ありがたいことに、クロッカスさんにはケスチアの抗生剤の他にも色んな薬をもらった。主に伝染病の薬だ。例を挙げるなら、コニーネかな。ほら、ノーランドも言ってた樹熱の薬。使うことがあるかどうかは解らないけど。
そのご厚意を無駄にはいたしません。以後気を付けます。
ウィスキーピークへの記録もたまっていよいよ出航というときになって、クロッカスさんは半ば呆れたように最終確認をしてきた。折角の航路をそいつら(Mr.9&ビビ)のために決めていいのか、と。
それに対して、ルフィは何の気負いも無くケロッとした顔で答えた。
「気に入らなかったらもう1周するからいいよ」
それでクロッカスさんは納得してしまったらしく、もう何も言わなかった。
「それじゃあ、じいさん。色々ありがとうございました」
話を聞かせてくれたり、永久指針や薬をくれたり。本当に、お世話になった。次に会うことが出来るのは、このグランドラインを1周してきた時だろうか。
「ああ、行ってこい……怒るのは自重しろ」
いや、そう言われても。
どうでもいいことだけど、俺はまだあの2人……特にMr.9にすごく怯えられている。そこまでだったのだろうか。
「行ってくるぞ、クジラァ!!」
その呼びかけに、ラブーンも吼えて応えた。
俺たちはクロッカスさんとラブーンに見送られて、双子岬を後にしたのだった。
双子岬を出てしばらく航海すると、気候は冬になった。
甲板には雪が積もってるけど……実はまだゾロがそこで寝てたりする。丈夫なもんだ。
真っ白な雪にルフィとウソップは大はしゃぎで遊んでいる。雪像を作っているけれど、上手い下手がはっきり分かれている。それにしてもウソップ、美術の素質がありそうだな。絵も上手いし。
俺はというと、ナミやビビと一緒に船内にいる。
「何でいきなり冬になんてなるのよ……」
ナミは文句を言いながらも、記録指針から目を離していない。この海……特にこの1本目の航路の異常さは出航直後に話しておいた。
だって、後になって180°旋回させるのなんて面倒くさいし。
と言っても、今は俺が舵を握ってるんだから、面倒くささはあんまり変わらないんだけどね……気を付けないと。もうじき船医代理もようやく返上できると思ったのに、うっかりしてたら操舵手代理にされかねない。むしろ、そのまま操舵手を押し付けられるかも。麦わらの一味に操舵手っていなかったし。
「冬ならまだいいじゃん。上に着ればいいだけだし。夏だったら脱ぐのにも限界がある」
俺としては、夏よりも冬の方が好みだ。けれど、ナミにはジト目で見られた。
「こんな寒さの中でそんな薄着してるヤツには解んないわよ!」
……俺、そこまで薄着かな? 普通にシャツとズボンとコートなんだけど。確かに毛布に包まってるナミやビビよりは薄着だけど、外で遊んでるルフィやウソップよりは厚着してるぞ?
あぁ、でも。
「ナミさん、恋の雪かきいかほどに♡」
同じく外にいて雪かきをしてるサンジよりは薄着かもね。
「止むまで続けて、サンジ君!」
「イエッサー♡」
目を♡にして精力的に雪かきするサンジに、ナミは素で酷かった。まぁ、本人が喜んでるみたいだからいっか。
「あのー、もう雪かき終わらせてもよろしいで」
「何か言ったか?」
「何でもありません!」
サンジと同じく雪かきをしているMr.9が何かほざこうとしたみたいだけど、聞き返したら何でもないって返された……あぁ、あいつも俺より薄着だな。
だってしょうがないじゃん、この船にあいつのための防寒具なんて無いんだし。
え? いや、別に俺、あいつに雪かきしろなんて言ってないよ? ただ、居候なら何か役に立つことぐらいして欲しいって言っただけで。雪の中、あんな薄着で雪かきしろなんて一言も言ってないよ?
