「え~っと……これはまた違う話なんかもしれませんけど」
「何でもいい。取り敢えず聞かせてみろ」
「俺……産まれた時のことを覚えてるんですよね」
いや、覚えていること自体は可笑しいことじゃない。
絶対に人には言えないことだけど、俺は転生者だ。自我は産まれた時……いや、それ以前からある。もっと言うなら、胎内での記憶だってあるんだし。
でもあの時、周囲の状況が確認出来たのは、可笑しい。音が聞こえたのはともかく、産まれたての赤ん坊なんて目は開いてないはずなんだ。目が見えないのに、母さんや祖父ちゃんの表情とかが解った……それは、可笑しい。まさにあの時、俺自身が思ったことだ。けど、転生って特殊な状況に気を取られてて……流してしまっていた。そして今まで、忘れていた。
「お前は……ルミナのことを覚えているのか?」
クロッカスさんは驚愕顔である。そりゃそうだろう。自分が産まれてすぐ死んだ母親の記憶なんて、普通は無い。
「ええ……とはいえ、何かがあったわけでも無いんですけど……」
果たして覚えていることはいいことなんだろうか、とふと思った。
祖父ちゃんとの言い合いはまぁ置いとくとしても、それ以外である母さんの記憶は……抱きしめられたことと、泣きそうな顔と声で只管に謝られたことだけだ。前者はともかく、後者は……キツイ。
少し重い空気が漂ったけど、クロッカスさんはひとまずそれを流すことにしたらしい。
「ならばひょっとしたら……お前はルミナと同じく、生まれ付き見聞色が使えたのかもしれんな」
………………ハイ?
「いやいやいや……何でそうなるんです?」
え、だって俺、最近まで全然使えてなかったんだよ?
「覇気を使う上で最も大事なのは、疑わないことだ……疑えば、それが無意識に枷となる。お前は、見聞色を使うために無茶な特訓をしたらしいな?」
また言われちゃったよ、無茶って。
頷くとクロッカスさんは、自分もはっきりとは言えないが、と前置きして続けた。
「特訓をしたのは、そうしなければ使えないと思っていたからだろう? それはつまり、その時点の自分には使えないと思い込んでいた、とも言える。それは疑っていた……いや、むしろ確信していたとも言える。それが枷となった。そのために特訓によって『何とかなる』と思ったことで少しずつ発動させられるようになっっていった。しかし理性が飛んだ時にその枷が一時的に取れた。そうは考えられんか?」
え~と。
「かなり乱暴な論理ですね……」
つまり、産まれた時に周囲の状況が解ったのは目で見ていたからじゃなくて、見聞色の覇気で周囲を感じ取っていたのをまるで見ているように感じてたってことか……? 何それ、どんだけ見聞色って便利なの!?
で、俺はなまじ覇気に関する知識があったがために『そんなの使えるわけない』と思い込んで封印してしまった、と……そういうことですか?
俺、何と言っていいのやら。
けど、もし本当にそうだとしたら……どうしたらいいのかね?
戦争にでも出るか! 原作コビーみたいに目覚めるかも!
……どうやって戦争になんて出るんだよ。頂上戦争で目覚めても遅いんだよ。
そもそもコビー、何で頂上戦争時に見聞色に目覚めたんだっけ? 確か、極限状態に置かれたせいだったっけ?
俺が出会えそうな極限状態……青キジにでも挑むか?
ダメだな! 殺される自信がある! 何て情けない自信だろうね!
うん、却下しようそうしよう忘れるんだ。
クロッカスさんの推論が当たってたとしても……そんな無意識リミッター、自分ではどうにも出来ない。だってここ数年は、『見聞色を使えるようになってきた』って思ってたのに、それでも完璧じゃないんだよ? どうすればいいのさ……。
聞いてみたら、クロッカスさんは肝心の覇気習得方法までは知らないらしいし。武装色とか知りたかったのに。
けどまぁ、本当に知らないことを聞き出そうとしても無理な話だ。
取り敢えず気になってた見聞色に関しては乱暴ながらも一応はアタリがついたことだし、それをこれから考えよう。
ハァ、と溜息をついてクロッカスさんに淹れてもらってたお茶を手に取った……淹れてもらってたんだよ、実は。茶菓子は無いけど。
もっと詳しく言うなら、机を挟んでイスに腰掛けて向かい合ってる。
さっきニュース・クーから買った新聞は後で読もうと思って机に放ったら、中からバサリと何かが落ちた。何か、とは言っても、このシチュエーションじゃ手配書でしかないだろう。
手配書……手配書か。それに関しても気になってることはあるんだよな。
母さんの『ALIVE』……俺に直接の関わりは無いだろうし、当の母さんが死んでしまっている以上は今さら気にしてもどうにもならないことだろうけど……やっぱり、気になるものは気になるよね。
そんなことをぼんやり考えながら、聞こうかどうしようか迷ってる間に、クロッカスさんが落ちた手配書を拾ってくれていた。そして、それをチラッと見て……微妙な顔をした。
「これは、お前じゃないか?」
あぁそう、俺の手配書……って、俺の手配書!?
