「雫、プログラム見せて」
「ん」
端末をほのかに見せ、周りのエリカたちも覗き込む。
「初日は本戦のスピード・シューティングとバトル・ボード、七草会長と渡辺委員長がそれぞれ出場かー。優勝候補よ!新人戦では私達たちもでるし」
「うん、見逃せない…!」
頷く雫の頬も赤みを増す。ほのかと雫は新人戦に向けて燃えているようだ。
スピード・シューティング競技場についた一行は、その場の熱気を洗礼を受けていた。
「凄い熱気!こっちまで熱くなる!」
「オマエは出場しないんだから、関係ないじゃないか」
「あんたもね!」
「…よくもまぁ、こんな所でもやりあえるものだ」
いつものエリカとレオのやり取りに、通常運転さに感嘆する達也だった。
「おーい、こっちこっち!早くこいよ~!」
席取りをしていたザンが達也たちに分かるよう手を振っている。
「ありがとう、ザンさん。…明日の準備は良いのですか?」
ほのかの指摘は正しい。明日はクラウド・ボールの本戦があるのだ。
「別に、へーきへーき。俺には調整が必要なCADは無いしな」
「憎らしいほど、余裕よね」
「酷いな、エリカ。別に俺は期待されていないし、桐原先輩もいるから、大丈夫だろう」
「お、初日から真打登場だぜ」
レオの声に皆が目を移すと、真由美がCAD携え立っていた。
『一高の七草真由美だ』『エルフィン・スナイパーだ』『素敵です~お姉さま~』『真・由・美ちゃ~ん』
多種多様な声援が送られる。同姓、異性問わず人気があるようだ。
競技が始まると、三十メートル先のクレーを的確に一個ずつ打ち抜いていく。遠距離魔法のスペシャリストといわれる所以である。見事パーフェクトを達成していた。遠隔視系『マルチ・スコープ』を併用しながらのプレイスタイルは情報処理能力の高さが伺えた。
次に一行が来たのは、バトル・ボード競技場。ほのかが凹み、皆が達也の弱点をいじる中、摩利の出番がきた。
『きゃあーー!先輩、カッコイイー!』『こっち向いて~』『摩利様~がんばって~』
こちらは黄色い声援一色だ。エリカも引いている。
競技が始まると他高選手が大波を作り出し、推進力と妨害の一挙両得に出たが、残念ながらその大波は自分のコントロール範囲外のようだった。摩利は軽くかわし、既に独走状態。
「硬化魔法と移動魔法のマルチキャストか…」
自分とボードの相対位置を固定し、一つとして移動をかけていると達也は解説した。また、加速魔法や振動魔法など、常に三から四つの魔法をマルチキャストしているという。真由美と摩利は高校生レベルを超えていると言えるだろう。
事実、魔弾の射手を使う真由美に敵う者は無く、真由美はスピード・シューティングで優勝した。
-○●○-
翌日のクラウド・ボールにおいても、真由美は圧倒的だった。一回戦、第一セットを八十五対零で終えたところで相手が棄権した。たった一つの魔法、『ダブル・バウンド』で押し切ってしまった形だ。達也たちは引き続き次の男子の試合を応援だ。
『第九高校三年、工藤 恭一さん』
観客席にさわやかな笑顔を振りまく工藤の相手は、一年生だった。
『第一高校一年、桐生 斬さん』
ざわつく会場、一高は三連覇を目指しており、本戦に一年生を出してくるのは異常である。つまり、この一年生は先輩たちを超える力を持っていることになる。
「まさか、あいつは本戦にでる者だったとはな」
忌々しげにザンを睨む一条。隣の吉祥寺は珍しいものを見た顔をしていた。
「そこまで毛嫌いするのは、めずらしいね将輝。三高には御影先輩がいるんだし、心配する事はないさ」
「ああ、そうかもしれないが、気になるんだ。俺にも何故かはわからん」
ザンと工藤、両人とも刻印型ラケットを持ち試合開始を待つ。同じスタイルのようだが試合はあっさりと決着がついた。八十二対零で第一セットが終わったところで、工藤が棄権を申し出たのだ。
「自己加速術式を使う人相手に、身体能力だけで勝っちゃうなんてねぇ…。でも、やはり御影先輩の相手にはならないよ」
