四葉の龍騎士   作:ヌルゲーマー

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第04話

放課後に詳しい話を聞くこととなったザンは、午後は真っ白になっていた。エリカが何事かと達也に聞いたところ、達也とザンが風紀委員に誘われているという。エリカは面倒なら断ればと言ってくれ、達也もやはり自分は辞退すべきと考えていた。

 

「失礼します。司波達也です」

 

達也たち三人が生徒会室に入ると、お昼を共にした四人の他に男子生徒が一人立っていた。

 

「妹深雪の生徒会入りと、自分とザンの風紀委員入りの件で伺いました」

 

「よ、来たな」

 

摩利が手を上げ挨拶をしている中、男子生徒は達也の横を通り過ぎ自己紹介する。

 

「司波深雪さん、生徒会へようこそ。副会長の服部刑部です」

 

達也たちを無視する服部に、深雪はムッとしたため達也が宥めていた。

 

「それじゃあ妹さんは生徒会に任せて、我々も移動しようか。風紀委員の本部は、こちらからつながっている。変わった造りだろう?」

 

達也とザンを連れて風紀委員本部へと移動しようとした摩利を、服部が止めた。

 

「なんだ、服部(はっとり)刑部(ぎょうぶ)小丞(しょうじょう)範蔵(はんぞう)副会長」

 

「フルネームはやめてください」

 

摩利と服部で名前の呼び方で論戦が繰り広げられた。一方的に押さえれていたのは服部だったが。最後は真由美がとりなしたが、『はんぞ~くん』は怒られなかった。どうやら真由美には怒れないらしい。

 

「渡辺先輩、私はその一年の風紀委員入りを反対します。過去二科生(ウィード)が、風紀委員に任命された例はありません」

 

「風紀委員長の私を前に、禁止用語を使うとはいい度胸だな」

 

禁止用語(ウィード)を使ったことにより、摩利の眉間に皺が寄る。

 

「取り繕っても仕方が無いでしょう。用語はともかく、一科生と二科生の実力の差は明白。二科生の風紀委員が一科生を取り締まることは不可能です」

 

「実力にも色々ある。力ずくの鎮圧なら、私だけで十分だ。だが、達也君は展開中の起動式から発動する魔法を読み取れる目と頭脳がある。つまり、彼は発動前にどんな魔法が使われようとしたかが分かるんだ。わざわざ魔法の完成を待たずとも、彼がいれば危険度に応じた罰を決めることが出来る」

 

にわかに信じられない服部を見て、摩利は続ける。

 

「それともう一つ。一科生のみで構成されている風紀委員が二科生を取り締まる。これは一科生と二科生の溝を更に深める原因となっている。私が指揮する風紀委員には、差別の助長があってはならない!」

 

「そうだとしても、魔法力に乏しい二科生の彼らに、風紀委員は無理です!私は反対します!」

 

「待ってください!」

 

持論を展開する服部に、業を煮やした深雪が諫言する。達也が恐れている流れが止まらない。

 

「兄の実技評価が芳しくないのは、評価方法が兄の力と合っていないだけです。実戦なら兄は誰にも負けません!ザンさんだって、彼以上の対魔法師スペシャリストはおりません!」

 

「司波さん、僕たちはいずれ魔法師となる一科生。常に冷静を心がけなさい。身贔屓で目を曇らせてはいけないよ」

 

「お言葉ですが、お兄様とザンさんの本当の…」

 

「深雪!」

 

達也が深雪を庇うように立ち、発言を遮る。深雪は言い過ぎた。言ってはならないことも言いそうになった。だが、達也はそこまで妹に言わせた男を許せない。

 

「服部副会長、俺と模擬戦をしませんか?別に風紀委員になりたい訳ではありませんが、妹の目が曇っていないことを証明するためには仕方ありません」

 

「思い上がるなよ!補欠の分際で!!」

 

その言葉に生徒会女子は驚き、服部は思わずカッとなったが、ザンは笑っていた。

 

「『常に冷静を心がけなさい』?やっぱり言うんだ、そういう事。それでいて、舌の根も乾かぬうちに自分が逆上って。これほど、自分の観察眼が当たったのは初めてだ。くっくっく、前にもありましたね、はんぞ~くん副会長。入学式の帰りに、深雪が達也たちと帰るといったあの日だ。七草生徒会長が『挨拶にきただけだから日を改める』と言って踵を返したとき、達也と俺を睨んでいたのはあなただ。何を持って、常に冷静にいるんですか?まずはご自分で実施してから言ってください」

