四葉の龍騎士   作:ヌルゲーマー

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第08話

「お断りします!次兄上は、この女と付き合い始めてから堕落しました!」

 

ホテルロビーを肩を怒らせ早足で去るエリカ。ザンは声をかけようとしたが、エリカの行き先に達也と深雪がいた為、二人に任せる事にした。代わりに残された人たちに声をかける。

 

「一体何があったんです?渡辺委員長、『幻影刀(イリュージョン・ブレード)』?」

 

「やあ、久しぶりだね。『龍の刀(オーラ・ブレード)

 

「お久しぶりです。二年ぶりですかね、修次さん」

 

ザンと握手する修次の傍らで、摩利は固まっていた。ザンは気にはなったが置いておくことにした。

 

「いや、エリカが摩利に失礼な事を言ったので訂正させようとしたんだけれどもね。どうもそれが気に入らないようなんだ。前はもっと素直だったんだがなぁ」

 

「ああ、それは…」

 

「君が、あの、『龍の刀』なのか!?」

 

「あうあうあう…」

 

復帰した摩利は、ザンの胸倉を掴むとガクガクと揺らしながら詰め寄った。修次は摩利の腕を掴むと静止させる。

 

「止めるんだ、摩利。彼の顔色が酷いことになっている」

 

「あ!」

 

咳き込んだザンが深呼吸して復帰するのを待って、摩利が再度詰め寄る。

 

「君が、あの『龍の刀』なのか!?」

 

「いきなりなんですか。学校に風紀委員内部でイヂメがあったって報告しますよ」

 

「そんなことは、どうでもいい!どうなんだ!」

 

とぼけてかわそうとしたザンだったが、摩利の表情が真剣そのものであったため、ため息をついた。

 

「…どうでもいいって。はあ、私が名乗った通り名であるわけではありませんからね。勝手な言われ方をしてもね」

 

「『龍の刀』といえば、あの千葉道場の猛者たちと剣を交え、一太刀も浴びることなく完勝したというではないか。シュウの剣も断ち切られたと聞いているぞ」

 

「勝敗は当事者が決める事ですからね、風聞なんか知りませんよ。私は道場の方々と手合わせをさせて頂いただけで、ましてやお互い全力をだしている訳ではありませんからね」

 

肩をすくめてザンがため息を吐いた。修次は横に首を振る。

 

「千葉道場は敗北を認めているよ。当時中学二年生に手も足も出なかったのは事実さ。…あの絶技を破る事は出来ないだろう」

 

「これのことですか?」

 

ザンの周りに金の湯気のようなものが纏わりつく。バターナイフを握ると、一メートルほどの金色の刀身が生まれた。

 

「そう、それだ。どうすれば、それを身につけることが出来るんだ。僕では実現できそうも無い」

 

「本来、『氣』というものは誰にもあるものです。違いは認識しているか否か。通常、生命の危機でも起きない限り認識する事は無いでしょう。『氣』を認識できてスタート地点。それからコントロールする術を学べば到達できるでしょう。私の場合は四年間。昼も夜も無く常に生命の危機に襲われ、全力を絞りつくして勝つ確率が一パーセント未満の状態で生き残りましたよ」

 

以前、エリカが道場の指導について語った事があったが、その時にもザンは同様のことを話している。

 

「それであれば、僕は身に着けることができるのかい?」

 

「…恐らく、不可能でしょうね。あなたは魔法師だ。この力は『力が無い者』が認識する可能性があるものです。聞いて出来るものではありません。認識しても、それを伸ばせるかはその人次第。こんなものに頼る必要はありませんよ。あなたは、あなたの持つ力で可愛らしい彼女を助ければ良いんですよ。それとも、何かしらの危機が迫ったときに、この力が無ければ渡辺委員長は見捨てるというのですか?」

 

「そんな事は無い!摩利は僕が守ってみせる!」

 

修次の断言に摩利が顔を真っ赤にする。珍しい光景をザンは端末のカメラで取った後、手を振りながらその場を去る。

 

「それでいいんですよ」

 

その後二人の間には甘い空間が広がったようだが、プライバシーの保護により割愛する。

 

 

-○●○-

 

 

新人戦モノリス・コード、準決勝。三高対八高、岩場ステージ。

 

「一条選手が単独でオフェンスか」

 

達也たちは準決勝を当然観戦していた。決勝に行けば、まず高い確率で三高が出てくるからだ。『プリンス』と『カーディナル・ジョージ』を見ないわけには行かない。

一条は開始後悠然と敵陣へ歩いていく。その光景に自分たちが軽視されていることに当然八高選手も思い当たる。

 