「ああ、そうだな…。行こうか」
一条と吉祥寺が会場から出て行き、ザンも控え室に戻る時に、一つ気になったことがあった。
「『工藤』って、九島閣下と何か関係があるのかな?九高だし、語呂が良すぎる」
…それについて、語られる事は無かった。事実何も無いし。
-○●○-
二回戦の相手は、二高の仁村昌平。領域干渉魔法を得意とするタイプだ。試合が始まったばかりのときは領域にはまりボールを跳ね返されたが、領域規模が分かると相手ではなかった。領域を回避するボールを打ち返す事に専念するザンは、相手の意思を打ち砕いた。第二セットが終わった所で仁村は棄権した。
「七草会長に続いて、ザンまで無失点で二回戦突破か」
「一回戦見る限りでは、弱い人では無いようでしたけど」
「ああ、相手の干渉範囲が分かってから、容赦がなかったからな。ザンほどの身体能力が無いと、捕らえきれないだろう」
ザンは余裕に見えているが、ほぼ身体能力のみである。ロブショットのような相手の裏をかくボールまでも打ち込んでいた。
真由美は三回戦も無失点で勝ち上がっていた。しかし男子クラウド・ボールで一高生徒は声を失う。二回戦で一人姿を消し、三回戦で桐原が敗れたのだ。
「優勝を狙える、桐原先輩が敗れるとは」
「相手の人は、三高の
「そう、今年の優勝候補の筆頭だよ」
ほのかが相手のことを知っていたようだ。
「どんな人なん?」
興味を持ったザンがほのかたちに声をかける。
「知覚魔法で領域内全てを認識し、加速系魔法や移動系魔法でボールを操る領域干渉魔法のスペシャリストで、『領域管制』といわれている魔法を使うんです。領域はほぼ自コート全域といわれていて、多種多様な角度から
「うへぇ、聞かなきゃよかった。良くそれだけの事が出来るもんだ。処理能力の高さとサイオン量の多さが無きゃ出来ない芸当だな。気分が重くなるぜ」
相手は航空機の管制官のごとくボールをコントロールするという。まるでホーミング・ミサイルが、相手をかわし叩きつけられるようなものだ。身体能力一本で戦っているザンでは、流石に全ボール同時射出では対応しきれないだろう。
会場からどよめきがおこった。達也たちが周りを見渡すと、VIP席に九島烈と四葉真夜の姿が見えた。
「まだ三回戦途中なのに、老師やあの四葉までいるぜ。どうなっているんだ?」
これから三回戦に望むザンにとって、さらに気が重くなった。
「彼は順調に勝ちあがっているようだな」
「先生は、あの男子に興味があるんですか?」
九島の言葉に、真夜は危機感を覚えた。ザンは目立ちすぎたのかもしれない。
「まだ二試合しか見ていないが、懇親会の時のウェイターが出場していたからチェックしていたのだよ。彼は私のイタズラを看破していたようだからな」
ザンに幻惑や精神干渉といったものが通じない事を、九島は知らないのだ。真夜はどうごまかすか考えていたが、余計な事を話した方が、自分との関係性を認識されるかもしれない。真夜は消極的になるしかなかった。
ザンが三回戦に臨むと、二人は試合に興味を向けることになった。
「はあっ!」
第八高校二年の蜂須賀聡は、自己加速、移動、加速など、多種多様な魔法を使いザンを翻弄することを試みる。一度は右後方からライン上とクロスにダブル・バウンドを使用し打ち返し加速させた。ザンは相手が打ち返す寸前にネット際までダッシュし、まずライン上のボールをバックハンドで叩き落し、クロスへのボールは横っ飛びでラケットに当てる事に成功した。万事危ない場面が多かったが、結果無失点で勝ち上がった。
「すごいな。これほどの身体能力を持っているものを、私は見た事が無い」
「そうですわね。でも先生、あれは『魔法競技』なのでしょうか」
「うむ。ラケットに刻印されているようだし、良いだろう。しかし、このままでは真夜の言うとおり、魔法競技としては考え物になるかもしれんな」
-○●○-
