「静かね…」
「奥には、どのくらいいるのでしょうか?」
「今、確認する」
「え?」
達也が目をつむり、何かを確認しているようだ。ザンはそのまま歩いて中へ進んでしまう。
「奥の確認、頼んだ。階段上り口と上がった奥の四人は、俺が相手しているよ」
「何者だ!」
ザンは応えず、テロリストの一人の間合いに入ると鳩尾を拳で打ち抜き、下がった頭を掴み柱に叩きつける。
「おのれ!」
もう一人の振り下ろした一撃を半身を捻ってかわすと、敵の足を踏みそのまま顔を拳で打ち抜く。吹き飛ぶことも出来ず、後ろに倒れ掛かるところで、上からさらに腹を拳で打ち抜いた。
「誰だ!」
階段上から、一人が真剣を片手に走り降り、もう一人が起動式を展開し始める。この二人は学生のようだ。
「遅いな」
一足飛びで真剣を持つ生徒の脇をすり抜け、魔法が完成する前にその生徒の頭をザンが掴む。
「おらぁ!」
そのまま掴んだ頭を遠心力で振り回すと、真剣を持った生徒に投げつける。
「な!?」
階段下まで転げ落ちた二人を、エリカは呆然と見ていた。
「…ここって、私の出番じゃない?」
「何の話だ?」
「何言ってんのか知らないけど、さっさと行ってこいよ達也。壬生先輩がお待ちかねだ」
「…ああ」
達也と深雪が駆け上がって、奥の特別閲覧室へと急いだ。
「…私の出番は?」
ジト目で見るエリカに、ザンが奥を指差した。
「なに、これから来るさ。俺は外のレオの手助けしてくるから、そいつらよろしく」
-○●○-
図書館外の鎮圧も済み、増援が来る気配も無くレオとザンが談笑していると、達也たちが出てきた。何故か達也が紗耶香をお姫様抱っこして出てきており、深雪が複雑な顔をしている。
「エリカ、手加減してやらなかったんだ?」
「出来なかったのよ。最後は吹っ切れた、良い一振りだったよ」
「そっか。よかった」
エリカの答えに、納得したザンだった。
-○●○-
「図書館の部隊は拘束されたか」
司甲は焦っていた。計画の肝が瓦解している。リーダーの指示を仰がなくてはならない。親の再婚相手の連れ子。最初はなじめなかったが、今は司は誰よりもその男を信頼している。もう、いつから信頼しているのかわからない、ブランシュのリーダー、司一。
「司、今日はもう帰るのか?」
司に声をかけてきたのは、辰巳鋼太郎だった。
「…ああ、大きな騒ぎもあったし、部活も中止だろ?だから、さっさと帰ろうと思ってな」
踵を返し帰ろうとする司を、鋼太郎が止める。
「まちな。しらばっくれても無駄だぜ、ネタは上がっているんだ。侵入者を手引きしたのはお前だってな」
「くっ!」
魔法を使い、逃げ出す司。
「司先輩!大人しくご同行願います!」
司の前に沢木が立ちふさがる。
「風紀委員の中でも精鋭のお前達が、図書館ではなくこんなところに…!」
「今日はずっとお前さんを
司はアンティナイトを使用し、魔法を使用できなくして沢木に突っ込む。魔法近接格闘術が使えなければ勝機があると考えた司だったが、その考えは過ちだった。沢木は司より魔法抜きでも上手だったのだ。校舎屋上では、司を逮捕したことを確認してハイタッチしている人影があった。鋼太郎はそちらを向いてサムズアップした。
-○●○-
保健室。紗耶香が目覚めたと報告があり、図書館から来た達也たちや生徒会長、風紀委員長、部活連会頭などが集まっていた。
「入学してすぐ、司先輩から声をかけられたんです」
紗耶香が重い口を開くと語り始めた。司に声をかけられたときには、剣道部内には既に司の同調者がいたこと。魔法訓練サークル内でも思想教育がされており、魔法差別撤廃の有志同盟として結束したこと。そして、背後には反魔法団体のブランシュがいたこと。
「予想通りですね、お兄様」
「本命過ぎて、つまらないけどな」
摩利は本当につまらなさそうに嘆息した。
「何故、こんなことに手を貸してしまったのか。今思えば、私は『剣道小町』なんて呼ばれて良い気になっていたんだと思います。達也くんにも言ってもらえたし」
ジト目で睨む深雪を、達也は気が付かない
「だから、剣道部の騒動のときの渡辺先輩の魔法剣技を見て、手合わせをお願いしたんですがすげなく断られてしまって…。私が二科生だから、そう言われたんだろうってやるせなくて」
