四葉の龍騎士   作:ヌルゲーマー

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第03話

講堂壇上には、達也やザンを含め一年生から三年生が壇上に立っていた。真由美による九校戦代表メンバーの紹介と、代表者への徽章授与を行っている。代表者一人一人の胸元に徽章を深雪が付けていた。深雪の美貌に、見とれた者や頬を染める者などまで出る始末だ。この徽章は競技エリアに入るためのIDチップが埋め込まれた、正真正銘の九校戦メンバーの証である。ザンのブレザーや達也の技術スタッフ用ジャケットの左胸には八枚花弁のエンブレムがある。達也の時もそうだったが、ザンがそのブレザーを着た際に深雪が思いのほか喜んでいたことに、内心ザンは驚いていた。

 

「クラウド・ボール 一年E組 桐生 斬」

 

「はい」

 

真由美に名を呼ばれ、一歩前にザンは出る。そうすると一年生の一部から歓声が上がった。エリカやレオたちだ。片手を振り歓声に応えていると、目の前の深雪がわざとらしく咳を一回つく。胸元に徽章を付けると、深雪は我が事の様に微笑んだ。

 

「ザンさん、良くお似合いですよ」

 

「あ、ああ。ありがとう」

 

普段と扱いとの違いに、戸惑いながらザンは応えた。顔の温度が上昇し、脈拍が速まっていることを自覚している。心を落ち着けながら、ザンは深雪を見送った。

次に技術スタッフの紹介となり、達也も呼ばれる。また、エリカたちが歓声を上げたが、流石に達也は手を振るようなことはしなかった。達也の胸元に徽章を付け、うっとりする深雪。若干進行が遅れたように見えるがご愛嬌というところだろう。

 

「以上、五十二名が代表となります。これをもちまして、九校戦チーム紹介、及び徽章授与式を終了いたします」

 

授与式も終わり、ずっと睨んでいる人物から逃げようとしたザンの背中に声をかける人物が居た。

 

「次は、負けないからね」

 

千代田花音だ。別に九校戦で戦うわけでもないので、次もへったくれもないようだが、本人はいたって真剣だ。ただ、いまいち真剣さが感じられないザンだった。一人の男子生徒の腕にしがみついて放った言葉だったからだ。

 

「…大変ですね、五十里先輩」

 

「そうなんだけれどもね。けど、原因の一端は君にもあるんだよ、桐生くん。花音にあれだけせがまれてしまっては、技術スタッフを受けるしかなくなったんだ」

 

「断ればいいじゃないですか」

 

「花音は許嫁だからね。できるだけ希望は叶えてあげたいんだ」

 

「ありがとう~、啓」

 

「…これは、宣戦布告を模したバカップルを見せ付けに来たってこと?」

 

あの時の花音の行き先は五十里先輩の所だったんだと納得したが、正直目の前の光景にうんざりするザンだった。この状態は、イジっても面白くはならないからだ。

その後、啓はあれがすごいだの花音はここが可愛いだの、口の中が甘ったるくなるザンだった。

 

 

-○●○-

 

 

「九校戦代表入り、おめでとうございます。ザンさん」

 

「ありがとうございます、穂波さん」

 

画面上では穂波が微笑んでいる。その奥に深夜も同じように微笑んでいた。

 

「あなたが代表になること聞いたときは、驚いたわよ。あの真夜が許すとも思っていなかったしね。達也や深雪の活躍も見たいことだし、今年は私たちも九校戦に観戦に行こうかしら」

 

「はい、お話したときは思いのほか好意的に喜んでいただきました。…()()?」

 

「あら、聞いていなかったの?真夜も観戦に行くのよ。かなり興奮した感じだったから、てっきりあなたに話していると思ってたわ」

 

「ええ!?仮にも『四葉家当主』ですよ!?何考えているんですか!?」

 

