざわざ来る必要があったのだろうか?

 その辺をうろついていた下っ端が、ミホークが来たことを上層部に伝えに走る。だがミホーク自身も、そのまま奥へと進んで行った。

 

 「よォ、『鷹の目』……こりゃあ珍客だ」

 

 一団の最奥、パラソルの下にかつてのライバル……シャンクスを見付けた彼の胸中に真っ先に過ぎったのは……強い憐憫だった。珍しいことに。

 

 (少年よ……何故母親に似なかった)

 

 この時ミホークの思い浮かべた『少年』、つまりユアンがこの言葉を聞いたのならば、『俺が知るかっ!』と怒ったことだろう。或いは、『俺だって母さんに似たかったんだっての!』と地団太を踏んでいたかもしれない。 

 この事実関係を伝えた時にユアンが頭を抱えて膝を突き項垂れていた様子を思い出せば、その姿を想像するのは容易だった。

 

 そんなミホークの内心など露知らず、シャンクスは不機嫌そうに続けた。

 

 「おれは今、機嫌が悪ィんだが」

 

 どうせ飲みすぎだろう、とミホークは胸中でツッコんだ。と同時に、再び思う。

 どう考えてもこんな飲んだくれより、あの娘に似た方が良かったのではないだろうか、と。……どこからか、『余計なお世話だ!』という叫びが聞こえてきそうである。

 

 「勝負でもしに来たか?」

 

 「フン。片腕の貴様と、今更決着を着けようとは思わん」

 

 その言葉に嘘は無かった。事実、今回は全くの別件のためにここまで来たわけであることだし。

 

 「面白い海賊たちを見付けたのだが、ふと、お前が昔していた話を思い出した。ある小さな村の……面白いガキの話……」

 

 言ってミホークが取り出したのは、『麦わら』のルフィの手配書だ。

 ついでに言うと彼は、ルフィがルミナの甥に当たるらしいということも聞いていた。おじやおばに似るとはよく言うが、思い出してみればなるほど、あちらの方がルミナに似ていたかもしれない。

 ……少なくとも見た目は父親に似てしまったらしいユアンを思い出し、ますます哀れになる。

 

 (あれも母親ではなくとも、せめておじかおばに似ていればまだマシだったかもしれんものを)

 

 実際の所はユアンの伯父は『革命家』ドラゴンなので、似てしまったらそれはそれで大変なことになるかもしれないのだが……ミホークもそこまでは知らなかったため、呑気に考えていた。

 

 「何!? まさか!」

 

 ミホークの取り出した手配書に、赤髪海賊団の面々……特に古株の者がざわめく。だが、そんな中でも骨付き肉を口から離さないラッキー・ルゥは流石である。

 

 「来たか、ルフィ」

 

 どこか嬉しそうなシャンクスに、彼の部下たちはげっそりとした。

 これは来る。来るぞ、アレが。

 

 「おい、みんな! 飲むぞっ! 宴だァ!!」

 

 一同、天を仰ぐ。

 彼らは酒も宴も嫌いじゃない。いや、むしろ大好きだ。しかし今は少し休みたいというのが本音である。

 

 「飲むって、あんた今、飲みすぎて苦しんでた所じゃねェか!」

 

 『宴だァ!』とか言っている当の本人がそんな状態だったのだ。他の者たちがどうだったかは推して知るべし。

 

 「バカやろう、こんな楽しい日に飲まずにいられるか! 『鷹の目』、お前も飲んでけ! な!」

 

 ミホークは能天気な誘いに呆れつつ。

 

 (やはり飲みすぎが原因だったか……)

 

 自身の勘の良さに驚いていた。

 

 

 

 

 初めは何となく嫌々ムードが漂っていたものの、いざ宴が始まってしまえばその気になってしまうのが赤髪海賊団のノリである。

 今回も例に漏れず、すぐさま賑やかになっていった。

 そんな喧騒の只中、ミホークは中心にいるシャンクスのすぐ傍に腰を下ろしながら杯を傾けつつ思案していた。

 

 (これは出さない方がいいだろう……)

 

 ミホークはルフィの物とは別に、もう1枚手配書を持っていた。そのルフィと同時に初頭手配されたユアンのものだ。

 そして思い出すのは、ルミナと最後に会った時の会話。

 

 『『赤髪』になら、黙っておいてやる』

 

 そう、ミホークは確かにそう言ったのだ。

 かつてエースがシャンクスに色々と暴露してしまったことを知らないミホークは、かつてのルミナとの約束を優先しようと考えていた。

 そんなミホークに、酒のせいか顔まで赤くしたシャンクスが話しかけた。

 

 「ところで『鷹の目』、ルフィに会ったって?」

 

 そういえばその詳細については語っていなかったか、とミホークは頷く。

 

 「昼寝の邪魔をしてきた海賊団を襲ったのだが……東の海にまで逃げられてしまったので追いかけたところ、バラティエとかいう海上レストランに着いた。そこにいた」

 

 どうやら彼がクリーク海賊団を襲ったのは昼寝の邪魔をされたからだったらしい。『赫足』のゼフの予想は大当たりだった。

 この場合、ゼフの勘の良さに感心するべきか。ミホークの寝起きの悪さに呆れるべきか。それともクリークの不運を哀れむべきなのか。反応に困る所である。

 

 そして、続いての質問にミホークは眉を潜めることとなる。

 

 「ルフィのヤツ、1人だったのか?」

 

 何故そんなことを聞くのだろう、まさか何か知っているのか? 