「私が、そういったのか?」
「そういうのは、言った本人は覚えていないもんですよー」
エリカが摩利に突っ込む。
「いや、そんなことは無い。私は、こう言った筈だ。『すまないが、私の腕では到底お前の相手は務まらない。お前の腕に見合う相手と稽古してくれ』と」
摩利の言葉に呆然とする紗耶香。自分の誤解で逆恨みをして、一年も無駄にしたと泣く紗耶香に、達也は無駄ではなかったと否定した。剣道小町と言われていた中学時代とは別人のような剣技を身につけていたとエリカから聞き、己と自分を高め続けていた一年が、無駄であるはずがないと。その言葉を聞き、達也の胸を借りて紗耶香は泣いた。
紗耶香が泣き止み、落ち着いたところで、達也が切り出した。
「さて、問題はブランシュが、今何処にいるかということですが…」
「まさか、ブランシュと一戦を交えようというの!?」
高校生として、武装しているテロリストと戦おうとしている達也に、真由美や摩利が止めに入る。
「危険だ!学生の分を超えている!」
「そうよ!警察に任せるべきだわ!」
「そうして、壬生先輩を家裁送りにするということですか」
十文字も同意するが、戦うことには慎重論を唱える。それに対し、達也は自分が行くと言い出した。
「お兄様、お供いたします」
「あたしも行くわ」
「俺もだ」
深雪、エリカ、レオが共に行くと立候補した。
「司波くん、私の為だったら止めて。私は罰を受ければよいのだから」
「学校が標的となったんです。もう俺も当事者です。それに俺は、俺と深雪の日常を損なおうとするものを、すべて排除します。これは、俺の最優先事項です」
達也の冷たい怒りに、深雪やザンを除いて皆飲まれていた。
「すまん!俺、仕事があるんで、帰るわ。レオ、エリカ。達也や深雪はこう見えて無茶するから、フォロー頼む」
ザンはすまなそうに行かないことを宣言した。レオとエリカは手を振って了承した。しかし、達也はザンの言葉が気になった。
「『仕事』か」
「ああ、『仕事』だ、すまないな。その代わりにブランシュの拠点情報を提供するよ」
「ザンくんは、知っているのか!?」
「いいえ、知りませんけど、代わりに知ってそうな人をご紹介しますよ」
摩利の問いにそう答えて、ザンは保健室の扉を開いた。そこには小野遥が立っていた。
「小野先生?」
「遥ちゃん?」
真由美やレオも、遥がいることに驚いていた。相変わらずエリカはレオに先生でしょと突っ込みを入れていた。
「…九重先生をも翻弄する人から隠れ遂せようと言うのは、流石に甘かったか」
頭を掻きながら入ってくる遥の発言に、摩利が驚いていた。
「あの九重八雲を翻弄するだと!?本当か、ザンくん!」
しかし、その時には既にザンの姿は無かった。
「…変な情報を流さないでください。あまり嘘ばかりついていると、その内自分の本心さえも分からなくなりますよ」
「はいはい」
達也の嗜めにも悪びれず、遥が紗耶香の前に立つ。
「力になれなくて、ごめんなさい」
その言葉に、紗耶香はゆっくり首を横に振った。脇にいたエリカが遥に問う。
「小野先生がブランシュの居場所を知っているんですか」
「…地図をだしてくれる?」
達也が地図を出す。拠点情報を送り表示させると、そこは第一高校の目と鼻の先、バイオ燃料の廃工場だった。
「車で行ったほうがいいだろう。どうせ、向こうは俺たちを待ち構えているだろうからな。正面突破がいいだろう」
「では、車は俺が用意しよう」
「十文字くんも行くの?」
「十師族に名を連ねる者として、当然だ。それに俺は一校の生徒であり、これ以上看過できん。それに、下級生ばかりに任せておくわけにもいかん」
その言葉に乗じて真由美も共に行くと主張したが、摩利が現状学校を生徒会長が離れることを諌めた。風紀委員長の摩利も共に残ることとなる。
「司波、すぐにいくのか?夜間戦闘にもなりかねん」
「それほど時間をかけません。日が沈む前に終わらせます」
そうして達也たちはでていった。途中で桐原が合流し、アジトに乗り込むことなった。
-○●○-
