翌日、天気は荒れていた。
「お母様、今日の予定はどうしましょう」
「こんな日にショッピングもちょっとねぇ…」
予定を聞く深雪に、深夜は決めかねていた。穂波はディスプレイに写し提案する。
「それでは琉球舞踊はいかがです?着付けも体験できるようですよ」
「面白そうね」
深夜が賛成するが、深雪が一点気がついた。
「これ、女性限定みたいですね」
「ザン君は女装するにして、達也君はどうしましょう?」
「いやいや、だめでしょ!」
「そうね。達也、あなた今日一日自由にしていいわ。大尉さんから誘われていた基地見学にでも行って来なさい」
「分かりました」
「ではザン君、着替えましょう?」
「いやいや、俺は達也について行きますって、穂波さん。無理無理」
ザンの意見を一同がスルーしていると、深雪が何かを決意した顔をしていた。
「あの、お母様!私も、お、お二人と、一緒に行ってもいいですか?」
「深雪さん?」
深夜が疑問に思っていると、深雪はしどろもどろ答えた。
「あの、その、えっと、わたしも軍の魔法師がどんな訓練をしているのか興味がありますし、自分のガーディアンの実力は把握しておかねばと思いますので…」
深雪の態度について、さして深夜は気にも留めなかった。
「達也、聞いてのとおり基地の見学には、深雪さんが同行します」
「分かりました」
「ついては、一つ注意しておきます。深雪さんのことは『お嬢様』ではなく『深雪』と呼びなさい。人前では普通の兄妹のように接しなさい。四葉との関係を悟られる可能性のある言動は禁止します」
「…分かりました」
―あの人が・・・深雪って…―
穂波に連れて行かれそうになり、ザンは基地に行くと騒いでいることは、深雪の耳には入らなかった。
-○●○-
達也達
「…危なかった。本当に危なかった」
一人、九死に一生を得たような顔をしているザンだった。そうしていると二人の軍人が出迎えに来た。
「ようこそお越しくださいました。防衛陸軍兵器開発部の真田です」
「早速来てくれたということは、軍に興味を持っていると考えていいのかな?」
「興味はあります。ただ、軍人になるかどうかは決めていません」
「まぁ、そうでしょうな。君は?」
達也の言を聞き、ザンにも風間は聞いてきた。
「いえ、私は軍人にはなりません。今日は二人の付き添いで来ています」
はっきりとした拒絶は、達也と深雪も内心驚いた。てっきり興味を持っているものとばかり考えていたのだ。
「そうか…。残念だが仕方がないな」
なんとも居た堪れない空気となりながら、体育館のような施設に入った。中では桧垣を含めて訓練をしているようだ。
「魔法を使っての訓練ですか?」
「ああ、ここは防衛最前線だからね。希少な魔法師の錬度を高めている」
―知らない人の練習を見ても、退屈なだけね…。に、兄さんの訓練姿を見れれば良いんだけど…―
「そうだ、司波君。組み手をしてみないかね?」
「そうですね、せっかくだからお願いします」
―え…、えーー!!わ、私が考えていたことが見透かされたのかしら?―
風間の誘いに達也が乗った。深雪は心の中で焦っていた。一方、深雪を見ながらザンはニヤニヤしていた。
「シスコンだねぇ、達也」
キッとザンを睨みつけた深雪だったが、ザンはそ知らぬふりをしていた。
-○●○-
一人、また一人と倒していく達也。予想以上の出来事に風間も真田も驚愕していた。
「実践的ですね、彼は。相手が暗器を持っていることを想定して間合いを取っている」
「そうだな。あれは、体術だけじゃない…。魔法師としてもかなりのものだな」
深雪は四葉との関連性に気づかれたのかと、内心焦っていた。
「あの、何故兄さんが魔法師と分かったんですか?CADを持ち歩いてもおりませんし」
その質問に笑みをもって風間は答える。
「なんとなく、ですかな。何百人も魔法師を見ていると雰囲気で分かるようになるんですよ。弱い魔法師か、それとも強い魔法師か。ただ、何故か君は分からないがね」
その言葉について、ザンは首をすくめた。
「南風原までやられたぞ!」
「やれやれ、彼まで倒されるとは。南風原伍長は、この隊でも指折りの実力者なのですよ?」
「しかし、このままでは恩納空挺隊の面目は丸潰れですな…。もう一手、お付き合い願えませんか?」
「達也が負けるまで続けるおつもりですか?」
このようなことを聞けるザンに、深雪は素直に感心していた。自分も同じ事を考えていたのだ。
「はは、きびしいですな」
「自分と戦わせてください」
言い出したのは、あの桧垣だった。
「分かりました。お相手します」
―見てみたい。あなたを、あなたの力を―
「やっぱりシスコンじゃん?」
ザンの発言がスルーされる中、達也と桧垣との組み手が始まった。
「これは見ものですね。達也君と
開始と同時に、桧垣は常人を超える速度で達也に迫る。桧垣は自己加速魔法を使っているようだ。深雪は風間に食って掛かる。
「魔法を使うなんて、卑怯じゃありませんか!」
「止せ、深雪!相手に魔法を使わないという取り決めはしていない!」
桧垣の一撃をかわしながら、達也は叫ぶ。深雪は別のことに驚いていた。
―あの人が、私のことを『深雪』って…。何なのかしら、この疼くような感覚…―
もだえる深雪の頬を、ザンは人差し指で押していた。
「な、なにするんですか!?」
「愛しのお兄様のカッコイイ場面見逃しちゃうよ?」
「な、なななな…」
「ほれほれ、前を見た見た」
顔を真っ赤にした深雪が前を見ると、桧垣が魔法を展開して達也に迫る。達也は右手を相手に向けると、サイオンの奔流が桧垣を襲う。魔法が解除され体勢を崩した桧垣に一撃を加えて勝負ありだ。風間は勝者を宣言する。
「勝者、司波達也!」
「まさかあのサイオン波動は
「それだけではない。大陸流の古式魔法『点断』も使っていたように見受けられた」
真田と風間はそう分析していた。
「しかし、あれほどのことを補助具無しにやって見せたのには驚いた。君は自分に合うCADを使えば、もっと強くなるんじゃないかな?」
風間がそう言うと、真田が研究室に達也達を案内した。
「僕が開発した特化型CADです。加速系と移動系の複合術式を組み込み、ストレージをカートリッジ化しています」
説明された達也は、興味深そうにCADに触れていた。
「試していいですか?」
初めて見る光景に、深雪は心の中でもやもやしたものを感じていた。外はまだ雨が降り続いていた。
-○●○-
達也達が去ったあと、風間と真田は話し込んでいた。
「凄かったですね、司波君。彼がこちらに来てくれれば、戦力アップ間違い無しです」
「そうだな」
同意した風間だったが、何か他のことを考えているようだった。
「どうしたんですか?」
「いや、一緒にいた少年のことを、少しな」
「桐生君でしたっけ。ただ、彼は軍に興味が無いとはっきり言っていましたね」
「ああ、それは戦場を知っているからだろうな」
「そうでしょうか?彼は司波君達と同じくらいに見えましたが」
「まぁそうなんだが、彼を見てね。昨夜といい今日といい、一切油断のしておらず隙一つ見えなかった。おちゃらけた態度をとっている時もだ。恐らく死線を幾度と無く越えてきたのだろう。想像もつかない世界だ。末恐ろしくさえある」
風間はコーヒーを口に含み、窓から雨空を見上げていた。