「正面突破だと!?なめやがって!」

 

八高選手は、魔法で岩を持ち上げ一条目掛け打ち込む。一条は顔色を変えずその岩を重力で下に落とした。ならばと直接魔法攻撃を試みたが、魔法障壁に阻まれる。達也得意の解説をどうぞ。

 

「あれは、一メートル範囲の移動型領域干渉魔法、『干渉装甲』」

 

一条は倒せないと判断したのか、今度はモノリスへ向かおうとする。しかし試合とはいえ戦場である。相手に背中を向けるのはいただけない。魔法を持って一条が相手選手を吹き飛ばす。

 

「今度は『偏倚開放』か」

 

圧縮した空気を砲弾として放つ魔法である。結局八高選手は一条を止めることが出来ず、全員が戦闘不能となった。ザンはこの戦闘行動を見て笑みを浮かべており、達也はため息を吐いていた。

 

「…これは俺への挑戦状だな。正面から打ち合えと言うな」

 

「ああ、非常に助かるね」

 

「どういうことだい?」

 

幹比古は、何故助かるのか分からなかった。

 

「初戦、俺が攻撃を買って出ただろ?そして、あの行動をとった。次に達也が攻撃の役割だった。奴らは、二つの選択肢を選ばざるを得なくなる。『俺』か『達也』か、だ。奴らは、俺が攻撃ではなく守備のほうが攻略が容易と判断したんだろうな」

 

「それの何処が良いのさ?」

 

「一条選手は、俺が知る限りでは中長距離からの飽和攻撃が主なはずなんだ。そうしたら俺たちは手も足も出なかったかもしれない。しかし、相手は各個撃破を選択したんだ。相手の行動が読めるというのは、戦場では貴重な事なんだ」

 

幹比古がうなり始めてしまった。ザンはため息をつく。

 

「達也が最初に俺の役割を言ったが、なんと言った?」

 

「それは、『守備(ディフェンス)』だよ」

 

「そう。それは、『このチームにおいて、俺の役割として最も適している』と達也が判断したんだ。モノリス・コードとして俺の役割は『守備(ガーディアン)』ってことさ。戦術上の自由度が高い三高が、わざわざ行動を狭めて俺の適正に合わせてくれたんだよ。後は達也が一条を何とかするさ」

 

「簡単に言うな」

 

「なに、俺たちはチームだぜ。幹比古と俺がフォローするさ。な、幹比古」

 

「うん、そうだね。何処までできるかわからないけど、全力でやるよ」

 

「よし、行くか!」

 

三人は立ち上がり、次の戦場へと向かった。

 

 

-○●○-

 

 

新人戦モノリス・コード、準決勝。一高対九高、渓谷ステージ。ステージ上は深い霧で覆われていた。

 

「エリカちゃん、あれ見て」

 

いくら魔法で霧を吹き飛ばしても変化が見られない九高側と異なり、一高側は霧が晴れてきたのだ。

 

「やるじゃない」

 

古式魔法『桐壺』を使い、幹比古が霧をコントロールしていたのだ。達也が霧に紛れてモノリスに近づき魔法を打ち込む。モノリスが割れると霧の中に達也は消えた。

 

「くそっ。何処から来たんだ?それにしても、この霧では相手も見えないだろうに」

 

しかし、幹比古は精霊の目を通しコードを打ち込む。一高の完勝だった。

 

「らくちん」

 

ザンは試合開始から一歩も動かず。幹比古の独り舞台で準決勝は幕を閉じた。

 

―幹比古くん、あなたは気付いている?『吉田家の神童』と呼ばれていたように、いえそれ以上に魔法が使えているよ。あなたはあの事故から立ち直っているのよ―

 

幹比古を見るエリカの目は慈愛に満ちていた。

 

 

-○●○-

 

 

「なんだい、これ?」

 

「マントとローブだ」

 

一高テント内。幹比古の質問に、見たままを返す達也。ザンは思わず手の甲で突っ込みを入れていた。

 

「決勝で使うんだよ。これらには着用した者の魔法をかかりやすくする魔方陣が織り込まれているんだ」

 

「ま、軍師様の奥の手ってヤツだな。…ちょっとウォーミングアップがてら走ってくる」

 

ザンはそう言って外に出て行ってしまった。幹比古も仕方なく外に出る。霊峰富士の息吹を浴びに行ったのだろう。達也も着替えた後に外で武術の型を行い汗を流した。

 

「お兄様、タオルをどうぞ」

 

「ありがとう」

 

「…お兄様、いよいよ決勝ですね。相手は相当手強く、力や技が制限された状態ですが…。それでも、お兄様は誰にも負けないと、私は信じております」

 