「『仮』じゃなくて、『正真正銘』四葉家当主なんだけれどもね。こちらとしては、予想通りよ。分かりきっていることじゃない」

 

ザンは四葉の秘密主義から、絶対九校戦のような場には出ないとふんでいた。しかし、深夜からするとそうでもないらしい。何か企んでいる顔をしていたことを思い出していた。

一通のメールがザンの端末に届く。ザンは内容を見るなり、ため息をついた。

 

『八月一日、迎えの車をよこすから、自宅待機しなさい。真夜』

 

「真夜からのメールが届いたようね。私にも来たわよ。一緒に九校戦に行きましょうって。行く道すがらに、ザンから近況を聞きましょうともあるわ」

 

ザンは、真由美たち生徒会に断りの連絡をしなくてはいけないことになった。本来バスでメンバー皆が移動するのだが、ザンにはこの事態を回避することはできそうに無かった。

 

 

-○●○-

 

 

「いつもの高級車はどうしたんです?それにしても、葉山さんまで同行しているとは思いませんでしたよ」

 

ワンボックスタイプのミニバンでザンたちは移動していた。運転手、葉山。助手席、ザン。後部座席に真夜、深夜、穂波。

 

「いつもの車を使うと、私が来ていることを宣伝しているようなものじゃない。一応お忍びなんですからね」

 

スパークリングワインを片手に、さも当然と言う真夜。深夜は車に酔ったのか、若干青い顔をしている。酔い止めをポーチから取り出し、穂波は深夜に水の入ったコップと共に手渡していた。

 

「乗り物に弱い人もいるんだから、お酒は自重してくださいよ、真夜さん。深夜さん、大丈夫ですか?」

 

「…だ、大丈夫よ。わ、私は達也や深雪の晴れ姿を、ミルンダカラ…」

 

「分かりましたから、コレを飲んでください、深夜様」

 

「アリガトウ…」

 

…ダメだこりゃ。深夜以外の心の内は図らずしも一致した。深夜のその姿を見た真夜が嘆息する。

 

「…これは、ノンアルコールよ。姉さんたら、だから昨日は早く寝るようにいったのに。本当に変わったわね。姉さんが、これほど子煩悩になるなんて」

 

「俺が知る限り、昔からですよ。不器用なだけで、達也や深雪を愛されていましたよ」

 

薬を飲み、酔いが治まるまで上向きに目を閉じている事を良いことに、深夜をいじる真夜とザンだった。

 

「あのバスは一高のものですな」

 

どうやらザンは一高のバスに追いついたようだ。真由美の遅刻により出発が遅れていたことを、当然ザンは知らない。バスから見つからないよう体勢を低くしようとした時に、事態は急変した。

対向車線を走る車が突然スピンし、中央分離帯を越えて一高バスの前まで飛んできたのだ。車は爆発音と共に炎上した。

 

「葉山さん、バスを追い越してください!俺はこれから別行動に移ります。皆さんをよろしくお願いします、穂波さん!」

 

窓を開け、器用に車の上に乗ると、そのままザンは飛んで炎上した車とバスの間に転げ落ちる。立ち上がるザンに、真夜からの指示が飛ぶ。

 

「学校の皆の前で、龍騎士の力を使うわけにもいかないでしょう?ザン、魔法の力で対処しなさい!」

 

「うへぇ」

 

「ちょっと真夜、いいの?いくら彼でも、無茶ではなくて?」

 

「大丈夫、私は信じているわ。彼は九校戦の代表選手。魔法を使ってこそ、よ」

 

魔法を使うとなると、まともに使えるのはアレしかない。同時に二つ展開できるのか。自分に問うザンだったが、事態は緊急を要する。もう車とバスは目の前だ。見ると車は魔法がいくつも掛けられて相克を起こしている。ザンは左手を車に、右手をバスに向け魔法展開した。

左側は車に向けて、右側は()()に向けて魔法の盾を展開すると同時に、両車が魔法の盾に激突する。

 