達也たちがブランシュのアジトである廃工場に突入したころ、第一高校より離れた街外れの一角のビル前にザンはいた。ザンが扉を開けると、中には五人の男たちがいた。一人がソファから立ち上がり、ザンに近づきながら手を振り、ここから去るように促す。
『ここは立ち入り禁止だ、帰りな、学生さん』
『日本語で言ってやらねぇと、わからねぇって』
『どうせ分からないんだ。始末するか』
談笑しながら、他の男たちも立ち上がった。
『あんたらの母国語は分かるよ。それより、何のんびりしているんだ?』
言葉が通じることにより、仲間が来たという考えもよぎったが、そのような話は聞いていない。目の前の学生は暗い笑みを浮かべていた。
『敵襲だよ!』
男の前に踏み込むと抜き手で鳩尾を貫き、手を抜くと後ろからの斬撃を捻ってかわす。遠心力を乗せたまま、その男を銃を構えている男の方角へ蹴り飛ばす。男は溜まらず銃を撃ってしまい、その死体をどかしているときには、目の前にザンが立っていた。
『うわぁ!』
銃を乱射する男の手を掴むと、方向をずらす。その先には二人の男が撃たれて死んでいた。
『はい、サヨウナラ』
ザンは、男の首が曲がらない角度に曲げて沈黙させた。
下の階の騒ぎを聞きつけてきたのだろう。上からぞろぞろと男たちがやってきた。先頭にはひときわ大きい男がいた。
『さぁ、やろうか』
ザンが大きい男に向かって走り、交差するか否かの時、サイオン光が天井を照らした。
-○●○-
ビルの屋上から、轟音を立て崩れるビルを見下ろす男。強大な力が近づいていると部下から具申され、隣に退避していたのだ。魔法で見ていた男は驚愕していた。少年と言って良い高校生が、自分の部下を瞬殺していくのだ。イレギュラーは消すに限る。部下諸共、破城槌で生き埋めにすることにした。後は火を放ち逃げるだけである。その時、奇妙なことに男は気が付いた。自分の腹から腕が生えている。
『こ、これは!?』
『はろはろー』
後ろにはザンが立っていた。男は驚愕した。そんなはずはない。今まで見ていたのだ。それが、この一瞬で何故そうなる?
『はい、大亜連合の郭公則さんね』
『何故、知っている!…文がいたはずだ!こんなに速く…』
『ああ、あの大きいのが文かな。あんたの魔法でつぶれているんじゃない?そして、何故俺が今ここにいるかなんて、あなたが知っても仕方が無いことだ』
緊張感の無い声が聞こえてくるが、答えることは出来なかった。血を流しすぎ、朦朧としているたのだ。
『あんたらが焚きつけたブランシュも、あいつらが行った以上、日本支部は崩壊だよ。まったく懲りないねぇ。沖縄で懲りたのかと思っていたよ』
反論することが出来なかった。ただ、郭は沖縄の屈辱を思い出していた。
『摩醯首羅…』
『それ、俺じゃねえ…」
ザンの突っ込みを聞いている人は、誰もいなかった。
-○●○-
「花束なんて、わざわざ持ってくる必要は無かったんじゃないか?デリバリーで届けたほうが楽だろう?」
「こういうものは、自分の手で持っていくことに、意味があるんです」
達也と深雪は、病院のロビーに来ていた。紗耶香が退院するとのことで、祝いに来たのだ。ロビー奥を見ると、紗耶香と桐原が談笑していた。達也と深雪から見ても、良い雰囲気である。
「桐原先輩、毎日さーやの所に来ていたんだって」
にゅっと達也と深雪の後ろに現われるエリカ。達也はエリカの存在に気づいていた為、特に驚くことは無かった。
「…達也くんを驚かすのは、難しいようね」
「そうだろうねぇ」
「うわぁ!?」
さらに自分の後ろに人がいると思っていなかったエリカは、大げさに驚いてしまった。後ろには意地悪い笑みを浮かべるザンがいた。
「くっ…!またしてやられた!」
「ふっふっふ、まだまだですなぁ、エリカくん」
「…ザンさんが、病院に着いたら急にいなくなったからおかしいと思ってたんです。エリカを驚かす為だったんですね」
「うん!」
呆れ顔の深雪に、ここ一番の笑顔で応えたザンだった。達也はため息をつき、深雪と共にかかわらないように紗耶香の元に向かう。
「壬生先輩、退院おめでとうございます」
「司波さんたち、ありがとう」
深雪から花束を受け取った紗耶香は、何か吹っ切れた良い笑顔をしていた。紗耶香の後ろにいた男が達也に声をかけてきた。壬生勇三と名乗り、紗耶香の父親だという。達也に話があるとのことで、二人は紗耶香を置き離れていった。