え、この前3000万で手配されたばっかなんだけど!? まさかまだあの時の新聞持って彷徨ってるニュース・クーがいたのか!?
「まさか。俺はこの前、初頭手配されたばっか……で……」
受け取って見たけど……それは確かに似てない似顔絵が描かれた俺の手配書だった……しかも、手配額が上がってるし……うん。
何で!? 次に手配されるとしたらアラバスタの後だろ!?
「!」
まさかと思って新聞を振ってみると、落ちてくる手配書がもう1枚……それを確かめて、俺は頭痛がしてきた。
「ルフィもかよ……」
そう、それはルフィの手配書だった。しかも、こっちも手配額が上がってる。
新たな手配書では。
『麦わら』 モンキー・D・ルフィ 懸賞金6000万ベリー
『紅髪』 モンキー・D・ユアン 懸賞金5000万ベリー
グランドラインに入って早々、一味のトータルバウンティが億を超えちゃったな! しかもルフィ、既にベラミーを越えたな! ……いやいや、そんなこと言ってる場合か!?
何で!? 俺たち何かした!? しかも何で俺の方が上がった幅がデカイ!?
………………って。
スモーカー倒しちゃいましたね、そういえば……。
原作でルフィたちがスモーカーを振り切れたのは、あくまでもドラゴンの助力があってのことでスモーカーに勝ったからじゃない。でも、俺たちは勝っちゃった。
確か、億を越えたら将官クラスが出張ってくるんだっけ? 将官以下の最高位は大佐で、スモーカーも東の海にいたけど本部大佐……そりゃ額も上がるか……。
でも、それを言ったらゾロだってたしぎを倒したのに。曹長ぐらいじゃまだ手配されないってことか?
しかもその時やったことといえば。
ルフィ→スモーカーを1発ぶん殴った。
俺→海楼石の手錠をかけた・十手を盗んだ(しかも海楼石入り)・スモーカーを殴打した。
俺の方が色々やらかしちゃってた!!
うーわー……どーしましょー……。
……別にいいか! 海賊が高額手配されたって嬉しいだけだ! 後でルフィにも教えてあげよう。
「問題ありません」
「無いのか」
「はい」
クロッカスさんはすっごい微妙な顔だけど、気にしない!
よし、こうなったらついでに聞いちゃおう!
ええ、話を逸らす気ですが何か?
「手配書といえば……どうして母さんは『ALIVE』で手配されたんですか?」
聞くと、クロッカスさんはまた真面目な顔になった。
「聞きたいか?」
「そりゃあ、まぁ……気にはなりますね」
答えるとクロッカスさんは少し考えてたみたいだった。表情から察するに、恐らくクロッカスさん自身も考えを纏めているんだろう。けど、やがて口を開いてくれた。
「ふむ……結局のところ、あの子がガープの娘だったから、かもしれんな」
……ハイ?