真由美の快進撃は止まらず、準決勝もパーフェクト・ゲームだった。これは決勝もその光景が見られるかもしれない。会場の期待値はどんどん上がる。片や男子も優勝候補筆頭、三高校の御影が危なげなく無失点ゲームを披露した。
『第五高校三年 後藤修二さん』
パワープレイで勝ち上がってきた後藤と、無失点試合を継続するザンとの戦いとなった。
「あの、打ち返したボールに振動魔法を掛けて幻惑し、更に威力を上げていましたね」
「なんでも、昔のテニス漫画を読んで思いついた戦法らしいぜ」
「発想の転換が凄いと褒めれば良いのか、それとも単純と言えば良いのか、分からないわね」
外野は言いたい放題である。達也は軽くため息をつくと、相手選手をフォローする。
「実際ボールの威力があがり、相手に取り辛い状況を作り出しているんだ。着眼点は間違っていないだろう」
「ザンは大丈夫なのか?」
「
深雪の自信のある発言に、皆対戦相手に同情した。準決勝に勝ち上がった選手があの程度呼ばわりである。
「しかし、前の試合では相手のラケットを吹き飛ばす威力だったぜ?」
「身体能力のスペックが違うんだ。確かにあの威力は脅威だが、ザン相手となるとな」
達也までザンの勝利を疑っていないようだ。これは早々に決着がつくかもしれないと、エリカたちは考えていた。
試合が始まり、シューターから射出されたボールをザンは様子見程度に相手のコートラインギリギリに打ち込む。後藤は最初から全開だった。
「おらぁ!」
そのまま直線でラインギリギリに打ち返すと、ボールが微妙に揺れている。得意の振動球だ。ネット際で追いつくとフォアハンドで打ちに行く。片手で捕球すると速度と振動でボールがラケットを弾こうとするが、ザンは何事も無かったように対角線に打ち込んだ。
「なっ!」
必殺の球であったが、相手はあっさり打ち返してしまった。また、この球を打ち込んだ後に体勢を若干崩すため、返球への対応が遅れてしまう。後藤にとって、振動球は諸刃の剣なのだ。
結局、何度振動球を打ち込んでも意にも介さず打ち返すザンに対して、戦意喪失してしまった。第一セットで後藤は棄権してしまった。
「よっしゃあ!あとは決勝に勝つだけだな!」
「だが、相手はあの御影だ。身体能力だけで何とか成る相手ではない」
「ザンさんは、どうするのでしょう?お兄様?」
深雪の心配そうな顔を見て、ザンに一言いってやろうと心の中で決意する達也。それはさておき、深雪の頭を撫でる。
「正直、対応するのは難しいだろう。ただ、無策で相手に向かうザンではないはずだ。何かしらの突破口は検討をつけているはずだ」
自分ならどうするか考えるが、ザンと自分では身体能力、魔法、何から何まで異なる。無意味なシミュレーションだ。
「まずは、会長の決勝戦だ。そこに何かヒントがあるかもしれない」
自分で言っておきながら、難しいであることは達也自身理解していた。
VIP席の二人も男子決勝戦がどういった展開になるのか、気になっていた。
「女子は、まず一高の七草が順当に勝つだろう。分からないのは男子の方だ。順当なら三高の御影だが、一高の桐生に対抗する手段があるかがポイントとなりそうだな」
「ええ、一高の選手は身体能力はずば抜けていますが、魔法を見せていません。その事がどう影響するのか、楽しみですね」
九島の予想通り、決勝も無失点で勝ち、真由美は全試合パーフェクト・ゲームで勝利を飾った。
「流石、会長ですね」
「ああ、やはりレベルが違うな。高校生レベルでは会長には誰も敵わないだろう」
スピード・シューティングとこのクラウド・ボール、十師族の力を存分に見せつけた形だ。真由美は笑顔で観客席からの賞賛を受けていた。
-○●○-
男子クラウド・ボール決勝。御影はいつもどおりブレスレッド型CADを装備しコートに登場した。片やザンが登場した際に、会場が小さくどよめいた。ザンは刻印型ラケットを持っておらず、ペンダントをしているのみである。
「どういうことだよ。まさか、既に諦めているわけじゃないだろうな?」
