「クラウド・ボール、優勝おめでとう~!」
エリカの音頭で皆がグラスを持ち上げる。ホテル併設のレストランの個室でいつもの一年生メンバーがザンを祝っていた。レストランの個室を借り切ったのは、もちろんコネを使ったエリカだ。
「それにしても、良くあの御影に勝つことが出来たな」
レオが感心した言葉を口にし、幹比古も頷く。
「それは、相手が順調に勝ち進んできたプレイスタイルによるかな」
「どういうこと?」
ザンの感想に、皆が疑問を抱いた。観客席から見ても、特に御影は油断しているようには見受けられなかった。
「彼の敗因は、あの魔法を『破ろう』としたことだ。クラウド・ボールは競技だから、必ずしも相手の魔法を打ち破る必要は無い。そうだな、例えば『無限の小盾』を展開させているとはいえ魔法展開を空いてコート上にするわけにもいかないから、魔法とネットの間に少しながらの隙間が出来る。それならば、その隙間に打ち込むようにすれば、俺は防げなかったんじゃないかな?」
「おお、なるほど。俺がお前とやるときは、そうしようかな」
「その時は小盾を斜めにして相手コートに転がすかな。まぁ何にしても、物事に完璧は無いからな。発想の転換されれば俺は対処できず手も足も出なかったかもしれない。九島閣下も言っていただろう?工夫が必要だってね。彼がプレイスタイルにこだわった事が敗因の一つだ。個人的には好意的だがね」
「ふぅ~ん。何も考えていないようで、やっぱりあんな所でも色々考えているんだね」
「何もっていうのはひどいなぁ、エリカ。俺が優勝を決めたときは、あんなに涙を流して喜んでくれたのに」
「泣いてなんかいないわよ!深雪も周りを凍らせない!」
エリカは赤くなって否定し、そして斜め前にいる深雪にもツッコミをいれていた。しかし、深雪はエリカの言葉が信じられないようだ。
「本当に?エリカ?」
「本当よ!大体なんで隣にいたあなたが分からないのよ!…ああ、あの時は達也くんに抱きついていたから気が付かなかったのね、このブラコン娘!」
顔を真っ赤にしたエリカと深雪の言い争いが始まってしまった。乾杯の音頭以降言葉を発していない達也や美月、ほのかに雫はモブキャラの如くこの言い争いに参加しようとはしなかった。しかし、エスカレートしそうになったため、達也は深雪を宥めに動かざるをえなくなってしまった。ザンは話をそらす為に、ほのかたちに向き直った。
「そういえば、アイス・ピラーズ・ブレイクの方はどうだったんだ?」
「アイス・ピラーズ・ブレイクは、十文字先輩と千代田先輩が順調に勝ち進んでいましたよ」
「流石だな。千代田先輩も持ち直したか」
「はい。絶好調という感じでした」
ほのかの言が正しければ、ザンの心配は杞憂だった。五十里先輩の効果が絶大だったという事なのだろう。後は足をすくわれなければ良いが。
「ザン、後で時間をもらえないか?ちょっと試作機のテストに付き合ってもらいたいんだ。」
「いいぜ、達也。夕食の時に人と合う約束をしているから、その後で良いか?」
「ああ、助かる」
「ザンくん、それってデート?」
エリカが面白そうに達也の後ろから声をかけて来た。
「…女性と会うのは事実だよ。とは言っても、会うのは一人では無いがね。それ以上は、言えないかな」
その言葉を聞き、皆が深雪に振り返るが、注目を浴びた深雪が不思議そうに首を傾げていた。深雪はザンが誰と会うのか、話の流れから分かっているのだ。
-○●○-
「クラウド・ボール、優勝おめでとうございます!」
ザンはホテルの廊下を歩いているときに、廊下が交差している所で声をかけられた。
「ありがとう。君は、確か明智さんだったね?」
「はい、覚えていてくれたんですね!」
うれしそうな微笑を浮かべながら真っ赤になっているエイミィ。以前いざこざに巻き込まれた(突っ込んだとも言う)エイミィたちをザンが救った事があったのだ。
「明智さんも、新人戦がんばってね」
「エイミィって呼んで下さい、ザンさん」
エイミィの指摘に頭をかくザン。呼び方について、前にも言われていたような気がしていた。
「ああ、すまなかった。以前もそう言っていたね。ごめんごめん。エイミィは何に出るんだっけ?」
「スピード・シューティングとアイス・ピラーズ・ブレイクです。…応援に来てもらえますか?」
「ああ、もちろんさ。がんばってね」
そう言って差し出す右手を、両手で掴むエイミィはブンブンと振り、礼を言って笑顔で去っていった。
