翌日からも小競り合いが続き、風紀委員は忙しさを増した。達也はいさかいの仲裁に入る際に、魔法攻撃をされるなどしていた。また、魔法を使用せず並みいる魔法競技者を連破した、謎の一年生として達也は噂をされるほどになっていた。他には、生徒会に不適正な魔法使用を報告する投稿が匿名で届いたりしていた。
ようやくお祭り騒ぎの一週間から開放された達也は、女子生徒に呼び止められていた。
「二年の
「今は無理です」
これほど綺麗に断られると思っていなかったのだろう。紗耶香は固まっていた。
「妹を生徒会室に送っていく用事がありますので」
「…それじゃ、カフェで待っているから」
「はい、十五分後ぐらいに伺います」
若干、肩を落としながら紗耶香はカフェに向かい、達也と深雪は生徒会室へと向かった。この光景を見ていた者がいたことを達也は気にしていなかったが、後で後悔することになる。
-○●○-
翌日、昼の生徒会室で、生徒会メンバーと摩利、達也、ザンは昼食を取っていた。
「達也くん、昨日、二年の壬生を言葉責めにしたと言うのは、本当かい?」
達也は箸を落としそうになったが、何とかこらえた。
「先輩、年頃の淑女が『言葉責め』などとはしたない」
「ありがとう。淑女扱いなんて、達也くんぐらいなものだ」
「おや、先輩の彼氏はしてくれないのですか?」
「そんなことは無い!シュウは…」
立ち会った摩利だったが、隣の真由美が笑っていることに気がつき、咳を一回して座った。
「…それで、結局はどうなんだい?」
「事実無根ですよ」
「ほう。実は目撃者もいて、壬生が顔を真っ赤にして恥らっていたという情報もあってね」
文字通り、空間が凍りついていく。
「お兄様、一体なにをされていらっしゃったのかしら…」
「これほどなんて…。事象干渉力がよほど強いのね」
真由美も呆れていた。深雪はCADを使わず魔法が無意識に出てしまっているからだ。
「深雪、おちつけ。今、説明するから」
紗耶香より剣道部に誘われ、そして断ったこと。風紀委員が点数稼ぎをしていることなどの話を受けたことを説明した。その内容に摩利は嘆息した。
「風紀委員は名誉職だから、点数にはならないがな。…そういえば、この話なら、何故壬生は顔を赤くしたんだ?」
話の流れがあまり変わっていないことに、達也は内心焦り、そして隣を見れなかった。達也は若干冷気が戻っている気がしていた。達也から見て深雪とは逆側から写真が各人の前に投げられた。今時写真をプリントアウトするのも珍しい。映っているのは顔を赤くした紗耶香だ。深雪の目に光が無くなっている。
「確かに壬生先輩ですね…。本当にどうしたら、こんなにお顔を赤くしたのかしら…?」
達也が睨むと、ザンは笑みを浮かべていた。
「いやあ、偶々居合わせただけでね。会話の邪魔をしないように、遠くから見守っていたんだよ」
そうしてザンは携帯型ビデオレコーダーをテーブルの真ん中に滑らす。再生は既にされている。
『あたし達には司波くんの力が必要なの』
『…なるほど』
『馬鹿にするの?』
『いえ、自分の思い違いが可笑しかったんです。先輩の事を、ただの剣道美少女と思っていたのですから』
『…美少女』
プチッ。真由美はこれ以上聞いてはいけない気がして、思わず再生を止めてしまった。
「そこで止めないでください!今のままでは、俺が…」
「…お兄様、少し席を外しましょうか。皆様すみません、すぐに戻りますから」
こうして達也は深雪に連れ去られていった。達也が深雪の誤解を解くのに、今しばらく時間を要した。
その後どうにかして達也は深雪を説得し生徒会室に復帰した。皆深雪の顔が赤くなっていることに気づいたが、誰も言い出せないでいた。話は戻り、印象操作がされていると考えられ、その後ろには反魔法国際政治団体『ブランシュ』が関係していることが話題となった。
-○●○-
放課後の帰り道、ザンはほのかと雫ともう一人の女子生徒が怪しい動きをしているのを見た。どうやら誰かをつけている様だ。お世辞でも上手と言えない尾行にザンは嘆息した。まずは何を調べているのか確認するために、ザンは屋根伝いにほのかたちを尾行することにした。先には剣道部部長司甲がいた。
裏路地に司が入ると、ほのかたちも後ろからついて行く。尾行に気がついたのか、急に司が走って逃だした。すかさず追おうとする三人の前に、バイクの四人組が立ちはだかった。顔はフルフェイスヘルメットで見えない。魔法を使い、三人は逃げることを試みたが、四人組がアンティナイトを使用したキャスト・ジャミングによりほのかたちは倒れてしまった。
「我々の計画を邪魔する者には消えてもらう!魔法使いはこの世界には必要ない!」