「グゥ…!」

 

右腕と肋骨が折れる音を、ザンは聞いたような気がした。バスの速度を含めた重量を抑えているようなものである、基礎防御力が高いとは言え、生身のままで受け止めるのは無謀と言えた。まして、バスに衝撃を与えないようにこちら向きにしている。しかし、この勝負はザンの勝ちだった。誰かが掛けた、バスへの減速魔法も功を奏したのだろう。両車とも停止したのだ。

 

「ザンさん!」

 

「あの車の炎を消せ、深雪!」

 

最初に顔を出した深雪に指示を飛ばすザン。しかし車はまだ魔法が相克をしている状態だ。だが、深雪は気にせず魔法展開に移る。魔法展開直前に、車を覆っていた魔法全てが吹き飛ばされた。その光景を見届け、深雪が車の炎を消した。

 

「ザン!」

 

「…やっぱり、達也か。アレ」

 

バスの後ろにいた作業車から走ってきた達也にザンは声をかける。

 

「ああ。…折れているな、これは。大丈夫か」

 

「ああ、『龍の氣』を纏っていれば、数時間で治るよ。アッチには見せられない光景だから、あの作業車に乗せてくれないか?」

 

「分かった。五十里先輩には俺から話しておこう」

 

達也に肩を貸してもらい、ザンは作業車に向かった。心配そうに見る深雪に、笑顔で手を振って安心するようジェスチャーを送る。

 

「まったく、無茶するものだ。…それにしても、ここまでどうやって来たんだ?」

 

「車で送ってもらっていたんだよ。当然あの方々と一緒だ」

 

達也は、一瞬全身の力が抜けかかった。めずらしく慌ててザンを支え直す。

 

「…達也でも慌てることはあるんだな」

 

「当たり前だ。俺を何だと思っているんだ」

 

憮然とした達也を面白そうに見るザンだった。因みにザンは、この後花音に感謝されることになる。五十里がザンの代わりにバスに乗ることになったからだ。もっとも、エイミィは不満たらたらだったが。

 

「エイミィ、向こうに行ったら会えるんだから、そんなに怒らないの」

 

「怒っていませーん!…バスは、まだ乗れるのに、何でよ」

 

「どうしたの?」

 

ご機嫌斜めなエイミィを見て、深雪はほのかに経緯を聞いた。

 

「ああ、さっきザンさんが来たじゃないですか。一緒のバスに乗れないからって、怒っちゃって」

 

「別に怒ってなんか…」

 

「ふぅん、何故エイミィが怒っているのかしら?」

 

「ヒィ!」

 

バス内の極一部で、一時期気温が下がったとか。

 

 

-○●○-

 

 

「やはり、あれは事故では無いか」

 

事故について、達也が分析した結果をザンや深雪が聞いたのは、目的地である富士演習場のホテルに着いたときである。

 

「ああ。挙動が不自然だったから調べてみたんだ。魔法の痕跡は三回あった。間違いなく一高を対象とした自爆攻撃だ」

 

「なんと卑劣な…!」

 

「落ち着けよ、深雪。まずは防いでみせたんだ。相手にとって出鼻をくじかれている」

 

肩に手をやるザンを、深雪は怒りのこもった目で見返す。

 

「しかし、その為にザンさんは…」

 

「それ以上は言うな。何も無かったと他の人に言ってあるんだ。怪我をしたと知れれば、出場を辞退しなくてはいけなくなるかもしれないんだ」

 

「…分かりました」

 

意気消沈する深雪に、どうしたものかとザンが悩んでいると、見慣れた少女を見つけた。

 

「あ」

 

「やっほ~。元気?」

 

「エリカ、何故ここに?開会式は明後日よ?」

 

「だって今日は懇親会でしょ?」

 

会話がかみ合っていないが、深雪の意識がそれた事に心の中で感謝するザンだった。

 