でも雪かきって重労働なんだな。この雪の中をあんなに薄着でいるのに、Mr.9は結構汗を掻いていた。でも顔色も悪いから、気を付けないと風邪を引くだろうね。
俺がちょっとMr.9の行動について疑問を抱いていたら、目の前にスッとカップが差し出されてきた。
「どうぞ、温かいお茶です」
……ビビ、何かゴソゴソやってると思ってたら、お茶を淹れてたのか。王女様が自主的にお茶汲みするなんて……何でそこまで? しかも、まだ敬語だし。何がどうしてこの2人はこうなった? 原作でのふてぶてしい態度が微塵も見られないんだけど……。
けどまぁ何にせよ、ありがたいことはありがたい。
「ありがとう」
受け取って飲んでみると、ミルクティーだった。いいよね、ミルクって。牛乳!
ちなみにビビは、他のみんなの分も淹れてくれてたらしい。俺とナミ以外は外にいるから飲んでないけど。
でも、飲めるころには冷めてるだろうな。だって……。
「おーい、風が変わったぞ!」
外からウソップが言うので出てみたら……うん。
「春一番だな」
「何で!?」
暖かく爽やかな空気に和んでいたら、ナミが絶叫していた。多分、航海士としての常識がことごとく粉砕されている真っ最中なんだろう。なまじ優秀なだけに、理解の範疇を超えているんだろう。
そこからはもう、てんやわんやだった。
ゾロは起こしても起きないし、氷山に船がかすって水漏れするし、不意に強風が吹くし、帆は破れそうになるし……とりあえず、こんな状況下で『イルカが見えたから行ってみよう』とかほざいたアホゴムは5、6発殴っておいた。
意外にも、Mr.9が随分と一生懸命働いていた。根は真面目なんだろうか。
そんな騒動がいくつも続き、落ち着けたのは気候がポカポカとした陽気な感じになった頃だった。
「ん~~~~」
あ、ゾロがようやく目を覚ました。
「おいおい、いくら気候がいいからってダラけすぎだぜ?」
ルフィと俺以外の全員が疲労困憊して倒れているのを、ゾロはダラけていると判断したらしい。
ちなみに何故俺がダウンしてないかというと、俺が何かしようとする度にMr.9が率先してその何かを引き受けてくれたからだ。途中で出された賄いも、自分の分を譲ってくれたし。お陰で多少は楽が出来たけど……本当に、何でこうなったんだろうね?
「ん? 何でこいつらがこの船に?」
Mr.9とビビを見付け、ゾロは首を捻っている。思えば、双子岬で2人が頼み込んで来た時にもゾロは寝てたっけ。
2人を町に送る途中だ、とルフィが答えたことでゾロは一応納得したらしい。ゾロって、結構ルフィの決定には黙って従うよな。
それでも、2人をニヤニヤとした悪人面で見て苛めてる。
「おーおー、悪ィこと考えてる顔だな」
……それはお前の顔だと思う。2人に名前を聞くゾロは、絶対にもう気付いてるよな。バロックワークスのこと。
あ。
「!!」
ゾロが思いっきりナミに殴られた。何だろう、ナミの後ろに業火が見えるような気がする。
「……大丈夫か?」
3段コブを作ってるゾロがちょっとばかし哀れに思えて、俺は保冷剤を進呈した。
「大丈夫に見えるか? 何なんだ、いきなり……」
「あれだけ騒いでたのに起きなかったお前が悪い。何度も起こしたんだぞ、一応」
事実である。途中で見切りをつけたけど。
ゾロはちょっと微妙な顔をした。
「何だと? ……だからって殴る事ァ無ェんじゃねぇか?」
それはそうかもしれないけど、俺は肩を竦めた。
「俺に言うなよ」
だって俺は1発もやってないし。
「……それもそうだな。あぁそうだ、忘れるとこだった」
言ってゾロは懐から、札束を取り出した。
「クロの武器……『猫の手』だったか。あれを売った金だ。新しい刀はタダで手に入ったからな、丸々残ってるぜ」
あ、やっぱりタダでもらってきたのか、その2本。
受け取った金は、結構な金額だった。やっぱり『猫の手』は結構珍しい1品だったのかな。
……あれ、何だろう? 何かを見落としているような……嫌な予感がひしひしと……何で?