「孫のルフィや俺は普通に手配されてますよ?」
素性を明らかにされてないドラゴンはまた別の話としても、ルフィも俺もこうやって普通にフルネームで手配されている。
クロッカスさんはその質問に答える前に、ルフィの手配書を見てちょっと驚いていた。
「あの『麦わら』もガープの孫だったか。しかし……」
首を捻っている様子を見るに、関係性がイマイチ掴めてないんだろう。
「ルフィと俺は、従兄弟ですよ。年はルフィの方が1つ上……ちなみに、義兄弟でもあります」
そういえば言ってなかったもんな、この話。
「なるほど。そういえばルミナは、兄がいると言っていたな」
クロッカスさんは納得してくれたらしい。
「しかし、それとこれとは話が違う」
それはそれとして、話は続いた。
「お前たちには、言ってみれば利用価値が無い。しかしルミナにはあった。もしも捕えて海軍や世界政府に協力させれば、大きな力になっただろう……ただの海賊娘ならそんな話にはならなかっただろうが、海軍の英雄であるガープの娘であるがために、交渉の余地ありと判断されたのだ。」
なるほど……だから、母さんはミホークにあんなことを言ったのか。取引に応じる気はないから、その内インペルダウン送りや公開処刑になるかもしれないって。取引のために生け捕りに拘ったから、その取引に応じないなら他の海賊と同じ扱いになるってことなんだろう。
けれど、利用価値、というと……。
「治癒能力のことですか?」
手足が吹き飛ぼうと、内臓が破裂しようと、死んでさえいなければ即座に復活させることが出来た治癒能力。それは軍にしてみれば喉から手が出るほど欲しいものだっただろう。
しかし、クロッカスさんの返答は少し違っていた。
「それもある……が、それだけではない」
クロッカスさんも言葉を選んでいるようだ。
「あの子は子ども好きな子だった……自分の子なら尚更だろう。確かに海軍や世界政府を嫌ってはいたが、単なる医療従事ならばお前のために取引に応じただろう。子どもを1人にしないためにな。一言取引に応じると言えば、当然手配は失効になっていただろうから、そうしたらルミナは海賊娘ではなく英雄の娘だ。対外的には、海賊に人質として捕まっていたとでも言えばいい。海賊の子というレッテルを気にする必要など無くなる。父親に関しては、その気になれば誤魔化しもきく」
まぁ……そりゃそうだろう。産まれる前から、俺がこんな顔を持ってるって知ってたわけじゃないんだし。
あれ? でも……。
「英雄の娘って……母さんが祖父ちゃんの娘だってことは、世間一般には明かされてないですよね?」
手配書にだって、母さんは『ルミナ』としか書かれてないし。
ダダンですら、その事実を知ったのは祖父ちゃんが俺を連れてきた時だって言っていた。そりゃあ、流石に海軍上層部には知られてるだろうけどさ。
クロッカスさんは頷いた。
「ああ、それはそもそもはルミナが名乗らなかったせいだな。本人が言うには、『家出した時点で姓は捨てた』らしいが……本人なりに、海賊の世界に飛び込む覚悟を決めたつもりだったのだろう」
母さん……何かが根本的にズレてるよ……。
「海軍側としても、その方が都合が良かったようだがな。取引があまり表立って言えない内容である以上、下手にガープとルミナの関係を取り沙汰されて『ALIVE』の理由がガープの娘恋しさのせいだと勘ぐられれば海軍の印象が悪くなりかねなかったのだし」
いや、表立って言えない内容の取引って……どんなだよ。
「でも、だとしたら……軍や政府は母さんに何をさせようとしてたんですか?」
覇気と治癒能力。母さんがそれ以外の能力を持っていたとは聞かない。しかし、クロッカスさんは難しい顔になった。
「例えば……」
言おうか言うまいか、悩んでいるらしい。
「例えば、もしも目の前に、世界最強の大海賊でも防ぐ術も無く殺せてしまえる兵器があったら、政府はそれを放っておくと思うか?」
……ん?
「何です、それ。まるで母さんが兵器だったみたいに」
冗談めかして返したけれど、クロッカスさんは難しい顔を崩さなかった。
「あの子は人間だ……しかし同時に、世界を滅ぼせた」
「……母さんって、古代兵器だったんですか?」
え、まさかのウラヌス?
「そうではない。古代兵器や『白ひげ』の能力のように、直接的な攻撃力があったわけではない……が、この世界を動かしているのが生物である以上、あの子の能力を持ってすれば、それを壊すことは充分可能だった。島も建物も一切傷付けず、ただそこにある生物の命のみを刈り取ることが可能だった」
「……つまり、どういうことですか?」
「…………解らんのならば、知る必要は無いだろう」
え、ちょ、ここまで言っといて!?
俺のショック顔に気付いたのだろう、クロッカスさんは嘆息した。
「当のルミナは、もうこの世にいないのだろう? 誰がどれだけ狙おうと、どうしようもあるまい」
いや……そりゃそうなんだけど。
「ましてや、お前がそれを知りたいと思うのが単なる好奇心ならば……やめておけ。知ったからとてお前が悩むようなことでもあるまいが、気分のいいものでもない」
確かに、好奇心以外の何物でもないけど……俺に直接関わらないなら、知ってもいいんじゃないか?
もったいぶってるわけじゃないだろうけど……何だろう、嫌な予感がする。
まるで、このことで何かが起こるかのような……。
俺のこの予感が当たってしまうのは、これよりずっと後のことになるけれど……この時の俺に、それを知る術は無かったのだった。