 そうは思ったものの、確定したわけではないので決定的なことは言わないように注意を払う。

 

 「いや。仲間と共にいた」

 

 そしてその仲間を思い出し、知らず小さな笑みが浮かぶ。

 ロロノア・ゾロ。実力こそまだ己の領域には追い付いていないものの、その心力は稀に見るものだった。久々に『強き者』と巡り合えたことを思い出したミホークの機嫌が上昇する。

 他には確か、オレンジ色の髪をした女と、鼻の長い男が………………鼻の長い男?

 

 「………………」

 

 引っ掛かるものを感じ、ミホークはチラリと視線をズラした。その先にいるのは狙撃手・ヤソップ。

 ヤソップの鼻は別に長くない。しかし、それを除けば顔立ちはあの男とよく似てはいないだろうか?

 

 「何だ? おれの顔に何か付いてるか?」

 

 ミホークの視線に気付いたヤソップが訝しげな顔をした。

 

 「いや、何も付いてはいないが……もしや貴様、東の海に隠し子でもいるのか?」

 

 いきなりの爆弾発言に、それを聞いていた者はみな吹き出した。ヤソップが妻子持ちであることは仲間内では周知の事実である。それがまさか……という視線がヤソップに注がれる。

 一同が唖然として何も言えずにいる中、ミホークは変わらぬ無表情で続けて尋ねた。

 

 「貴様とよく似た顔をした、鼻の長い男が一緒だった」

 

 その情報に、渦中のヤソップが漸く解凍される。

 

 「それはおれの倅のウソップだ! 隠してなんざいねェ!!」

 

 不本意な隠し子疑惑に確信を持たれてなるものか、とヤソップは全力で否定した。何という不名誉だ、それは。

 そんな必死のヤソップに、あぁ何だ、というどことなく残念そうな空気を漂わせて周囲は納得する。所詮他人事の彼らにしてみれば、それはそれで酒の肴が増えたのに……な気分だった。彼らも割と酷かった。

 

 一方でミホークは、己の飛躍した思考を反省している。そりゃあいくら海賊とはいえ、いきなり『隠し子か』は無いだろう。

 隠し子はどちらかといえば、ユアンの方である。それを考えていたせいかいきなりそこに行き着いてしまったらしい……尤もこの場合、隠したのはルミナの方だが。或いはガープ中将か。

 

 「隠し子って……ぶっ飛んだこと言い出したな、おい」

 

 シャンクスの酔いも、どこか冷めたらしい。だが、ハッとしたように頭を振った。

 

 「って、そうじゃねェ! そんなのはどうでもいいんだっての!」

 

 「よくねェよ!!」

 

 あらぬ疑いを掛けられたヤソップがビシッとツッコむ。そこはかとない哀愁が漂っていたが、シャンクスは聞いちゃいなかった。

 

 「だー、もう! 遠回しはヤメだ、ヤメ!! ルフィと一緒に、おれに似たのがいなかったかっての!!」

 

 明らかに特定の個人を想定しているであろう発言に、ミホークは本格的に渋い顔になった。

 

 「知っていたのか?」

 

 「お前こそ! やっぱり知ってやがったな!?」

 

 相手のしてやったりという顔を見て、彼は己の失言を悟った。

 

 

 

 

 しかしシャンクスの方もどうやら何らかの情報を得ているらしい。ならば、ここで自分が意地になって隠す必要もあるまい。

 そう結論付けたミホークは、諦めたように嘆息した。

 詳しく事情を聞けば、現在では白ひげ海賊団の2番隊隊長となっている『火拳』のエースが実は関係者であり、彼がまだルーキーだった頃に事実を聞いたのだとか。

 

 情報交換とばかりに、ミホークも何故自分が知っているのかを話した。

 しかしそれによって、シャンクスには彼の部下であるはずの面々からぐさぐさと視線が突き刺さる。

 

 「お頭……あんた、本当に何をしたんだ?」

 

 ベックマンのその一言が、彼らの心情を雄弁に物語っていた。

 ルミナが子ども好きだったのは、彼らもよく知っている。だから、子どもの将来を思って色々と考えてしまったことには何も言えない……いや、正直に言えば、相談ぐらいはして欲しかったところだが。