 

「貴様!」

 

「はんぞ~くん、どういうこと?あの時私は『問題ない』っていったわよね?それなのに彼らを睨むとはどういうことなの?」

 

真由美は微笑を浮かべているが、目は笑っていない。どうしたものか考えていた服部は、生徒会室から逃げ出そうとするザンを見つけた。

 

「待て!何処に行くつもりだ!このままにして行くな!」

 

「いや、生徒会内部で忙しそうですし、帰ろうかなと思って。はんぞ~くん副会長は達也と模擬戦をするのでしょう。俺は実力不足ってことで、風紀委員入りは無しの方向で。いやぁ、はんぞ~くん副会長はいいこと言うなぁ」

 

それを真由美は小悪魔スマイルで止めた。

 

「それは駄目よ、ザンくん。あなたにも模擬戦をしてもらわなくては。何せ入学試験の実技項目の日に来なくて、結果二科生となったあなたの実力を図る必要があるもの。いくら十文字くんの推挙があったとしてもね。」

 

「何故それをここで言う、妖精姫生徒会長!」

 

「妖精姫言わない!」

 

特大級の爆弾が投下された。爆心地にいたザンは、そうっと中を見る。そこには氷の女王が君臨していた。隣で蚊帳の外にいた達也が大きなため息を吐いている。

 

「…ザンさん、どういうことですか?試験を受けなかったとは、聞いていませんよ?きっちりお話を聞かせてもらいましょうか」

 

「いや、あの、そのね?…達也~、お前からも何か言ってくれよ」

 

「知らん。それより、服部副会長、模擬戦ですが」

 

「いいだろう。身の程を教えてやろう」

 

「では、生徒会権限で、服部と司波、及び服部と桐生の模擬戦を許可します」

 

その言葉に、ザンは異議を申し立てた。

 

「さすがにはんぞ~くん副会長が連戦は厳しいのではないでしょうか。私との模擬戦は…」

 

「二科生との模擬戦が二連戦でも問題無い。まずは自分の身を心配したらどうだ?」

 

服部の方は余裕の構え。気を利かせたつもりであったが、相手がその気なら仕方ないか。ただ、あの怒っている達也を相手にした後に、順番が回ってくるとは思えないザンだった。

 

「はんぞ~くんは、模擬戦が終わったら話があるからね?」

 

服部は、模擬戦よりその後の方が恐怖だった。

 

 

-○●○-

 

 

「来たね、達也くん。君が案外好戦的な性格で驚いているよ」

 

摩利が出迎えたのは第三演習室。模擬戦で使用するに十分な広さを持っている。他の生徒会メンバーもそろっていた。達也は、摩利から服部が第一高校で五本の指に入る実力者であり、試合に関して入学してから一年間負け知らずと教わっていた。達也はCADケースから、拳銃型のCADを取り出す。

 

「不安じゃないの?」

 

真由美の問いに、笑顔で深雪は応える。

 

「お兄様に勝てる者はおりませんから」

 

どうやら摩利が審判を勤める様だ。服部と達也は相対して立つ。

 

「ルールを説明する。相手を死に至らしめる術式、並びに回復不能な障害を負わせる術式は禁止。直接攻撃は、相手に捻挫以上の負傷をあたえない範囲であること。武器の使用は禁止、素手での攻撃は許可する。勝敗は一方が負けを認めるか、審判が続行不可能と判断した場合に決する。ルール違反は私が力づくで処理するから覚悟しろ、以上」

 

服部は微塵も自分が負けると考えていなかった。魔法師同士の戦いは、先に魔法を当てた者が勝つ。魔法発動において、二科生に負けるはずは無い。スピード重視の基礎単一系移動魔法で、相手を後方に十メートル吹き飛ばせば行動不能にできるからだ。

 

「準備は良いか?始め!」

 

摩利の合図に服部が起動式を素早く展開し魔法を放とうとしたとき、達也は服部の前には居なかった。達也は背後に回るとCADを構える。服部が達也を探している背中に達也の魔法が直撃し倒れた。一瞬と言ってよい短時間の出来事に、生徒会メンバーは言葉を失った。いち早く復帰した摩利が勝者の名を告げる。

