四葉の龍騎士   作:ヌルゲーマー

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第02話

翌朝、達也と深雪が家から出てくると、家の前にはザンがいた。

 

「おはよう、達也、深雪」

 

「おはよう、どうしたんだ?」

 

「寺に行くんだろう?俺も一緒に行こうと思ってね。深雪は制服なんだな」

 

「ええ、先生には進学の報告がまだでしたから。あ、朝食も、と用意したのですが、ザンさんの分がありません。作ってきます」

 

「大丈夫大丈夫、俺も作ったから、ほら。向こうで交換しよう」

 

「嫌です。ザンさん、女子のプライドを砕きに来るんですから。あ、もう時間がなくなってしまいます。早く行きましょう」

 

達也は魔法と身体能力で坂を駆け上がり、深雪はローラーブレードと魔法を使ってバックで上がっていく。ザンも二人の後を鼻歌交じりに走ってついて行った。ジョギング中の人たちを慌てさせたのはご愛嬌である。階段を上り門をくぐると、複数の僧侶らしき者たちが達也を待っていた。

 

達也が踏み込むと乱取りの修行が始まった。深雪とザンは邪魔をしないように門のところで見ていると、深雪の背後に人影がすっと現われる。それとほぼ同時にザンはその人影に蹴りを放つ。深雪が吹き飛んだ方向を見ると剃髪の男が蹴りをブロックした腕をふりながら笑っていた。

 

「いやぁ、ザンくん。もう少し手加減してくれないかな。腕が折れてしまっては大変だ」

 

「それであれば、深雪を怯えさせないでください。そのまま放っておいたら、俺が達也にどやされる。深雪に用があるなら、真正面から普通に話しかければよいのに」

 

「それは難しい注文だねぇ。この九重(ここのえ)八雲(やくも)は『忍び』だからね。忍び寄るのは、(さが)みたいなものさ。そんなことより…」

 

ザンは嘆息していたが、八雲の目は光っていた。その八雲の目にザンは見覚えがあった。確かあれは沖縄で見た穂波の目にそっくりだ。

 

「そんなことより、いいねぇ、第一高校の制服。清楚の中にも色気があって、まさにほころばんとする花の蕾。そう、これは萌えだ!萌えだよ、深雪くん!!」

 

力説している八雲の頭に手刀が落ちてきた。ギラリと目の光った達也だ。

 

「少しは落ち着いてください、師匠」

 

「やるねぇ、達也くん。僕の背後を取ると、は!!」

 

そのまま八雲と達也の組み手が始まった。

 

「いやぁ、成長したね、達也くん。体術だけでは辛くなってきたよ」

 

稽古が終わり、達也は大の字に寝て息を整えていた。深雪が達也にタオルを渡す際に、膝が汚れてしまった。達也は汚してしまったことを詫びるが、深雪は特に問題ないと言い魔法で自分の膝とさらに達也の服を綺麗にする。

 

「どぞ、差し入れです。朝食にしましょう」

 

「ザンさん、私の前に渡さないでください!私が出せなくなってしまうじゃないですか!」

 

深雪がザンに突っかかっているとき、達也は八雲に向き合った。

 

「先ほどは褒めていただきましたが、まだまだ一方的にやられている状態なんですが」

 

「達也くん、それは仕方が無いよ。まだ君は学生の半人前だ。そんな弟子に後れを取る師匠では、情けないじゃないか」

 

それを聞いた達也は、目線をザンに移す。

 

「…まぁ、何事にも例外というものがあるけどね。ザンくんは、既に完成された戦士だ。何故その歳でその境地に至れたのか、こちらが聞きたいくらいだよ」

 

「…ふあ?」

 

深雪お手製のサンドイッチを頬張っているザンを見て、何故か達也と八雲はため息を吐いていた。

 

 

-○●○-

 

 

「オハヨ~」

 

「おはようございます」

 

「柴田さん、また隣なんだ。よろしく」

 

「あたしも、もっと席が近かったらよかったのになー」

 

朝、達也はエリカと美月に挨拶をすると、机にIDを入れて履修登録を始める。キーボードで高速入力をしていると、後ろから感嘆の声が上がった。

 

「すげー」

 

振り返ると男子生徒が立っていた。

 

「わりぃ、キーボードオンリーなんて初めてでさ。俺は西城レオンハルト。親がハーフとクォータなんで、こんな名前でさ。レオでいいぜ」

 

「司波達也だ。達也でいい」

 

「得意魔法は、収束系の硬化魔法。志望は機動隊か山岳警備隊だ。達也は?」

 

「実技は苦手でね。魔工師志望だ」

 

魔工師という単語が出てきたため、美月も自分の志望もそれと声を上げる。

 

「え、何?達也くんて魔工師志望なの!?」

 

「…達也、こいつ誰?」

 

エリカに指さして言うものだから、エリカはすぐに噴火した。

 

「うわ、いきなりコイツ呼ばわり?モテナイ奴の典型ね!」

 

「な、てってめえ!ちょっとツラがいいからって…」

 

