「やりすぎだろう」
風紀委員会本部への移動途中で、達也はザンに小声でたしなめた。
「さっきの壁の事?あのまま殴っちゃうとさ、壁全体がクレーターみたいになっちゃうだろ?そうしたら壁どころか柱まで影響しかねないしね。だから一点突破にしたんだ。あれなら一部だから、多分大丈夫だろう?」
「そうか?会長たちへの言い訳のほうが大変だ。そういえば今まで、あれは使ったことが無いな」
「ああ、『穿』ね。あれは貫通力重視の技だよ。全身を弛緩させてから、一点へ力を注ぐんだ」
「武術の心得があるのは知っていたが、あれ程とは思っていなかった。他に、例えば浸透系の技も使えるのか?」
「浸透系って、鎧通しのような内部破壊系統の事か。俺は徒手空拳でそこまで技術は無いよ。剣を握っては剣士の域までは達していないしね」
そういうザンに、疑いの目を向ける達也。
「…沖縄の時は、あれほど剣を自在に扱っていたじゃないか」
「あの程度は、極めたとは言わないよ。真の剣士は、切られたことすら気付かせないさ」
「お前の基準は、極端だ。…大体、あれをBS魔法の括りにするのには、無理があるだろう」
「そうか?『魔法としての技術化が困難な異能』をBSとするなら、『龍の氣』も似たようなものだろう?」
「それは幾らなんでも暴論だろう」
「おい、どうした?こっちだぞ」
話し込んでいたら、奥から摩利の声が聞こえてきた。あわてて声を頼りに進み風紀委員会本部に来た達也とザンは、その目の前の光景に呆れていた。雑然と物が置かれ、端末が見えない。CADまで適当に放置してあるようだ。
「では達也くん、ザンくん、風紀委員会本部へようこそ。少し散らかっているが、適当にかけてくれ」
その言葉に、ブレザーを脱ぎシャツの袖をまくりながら、達也は摩利に問いかける。
「…その前に、ここを片付けても良いですか?魔工師志望の俺としては、CADが放置されているのは見過ごせないんです」
「魔工師志望なのか?あれだけの対人戦闘技術があるのに、もったいない」
「第一高校の試験と同じですよ。俺の才能じゃこの国の魔法師としては、上位ランクを取ることは出来ませんから」
「…すまない」
達也の諦めとも取れる言葉に、シュンとなる摩利。空気を変えたのはザンだった。
「はいはい、まずは片付けてからにしましょうか。風紀委員長、手伝っていただけますか?」
「いや…、こういった事は苦手でね…」
「それは、この部屋を見れば分かりますよ。いいんですか?好きな人が出来たときに、『片付けも出来ない女性とは思わなかった。ごめん、別れよう』とか言われてからでは遅いんですよ?少しでも習慣付けないと、変わらないですよ?」
「…そうだな、分かった。私も手伝おう」
思い当たる節があるのか、若干顔を青くした摩利は、片付けを手伝うこととなった。しかし右のCADを左に移動、左の棚の書類を右の棚に移動と、物が移動するだけで一向に片付かない。最終的には達也から摩利は戦力外通告を受けた。摩利は分かりやすく凹んでいた。
「姐さん、ただいま帰りました。本日は特に違反者はありません。…これは、一体何事ですか?ここがこんなに綺麗なはずはない!姐さん、何か悪いものでも食ったんじゃないですか?」
入ってきた二人の男子生徒の内一人に、摩利は丸めた書類で頭を叩いた。ザンは先ほどの件がようやく合点がいき、声が出ないくらい笑っていた。
「姐さんと呼ぶなと言ったろう、鋼太郎!お前の頭はそんなことも覚えられないのか!それにこの部屋が綺麗になって、どうしてそういう評価に繋がるんだ!」
「いや、でも、俺が覚えているだけでも、ここがこれほど整頓されたことは無いですよ?」
達也はその言葉に嘆息した。これは長い戦いになりそうだ。
「達也くんとザンくんが片付けてくれたんだよ」
「へぇ?」
そう言って、鋼太郎ともう一人の男子生徒は達也とザンを見た。
「新入りですか?役に立つんですか?」
どうやら、二科生だから使い物になるのか怪しんでいるらしい。摩利は嘆息すると模擬戦の話をした。
「それだったら、お前達も模擬戦してみるか?服部は達也くんに、私はザンくんに足をすくわれたがね」
「それは凄いですね!服部って確か公式戦負け無しでしょう?それに姐…委員長に勝つなんて心強いな。何処で見つけてきたんです?」
「達也くんは真由美と私だ。ザンくんは十文字だよ。ほら、この間警察が来て話題になったろう?」
「ああ、あの引ったくりの話ですか?へぇ、なるほど」
風紀委員の先輩方は、思いのほか達也たちを高評価だった。
「私はね、差別意識を持っていない、または少ないヤツを集めているんだ。まぁ、教職員枠の方はそうは行かなかったがね。だから君たちにとっても、ここは居心地は悪くないと思うよ」
「三年の辰巳鋼太郎だ」
「二年の沢木碧です」
「一年の司波達也です」
「同じく、一年桐生斬です」
辰巳と達也、沢木とザンがまず握手する。辰巳たちはすぐに手を離したが、沢木とザンがまだ離さない。
「ああ、沢木は握力百キロ近くあるぞ」
達也にボソッと忠告する辰巳。なるほど、ザンが離さないのではなく、沢木が離さないのか。
「なるほど、握力勝負だったんですか?では…」
