間が開いてしまって申し訳ありません。
これからもあるかもしれませんが、地道にがんばります。
ザンはスケボーに乗って、隣には同じようにスケボーに乗った五十嵐亜実がいた。バトル・ボードの仮想戦として、バイアスロン部部長と競争をすることになったザンはため息をついていた。いつの間にかギャラリーとして十文字やほのか、雫の姿も見える。バイアスロン部も興味津々だ。
「コースを三周し、先にゴールした方の勝ちだ。バトル・ボードを想定しているのだから、地面を蹴って進むようなことが無いように。また、直接、間接的な妨害も今回は無しだ。では、始め!」
摩利の号令に亜美はすばらしいスタートダッシュを見せた。見る見るうちに姿が小さくなっていく。片やザンは、今頃動き出していた。
「…あそこで左に曲がるから、あそこ辺りで減速して、曲がるのは体重移動で良いか。えっと…」
達也や深雪、クラスメイトはザンの魔法技術を知っているため暖かい目で応援していたが、これほど拙い技術と思っていなかったのだろう摩利たちは、半ば放心状態だ。スケボーから落ちるようなことは無いが、魔法制御の差が如実に現われている。亜美がゴールした時には、ザンは二週目前半といったところだった。
「…やはり、人には向き不向きがあるようだな。次に行こうか」
九校戦までの短期間に、ザンの魔法技術が劇的に進歩するとは考え辛い。バトル・ボードは諦めた方が良いだろう。
「モノリス・コードは、他が一科生だからね。身体能力は高いだろうけど、連携は難しいと思うの。それ以外となると…」
真由美も頭の切り替えるべきと判断したようだ。
「スピード・シューティングか、クラウド・ボールだろう。スピード・シューティングを真由美に見てもらえば、向いているか分かるだろう?」
ようやく帰って来たザンを連れて、演習場へと向かう。興味を失ったバイアスロン部を除くギャラリーもついて行くことになった。
「…まだやるの?」
ザンのつぶやきは、誰の耳にも届いていないようだった。
-○●○-
クラウド・ボールのコートに来たザン。去年の代表選手が相手をしてくれるということもあり、ギャラリーは更に増えていた。
「…なんで、去年の代表選手がいるんだよ。在校生ならまだしも、さ」
…大人の都合である。
スピード・シューティングの結果が散々であったザンのやさぐれる気持ちは皆分かっていた。魔法の銃弾を作成速度が追いつかず、狙いも正確とは言い切れないため、結果は百点満点のところを二十八点となっていた。氣弾の使用は達也に止められていたため、何も良いところが無かったのだ。
「いや、俺もクラウド・ボールをやらされると知っていたら来なかったよ。まったく、レポートの為に先生に会いに来ただけなのに」
十文字がその情報を得ていた為に、卒業生・
「相手への直接妨害は、当然無しだ。始めるぞ」
西氷は銃型CADを、ザンはラケット型CADを持ち構える。シューターからボールが射出され、ラケットを光らせたザンがボールを打ち返す。西氷はCADを操作し、対角線上へ向けてボールを跳ね返した。
「ダブル・バウンドか」
達也は関心したふうに魔法名を呟いていた。運動ベクトルの倍速反転、逆加速魔法『ダブル・バウンド』。ボールは低反発素材を使用しているため、壁や床で運動エネルギーが奪われる為相手コートに届かないことも考えられるが、球威は衰えないどころか増している。流石は去年代表と言う所か。
届かないと思われたボールに、ザンはバックハンドで叩き込む。ネットを越えるボールは西氷の魔法で更に対角へ返され、それに追いついたザンが弾き返す。
「すげえな。よく追いつくもんだ」
「でも、ボールが増えたら、益々不利になるんじゃない?」
レオは興奮していたが、エリカは冷静のようだ。しかし達也や深雪に至っては特に不安視していないようだ。
二個目のボールが射出されたとき、西氷は一個目とは反対側へボールを弾いた。これで一点は確実と思われた瞬間、西氷は目を疑った。
「はっ!」
確かに若干のタイムラグはあった。しかし
七十八対零という圧倒的差をもって、第一セット及び試合終了となった。元より乗り気ではなかったし、大差で気力を失ったのだろう。西氷が棄権を申しいれたのだ。
「おいおいおい、身体能力だけで勝っちゃったぜ、あいつ」
