「仕事?」
「そう、仕事。労働は貴重よ、ザン」
電話の先で楽しそうな声を出す真夜に、ザンは嘆息した。
「いやいや、前の仕事の慰労という名目で、俺ここに来たじゃん?そこのところ、どうよ?」
「予定は未定であり、決定ではないわ。貢さんに頼もうとしていたんだけど別口があってね、手が離せないそうなの。夜までには終わらせたいから、お願いね」
「…それは、命令か?」
「いいえ、これはお願いよ。難しいなら他あたるけど?」
「わかった、そいつを狩ってくるよ。姉思いの、いい妹じゃん?」
大亜連合 工作員、朱 君理。どうやら沖縄に潜伏して諜報活動をしているらしい。朱は暗殺技能に長け、また今は司波深夜一家が沖縄にいることから、目を付けられる前に事を済ましたいらしい。
「ふふふ、そうよ。健気で美しい妹なのよ、私は。さぁ…」
プチッ。長くなりそうなのでザンは端末を切った。日はまだ高いが、クルージングに間に合うかは微妙だ。穂波に断りを入れ、ザンは外に走り出した。
-○●○-
何者かが廃屋に入ってきた。どうやら付けられていたらしい。割れた窓から差し込む夕日の光が一人の少年を映し出す。朱は柱の影からまだ幼さを残すその顔を目掛け魔法を放つ。魔法で作られた多数のドライアイスの弾丸が着弾した。そう、着弾したのだ。しかし、何事も無かったように少年は弾丸を掃射した相手を見、壮絶な笑みを浮かべる。
「やっと見つけた」
その声が聞こえたときには、朱の首から上が飛んでいた。自分がどのような攻撃かも分からないまま。その瞳には、怪我一つ負っていない少年が逆さまに映っていた。
「もしもし、終わったよ~。処理はよろしく~」
報告はいつもどおり軽かった。クルージングの時間はとっくに過ぎている。仕方なくザンは別荘に帰った。
-○●○-
「はい?潜水艦?魚雷?」
別荘に戻り、深夜達三人が帰ってくるのを待っていたザンだったが、帰ってきた穂波からは意外なことが知らされた。伊江島より南に差し掛かったところ、所属不明の潜水艦と遭遇。魚雷も発射されたそうだが達也が何とかしたそうだ。また、これから事情を聞きに防衛軍の人たちがくるらしい。事情聴取を要望されたようだったが、深雪を休ませるためにそうなったとのことだ。
―そうすると、先の工作員も無関係ではないな。―
少しした後、リビングにて事情聴取が始まろうとしていた。深夜、深雪、達也、穂波がソファーに座り、ザンはその傍らに立った。対面側には軍人が一人。
「突然のお呼びたて、申し訳ありません。私は国防軍大尉の風間玄信です。遭遇した潜水艦について、話をお聞かせ願えますか?」
遭遇した経緯を穂波は風間に話した。船籍の特定につながる情報が無いことなども話していた。
「魚雷を撃たれたそうですね。何か心あたりはありますか?」
「な…!」
「おやめなさい、ザンさん」
穂波が、まるでこちら側を疑っているような発言に抗議をすべく声を上げようとしていたところ、
「…君は何か気がつかなかったか?」
「目撃者を残さぬために、我々を拉致しようとしたのでないかと考えます」
冷静な回答に、風間は興味を引かれた。深雪は達也が答えたことに驚いているようだ。
「ほう、その根拠は?」
「発射された魚雷は、おそらく『発泡魚雷』だったからです」
穂波、深雪、ザンの三人は首を傾げた。穂波が達也に聞いたところ、化学反応で大量の泡が発生するものらしい。泡が満たされた領域ではスクリューが役に立たないため、身動きが取れないとの事だ。根拠を聞かれると、達也は通信が妨害されていたことを挙げた。
「…それだけでは、根拠としてはいささか薄いように考えられるが?」
「無論、他にもあります」
「ほう、それは?」
「回答を拒否します」
深雪は達也の発言に驚き、ザンは首をすくめていた。
「根拠が必要ですか?」
「…いや、不要だ」
無言の時間が流れる。一回ため息をつくと、深夜が風間を見る。
「大尉さん、そろそろよろしいのではなくて?私達に、大尉さんのお役に立てるお話はできないと思いますよ?」
風間は深夜の拒絶の意を汲み取り、謝辞を述べてリビングを出て行った。達也、深雪二人はその見送りに出た。風間を待っていた車の傍らに、見覚えのある軍人がいた。風間はその軍人の顔をみて納得がいった。
「なるほど、ジョーを殴り倒した少年とは君だったか。桧垣上等兵!」
「はい!」
昨日達也達に絡んできた軍人は、風間の脇に立つ。すると風間は達也達に頭を下げ謝罪した。隣の桧垣という軍人も同様に頭を下げ謝罪する。
「謝罪を受け入れます」
達也は謝罪に答えた。桧垣ジョセフという人間は、それほど悪い人ではないのだろう。そう二人は認識を変えていた。風間と桧垣が車に戻ろうとしたとき、風間は達也に振り返る。
「司波達也くんだったか?自分は恩納基地で空挺魔法師部隊の教官も兼務している。都合がついたら是非、基地を訪ねてくれ。きっと、興味を持ってもらえると思う。
そう言うと風間、桧垣は車に乗り立ち去った。そのころ、ザンは誰もいない庭にでて誰かと電話をしていた。
「…ああ、分かっている。恐らくこのままでは終わらないだろう。なに、俺がここにいるから大丈夫さ」
電話を切り夜空の星を見上げると、涼しい風が頬を撫でた。明日の天気は悪そうだ。
祝、第10話。沖縄の話、もう少しスピードアップしたいですね。
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