「いだだだだだ!」
急に痛み出す沢木の手をザンは離した。
「ああ、すみません。それほど力は入れていないつもりだったのですが。魔法よりコッチのほうが向いているもので」
戦士であるザンの握力は軽く百キロを超える。魔法師相手では大人と子供ほどの差がつくだろう。達也は嘆息していたが、一つ気になったことがあった。
「委員長、今年は風紀委員の教師枠はどなたがなるのでしょうか?」
その問いに、意地の悪い笑みを浮かべる摩利。
「君も知っている名前だよ。森崎駿だ」
森崎が風紀委員に選ばれていることを達也がCADを落としそうになるほど驚いていたとき、扉が開いた。
「摩利~?いい加減、部屋何とかしなさいよ?いつまでもそのままだと、何が何処にあるかわからない…。ここ何処!?」
自分の知らない世界に紛れ込んだような、驚愕で固まる真由美だった。
-○●○-
「な、何でお前たちがここにいる!司波達也!桐生斬!」
「結局フルネーム呼び捨てか…」
翌日、風紀委員会本部に森崎が顔を出したときに、達也とザンを目ざとく見つけると叫びだした。達也はため息をつきながら端末をしまった。
「森崎、いくらなんでも非常識だろう?いいから席に着いたらどうだ」
「非常識なのはお前たちだ!僕は教職員推薦枠で風紀委員に…」
「やかましいぞ、新入り!」
丸めた書類で森崎に突っ込みを入れたのは摩利だった。
「さっさと座れ!…さて、今年もまた、あのバカ騒ぎの一週間がやってきた。クラブ活動新入部員勧誘期間だ。」
この国には九つの魔法科高校がある。この九校間で毎年行われるのが、全国魔法科高校親善魔法競技大会、略して『九校戦』。九校戦の結果は学校の評価に反映されるのはもちろんの事、活躍した生徒とそのクラブは学校から優遇される。その為、優良な新人獲得は最重要項目であり、各クラブ間のトラブルも急増する。なお、勧誘期間はデモンストレーション用にCAD携行の許可までされるという。無法地帯のなりかねない為、風紀委員が抑止力となる必要があるのだ。
「魔法の不適正使用や騒ぎを見逃さぬよう、また風紀委員が率先して騒ぎを起こさないように。では、出撃!」
-○●○-
巡回の時には、風紀委員の腕章とビデオレコーダーの携行が必須となる。不正行為の証拠を記録するためだ。当然CADの携行も許可され、達也は委員会の備品を二機使用することにした。それにより、また森崎が達也に突っかかることになるのだが。
達也はエリカのクラブ見学に付き合いながら巡回するとの事だったので、ザンは他を回ることにした。サボれそうなところを探しているとトラブルから向かってきた。
「キャーッ!!」
悲鳴が聞こえてきては、無視するわけにもいかない。女子生徒が抱えられて連れられているように見えた。犯人はスケートボードに乗って高速移動している。ザンが目をこらすと、被害者はほのかと雫のようだ。
「やれやれ」
ザンは校舎を盾に並走する。相手の行き先は曲がり角でこちらに来るしかないのだ。先回りすると前から突っ込んできた犯人からほのかと雫を取り返す。犯人は残念そうに走り過ぎて行った。
「あ、あのあの…」
小脇に抱えられている格好となっているほのかが、真っ赤になっていた。ザンはぞんざいな扱いをしたことを詫び、二人を下ろす。犯人の行った方向から摩利の声が聞こえる。
「止まれ!萬屋、風祭!新入生を解放しろ!」
「もう、取り返されちゃったよ。風紀委員の新人さんもやるもんだねぇ。と言う訳で、私たちは消えます~。バイバイ~」
どうやら摩利の知り合いのようだ。ほのかと雫がザンにお礼を言っていると、上級生と思われる女子生徒が走ってきた。
「ごめんなさいね、私たちの先輩が迷惑をかけてしまって。私はSSボード・バイアスロン部の五十嵐亜実。よかったら話を聞いてくれないかな?」
先ほどの犯人、バイアスロン部の先輩の動きに感動したのか、雫が思いのほか乗り気だった。通常の勧誘であれば問題無いだろうと、ザンは巡回に戻ることにした。体育館が近くにあったため、そちらへ足を向けた。
-○●○-
「なんだ、この状況?」
「あ、ザンくん」
第二小体育館、通称『闘技場』にきてみたら、既に乱闘状態。その場にいたエリカに話を聞くと、剣道部が演武をしていたところ、剣術部が割り込んできた。剣道部と剣術部の一対一の勝負に、一本を取ったのは剣道部だったのだが、その後剣術部が魔法を使ったのだ。よりにもよって、使った魔法は振動系近接戦闘用魔法、高周波ブレード。達也はそれを止めた後に、魔法の不適正使用により拘束したところで、剣術部の怒りを買ったとの事だ。
「くっくっく、ばかだなぁ、あいつ」
そう言うと、ザンは乱闘の中に突っ込む。
「もう少し、言い方、やり方ってものがあるだろう?穏便に済ませれば良いのに」
「来たのか。俺は事実を言ったまでだ。それを受けて逆上されて、困っているのはこっちだ」
二人で剣術部をあしらい続け、魔法を展開しようとした場合は、達也が腕をクロスさせて魔法を妨害していた。
―キャスト・ジャミングもどきまでやってたのか、やっぱり―
酔いと体力が尽きたことにより、剣術部は全員倒れていた。