「身体能力だけじゃないわよ。加速術式とか使っていないようだけど、ずーっとあのラケットにサイオン使っていたのが見えたもの。あのスタミナはバケモノ級よ」
「クラスメイトに『バケモノ』呼ばわりされるのは、イヂメだと思う。イヂメカッコワルイ」
「ひゃあっ!」
いつの間にか後ろにいるザンに、エリカは驚きの声を上げていた。
「その驚異的な身体能力を、くだらないことに使わないでよ!」
「そんなことより呼んでるぜ、ザン」
レオの指す先には、イラついている摩利と真由美が居た。終了の挨拶もそこそこに居なくなったため怒っているのだろう。手を振って応える。
「はいは~い、今行きま~す」
頭を掻きながら摩利たちのもとに行くザンを、エリカは見つめていた。自分であればボールに接触する瞬間に流し込むだろうが、彼は常時それを行っているのだ。それに、彼のあの動き。自分は彼を捕らえることが出来るのだろうか。そもそも、彼は一体何者なのだろうか?武芸者として一流と見えるが、名を聞いたことが無い。エリカは答えが出ないまま、ザンを見送った。
-○●○-
昨日のクラウド・ボールの話は、学校中の話題となっていた。一年の二科生が去年の代表に勝ってしまったことと、そして圧勝であった事が話を大きくしてしまっている。一科生の一年は、ザンが代表入りすべきでは無いという意見が大半を占め、二科生は実力があるのだから代表入りすべきという意見が大勢だった。二年、三年は氷西の実力を知っているため、代表入りに比較的好意的だったが、生徒会の結論が待たれていた。
「どうしたものかしらね~」
机に突っ伏しながら真由美は悩んでいた。ザンの話題がこれほど大きくなると思っていなかったのだ。一科生の反発は予期していたので、機先を制する為に早めに公表するつもりであったが、それ以上に速く話題が広まっていた。
「噂が広がってしまったのは、最早仕方が無いだろう。元より実力があれば起用する予定だったのだから、良かったんじゃないか?」
「それはそうなんだけど。ザンくん、乗り気じゃないのよ~。『二科生の俺が代表になる事によって、他代表選手の九校戦に対して士気が下がってしまうことを恐れているんです。一競技だけ勝ってもしょうがないじゃないですか。皆の士気が上がるような理由があるとか、または俺が出る事が皆認めてくれるなら、喜んで受けましょう』だって。ホント、痛いところを突くことが好きな子よね」
摩利はザンを選出する気満々であるが、ザンを説得するネタを探しきれていない真由美には、頭が痛いことだった。
「ああ、そのことか。大丈夫、考えがある」
悪い笑みを浮かべる摩利に、怪訝そうに見る真由美。摩利が耳打ちすると、真由美は満面の笑みでサムズアップした。
後日、九校戦代表にザンの名前があった。それを見たザンは、天を仰いだ。
『クラウド・ボール 一年E組 桐生 斬 部活連会頭 推薦』
この発表を見た生徒達は、一様に驚いていた。代表入りを好意的にとらえていた二、三年生ですらざわついている。それもそのはず。これは『新人戦』の発表ではなく、『本戦』のものだったからだ。本戦に一年生が、それも二科生が出場するというのか。一科生の、特に一年生のプライドがズタズタだ。
しかし部活連会頭、十文字の推薦である。文句があるのなら、十文字に言えと暗示しているのだ。…あの、巌のような男に、誰が言い出せるのだろうか。また、十文字の人柄は皆が知っているところだ。贔屓や裏取引で二科生を代表にと薦める人物では無い。実力を認めているからこその事だ。この時点で辞退したら、かえって反感を助長するだろう。故に、ザンは引き返せないことを理解した。
-○●○-
レッグ・ボールコートではE組とF組に分かれて試合をしていた。正に水を得た魚のような活躍を見せるレオ。達也とのコンビネーションも決まり、最後に逆サイドに切り込んでいたクラスメイトに達也はパスを出す。出されたパスをダイレクトで合わせ、クラスメイトがゴールを決めた。ちなみにザンは、生きるしかばねの様にユラユラしていた。一度その存在が影となり相手シュートが見えず、キーパーの邪魔をしているシーンもあった。
八対一のE組圧勝で終わり、片付けをしているところで達也とレオは、ゴールを見事に決めたクラスメイトに声をかけた。
「ナイスプレイ」
「意外とやるじゃねーか、吉田」