 

「勝者、司波達也!」

 

深雪が勝利に喜び、ザンは達也と拳をぶつけ勝利を祝っていた。

 

「待て、あの高速移動は魔法か?自己高速術式の動きなのか?」

 

「いえ、魔法ではありません。あれは正真正銘、身体的な技術です」

 

深雪が達也にCADケースを手渡しながら補足する。

 

「兄は九重八雲先生の弟子なんです」

 

「あの忍術使いの九重八雲か…!身体技能で魔法並みの動き、さすが古流ということか…」

 

達也の動きについて合点のいった摩利の隣で、新たな疑問を達也にぶつける真由美。

 

「では、あの攻撃も忍術?サイオンの波動を放ったように見えましたが?」

 

「その通り、振動の基礎単一魔法で作ったサイオン波です」

 

「でもそれだけで、あのはんぞ~くんが倒れるなんて…」

 

疑問が尽きない真由美に、達也が解説する。服部はサイオン波に酔ったのだと。魔法師は一般人には見えないサイオン波を光や音と同じように知覚するが、予期しないサイオン波にさらされた場合に揺さぶられたように錯覚し、船酔いのような状態となる。魔法師はサイオン波に慣れているため、強力な波動が必要となるはずだが、その点は鈴音が答えた。

 

「波の合成ですね。振動数の異なるサイオン波を三つ連続で作り出し、その波が丁度服部くんの位置でぶつかるように調整し、三角波のような強い波動を作り出したのでしょう」

 

「お見事です。市原先輩」

 

達也は鈴音の見立てが正しいことを認めた。

 

「ですが、あの短時間で三回の振動魔法。その処理速度で実技評価が低いのは、おかしいですね」

 

「…あのう、それは『シルバー・ホーン』じゃありません?」

 

「うわっ!?」

 

達也が珍しく驚いていた。いつの間にかあずさが達也のCADに食いつかんばかりに凝視していたのだから。謎の天才魔工師トーラス・シルバーとループ・キャスト・システム。そしてループ・キャストに最適化された特化型CAD、シルバー・ホーン。それまでおどおどしていたとは思えない、目をキラキラさせながら解説をしたあずさだった。

 

「でもおかしいですね。ループ・キャスト・システムは『全く同じ魔法連続発動する』システムです。波の合成に必要な、振動数の異なる複数の波動は作れないはず。もし、振動数を変数化していれば可能ですが、座標・強度・魔法持続時間に加えて、四つも変動化するなんて…。まさか、その全てを実行したのですか!?」

 

鈴音が考えたどり着いた答えに、鈴音自身が驚いた。そしてその答えが正しいと、達也は苦笑いとも取れる笑みを浮かべる。

 

「学校では、評価されない項目ですからね」

 

「…なるほど」

 

倒れていた服部が起き上がった。顔色はまだ悪い。

 

「『魔法の発動速度』『魔法式の規模』『対象の情報の書き換える強度』で学校の評価は決まる。司波さんの言っていたことは、こういうことか」

 

「服部は起き上がったが、この状態で連戦は無理だ。…仕方が無い。ザンくんの相手は私がしよう」

 

「摩利?あなた、達也くんの動きを見て、高ぶっていない?」

 

「否定できないな。今すぐにでも身体を動かしたい気分だ」

 

そこで慌てたのがザンだ。服部の状態から、てっきりお流れになると考えていたのだが、達也の模擬戦を見て、摩利はテンションが上がっているようだ。

 

「いや、後日にしましょうよ。大体審判は誰がやるのですか?」

 

「それなら…」

 

「俺がやろう」

 

真由美が手を挙げようとしたときに、演習室に入ってきて名乗りを上げた者がいた。十文字だ。

 

「十文字くん?」

 

「元々、桐生を推薦したのは俺だからな。ここで模擬戦をすると聞いて来たのだが、残念ながら司波のには間に合わなかったようだ」

 

推薦者が来てしまっては、ザンもやらないわけにはいかなくなった。

 

 

-○●○-

 

 

「始める前に、一つ。この模擬戦について、内容を公開しないようにお願いできますか?」

 

ザンの言葉を、十文字が肯定した。

 