一人がナイフを逆手に持ち、今にもほのかを刺そうとした時、男の後ろから声が聞こえた。
「当校の生徒に何をするつもりかな?」
振り返る隙を与えず、ザンは男を蹴り飛ばす。残り三人がザンを囲みナイフを振り下ろすが、それぞれをかわし、そのまま鳩尾に拳を振りぬくと、少しの間時間が止まったように静かになったが、三人組はそのまま崩れ落ちた。四人を拘束した後、ザンはほのかたち三人の前に行き右手を胸に置き片膝をついた。
「お怪我はありませんか?お嬢様方。立てるのであれば移動しましょう。まず大通りにでて、キャビネットでお帰りください」
「ザンさん!ありがとうございます!」
「ありがとうございます!皆が無事だったのは、ザンさんのおかげです」
「あ、あ、ありがとうございます!私、アメリア=英美=明智=ゴールディって言います。エイミィって呼んでください」
「俺は、桐生斬。ザンでいいよ、エイミィさん。大丈夫だった?」
「はいー!」
真っ赤になり興奮気味のエイミィを不思議にザンは思ったが、まずはこの三人を家に帰すことが先決と考え、表通りに向かった。
「今後は、こんな危険なことをしないように。今回偶々俺がいたから良かったものを、危なかったんだからね」
「ごめんなさい。でも…」
言いよどんだほのかに、ザンは嘆息した。
「…達也の手助けがしたいんだね。そうだな、君は確か光系が得意だろう?それであれば、光の屈折などを利用して、長距離の監視などはできないのか?」
「それならできるかも!」
「それなら、近寄ることも無いだろうから危険度は低いだろう?今後はその方向で。じゃあ、気をつけて帰ってね」
キャビネットに三人を乗せ、ザンはキャビネットを見送ると電話をかける。
「もしもし、貢さん?反魔法政治団体関係と思われる奴らを拘束したんだけど、いる?いらないなら警察に突き出すけど。…うん、わかった。迎えが来るのを待っているよ。じゃあ、お願いします」
一方、キャビネットに乗ったほのかたち三人は静かだった。
「エイミィ、まだ震えている」
「仕方が無いよ。さっきまであんなことがあったんだもの。私もまだ震えが止まらない」
「実は、私も」
ほのかと雫がそんなやり取りをしていたら、エイミィが急に顔を上げた。その目は輝いていた。
「か…」
「か?」
「カッコイイ!何アレ!颯爽と出てくれちゃって、まるでヒーロー?それともナイト様?もう片膝をついて『お嬢様方』だなんて、キャー!何々、何なのあの人!ほのか、雫、知り合いなの?紹介して!彼女とかいるのかな?」
「…大丈夫そうだね」
「そうだね」
ほのかと雫は顔を見合わせて笑った。エイミィのこの状況を見て、自分たちの置かれていた状況がどこかに吹き飛んでしまった。気が付くと震えが止まっていた。
-○●○-
魔法実習室での課題はコンパイル時間と短縮練習。二人一組で実施し、千ミリ秒以内にコンパイル完了を目指す。CADから起動式を読み込み、それを元に無意識領域内にある魔法演算領域で魔法式を構築し、魔法師の設定した座標で発動する、というのが現代魔法のシステムである。この起動式を魔法式に変換するプロセスが『コンパイル』である。
達也はコンパイルし魔法を発動した。
「九百四十ミリ秒、達也さん、クリアです」
「三回目にして、ようやくクリアか。すまない、美月はクリアしていたのに、俺とペアのせいで遅くなってしまったな」
「いいです、そんなの。それより、達也さん本当に実技が苦手だったんですね」
「何度も自己申告したと思うんだが?」
「謙遜だとばかり…。でも、悔しくは無いんですか?実践を想定するなら、本当はもっと早く発動できるのでしょう?」
達也は焦りを感じていた。本当にこの子の目は良い。自分の秘密までも見えてしまうかもしれない。
「…何故、そう思う?」
「一旦構築しかかっていた魔法式を破棄していましたよね。最初の試技の時に起動式の読み込みと魔法式の構築が並行していて、だから達也さんは、この程度の魔法なら直接魔法式を構築できるんじゃないかって思いました」
「…そこまで見られているとは思わなかった。本当に、良い目をしている」
―霊子放射光過敏症か。起動式なしで魔法式を構築することはばれてしまった。それであれば、それは個人スキルと思い込んでもらおう。美月の好奇心を満たせば良いのだから―
達也は一旦軽く息を吸うと、全ては語らない説明を始めた。
「俺は、基礎単一系ならもう少し早く発動できるが、工程が少ない魔法だけだ。俺には五工程までだ」
「五工程であれば、戦闘には十分じゃないでしょうか?」
「俺は戦闘用に魔法を学んでいるんじゃないからね。多工程の魔法を使いこなすには、やはり起動式が必要なんだ」