『意外と』は褒め言葉では無いが、達也はあえてスルーした。吉田も苦笑いを浮かべる。
「…幹比古だ。苗字で呼ばれるのは、好きじゃない」
「じゃあ、オレのことはレオって呼んでくれ」
「俺も、達也でいい」
「オーケー。…あそこの彼は?」
幹比古が指差すのは、魂の抜けたザンだった。代表発表後、ずっとこの状態が続いている。達也はため息をついた。
「…ああ、アレはザンでいいよ。そっとしておいてやれば、勝手に復活するだろう」
「…それでいいんだ。実は、前から達也やレオ、ザンと話してみたかったんだ。何せ、あのエリカと張り合えたりできる珍しい人間だからね」
「それは釈然と…」
「ほほう!それはどういう意味かな?」
突然復活したザンが、レオが言い終わる前に突っ込みを入れた。
「僕はエリカのあの性格に勝てる同年代は居ないと思っていたんだ。張り合う人がいて、さらにやり込める人がいるなんて、興味が出て当然だろう!」
テンションが上がる幹比古に比べて、ザンは下降気味だ。
「なんだ、そんなことか。てっきり『エリカに近づくな!彼女は俺のだ!』とか言ってくれると思ったのに」
「いわゆる、幼馴染ってやつ?」
ザンは、後ろから声をかけてくる人物の顔を見ると、ご機嫌斜めなエリカが立っていた。隣には美月が不安そうに佇んでいた。
「九校戦本戦の代表者サマともなると、ずいぶんと余裕がおありですこと。まったく、何でも色恋沙汰にしたがるんだから!」
苦笑いを浮かべフォローを入れようとした幹比古は、エリカの姿を見て思わず叫んだ。
「エ、エリカ!何て格好をしているんだ!」
純情なのだろう、幹比古は顔を赤らめていた。エリカは何処吹く風だ。
「何って…、伝統的な体操服よ?」
スパッツより丈の短い、綺麗な足が露出している格好だ。ザンが、ポンと手を叩く。
「ああ、ブルマーか」
「そう。ザンくん、変なところで物知りね」
ブルマーと聞いて、レオが余計なことを思い出した。
「ブルマーって、あれか!昔のモラル崩壊時代に、女子中高生が小遣い稼ぎに中年親父に売ったっていうヤツ!」
「なっ!バカ!サイテー!」
真っ赤になったエリカは、レオの足を蹴り飛ばす。…エリカとレオの両方が大ダメージを受けているようだったが。
「エリカちゃん、やっぱり普通のスパッツに替えた方が良いよ」
「…そうね。ミキも変な目で見ていたし」
「ミキ?」
首を傾げる美月だったが、声を上げたのは幹比古だった。
「エリカ!そんな、女みたいな名前で呼ぶな!」
「だって、苗字で呼ばれるの嫌がっているじゃない」
肩を怒らせて立ち去る幹比古。エリカたちも仕方なく戻ることにした。幹比古は達也たちに気を使わせたことを詫び、気にする必要はないと達也たちも応えた。
「…あの事故さえ無ければ…」
誰にも聞かれない呟きを残し、幹比古は肩を落とした。
-○●○-
昼休み、生徒会女子メンバーと摩利、司波兄妹とザンは生徒会室にいた。昼食を取りながら真由美が愚痴りだした。
「…と言うわけだから、選手の方は十文字君が協力してくれて何とか決まったんだけれど…」
「やっぱり、貴女たちの差し金か」
ジト目で睨むザンをスルーして、真由美が続ける。
「でも、それ以上に問題なのがエンジニアなのよ」
「まだ揃わないのか?」
摩利の問いに、真由美が頷いた。
「ええ。二年生はあーちゃんをはじめ優秀な人材がいるんだけれど、三年の技術者不足は危機的な状況よ。せめて摩利が、自分でCADの調整ができれば…」
「そ、…それは深刻だな」
ギギィと音が聞こえる様な動きで首を背ける摩利だった。
「ねぇ、リンちゃん。やっぱり…」
「無理です。私の技術では、皆さんの足を引っ張ってしまいます」
キッパリと断られた真由美は、机に突っ伏してしまった。達也は何かを察したのか、部屋から出ようと立ち上がるそぶりを見せた。
「はぁ、本当はこの事態に巻き込んだ貴女に協力するつもりは無かったんですが、仕方ないですね」
ため息混じりに話し始めたザンの声に、真由美は顔を上げた。ザンは悪い笑みを浮かべながら隣の達也を指差した。
「エンジニア、達也がいいんじゃないですか?」
ザンを除く、生徒会室にいる全員の頭の上に『!』が浮かんだ。
「深雪のCADの調整は達也がやっているし、そこらへんの二流技師より腕は確かですよ」
「おい、ザン!」
睨む達也に、笑みを浮かべたままのザン。
「言ったよな?