「いいだろう。魔法師には秘匿すべき内容もある。あくまで桐生の実力を見るためのものだ。そろそろ始めるが、お互いに準備は良いか?ルールは先ほどと同じだ」

 

摩利とザンが頷く。摩利は余裕の笑みをもって立ち、ザンはいつもの飄々とした姿は影を潜め前を、摩利を見つめる。

 

「ザンくんは、どう闘うのかしら。先ほどの達也くんみたいに、簡単にはいかないわよ」

 

「そうですね。でも、この世界にザンさんを倒せる者はいません」

 

達也と服部の模擬戦同様、真由美は深雪に模擬戦について聞いたが、深雪は達也の時と同様の自信を持って答えた。

 

「始め!」

 

十文字の声に摩利が動く。服部と同じようにスピード重視の基礎単一系移動魔法を展開する。摩利は当初、達也のようにザンも高速移動するのではと考え目を離さなかったが、何故かザンは動かない。なにやら金色の湯気のようなものが全身を覆っていることは見て取れた。疑問に思わないわけではないが、まずは展開した魔法を放つ。

 

「!?」

 

摩利は驚愕していた。ザンはそのまま立っていたのだ。自分の魔法は完成し、制御も間違っていない。だがザンが吹き飛ぶ訳でもなく、何も事象が発生しないというのはどういうことだ。

 

「くっ…!」

 

その後、色々な魔法を試したが、ザンは動かず何も効果を発揮しない。空気の弾丸をぶつけるがザンは微動だにしない。達也と深雪を除く全員が異常な光景に声を失った。業を煮やした摩利は、自己加速術式を使用し、間合いを詰める。肉弾戦に持ち込むようだ。

 

「はあ!」

 

摩利の拳が、肘が、蹴りがザンを襲う。ザンはそれら全てを流れに任せるようにいなし、かわしていく。何一つ手応えが無く攻撃がかわされ続ける摩利の体力が尽きたところで、ギブアップした。

 

「はぁ、はぁ、…私の負けだ。私では君に攻撃を当てられないようだ」

 

「勝者、桐生斬!」

 

深雪が自分のことの喜び、達也と拳を合わせ勝利を祝うザンに、十文字が疑問をぶつけた。

 

「桐生、渡辺の魔法が全て無効化しているように見えたが、どういうことだ?」

 

「…あれは私の魔法特性なんですよ」

 

「君はBS魔法師なのか!」

 

頬を掻くザンの告白に、摩利を含めて生徒会メンバーを驚いていた。

Born Specialized魔法師、つまり先天的特異能力者を指し、魔法としての技術化が困難な異能に特化した超能力者のことである。

 

「BS魔法師でもあるといったところでしょうか。私の魔法特性で、情報改変の無効化をしているんです。金色の霧や湯気のようなものが見えるでしょう?これによって魔法をガードしているんですよ」

 

ザンの説明に、達也と深雪は顔を見合わせ苦笑した。

 

「君が私に攻撃してこなかったのは、何故だ?私をバカにしていたのか!?」

 

復活した摩利の剣幕に、ザンは壁際に移動しながら否定した。

 

「いえ、そうではありません。確かにあまり女性を攻撃したくないのも事実ですが、理由は他にもあります。この状態で、攻撃をすると…」

 

そう言って壁際に移動すると、壁に向かって半身の構えを取る。拳を振り抜くとそれほど大きい音はしなかったが、拳より一回り大きい円形の穴を壁に開けてしまった。皆開いた口が塞がらない。

 

「このように、この状態は肉体強化がされるために、攻撃力が非常に高まります。これを模擬戦で人体に向けるわけにもいかないでしょう?」

 

「は、はは。呆れて物も言えないな。なるほど、深雪くんが言っていた『対魔法師のスペシャリスト』とは、こういうことか」

 

「まさか、試験や魔法競技にこれを使用するわけにも行きませんからね」

 

呆気にとられていた服部が復活し、深雪に謝罪した。これで、達也とザンの風紀委員入りを否定するものがなくなったわけだ。

 

「では、行こうか」

 

摩利に引き連られ、達也とザンは諦めて風紀委員会本部へと移動していった。それを見送った真由美は、服部に笑顔を向ける。

 

「では、お話しましょうか、はんぞ~くん。さっきのつ・づ・き」

 

可愛らしく言っているが、服部には真由美の背後に般若が見えた。


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