見たところゾロの持つ刀は、三代鬼徹と雪走、それに和道一文字。何も問題なんて無い。資金だって増えた……なのに何で、こんな気分になるんだろう。
まるで、何かが起こりそうな予感が……。
あれから暫く考えたけど埒が明かなかったので、取り敢えず保留しておくことにした。考えても解らないなら、その時に臨機応変に対応した方がマシかもしれないと思ったからだ。
1本目の航海はつつがなく(?)完了し、新たな島が見えてきた。サボテンの形が特徴的な、ウィスキーピークのある島だ。
Mr.9とビビは島が見えてきた頃に船から飛び降りてしまった。泳いで行く気らしい。いいよな、非能力者は。俺も泳いでみたい……何しろ悪魔の実を食べたのが3歳の頃だったから、泳いだ記憶なんて前世にまで遡らないと無いんだよ。
島が近付くにつれ、一味の興奮は増していた。特に、冒険好きなルフィがね。
「聞いてくれ、急に持病の『島に入ってはいけない病』が……」
ウソップは青い顔で腹を押さえている。本気で腹が痛そうだ。ストレスのせいかな?
「よし、それじゃあちょっと注射でも」
「治りましたァ!」
ビシッと敬礼するウソップ……何故? 俺はただちょっと、最高にハイになれるであろう薬でも打ってあげようかと思っただけなのに……ウソップの中で俺ってどういう存在なんだろう。
ま、いっか。本人が治ったって言ってるんだし。後は自己責任だ。
島の周りは霧が濃くて中々島内が確認が出来なかったけど、随分とたくさんの人間が出迎えに来ているらしいというのは解った。
そして霧が晴れてきてからは。
「ようこそ、歓迎の町・ウィスキーピークへ!」
何とも盛大な歓迎を受けた……あからさまに怪しいな! 何でこの状況に疑問を持たないんだ、そこの3バカ! ちなみに3バカとは、ルフィ・ウソップ・サンジである。
ルフィとウソップはともかく、何でサンジまで……簡単なことか。若くて美人な女性の集団を見たせいに違いない。
上陸してみると、真っ先に前に出てきたのは髪を巻きすぎの町長・イガラッポイ……基、Mr8ことイガラム。このおっさん、何て呼べばいいんだ? イガラムでいっか。
その口上によると、この町は酒造と音楽の盛んな町であり、訪れた客をもてなすのが誇りだという。旅の話を肴に宴を開かせてくれないかというイガラム。
ノリノリの3バカと、呆れながらそれを見る3人。俺たち一味は見事に真っ二つに別れていた。
ナミはイガラムにこの島の記録はどれくらいでたまるのかという基本的なことを聞いたけど、イガラムは堅苦しいと言って教えてくれなかった。
グランドラインを往く旅人が記録について聞いてるのに教えてくれない、だなんて、怪しんでくれって言ってるようなモンだと思う。
「宴だァ!!」
……盛り上がってるところ悪いけど。
「俺は遠慮させてもらうよ」
1歩引かせてもらいました。
「えー、何でだよ! 酒も飲めるんだぞ!?」
ルフィが不満そうに口を尖らせているし、酒は魅力的だけど……だからこそ、ダメだ。
「1人ぐらいは船番がいた方がいい」
それらしい理由を付けてるけど、実際には酒場で飲みたくないからだ。
俺ってば、もしも次々と注がれたりしたらそれが罠だって解ってても飲んじゃうし。結構強いから酔い潰れることは無いと思うけど、絶対に明日は二日酔いになる。
幸いなことに、ローグタウンで買ったいい酒がまだたくさんあるし、船で自分でセーブしながら飲む方がいくらかマシだろう。
イガラムはよっぽど俺たちを纏めて酔わせたいのかしつこく誘ってきたけど、俺はやんわりと、でも断固として断った。それに実際、船番として残るというのは宴を蹴るのに充分な理由だから、向こうとしても強くは出られなかったらしくやがて諦めた。
けど、そうなると……俺も賞金首だし、夜中にでもなれば誰かしらが襲撃にでもくるだろうな。でも、それでいい。
そうしたら、大手を振って略奪してやる。武器とか、食料とか……現金だって、多少はあるだろう。
そんな内心は、浮かれてる3バカはともかく、ゾロとナミにはバレてるらしい。ちょっと呆れてるような顔をしてた。
多分、笑顔の仮面の裏で罠を張る賞金稼ぎたちよりも、今の俺の方がよっぽど意地の悪い笑みを浮かべてるんだろうな。