「機材があるから、先に行っているぞ。また後でな」

 

「はい、お兄様」

 

「え、もう?またね、達也くん」

 

機材の載った台車を押して、達也が奥に行ってしまった。入れ違いに美月がやってくる」

 

「エリカちゃん、お部屋のキー…、深雪さんとザンさん?」

 

「美月まで!」

 

肩を出し、美しい胸元が見える服装に、ザンは思わず顔を背けた。純情だからではない。深雪の周りの温度が急激に下がったからだ。

 

「なんだか、派手ね。…悪いことは言わないから、TPOをわきまえた方が良いわよ」

 

「やっぱり、そうですよね。エリカちゃんが薦めるからこの格好何ですが…。着替えてきます」

 

「え~、そうかな~?」

 

「そのほうが良いわ…。そのキー、ここに泊まるの?一般利用はできないホテルなんだけれども」

 

「私は関係者だし、そこは『千葉家』のコネってやつよ」

 

ドヤ顔でふんぞるエリカに、可笑しそうに微笑む深雪。

 

「『千葉家の娘』という色眼鏡で見られるのは嫌だけど、コネは使ってナンボよ」

 

「フフ、そうね。…私も行くわ」

 

「また、懇親会でね」

 

深雪はホテルの奥へ向かって行った。ザンが何故か残っている。

 

「…ザンくんは、行かなくて良いの?」

 

「ああ、その前にちょっと聞きたいことがあってな」

 

「おいエリカ!自分の荷物ぐらい持ちやがれ!」

 

「柴田さん、荷物持って来たよ」

 

「よう、レオ、幹比古」

 

「おう、ザン。どうしたんだ、こんなところで?」

 

「…それ、俺のセリフじゃね?」

 

開会式二日前にいる、一般客の言うセリフでは確かに無かった。ザンは力が抜けかかったが、気を取り直しエリカに振り返る。

 

「エリカ、さっき懇親会の話をしていただろう、それって…」

 

エリカの耳元にささやき、エリカは驚いた表情を見せた。納得し頷くザンの話の続きを聞くと、エリカは了承したようだ。

 

「じゃあな、エリカと美月、それにお供たち。また後で」

 

「俺はエリカのお供じゃねー!」

 

レオの叫びをスルーして、ザンも奥にいってしまった。レオや幹比古、美月がエリカを見ると、非常に悪い笑みを浮かべていた。

 

 

-○●○-

 

 

「ザンくんは、何処にいるの!」

 

懇親会が始まっても、ザンは姿を見せなかった。八枚花弁エンブレムの付いたブレザーを着ている達也の姿に見ほれている深雪だったが、真由美の声で我に返った。

 

「部屋には居ませんでしたので、既にこちらにと思ったのですが申し訳ありません。それに端末にコールしても電源を落としている様です」

 

怪我の治療をしているかもしれないが、そのことを真由美に告げるわけもいかず、深雪は目線で達也に救いを求めた。

 

「一回りしてきましょうか?俺なら見つけることができるかも…」

 

「それじゃあ、意味が無いでしょう?離席者が増えるだけじゃない。達也くんはザンくん担当なんだから、ちゃんとしてもらわないと!」

 

「いわれ無き大役なんですが」

 

「ザンくんがスピード・シューティングの模擬をした時に調子悪そうだから聞いたのよ。そうしたら『親友の頼みだから、奥の手は使わなかった』ですって。だから、達也くんはザンくんのコントロール大使に任ぜられたのよ」

 

「いつものごまかしでしょう?真に受けなくてもよいのではないですか?」

 

達也が首を振ってため息をついたが、真由美は真剣な顔をした。

 

「…彼は友誼に関して誤魔化したりしたことは、私の知る限り無いわ。そういったことには嘘がつけないのよ。…もうこの話はおしまい。ザンくんについては、もういいわ。…後でキッチリ問いただすんだから!」

 