「はい、もちろんです!さすが良いことを言ってくださいました!」
良い笑みを浮かべる深雪を見て、達也はため息をついた。
「…一年生のエンジニアが加わるのは、過去に例が無いのでは?」
「何でも最初は初めてよ」
「前例は覆されるためにあるんだ。それに、本戦に二科生の一年生が出るのも、前例は無いぞ」
「因果応報ってやつだな」
真由美、摩利、ザンに包囲されていく達也。そして止めを刺す言葉が隣から来る。
「私は、九校戦でもお兄様に調整していただきたいのですが…、ダメでしょうか?」
めでたく達也はエンジニアに推薦され、放課後の九校戦準備会議に達也も出席することになった。なお、放課後の会議においてあずさや十文字、そしてあの服部からエンジニアチーム入りが支持され、九校戦に参加することとなった。ちなみに、ザンの代表入りは異論がでなかったそうな。異論が出ることを期待していたザンは、止めを刺された。
-○●○-
「あ、御曹司!」
「お邪魔します。牛山主任はどちらに?」
その声に、人垣の後ろから声をかける男が一人。
「お呼びですかい?ミスター」
「お忙しいところ、すみません」
「あーダメダメ。ここに居るのは、アンタの手下だ。へりくだりすぎてはいけませんよ、ミスター・シルバー」
「名実共に、ここのトップは貴方でしょう?ミスター・トーラス」
お互いがお互いを尊重しあっている時、ザンは端末で誰かに電話しているようだ。あいにく留守電になっているようで、メッセージを残している。
「今日の用事は、コレです」
小さいCADを牛山に手渡すと、牛山の顔色が変わる。
「…これは、飛行デバイスですかい?テストは?」
「ええ。俺と深雪で行いました。ただ、俺たちは一般の魔法師とは言えないので、お願いしにきました」
その後の牛山の動きは早かった。T-七型の在庫確認、CADのコピー、テスター確保と指示を飛ばす。それもそうであろう。加重系魔法三大難問の一つ、常駐型重力制御魔法。現代魔法の歴史が、今変わろうとしているのだから。
テスターたちのテストは成功だった。ただ、テスター皆が空中で鬼ごっこを始めてしまい、全員ぐったりしてしまっている。
「CADのサイオン自動吸引スキームを、もっと効率化しないといけないですね」
「それは俺が考えますよ。タイムレコーダーも、専用回路にしましょう」
牛山に任せ、達也たちは帰ることとなった。部屋を出て廊下を進むと、前より二人が歩いてきた。FLT本部長の司波龍郎と執事の青木だ。疎遠となっている父親と会わないことを達也は期待していたが、残念ながら叶わなかった。青木が恭しく深雪に挨拶をする。
「ご無沙汰しております、深雪お嬢様」
「お久しぶりです、青木さん。挨拶は私だけですか?」
「…恐れながら、お嬢様は四葉家次期当主を、皆より望まれているお方。そこの護衛たちとは立場が違います」
カッとなる深雪を達也が制した時、ザンの端末が鳴る。
「もしもし?ああ、申し訳ありません。丁度良かった。真夜様は深雪を次期当主に指名なさったのですか?目の前の青木さんがそのように言われておりました。あと、私は良いのですが達也のことを『挨拶をする価値が無い』旨の発言をされていたんですよ。え?はい、分かりました。青木さん、お電話です。真夜様ですよ」
青くなった青木が震える手でザンから端末を受け取ると、何に対してか頭を繰り返し下げていた。残されたのは、碌に家にも帰らず愛人宅に寄生する父親のみだ。
「お母さんは、元気かい?」
龍郎の問いに答えたのはザンだった。
「それはご自分で会いに行き、確認することではないですか?やむをえない事情があるのかもしれません。ただ、療養をしている妻に会いに行きもしないのは、『人』としてどうなのですか。親として、そして人としても貴方は深夜様に勝る点は、私には見出せません」
「…達也は、お母さんを恨んでいないのか?」
「親父、それは違う。俺は母さんを恨んだりしていない。母さんが何故魔法手術を行ったかも。そのことで苦悩していたことも全部分かっている。それを知ろうとしなかったのは貴方だ、親父」
龍郎が何か言い返そうとしたときに、横の青木から端末を渡される。ザンの端末だ。
「はい、司波龍郎です」
「お久しぶりです、龍郎さん。あなた、
真夜は一方的に言い放ち、一方的に切ってしまった。FLT本部長職は真夜推薦の者が来ると聞いているが、誰かはようと知れない。龍郎と顔を合わせることなく引き継ごうというのだ。本来有り得ないが、真夜には逆らえない。端末をザンに渡すと、青木と共に去ってしまった。
深夜と龍郎は二年後に離婚することが決まっていた。今しないのは、ひとえに達也、深雪の為である。そのため、龍郎が本部長職である必要は無いということなのだ。
「行こうぜ。あの背中を睨んでも、何も良いことは無い」
「ああ、そうだな」
達也は深雪の手を取り、出口へと向かう。深雪も頬を染め付いて行った。
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