「ほほう?」

 

睨み合うエリカとレオの間から、にゅっとザンの頭が生えてきた。

 

「聞きました?美月さん。これは恋!恋が始まったんですよ!初対面の女性に対して容姿を褒めるというのは、口説きに入っている証拠!だが残念。エリカたんは俺のものだ!」

 

ふんっとふんぞり立ち上がるザンの隣でエリカが顔を真っ赤にする。

 

「しかし、君は諦めずにエリカたんを口説くんだろう、こんな風に。『ああ、エリカ。その愛らしい瞳を見せておくれ。そのひばりのような声を俺に聞かせておくれ。その可愛らしい唇を塞いでしまいたい!!俺は…』」

 

その芝居がかった口上がどこまで続くのかと思ったら、ザンが突然止まった。周りが怪しんでいると、レオに向き直る。

 

「…初めまして、桐生斬です。ザンでいいよ。名前教えてもらえないかな?」

 

「あ、ああ。俺は西城レオンハルトだ。レオでいいぜ」

 

「ありがとう、レオ。『俺は、レオンハルトはエリ…』」

 

「続けるなーー!!」

 

息の合ったエリカとレオの静止に、さすがのザンも止まった。しかし次の瞬間にニヤニヤしだす。

 

「いやー、息が合っていますね。さすがと言っておこう!」

 

「…達也~」

 

「…諦めろ、レオ。ザンはこういう奴だ」

 

肩を落とすレオの隣で顔を真っ赤にしてザンを鞄でバンバン叩いているエリカがいた。少し後方から、まるで信じられないものを見たような表情をした男子生徒がいた。

 

 

-○●○-

 

 

工房見学が終わり、昼食を食堂でとることとなったE組有志。ザンは弁当を持ってきていたため、ホームルームに一旦取りに帰えることになった。廊下で深雪とその取り巻きたちにあったので、達也は食堂にいることを伝えておいた。

 

弁当を持ち、いざ衝動に向かうと早くも達也たちが怒りをあらわにしながら来た。主に怒っていたのはエリカをレオだったが。話しを聞くと、何でもあの取り巻き達が席をゆずれだの一触即発状態になり、仕方なく達也は切り上げてきたとの事。結果的にあの一団ごと食堂へ導いてしまったことを心の中でエリカとレオに謝りながら、さりとてホームルームに引き返すのも悔しいので、ザンは屋上に行くことにした。

 

「いっただっきまーす」

 

一人弁当を食べながら、昨夜のことを思い出していた。

 

「学校であの魔法を使うのは、なるべく控えなさい」

 

「何故です?」

 

「あなたが一番分かっていると思うけど、あの魔法は対象者のプライベートを無くしてしまうわ。あれが必要なことなど、そう多くは無いでしょう」

 

「それは、そうですね。テロや戦争が起きない限り、自分の魔法を誇示したい為に使って良いものでは無いですね。例えば、双子の姉の年齢が…」

 

「ん?」

 

顔は笑っているが、目は決して笑っていない。首を傾げて可愛らしい仕草だが、ザンの背中は冷えっぱなしだ。

 

「いえいえ、何でもありません」

 

「また今度、いらっしゃいな。あなたの入れる紅茶も飲みたいし」

 

まるで紅茶を入れるために来いと言っているみたいだ。その言葉に、苦笑しながら了承するザンだった。

 

-○●○-

 

 

「よくもまぁ、飽きないというか、たいしたものだと、褒めるべきなのか」

 

嘆息するザンの前には、また例の一団。放課後になり帰るために校門まで来たところである。

 

「いい加減にしてください!深雪さんは、お兄さんと帰ると言っているんです!!」

 

「み、美月!?」

 

美月の剣幕に、エリカが珍しく慌てる。

 

「何の権利があって、二人の仲を引き裂こうというのですか!!」

 

「そうだー、そうだー」

 

しれっとザンが美月の意見に拳を振り上げて同意する。声のトーンは一本調子だが。美月のセリフに、深雪が顔を赤くする。

 

「み、美月ったら一体なにをっ、何を勘違いしているの!?」

 

「何故お前が焦る、深雪?」

 

「あ、焦ってなどいませんよ?」

 

「何故に疑問系?」

 

兄妹コントが繰り広げられる中、一科生の温度が上がる。

 

「これは俺たち一科生(ブルーム)の問題だ!二科生(ウィード)が口を出すな!けじめをつけろ!」

 

美月の隣で茶化していたザンだったが、その言葉を聞き一科生の男子生徒睨みつける。

 

「ほう。面白いことを言うなぁ、一科生(ブルーム)。ただ、君たちはけじめの前に考えることを止めているものがあることに気づいていないのか?」

 

「…なんだよ」

 

「彼女の、深雪の()()だ。人として、他人(ひと)を思いやること一つ出来ない奴を何て言うか、知っているか?クズっていうんだよ。君たちの立場なぞ知らない。ブルームブルームって言って悦に入っていれば良いだろう。深雪や俺たちに関わるな!」

 