「桐原先輩、毎日壬生先輩のお見舞いにきていたんですね」
「…何が言いたい、桐生」
「いえ、なにも。そうですか、毎日ですか。そうかそうか」
「…おい」
「俺は参加できなかったので見れなかったんですが、凄かったらしいですね。桐原先輩の八面六臂の大活躍!『俺の壬生を誑かしたのは、きさまか!』って激怒していたとかいないとか」
「あ、司波くん。お父さんと何を話をしていたの?」
「俺が昔お世話になった人が、お父上のご友人であったようです」
達也が紗耶香の元に帰ってくると、ザンが桐原に羽交い絞めにされていた。それだけで何をしていたのかが分かる自分に嘆息する達也だった。
「やっぱり達也くんとさーやには、深い縁があるようね」
桐原がザンに付きっ切りで動けないことを良いことに、エリカが動き出した。
「どうして桐原先輩に乗り換えたの?達也くんのこと好きだったんでしょう?」
紗耶香は恥ずかしさを隠すためか、花束に顔をうずめた。
「…うん、エリちゃんの言う通り。私は司波くんに恋をしていたんだと思う…。私が憧れた、揺らぐことの無い強さを持っているから。でもそれは私が一生懸命走っても、私は司波くんに追いつけない。そこに桐原くんが来てくれた。毎日お見舞いに来てくれて、色んなことを話したわ。そうして、こう思ったの。この人となら、一緒に歩いて行ける。喧嘩しながらかもしれないけど、一緒に同じ速さで、ね」
「ご馳走様です」
桐原の拘束から抜け出したザンは、紗耶香の告白に笑みと共に腹をさすった。桐原が追いかけてくるが、今度はようとしてつかまらない。
「俺が行っていたら、桐原先輩の勇姿録画しておいたのに。達也撮っていないの?」
「ああ、残念ながらな。ただ、どういう状況だったか、再現できるぞ」
「こら、司波!お前まで余計なことをするな!」
追いかけっこは、桐原の体力が尽きるまで続いた。
-○●○-
「お兄様。深雪はいつまでも、お兄様について行きますから。例え音の速さで駆け抜けても、空を突き抜け、星々の高みへ翔け上られても」
帰り道、深雪が神妙な顔をしているので、達也は苦笑した。
「置いていかれるのは、むしろ俺の方だと思うんだが。だがまずは天を目指す前に、足元を固めるほうが先だ」
「…お兄様、学校がお辛くはありませんか?侮りを受けてまで学校に通われるのは、私の為に無理を…」
「深雪」
深雪の頭に手を乗せ、撫でながら達也は笑みを浮かべる。
「俺は嫌々学校に通っているわけでは無いよ。この日常は今しか経験出来ないものだからね。俺は、お前と普通の学生でいられることが楽しいんだ」
「そうそう」
後ろにいたザンが、頭の後ろで手を組みついて来ていた。
「四葉との関連が出てしまうと、どうしても普通とは言いがたい状態になってしまう。それは真夜様や深夜様も望んでおられない。その為に、俺がいるようなものだしね」
「お前には、苦労をかけるな」
「気にするな、親友だろう?それに、俺も普通の学生生活というものが、これほど貴重とは思っていなかった。俺は、達也や深雪を含めて、四葉に感謝しているんだぜ」
頬を掻き、顔を若干赤らめながら言うザンに、達也は怪訝な表情をしていた。
「『親友』?誰と誰が?」
「それは、酷くない?え、俺だけなの、そう思っているの?深雪ちゃんは、大丈夫だよね?」
「…そういうわけで、今日のところは『日常』に戻ろうか」
「はい」
ザンを置いて、達也と深雪は手をつなぎ歩いていってしまった。これは普段の意趣返しのつもりか。なるほどそのつもりならばと、いつでも逃げることの出来る準備をして、ザンは前に行く達也に一言。
「達也、お前まだ壬生先輩のナンバー消してないだろう?」
遠くにいる一人の纏う空気が急速に冷えた。達也は深雪に誤解されないように消したつもりであり、そんなはずは無いと端末を確認をすると、『さーや先輩(はーと)』というアドレスが出てきた。隣には氷の女王が光臨している。達也の日常はどっちだ。
以上で、入学編完です。
次回から九校戦です。ただ、ストックが切れてしまったので、まとめてからまたアップするようにします。