「達也さんを尊敬します…!」
目を輝かせる美月に、一歩達也が引いてしまった。
「達也さんは、ちゃんと自分の目標の為に魔法を学んでいるんですね…。私もしっかりと考えます!」
「あれ?達也は起動式きちんと組んでるんだ?」
話を聞いていなかったザンの言葉に、救われた気持ちの達也だった。聞いていたら、またある事ない事、主にない事が多いが深雪に告げ口されてしまう。
「ああ、これは授業だからな。手を抜いても仕方がない」
「そっか、俺もやり直してくる」
ザンのペアも、今しがたクリアしたばっかりだったが、ザンが頼み込んで再度試技をしていた。ペアの相方は気が気じゃない。
「よっしゃあ!九百九十八ミリ秒!」
「…すっごいギリギリじゃない?」
ザンのペアは祈りのポーズをしていた。近くにいたエリカがザンに突っ込みを入れる。エリカとレオのペアも、まだクリアしていないようだ。
「フッフッフ。俺は一回でクリアしたの!ギリギリであろうと、余裕があろうと、クリアはクリアなんですよ、エリカくん。あれ~?エリカくんはまだなのかな~?」
「く~。あったまきた!絶対、次クリアしてやるんだから!レオ!失敗したら承知しないからね!」
「プレッシャーかけんなよ…。達也~。ちょっと見てくれないか?」
達也が声をかけようとした時、扉が開く。
「お兄様、お邪魔してもよろしいですか?」
深雪とほのかと雫がやってきたのだ。
「すまん、次で終わりだから少し待っていてくれ」
さらに追い討ちをかける達也。エリカとレオのプレッシャーがピークに達した。
何とかクリアした二人に達也が袋を渡す。
「ここで食事にしよう。食堂で食べていたら、午後の授業に間に合わないかもしれないからな」
深雪が用意したお昼が配られた。ザンは自分の弁当をちゃっかり演習室まで持ってきていた。
「ザンさんは、しっかりしていますね…。深雪さんはもうご飯食べたんですか?」
「ええ、お兄様に先に食べるように言われていたから」
そこでエリカの目が光る。しかしすぐに撃沈されることになるのだが。
「深雪なら、『お兄様より先に箸をつけるわけにはいきません』とか言うのかと思った」
「ちょっと、エリカちゃん」
「いつもならもちろんそうだけど、今日はお兄様のご命令だったから」
「『いつもなら』…」
「『もちろん』なんだ…」
「そうよ?」
エリカと美月の目が点になっている。深雪はエリカたちが固まっている理由がわからなかった。話を変えようと美月が努力したが、内容はありきたりだった。
「そ、そういえば、深雪さんたちのクラスも実習始まったんですよね?」
「多分、美月たちと内容は変わらないわ。でも、手取り足取り教えられても…」
つまらなそうに深雪がいうので、達也は苦笑した。
「ご機嫌斜めだな」
「あれなら、一人で練習している方がためになりますもの」
「でも、見込みのある生徒に手を割くのは当然よね。ウチの剣術道場でも見込みの無い奴は、放っておくから」
エリカの意見に、雫は意外と思った。二科生はその点を不平と感じていると考えているとばかり思っていたからだ。
「例えば、ウチの道場では入門して最低でも半年は技は教えないの。最初に足運びと素振りを教えるだけ。刀を振るって身体で覚えないと、どんな技を教えても身につかないからね。そうして後のやり方は見て覚えるの。教えてくれるのを待っているようじゃあ、論外なのよ」
「スパルタだねぇ。でもそれなら、いっそのこと木刀持たせて実戦に出しちゃえば良いのに。死ぬか生きるかの戦場で、木刀一本で過ごせば、戦場で生きる術含めて身につくよ」
ザンの意見に皆ため息をついた。幾らなんでも無茶である。銃と魔法が飛び交う戦場で、木刀一本では、文字通り死にに行くようなものだ。
「ザンくんはさぁ、とっきどき変にシビアな例だすよね」
「そうかな?実体験だけど。まぁ、俺のときは素手だったけどね」
「…まぁ、そういうことにしておくよ。そうだ、深雪。参考までにどのくらいのタイムかやってくれない?」
まったく信じていないエリカは、一科生主席の実力の方が気になった。
深雪はCADに手を添え、流れるようにコンパイルを行い魔法を発動する。
「に…二百三十五ミリ秒!はやっ!」
「…何故、ザンさんが得意気なんですか?」
「九百九十八ミリ秒だったくせに…」
「それは、言わないお約束!」
エリカの突っ込みにザンが口に人差し指を縦に添えて抗議する。
「あれ?ザンさんギリギリだったんですか?」
さも驚いたように深雪がザンに聞く。わざとらしさが誰が見ても分かるレベルだ。いつぞやの意趣返しか。
「深雪ちゃんがいぢめる…」
部屋の隅っこで、床にのの字を書き始めるザンだった。