「お嬢様、このような場では大輪の花の様な笑顔こそがお似合いですよ。気を落ち着けるためにも、冷たいお飲み物はいかがですか?」

 

「あ、ありがとうございま…す…」

 

固まる真由美の目線は目の前の男に注がれていた。ウェイター服を着たザンである。

 

「生徒会長の貴重なご尊顔を拝し、光悦の極み。なんちゃって」

 

「もう、何やっているのよ!」

 

「いやあ、ウェイターの姿だったら、他校の陣営探り放題かなって思ってさ。俺一人居なくても、大丈夫っしょ?」

 

しれっと、取ってつけた言い訳を添え、満面の笑みで応えるザンに、首を横に振り諦めた真由美だった。すっとザンの隣に立つ達也。

 

「…実際は、どうなんだ?」

 

「俺と一緒に開会式に出席すると真夜様が聞かなくてな。姿を隠すためにこの格好よ。…本当は厨房組のはずだったんだけどな」

 

「…まさか、母さんもか?」

 

「いや、車酔いの影響で、今は休んでいる。穂波さんが看病しているから、大丈夫だ」

 

二重の意味で安心した達也だった。ザンは手を振り、別れを告げる。

 

「すまないな、他のお客さんに飲み物を配らないと。サボっていると怒られちまう」

 

奥に飲み物を取りに帰る際に、横目でエリカが達也の元に向かうのが見えた。厨房で受け取りホールにザンが戻ると、いかにも高校生男子らしい会話が聞こえてきた。

 

「見ろよ、一条。あの子、超カワイクねぇ?」

 

「あんな美少女、お前じゃ相手してくれねぇよ」

 

「うるせえなぁ。俺がダメでも、一条ならいけるかもしれねーじゃねぇか。顔良し腕良し頭良し、三拍子そろった十師族の一条家跡取りの一条(いちじょう)将輝(まさき)ならな」

 

説明セリフのおかげで、三高の一条の顔を確認したザン。気配を消して一条の背後へとまわる。

 

「ジョージ、お前あの子の事、知っているか?」

 

「一高の一年生、司波深雪ですぜ、旦那。一年生のエースで、すごいらしいですよ」

 

「うわっ」

 

背後から突然声をかけられて、本気で驚く一条。自分がまったく気配を感じなかった相手が、ウェイターとは思ってもみなかった。

 

「失礼いたしました、冷たいお飲み物でもいかがですか?」

 

一言言ってやりたいが、大人気ないと考えたのか、憮然としてグラスを受け取る一条だった。

 

『これより、来賓あいさつにうつります』

 

来賓のあいさつが始まったとき、ザンはぎょっとした。来賓の一人として真夜がいる。お忍びと本人は言っていなかったか?疑問が尽きない中、真夜の名が呼ばれると会場がどよめいた。秘密主義の四葉当主がいるというのだ。

 

『みなさん、ごきげんよう。ご紹介に与りました、四葉真夜です。魔法とは、日々進化しています。しかし、その魔法を使うのは人です。魔法師が特別というわけではありません。魔法師を囲う世界こそが特殊なのです。魔法師も人であり、魔法を使えない人も、また人なのです。魔法とは何か、ご自分で答えを出し、魔法師とそうでない人たちの違いを想像してください。皆さんから偏見を持ち、友誼の道を断つようなことが無いよう心がけてください。最後になりますが、この場にあつまった皆と競い合い、魔法の新たな時代を見せてください。楽しみにしております』

 

最後に真夜に見つめられている事に気づき、思わず笑みを浮かべるザンだった。そして拍手を送ると、会場からも割れんばかりの拍手が送られた。四葉真夜を見たのは初めてだが、思いのほか良い人だと考えたものが多かった。

 

『続きまして、かつて世界最強と目され、二十年前に第一線を退かれた後も九校戦をご支援くださっていただいております、九島烈閣下よりお言葉を頂戴いたします』

 