「ほほう。すみに置けませんな、旦那」
「一体何のキャラだよ、エリカ」
いつ現われたのか、ニヤニヤいやらしい笑みを浮かべるエリカに、うんざりとしたため息を吐くザンだった。
「どうせなら、『ボクの為に勝ってくれないか、エイミィ!』とか言っちゃえばいいのに」
「あのなぁ、そんなプレッシャー掛けて良いことなんか一つもないだろう。彼女は自分の為に、努力の結果を示せばいいんだよ。それに、彼女ならどちらにしてもベスト四に残ると思うぜ」
「ふーん…。ザンくんは、あのようなタイプが好みなの?」
ザンからは、エリカはつまらなそうに見えた。
「さあな、人それぞれ良い所があるからな。それに、俺には人を好きになる資格なんて無いんだよ」
「そ、それってどういうこと?」
エリカが戸惑いながら聞いてくるのを見て、ザンは頭を掻いた。
「すまん、忘れてくれ。俺は行くところがあるから、ここでお別れだ。じゃあな」
「あ、ザンくん!」
ザンはエリカの言葉を聞かなかったかのように足早に去っていってしまった。エリカは、ザンの寂しそうに見えるその後姿を、すぐには忘れる事は出来そうになかった。
-○●○-
「優勝おめでとうございます、ザンさん」
「ありがとうございます。穂波さん」
ホテルを出て街近くにある四葉家貸切レストランで、ザンは真夜に深夜、穂波と葉山から祝いの言葉をいただいていた。
「よく思いついたわね、あんな魔法の使い方」
機嫌が良い真夜は、スパークリングワインが入ったグラスを揺らしていた。
「バス事故のときですよ。あの時はとっさに二つ展開する事ができたんです。それならば、複数個同時展開もできると思いましてね。徹夜で特訓した甲斐がありましたよ。盾の強度と影響範囲落としていますが、その代わりに展開数を上げられたんです」
「そう。どのくらい耐えられるのかしら?」
「さぁ、どうでしょう。マテリアル・バーストなら防ぎきるぐらいはできると思いますよ。尤も、盾と盾の隙間から影響を受けると思いますけれど」
真夜や深夜は顔を見合わせ、首を振って嘆息した。相変わらずの非常識ぶりである。
「深雪の出番は、まだかしら?」
「奥様、新人戦のアイス・ピラーズ・ブレイクは、三日後です」
「それは知っているわよ。…ザンさん、深雪なら本戦でも優勝できるのではなくて?」
つまらなそうにスパークリングワインをあおる深夜に、ザンも同意した。
「そうですね、深雪なら優勝する力はあると思いますよ。しかし、あまり目立ってしまっても困りますから、まずは新人戦で『アイス・ピラーズ・ブレイク』と『ミラージ・バット』のダブル優勝で良しとしましょうよ」
「ふぅん、あなたはちゃっかり本戦に出ているくせに、ウチの深雪は新人戦で大人しくしていろってことね」
ジト目で言う深夜。既に酔いが回っている様である。これは何とかフォローしないとと考えているザンの頭を超えて、真夜が勝ち誇った笑みを浮かべる。
「そうよ。ザンは『本戦』、深雪さんは『新人戦』。そういうことなのよ」
深夜だけではなく、真夜もすでに酔いが回っていた。
「達也はエンジニアとして貢献していますからね!ウチは二人が活躍するんです!」
「達也さんの仕事は素晴らしいけど、裏方じゃない。表舞台に出て評価されてこそ、よ」
―秘密主義の四葉のセリフか?―
葉山と穂波のフォローが効果を見せるまで、二十分を要した。
-○●○-
「よう、遅くなった。悪いな」
「いや、こっちがお願いしたんだ。大丈夫か?」
「…ああ、大丈夫だ。深夜様が、深雪の出番が遅いだの、お前を表舞台に出すんだだの大変だったがな」
「…すまなかった」
屋外戦闘用訓練場に達也たちはいた。頭を下げる達也に慌てるザン。
「いいって、気にするな。いつもの事だよ」
「…いつもなのか」
「そんなことより、それか?試したいCADって」
達也の持つCADは、ナックルガード付きの刀のような形状をしている。刃渡りは五十センチメートルほどで、刀身が分離する形の武装一体型だ。
「使い方は理解したか?」
「ああ、こっちに戻る途中でマニュアルに目を通したよ。…硬化魔法なら、レオの方が適任じゃないか?」
「まあそうなんだが、白兵戦用でもあるしお前向きだと思う」
なお、レオはバイトシフトの関係上抜け出せなかった。そのことを後悔したとかしないとか。
「じゃあ、スイッチを入れてサイオンを流し込むと…」
刀身の上部が離れ空中に浮く。
「へぇ。ちゃんと浮いてら」