そう言いながら深雪は微笑み、そして走り去ってしまった。達也はその言葉で、決勝は負けられないと改めて認識していた。

 

深雪の走る先には、帰ってきていたザンがいた。

 

「…どうしたんだい?」

 

その言葉を聞いて、深雪は自分が泣いている事に気が付いた。

 

「…私が、お兄様の力を制限している側である私が、お兄様の勝利をお願いしてしまいました。何て恥知らずなんでしょう。私は何て…」

 

俯き肩を震わす深雪が言い終わる前に、ザンは深雪の頭に手を乗せていた。ワシワシと音がするぐらい頭を撫でる。

 

「ちょ、ちょっとザンさん?」

 

「達也がそんなこと気にする訳、無いだろう?いつも通りにしていれば良いんだよ。それに昔言っただろう?達也は俺が護るって」

 

顔を真っ赤にした深雪は、別の意味で顔を上げることができなくなってしまった。

 

 

-○●○-

 

 

新人戦モノリス・コード、決勝。一高対三高、草原ステージ。一高選手が出てきたときに会場がどよめいた。若干一名笑い転げている者もいた。

 

「アハハハハ、何あれ。おもしろ~い。アハハハハ」

 

「エリカちゃん、皆に悪いよ」

 

「でもでも、あれ…っぷ、駄目~。アハハハハ」

 

幹比古はやっぱりオロオロしていた。ザンは『髭は無いのか』と言っていたぐらいで、今は楽しそうにマントをはためかして走り回っている。

一条は自分たちの選択に誤りが無かったか、今の段階でも悩んでいた。あの時のザンの言葉が頭から離れないのだ。これは分かっていた事なのだろうか。相手の術中にはまっているのではないか、と。

 

「新人戦優勝は一高に持っていかれちゃったけど、せめてモノリス・コードだけは勝ちたいね」

 

おどけた感じの吉祥寺に、自分が緊張している事を悟る一条だった。

 

「ああ、やってやるさ」

 

試合開始の合図と共に、一条と達也歩いて間合いを詰める。一条が空気圧縮の魔法『偏倚開放』を展開すると、達也が『術式解体(グラム・デモリッション)』魔法を打ち落とす。しかし、互いの距離が近づけば近づくほど、達也は劣勢に追い込まれていく。一条は攻撃一本だが達也は攻撃と防御をしなくてはならない。

様子を見ていた吉祥寺が動き出す。遠回りをしながら走り相手モノリスを目指すのを見て、達也は間合いを走って詰め始めた。当然一条が迎撃に入る。距離が近づくにつれ攻撃精度も上がってきている。達也は『精霊の眼』でエイドスから魔法発動位置を割り出し迎撃していった。

吉祥寺の前にはザンが立ちはだかった。吉祥寺は『不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)』で迎撃をしようとした時、ザンはマントを脱ぎ吉祥寺との間へ目隠しをする。マントは四角形の板状となり地面に刺さった。その瞬間、吉祥寺は後ろに飛んだ。目の前には小通連の刃が通り過ぎる。

 

「ほう、今のをかわすか」

 

ザンの笑みに吉祥寺は戦慄した。今のはただの偶然であり、次もあるかは分からない。しかし、吉祥寺が考えをまとめる前に突風に吹き飛ばされそうになる。

 

「うわっ」

 

魔法による幹比古の援護射撃だ。厄介な援護射撃を消そうと考える吉祥寺だったが、自分の目を疑う。幹比古が複数人に見えるのだ。

 

「幻術か!」

 

『不可視の弾丸』は目標に視線を合わせる必要があった。そこを逆手に取られている。自分の魔法対策がされていることに気が付いたのだ。右斜め上から風を切る音がする。小通連の刃だ。

 

―これまでか―

 

目をつぶる吉祥寺に刃が届く事は無かった。爆音が響きマントの奥に圧縮空気が打ち込まれていたのだ。

 

「将輝!」

 

一条の方に振り返ると、一条は手を振っていた。

 

「愚かな。この戦場に置いて、最も目線を切ってはいけない相手から目を離すとはな」

 

吉祥寺が声を頼りに振り返ると、腰に小通連を差したザンが立っていた。上には小盾が浮いている。再度一条へ振り返ると、達也がダッシュで一条との距離を縮めていた。

 

―速い!―

 

「…このぉ!」

 

一条は達也のダッシュの速さと、そのプレッシャーに焦り、『偏倚開放』の出力を高いまま加減が出来ず展開してしまった。それも数十はある。達也は『精霊の眼』を駆使し迎撃するが、十以上達也に目掛けて放たれてしまった。