壇上に立つは美女一人。会場が再びざわめき一条も訝るがザンは皆のざわめきの意味が分からない。元より幻術や精神支配には無縁故か。

 

「どうしたんだ?爺さんなら、女の人の後ろにいるじゃないか。あれが九島って人なんだろ?」

 

一条はザンに振り返り何かを言いかけたが、再び視線を壇上に送ると、九島烈が姿を現した。

 

『悪ふざけに付き合わせたことを謝罪する。今のは魔法というより手品の類だが、その手品のタネに気が付いたのは、見たところ五人とウェイター一人といったところか。つまり、私がテロリストであったら、私を阻むべく行動を起こせたのは、その六人ということになる』

 

一旦言葉を区切った九島が見つめる先にはザンがいた。ザンもニヤリを笑みを浮かべて応える。

 

『諸君、私が用いた魔法は低ランクだが、君たちは惑わされ私を認識する事ができなかった。九校戦は、正に魔法の使()()()を競う場なのだよ。諸君の()()を期待している』

 

現在の魔法師社会はランク至上主義。そのトップが『魔法は道具』と言い切ったのだ。真夜の挨拶といい、今年の九校戦代表者は良い影響を受けたようだった。

 

「君、名前を伺ってもいいかな」

 

一条の真剣な眼差しに、ザンは襟を正し応えた。

 

「桐生 斬だ。ザンでいい。一高の一年生だ。あ、今はバイトのウェイターだ」

 

ザンが右手を出し、一条が受け握手をした。一条は、この手は普通の高校生の手ではない事を理解した。タコが硬くなっている。

 

「じゃあな、お客様。良いお時間をお過ごしください~」

 

ザンを見送る一条だったが、隣にいた吉祥寺に言われるまで、自分がザンを睨んでいる事に気が付かなかった。この感覚が何を意味するのか。戦場を経験している一条でも答えは出なかった。

 

 

-○●○-

 

 

幹比古が達也の手助けもあったが、見事不審者を捕らえた夜、ザンはうんざりしていた。

 

「わたしぃ、けっこ~イイこといったわよね~」

 

ベロンベロンに酔っている真夜の前で、正座をしているザン。周りには六本のワインのボトルが転がっている。

 

「いってたわよね~」

 

「はい、すばらしいお言葉でした、真夜様」

 

かれこれ一時間以上、同じ話を聞き、同じ返事をしている。時は進むがそれ以外が停滞しているのだ。

 

「せぇっかくぅ、あなたのえすこ~とでぇ、すてぇ~じに」

 

「わかりましたから、謝りますから、もうこのくらいにしませんか?夜も更けてきましたし、お身体に障りますよ」

 

「だあって~、ざんがあ、にげるから~」

 

ザンは、いい加減泣きたくなってきた。ようやく車酔いから復活した深夜が助け舟を出す。

 

「いい加減になさいな、真夜。しつこい女は嫌われるわよ」

 

「でも~、ねぇさん~」

 

「あなた、そのままで良いの?本当に嫌われるわよ。ザンは貴女を心から心配しているんですからね」

 

「む~」

 

深夜の言葉が功を奏したのか、むくれているが機嫌は良くなったようだ。ザンを見ると、真夜は両手をザンに向けて広げた。

 

「だっこ」

 

「え?」

 

「だから、おひめさまだっこをして、べっどまでおくりなさいぃ!」

 

困惑して目線で深夜に助けを求めるが、深夜はため息を吐きながら首を横に振った。真夜が駄々をこねたらテコでも動かない事を、深夜は熟知していた。

 

「わ、分かりました。失礼します」

 

「ん!」

 

上機嫌の真夜を抱き、酒臭さを我慢しながら真夜をベッドまで送るザンを見て、ほっこりした気持ちになる深夜だった。




この終わり方って…
でも、次回から九校戦開幕できますね。

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