麦わらの副船長   作:深山 雅

91 / 133
第86話 目安

 「綺麗な空だなー」

 

 「何でそんな悠長なこと言ってられるの!? 可笑しいでしょ、私たちクジラに飲まれちゃったのよ!? 何で頭上に青空が広がってるのよ、これは夢なの!?」

 

 ナミが凄まじくパニクってるよ。

 

 

 

 

 えーと、状況を簡単に説明しよう。

 俺たちはラブーンに飲み込まれた。終わり。

 ……簡単すぎるな!

 いや、特等席が壊されなかったからルフィがラブーンの目玉に喧嘩を売ることは無かったんだけど……結局は、ラブーンが大口開けた時に一緒に飲み込まれてしまったんだよ。

 俺、悩む必要無かったな! あ、ちなみにルフィは飲み込まれる時に外に振り落とされていたのでこの場にいない。

 

 

 

 

 ナミはパニクってるけど、ウソップも似たようなものだ。ゾロとサンジは一見すると落ち着いてるけど、冷や汗を浮かべている。

 

 「落ち着いてよ、これは夢じゃない。確かにクジラの胃袋の中だ。よく見れば解る、青空や雲、カモメなんかは全部絵だ」

 

 「いや、尚更ダメだろ!?」

 

 ウソップにツッコまれた。

 

 「それならやっぱり、おれたちはクジラに飲まれちまったってことだろ!? 消化されちまうぞ?!」

 

 「大丈夫、あそこに扉がある!」

 

 「「「あんのかよ!!」」」

 

 デカデカと解りやすく設置された出入り口を指差して断言すると、ゾロ以外にツッコまれた。何で俺がツッコまれてるんだろう、別にボケてるわけじゃないのに。

 

 「それで、あの家は何だ?」 

 

 唯一ツッコまなかったゾロの視線は、胃酸の海にプカプカ浮いてる1軒の家……というか小島に向けられていた。

 

 「まぁ……普通に考えれば、こんな絵を描いてクジラの胃袋をプライベートリゾートに改造した奇特な人間の住処なんじゃない?」

 

 ヤシの木やビーチチェアまであるよ。クロッカスさん、遊び心一杯だな……ん?

 

 「あー……何かが胃酸の中から出て来そうだぞ」

 

 俺の発言に、ウソップが不思議そうな顔で船から身を乗り出した。

 

 「何かって、な……」

 

 何だ、って言おうとしたんだろう。けれど、その言葉は途中で止まった。

 何故なら、大王イカが姿を現したから……うん。

 

 「ウソップが捕まったー!?」

 

 そうナミの叫び通り、身を乗り出していたウソップがそのうねうねとした足に捕まってしまったんだ。

 

 「ぎゃーーーーー!!!」

 

 当のウソップが蒼白な顔で悲鳴を上げている一方、ゾロとサンジがそれぞれ構えたが、俺は動かなかった。何故なら、既にあの小島……いや、実際には船の1種なんだろうけど、そこから誰かが出てくるのが見えたからだ。任せてしまっていいだろう。

 そして原作通り、大王イカは勢いよく放たれたモリの餌食になった……同時にウソップも胃酸の中に落ちたけど。

 

 「ブハァッ! お、終わったかと思った……!!」

 

 ウソップは能力者じゃないし、カナヅチじゃない。溺れることなく顔を出した。

 でもな。

 

 「早いとこ上がらないと、結局終わりだぞ? 大王イカに消化されるか巨大クジラに消化されるかってだけの違いだ」

 

 大王イカに捕まった衝撃で、ここがクジラの胃の中だって忘れてたんだろう。俺に言われて思い出したらしく、ウソップが慌てだした。

 

 「ふ、ふざけんなァ! 早く引き上げろ!」

 

 「はいはい」

 

 縄梯子を降ろしてウソップを救出している間にクロッカスさんの漁は終わったらしく、そちらに向き直るとクロッカスさんは新聞を読んでいた。

 

 「状況はどうなってるんだ?」

 

 前面に出て警戒態勢を取っているゾロとサンジの後ろで、まだ大王イカの衝撃が抜け切っていないのかへたり込んでいるナミに聞いてみた。

 

 「……あのおじいさん、大王イカを回収した後は知らん振りなのよ」

 

 成るほどね。それで膠着状態になってるのか。

 