 

「お兄様!」

 

深雪は思わず立ち上がって叫んだ。隣のほのかや雫たちも息を飲む。

爆音と共に『偏倚開放』が達也を襲う。一条の目から見て、達也の死亡は決定的だったのだろう、思わず目を背ける。

 

―オーバーアタックで反則どころではない。人の命だぞ!俺は…―

 

皆が絶望的と考えている中、冷たい声が吉祥寺の耳を捕らえる。

 

「阿呆が。一度ならず二度までやらかすとはね。まだまだだな」

 

吉祥寺は信じられないものを見た。達也が何事も無かったように一気に間合いを詰め、一条の耳元で指を弾く。一条はビクンとゆれて、そして倒れた。

 

「一条が、十師族の一条が倒れたー!?」

 

会場は騒然となった。騒然となっているのは一高テント内でも同様だった。内容は異なってはいたが。

 

「何?…今のは何なの?」

 

「指を鳴らし、音を増幅したのだろう」

 

「そうですね。大音響による鼓膜の破裂と三半規管のダメージで、一条選手が戦闘不能に」

 

冷静な十文字と鈴音いうことは、真由美も分かっていた。そうではないのだ。

 

「そんな事は、分かっているわよ。達也くんは、何故無事なの?ルール違反のオーバーアタックが、十は当たっていたはずよ!」

 

「俺にもそう見えたが、答えはアレだろう」

 

十文字が見る画面に真由美は目を移す。そこには、幾つもの小盾が達也の周りにある光景だった。

 

「『無限の小盾』。…それに、まだ試合は終わってはいない」

 

その光景を見ていた吉祥寺は呆然としていた。

 

「将輝が…負けた…?」

 

「よけろ、吉祥寺!」

 

反射的に横に飛んだ吉祥寺の横を幹比古の雷が落ちる。吉祥寺は幹比古を重力で拘束を試みたが不発に終わった。幹比古の足元には小盾があったのだ。また吉祥寺の頭上には雷が帯電する。反射的に後ろに飛ぼうとしたが、吉祥寺は後ろにある何かに進路妨害された。それならば横に回避しようとしてが、足には草が巻き始め動けない。それに気付いたときには、雷を受けていた。

 

「があ!」

 

「ナイスだ、幹比古!」

 

「いや、今のはザンが小盾で『カーディナル・ジョージ』の退路を防いでくれたからであって、僕は…」

 

ため息を吐いたザンは、幹比古に目をくれず小通連を横薙ぎの形で構える。刃ははるか遠くだ。

 

「何言ってんだよ。魔法で草を操って最終的な退路を塞いだのもお前だろう?『カーディナル・ジョージ』を倒したのは、間違いなくお前、幹比古だ。それ以外には、無い!」

 

そう言うザンの動きは、幹比古では追いきれなかった。遠くで三高選手が吹き飛んでいた。

 

「ザンも、達也と同じような事を言うんだね」

 

「ん?何のことだ?まあいい。達也のところに行こうぜ」

 

そう言ってザンは走って行ってしまった。幹比古も慌てて後を追う。

 

「よう、お疲れ」

 

「ああ。さっきは助かった」

 

「まさか、ここで自己修復術式を使うわけにもいかんだろう?だが、フラッシュ・キャストは使ってしまったな」

 

「一条相手では、俺の魔法では遅すぎるからな。仕方が無い」

 

そう言う達也をザンはあごを使って視線を誘導する。

 

「…ほれ、お姫様が喜んでいるぜ」

 

「ああ、深雪との約束を守れてよかった」

 

「達也、大丈夫だったかい?」

 

ようやく幹比古も追いついたようだ。

 

「ザンのお陰でな。幹比古も『カーディナル・ジョージ』を倒したじゃないか」

 

「それもザンのお陰だよ。最後もおいしいところ持っていかれたしね」

 

幹比古の指摘に、苦笑する達也だった。

 

「それにしても、『無限の小盾』はあれほど遠距離も展開できるんだね」

 

「そうだな、このステージぐらいなら何とかなるかな?試した事が無いから分からないけど。まぁ、ぶっつけ本番でよく出来たものだ。まぁ、『守備(ガーディアン)』の仕事はこなせたな」

 

確証を得ていない魔法で自らが護られた達也は、喜ぶべきなのか悩んだ。しかし、自分たちに向けられる賞賛の声を聞き、深雪のうれし涙を見て、喜ぶべきと考えていた。達也たちが一列に並び観客席に向かい礼をした時に、一段と歓声が飛んだ。


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