「ザンくんが、そんな可愛げのある性格なものですか。何か策があるんでしょ」
レオの尤もな疑問に、エリカが応える。ただし答えは持ち合わせていないので、解説担当の達也を振り返る。
「いや、俺はザンに会えていないんだ、何も聞いていないぞ。まさか、アレで戦うわけにもいかんし…」
ザンはコートに立つと、桐原の言葉を思い出していた。
「…すまんな。一年生のお前にプレッシャーばかり残してしまって。できれば敵を取って欲しいところだが贅沢は言わん。お前のベストを尽くせ」
いかにも体育会系な激励をもらい、心を落ち着けていた。桐原先輩の気持ちも分かる。相手はクラウド・ボールではうってつけの魔法の使い手だ。こちらもベストを尽くそう。こちらに向かう時の事故からも、自分は成長しているはずだ。
御影とザンがコートに立つ。
―降参か、それとも奇をてらった策かと思ったが、どうやら必勝の策があるらしい。気が抜けないな―
『決勝戦、開始』
シューターから射出されたボールは、『領域管制』により御影の斜め右後ろにピタリと止まる。当初、様子見でボールが一つでも打ち込む事を考えていた御影であったが、コートに立ったときのザンの目を見て考えを改めていた。
止めているボールが四つとなったところで、上下左右に同時射出する。誰の目にも点数が入る事は規定の路線だった。しかし、それは覆される。十センチほどの小さい盾が四枚現われ、ボールを相手コートに弾き返したのである。
ボールは再び『領域管制』の支配下に入るが、御影は残りのボールが射出される事を待つ事にした。この盾はどれほど出てくるのか、想像がつかない。合計九つとなったとき、再度同時射出する御影。九つの軌道は新たに生じる盾に全て弾き返された。
ザンは誇りを持って魔法名を口にした。
「
その後の展開は変わらない。御影が同時射出をし、その度に小さな盾が生まれ弾く。会場からもどよめきが生まれていた。
「あれ、まるで鱗みたい」
「そうだな。小さい盾が無数に発生し、鱗状になっている。正にドラゴン・スケイルか」
結局、御影は突破する事が出来ず、零対零で第一セットが終了した。第二セット以降、御影はボールに螺旋回転を与えたり、またはドライアイスでボールをコーティングしたり、他には振動を与えたりなど、あの手この手で小さな盾の突破を試みるがことごとく弾かれる。最終セットが始まる頃には、目の前が鱗で覆われているようになっていた。
最終セットが始まる前にザンが『無限の小盾』を解除した事から、御影はザンは限界が近いと考えていた。試合が始まると、御影は休む暇を与えず攻撃に転じた。ザンの方は、小盾が出たり消えたりしている。観客席も限界が近いであろう事を意識していた。
「やべぇやべぇぞ。もうギリギリなんじゃないか?」
「レオも四月からザンにかかわっているのに、まだ理解していないようだな」
「何をだ?」
「…ザンに常識は通用しない、ということさ」
その言葉に深雪は微笑み、エリカは思わず頷いていた。
御影が全ボールを掌握し、いざ射出しようとしたその瞬間、ザンは両手を広げた。それと同時に『無限の小盾』を一気に展開し、あたかも龍の鱗がコートを分断している形となる。反射的にに御影はボールを射出していた。その際、一つのボールが管制下から離れてしまった。小盾に弾かれ自陣に落ちるボールをみている御影は、何か信じられないものを見ている目をしていた。相手の異質な魔法と攻略を考える緊張から思考の隙間が生まれた事を、御影自身が信じられなかったのだ。
『試合終了。一対零、勝者、第一高校 桐生 斬!』
その瞬間、一年生が最少得点での決勝戦勝利と、全試合無失点での優勝を果たした。優勝した少年は、笑顔で会場に向けて手を振っていた。その視線の先には達也に抱きつき喜ぶ深雪と、VIP席で呆然と立ち尽くす九島の隣でいつも通りの妖艶な笑みを浮かべる真夜の姿があった。
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