 「ウソップ、お礼言っといた方がいいんじゃないか? 一応、助けてもらったことになるんだし」

 

 タオルで身体を拭いているウソップに聞くと、訝しげな顔をされた。

 

 「けどよ……あのじいさん、得体が知れねェ」

 

 「得体が知れないって……失礼だぞ」

 

 「こんなところで生活している時点で充分得体が知れねェよ!」

 

 ……ヤバイ、納得できてしまう。

 

 「やめておけ……死人が出るぞ」

 

 俺たちが後ろで何やかやとやってる間に、いつの間にか話が進んでいたらしい。見た感じ、多分サンジが何か挑発したんだろう。

 

 「へェ……誰が死ぬって?」

 

 クロッカスさんの発言に緊張が高まる……が。

 

 「私だ」

 

 「お前かよ!!」

 

 ……………………。

 

 「ちょっと、何で悶えてるのよ?」

 

 いや、だって……。

 

 「プッ……クク……つ、ツボに入った……!」

 

 俺は膝を突いて船の甲板を叩きながら笑いを堪えるのに必死だった。面白っ! 腹が痛い! クロッカスさん、本当にすごい遊び心!

 けど実際、俺たちとクロッカスさんが本気でやりあったりしたらどうなるんだろう。エッド・ウォーの海戦にも出ていた戦う船医さんが、弱いわけないし……母さんも『強い』って書き残してたんだよね、実は。でもどの程度なのかまでは解らなかった。

 サンジを押さえてゾロがいくつか質問したけど、人に質問する時はまず自分から答えろという至極尤もな言葉を返され、ゾロが答えようとした……が。

 

 「私の名はクロッカス。双子岬の燈台守をやっている」

 

 ゾロの言葉を遮ってクロッカスさんが答えた。しかもご丁寧に、年齢や血液型、星座まで……アレ? AB型? SやFじゃないのか? クロッカスさんって、そう呼称をする地方の出身とか?

 

 「あいつ斬っていいか!?」

 

 ゾロが刀に手を掛けながら、何故か俺に聞いてきた。何で膝を突いて悶えている俺に? ……って、船長不在時の副船長だからか?  

 しかし、答えは決まっている。

 

 「ダ、ダメだ。失礼の無いように対応してくれ……」

 

 笑ってる場合じゃない。しっかりしろ、俺。

 

 「あいつの方がよっぽど失礼だろうが!」

 

 ゾロの怒りは収まらないらしい。

 

 「仕方が無いだろ、相手は大先輩なんだ」

 

 よし、漸く俺の笑いは収まってきた。あー、苦しかった。

 

 「大先輩だと?」

 

 「そう」

 

 海賊王のクルーは、先輩だ。だってルフィは、海賊王になる男なんだからね。

 

 「クロッカス、って言ってたよね? それは元ロジャー海賊団の船医の名前だ」

 

 俺の発言に、鳩が豆鉄砲を食らったみたいな顔をする一同。

 

 「ロジャー海賊団……って、つまり……?」

 

 脳内ショートでも起こしてるんだろうか、イマイチ繋がってないみたいだ。まぁ気持ちは解る。こんな場所で伝説に出会うなんて思ってなかっただろうし。

 

 「早い話、海賊王の船医クルーで主治医ってことだよ」

 

 どキッパリ言うと、やがて理解してきたらしい。

 

 「「「「海賊王の船医ーーー!!?」」」」

 

 凄まじい絶叫が、だだっ広い胃袋の中に響き渡ったのだった。

 

 

 

 

 正直、こんな近距離で全員でハモりながら叫ばないで欲しい。鼓膜がダメージを受けそうだった……原因は俺な気がするから文句は言え

ないけど。

 

 「いてェ~~~」

 

 それでも、耳が痛い。

 ジンジンする耳を押さえながら輪から抜け出ると、ふと視線を感じた……って、何か前にもこんなことがあったような……。

 顔を上げてみると、クロッカスさんにガン見されていた……。

 アレだ、ミホークの時と似たような感じだ!! うぅ、クロッカスさんとの顔合わせはもっとスマートな形が良かった……。

 クロッカスさんは、目を丸くしている。随分と驚いてはいるようだけど、その驚きの度合いはそこまで高くなさそうだから、多分まだ事実関係には気付かれていない。むしろ、他人の空似の可能性の方を考えてると思う。

 ミホークがあんなに早く事実に気付いたのは、母さんに俺……っていうか、子どもの存在を聞いていたからだろう。バギーにしても、俺の顔を見る前に『ユアンという名前のガープの孫』だって情報を得ていた。

 しかし……ね?