 しかし問題は、何故シャンクスとルミナがケンカしたのかである。彼らの中では、その原因はシャンクスであろうことが確信を持たれていた。

 四面楚歌な状態に、シャンクスは頑張って当時を思い出そうとしていたのだが、どうしても思い出せない。

 ミホークも胡乱げにシャンクスを見る。

 

 「そもそもあれほど解りやすかったというのに……本当に、子が出来ていたことに気付かなかったのか?」

 

 出くわして数十分で気付いたミホークにしてみれば、それが最も疑問である。

 

 「………………気付いてませんでした」

 

 彼らが出会ってもう何年、十何年、何十年と経つだろう。

 それでもシャンクスがミホークに敬語を使ったのは、これが初めてだった。

 だがこれに関しては、何も言い返せない。何しろ今になって思い返せば、兆候はいくつもあったのだから。

 やれやれ……と言わんばかりの様子で肩を竦めたミホークは、あの手配書を取り出した。

 

 「これがその手配書だ。尤も、見てもあまり意味は無いだろうがな」

 

 どういう意味だと全員が訝しんだが、それを一目見てみれば納得する。

 

 「誰だ」

 

 シャンクスが思わずツッコんだ通り、『写真入手失敗』と記された手配書に添付されていたのは、絶対にあり得ないだろうと思えるような下手くそすぎる似顔絵だった。

 実は顔ぐらい見てみたいと思っていた彼は、密かに凹んだ。だがその解決策もミホークによってもたらされることとなる。

 

 「顔が知りたいのならば、自分の昔の写真でも見てみるがいい」

 

 何だかんだで長い付き合いである。そんなミホークからしてみても、ユアンはシャンクスにそっくりだった。可哀そうなぐらいに。

 

 「そんなに似ているのか……哀れな」

 

 エースもそのように言っていたが、何しろ3年以上前の情報である。現在では変わっている可能性も無いではなかったが、どうやらそのままだったらしい。

 

 「どういう意味だ!」

 

 はっきり言って失礼すぎるベックマンの発言に噛み付いたのは、シャンクスだけだった。他は全員がベックマンの一言に頷いている。

 全くだ、とミホークも同意する。

 

 「紛らわしいことこの上ない。もう少しで斬り捨てるところだった」

 

 あまりにもサラリとした発言だったため、その意味をすぐに理解できた者は少なかった。だが、それはつまり……。

 

 「まさか、斬りかかったのか?」

 

 「つい」

 

 恐る恐るといった感じの確認に、これまたサラリと頷くミホーク。

 一同は同情を禁じ得ない。

 シャンクスに似ている。ただそれだけの理由でこの『鷹の目』のミホークに斬りかかられるなんて……。

 

 「だが、中々に素早かった。見事に避けたからな」

 

 それだけ必死だったのだろう、と同情は更に深まった。

 

 「やはり小柄だと、動きも素早いのか……その辺りは母親似かもしれん」

 

 あ、つまりはその子、両親の悪いところ(?)ばかり受け継いじゃったんだなと、彼らの心は一致した。

 もう同情とかそんなレベルではなく、ただただ哀れだった。

 もしもその子に出会ったのが海の上でなければ……要するに、敵同士としてでさえなければ。自分たちぐらいは労わってあげようと思うほどには。

 

 何故かしんみりとした空気が漂う中、シャンクスは手配書に視線を戻した。正確には今度は、手配額を見たのだが。

 

 ルフィの手配額は4500万だった。こちらは3000万。どちらも初頭手配としては非常に高い。シャンクス自身も海賊であるからか、これは素直に目出度いことだと思えた。この先も海軍や賞金稼ぎに捕まったりしなければ、手配額は増えていくだろう。

 正直、自分に似ているから哀れだという周囲の評価には腹が立たないでもないが、否定は出来ない部分もあるから何とも言えない。特に、ミホークの実例を聞いた後では。

 

 何にせよ、会ってみたいものだとは思う。

 覆水盆に返らず、という。零れた水のように、取り返しのつかないことは確かにある。ルミナはもういないし、過ぎ去った時も戻らない。

 だがそれでも、全てが終わってしまったわけではないのだ。『これから』がある。そのためにはまず、会わなきゃならないだろう。

 エースが向こうはこちらと関わり合いたがっていないと言っていたし、それは事実なのだろうけれど、諦める気は無い。割と強かな性格をしているようだが、海賊としてはこちらの方が経験値が上だ。逃がす気は無い。

 

 「楽しみだよなァ……色々と」

 

 すぐ傍に座っているミホークは、色々と含みのありそうなその呟きに気付いたが……下手に関わったらもの凄く疲れるような気がしたため、杯の中身を煽って聞き流すことにしたのだった。


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