「き、貴様!二科生のくせに分をわきまえない奴だ。いいだろう、まずは二科生と俺たち一科生の違いをみせてやる!」

 

「おもしれぇ、だったら見せてもらおうじゃないか!」

 

売り言葉に買い言葉。一科生の売り文句に何故かレオが買ってしまった。男子生徒はすばやくCADを抜くと、レオに向けて魔法構築をする。特化型CADと男子生徒の才能からか構築が早い。

レオは相手のCADを掴みに行こうとするが、ザンはそのレオの襟首を掴むと後ろに飛ばし、レオの盾になる為に前に出る。しかし魔法が完成する事は無かった。エリカが警棒でCADを叩き飛ばしていたのだ。

 

「この間合いなら、身体を動かした方が早いのよね。それにしてもレオ、起動中のCADに触れようとするなんてバカ?ザンくんが止めてくれたから良かったものを。ザンくんに感謝しなさい」

 

「ゲホッ、ゲホッ。すまねぇ、助かったよザン」

 

「いえいえ、どういたしまして。ていうか、俺の見せ場取るなよ…」

 

言い終わる前にサイオン光が煌く。他にも魔法を行使する者がいたのだ。ツインテールの女子生徒が起動式をを完成する直前、飛んできた光が起動式を吹き飛ばした。

 

「やめなさい!自衛目的以外での魔法の対人攻撃は、校則違反の前に犯罪行為ですよ!」

 

「風紀委員長の渡辺(わたなべ)摩利(まり)だ!君たち、1-AとEの生徒だな。事情を聞かせてもらおうか」

 

やって来たのは生徒会長の真由美と風紀委員長の摩利だった。どうやら真由美が起動式を吹き飛ばしたようだ。ほとんどの者が自分たちのしたことの重大性に気が付いた。特に一科生は皆顔を青くしている。そんな中、達也は摩利の前に出た。

 

「すみません、悪ふざけが過ぎました」

 

「悪ふざけ?」

 

「はい、森崎一門の早撃ち(クイック・ドロウ)は有名ですから。後学の為に見せてもらうだけだったのですが、あまりのスピードについ手が出てしまいました」

 

一科生森崎は驚いていた。自分は名乗りもしておらず、しかしこの男は早撃ちを見抜いていたのだ。

 

「では、あそこの女子は?攻撃魔法を発動させていたのではないのか?」

 

指摘された女子生徒は、いっそう顔を青くし震えていた。隣の女子生徒が抱きとめて、なんとか立っている。

 

「あれは、ただの閃光魔法です。威力もだいぶ抑えられていました」

 

「ほう。君はどうやら起動式が読み取れるようだな。だが普通、そんなことは不可能だ!」

 

「…実技は苦手ですが、分析は得意です」

 

「…誤魔化すのも得意なようだ」

 

「摩利、もういいじゃない。達也くん、本当に見学だけだったのよね?」

 

沈黙する二人の間に割って入って、ウインクしながらこれで終わりと話を進める真由美。摩利もしぶしぶ同意した。

 

「コホン、会長もこう仰られていることでもあるし、今回は不問とします。以後、気をつけるように」

 

一同は姿勢を正し、真由美と摩利に頭を下げた。摩利は踵を返すときに達也に名前を聞いていた。

 

二人が見えなくなってから、森崎が達也を睨んだ。

 

「…借りだなんて思っていないからな」

 

嘆息して達也が応じる。

 

「貸したなんて思っていないよ」

 

「僕は森崎駿。お前が見抜いたとおり、森崎家に連なる者だ。司波達也、僕はお前を認めない!司波さんは、僕らと一緒にいるべきなんだ。それとお前!」

 

ザンは指され、何事かと思った。

 

「俺?」

 

「名前はなんと言うんだ!」

 

「桐生斬だ。ザンでいい。いきなりフルネームで呼び捨てされたくないからな」

 

「…くっ、ザン、お前も認めないからな!」

 

そう言うと、森崎は去っていった。一科生のほとんどもそれについて行ってしまった。

 

「お兄様、そろそろ帰りませんか?」

 

達也が深雪の言葉に同意して帰ろうとしたところ、先ほどの閃光魔法の女子生徒が達也たちに声をかける。

 

「み、光井(みつい)ほのかです。さっきはすみませんでした!」

 

北山(きたやま)(しずく)です。ほのかを庇ってくれてありがとう。大事に至らなかったのは、お兄さんのおかげです」

 

ほのかと雫は頭を下げて礼を言った。突然のことで、達也たちが呆気に取られていた。

 

「…どういたしまして。これでも同じ一年なんだ、お兄さんは止めてくれ。そこのアホも笑っていることだし。達也でいいから」

 

確かにザンは笑っていた。どうやらお兄さん呼ばわりがツボだったのだろう。ヒーヒーと苦しそうだ。

 

「それで、…あのっ、えっとその、駅までご一緒していいですか?」

 

どうやらほのかたちは達也たちと一緒に帰りたかったようだった。断る理由も無いため、皆快く同意した。


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