 

 「………………」

 

 「………………」

 

 無言で見詰め合うこの気まずさはどうしたらいいんだ!

 俺たちが見詰め合っている間に、ドォォォンという轟音と共に胃酸の海が大きく揺れ出した。ラブーンが暴れだしたか。

 

 「オイ、何だ何だァ!?」

 

 突然の大揺れにみんなはそれぞれ船にしがみ付いている。どうやら、『海賊王の船医ショック』はひとまず置いておくことにしたらしい。

 そりゃそうだ、もっと差し迫った問題が出たんだから。この揺れじゃ、下手したら船から投げ出される。

 

 「何、地震!?」

 

 「んなわけあるかバカ! ここはクジラの胃の中だぞ!?」

 

 「クォラこのマリモ! てめェ、ナミさんにバカとは何だ!?」

 

 サンジの奴隷化については、もうツッコまないでおこう。

 

 「……このクジラが、レッドラインに頭をぶつけてるんだ」

 

 言うと、全員が俺を見てきた。

 

 「何でそんなことが解るのよ?」

 

 「解るんじゃない……知ってるんだ」

 

 意味深な発言に、みんなは怪訝な顔をした。

 

 「どういう意味だ? そういやお前、ここにこのクジラがいるってことも知ってたよな? 何をどれだけ知ってるってんだ?」

 

 聞いてきたのはゾロだけど、その心中は全員同じだろう。

 

 「何をどれだけ、って言われてもね。多少は、としか言い様が無いよ。取り敢えず、飲み込まれる前にこのクジラの頭が傷だらけなのは見なかったか? アレはそうして付いた傷なんだと……!」

 

 「? どうした?」

 

 ウソップに聞かれたけど……これは。

 

 「気配がするんだ……多分、ルフィだ」

 

 扉の方から気配が3つ。可笑しいな、まだクロッカスさんが飛び込んでないのにルフィたちが来るなんて。ルフィたちが来るのが早いのか、それとも……。

 クロッカスさんは……あれ? まだ俺ガン見されてる? 何で?

 

 「「「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」」

 

 そうこうしてる間に、大きな扉の途中に付けられた小さな扉から転がり出てくる3つの影。

 まずは王冠を被った男と、青い髪の女の子……Mr.9とビビだ。

 

 「ハッ! 麗しのレディが降ってくる!?」

 

 おいサンジ……お前、恋の奴隷なんじゃなかったのか?

 そしてそれに少し遅れて出て来た麦わらを被ったゴム……勿論、ルフィだ。

 

 「おー! みんな大丈夫かー!?」

 

 落下しながら満面の笑顔で手を振るルフィ。でもな。

 

 「今のところ、1番大丈夫じゃなさそうなのはお前だ!」

 

 下は(胃酸の)海、ルフィはカナヅチ。言われてその状況に気付いたらしく、ルフィは一瞬だけ考えた後にどんと胸を張った。

 

 「ユアン! 助けろ!!」

 

 ……何で救援要請が命令形なんだ。

 俺が名指しされてるのは、月歩が使えるからだろうけど……ったく、あいつは。

 

 「りょーかい」

 

 俺の返事がやる気なさげなものになったのも、無理ないと思う。

 船から飛び出した時にチラっと見えたクロッカスさんの表情が、さっきまで以上の驚愕を宿していたけど……やっぱり名前までバレると、気付かれるか。

 これも1つの目安かもしれないな。顔だけだったらまだ誤魔化しも効きそうだけど、顔と名前が知られたらバレる。名前だけなら……やっぱり、知ってる人にはバレるだろう。バギーがその例だ。

 

 

 

 

 まぁ何にせよ、今回は知られたって構わない。元々そのつもりでいたんだし。

 

 

 

 

 俺がルフィをキャッチしたのとほぼ時を同じくして、クロッカスさんも気を取り直すかのように頭を振ると胃酸の海に飛び込んでいた。となれば、もうじきこの揺れも止むだろう。

 Mr.9とビビは胃酸の海に落ちたけど……Mr.9はどうでもいいけど、ビビは助けとくべきだったかな? でもこの時点では不審人物の1人に過ぎないわけだし……今度謝っとこうっと。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。