「三、二、一、零」
刀身が降りてきて、カチンと音が鳴り元の形状に戻った。
「大成功だな、達也」
「ああ。次はダミーを叩いてくれ」
そう言うと演習場の床が円形に開き、下から藁人形がせり出てきた。
「古!誰のセンスだよ、これ。まあいいか。いくぜ!」
伸ばした刀身を一定位置に固定し、伸ばした剣先をイメージしてザンはCADを振るう。最後の三連撃も刀身がついてきている。
「ほう、コレについてこれるなら使い勝手があるな」
「無茶をしないでくれ。そこまでの速度に耐えられるか自信は無いぞ」
「競技に使う分にはいいんじゃないか?実戦に使うなら、あの三倍速について来てくれないと、俺には使えない物になるな」
達也はザンの意見は尤もと考えていたが、それを実現できる人間がどれほどいるか考えると、二種類作成したほうが良いと思われた。
-○●○-
九校戦三日目。達也たちは準決勝に進出した摩利の応援の為、バトル・ボード会場に来ていた。相手は三高と七高。特に七高は『海の七高』と呼ばれるほどこの競技を得意としていた。
開始早々摩利が絶妙なスタートダッシュを決め、追いすがる七高の形となる。鋭角なカーブに差し掛かる手前で七高の選手の動きがおかしい。カーブ手前なのに、減速せずにむしろ速度を上げているのだ。本人も減速できず慌てているようだ。
摩利は異変に気づき、ボードを反転すると自分には慣性中和魔法を、七高選手のボードには移動魔法を掛け衝撃を中和を図った。摩利が受け止める態勢を整えたところに水面が不自然に沈み込む。七高選手も加速し摩利に激突する。二人はコースの壁を突き破り、外壁に激突すると思われた瞬間に巨大な盾に防がれていた。
「達也、行くぞ!」
「お兄様!」
「行ってくる。お前たちは待て」
深雪を宥めた達也とザンは摩利の元に急行した。摩利を見た達也は骨折していることに気づき、駆けつけた係員に状況を説明した。
-○●○-
「…天井?」
「摩利!」
声を頼りに振り返ると、心配そうな真由美の顔があった。
「真由美?…ここは、何処だ?…っ!レースは!?七高と衝突して私は…!」
「落ち着いて。まだ起きちゃ駄目。ここは裾野基地の病院よ。肋骨が折れているのよ。今は魔法で繋いでいるけれど、まだ定着はしていないわ。全治一週間よ。激しい運動は十日間はしてはいけないわ」
「おい!それじゃあ!」
「ミラージ・バットは棄権ね。しょうがないわ」
悔しそうに顔を背ける摩利に、真由美は嘆息した。
「ザンくんと達也くんに、後でお礼をいっておきなさい。二人のおかげで助かったんだから」
「どういうことだ?」
「あの時、コースの壁を突き抜けて外壁まで達しようとしていたあなたたちを助けたのは、ザンくんの魔法だったの。直撃していれば二人とも命は無かったかもと言われたわ。駆けつけた達也くんが適切な処置をの指示をだしてくれたから対応が早かったそうなの。二人には頭が上がらないわね、摩利?」
「うっ…」
コースの壁はトラブルが発生した際の選手の保護も兼ねていた為若干の衝撃吸収をしていたが、吸収しきれず摩利たちは突き抜けていたのだ。外壁は通常設計のため、激突していればその可能性も出てくる。
「…摩利、あの時第三者による魔法の妨害を受けなかった?貴女の足元には魔法特有の不連続性があった。だけれど、貴女も七高の選手もそんな魔法は使ってはいなかった。考えられる可能性は、第三者による魔法。達也くんと五十里くんが水面の解析をしてみるそうよ」
達也と五十里、それに幹比古や美月が加わり仮説を立てた。精霊魔法による水面の陥没と、大会委員によるCADの細工。七高の自選手への裏切りは意味が無く考えづらい。大会委員に検査の為にCADを引き渡す事から、そのタイミングにて何らかの細工がされているのではと考えられた。
その晩、達也と深雪は一高ミーティングルームに呼び出されていた。三高が予想以上にポイントを伸ばし、一高との差が予想より詰まっているとのこと。そこで、新人戦をある程度犠牲にしても本戦に注力すべく、深雪に対してミラージ・バット本戦出場の打診があった。深雪は承諾し、本戦出場する事が決まった。もちろん、達也はエンジニアとして本戦に会場入りする。
なお、その日の夜に深夜が「深雪は『本戦』と『新人戦』の両方に出場する事」を自慢した為、真夜が一高に圧力を掛けてザンを新人戦に出場させようとしたが、葉山や穂波、それに深夜が宥めて事なきを得た事はまた別のお話。