「モノリス・コード、優勝おめでとうございます」
「ありがとうございます」
ザンはホテルを出て街近くにある四葉家貸切レストランで祝福の言葉を受けていた。
「何で、ザンは達也さんを連れてきてくれなかったの?」
「先ほども申しましたとおり、間違っても達也と四葉のつながりが見えてしまわないようにするためです。それに、本戦のエンジニアとしても忙しいですから」
「…あなたは、ここに来たじゃない」
口をへの字にして深夜がすねる。皆が思った。深夜は変わったと。
「しょうがないじゃない、姉さん。今度祝福のメッセージを送りなさいな。達也さんも喜んでくれるわよ」
「でも~」
「深雪さんも新人戦では活躍したし、本戦でも必ず活躍するでしょう。そうしたら、二人を保養しているあの場所に呼んで、親子水入らずで祝いなさい。それなら良いでしょう?」
「わかったわよ」
真夜の提案に、ようやく折れる深夜だった。どちらが姉なのか分かったものではない。真夜は真面目な顔となり、ザンを見つめる。
「さて、無頭竜は大人しくするかしらね」
「…恐らく、本戦に手を出してくるでしょう。達也に聞いた話では、本戦のバトル・ボードでは八高選手のCADに細工がされていた可能性が高いとのことでした。本戦ミラージ・バットでは直接一高選手のCADに細工される可能性があります」
「深雪が危ないじゃない!ザンさん、何とかしなさい!」
深夜が真っ青になって叫ぶ。ザンは頷いた。
「はい、もちろんです。そこで真夜様、ご相談があります」
「何か妙案があるのかしら」
ザンが提案した内容は、真夜は即答できなかった。
-○●○-
「昨日のモノリス・コードの試合は見事だった。それに先日のクラウド・ボールもそうだ。桐生くん、真夜によると私に話があるそうだね」
「はい、閣下」
ザンが昨日真夜に依頼したのは、九島烈への面会だった。真夜は四葉とザンの関係を探られたくないため難色を示したが、ザンが押し通した形だ。深夜も自分の娘に危険が及ぶとして援護射撃をしたのも大きい。
「まず私こと桐生斬は、四葉の傭兵をしている者です」
「ちょっと!」
「ほう」
ザンは真夜に手を向け言葉を抑制する。ザンの言葉に九島の目が細くなる。元よりザンに興味を持っていた九島であったが、四葉の情報操作もあり、四葉との関連性までは確証が持てていなかった。
「どうりで君が活躍すると真夜が我が事の様に喜ぶはずだ」
―バレテーラー―
ジト目でザンは真夜を見ると、真夜は大量の冷や汗を掻きながら目線を逸らした。
「それで。そのような情報を私に与えて、何を望むのかな?」
「はい。第一に閣下の信頼をある程度得たいため、お伝えいたしました。第二に、この九校戦における不正を正したくご協力をお願いしたいのです」
「ほう」
九島の眼光が更に強くなる。ザンは軽く流しているが、脇にいる真夜は気が気ではない。
「何故、この九校戦にて不正があると言い切れるのかね?」
「当校のバトル・ボードの選手、渡辺摩利の試合での負傷がきっかけでした。あの時、七高選手の日高真紀子さんがカーブ手前で減速すべきところを加速しておりました。『海の七高』といわれる学校の、代表選手がそのような操作ミスをするとは考えられません。そして、渡辺が日高さんを受け止める態勢を取ったその時、水面では不自然な陥没がありました。これは当校のエンジニアである司波や五十里などが解析したものです」
「…それは、まだ憶測の域を超えていないのでは無いかな?」
「はい、そうかもしれません。しかし決定的なものは、新人戦モノリス・コード予選、当校の森崎らが『破城槌』により重傷を受けたことです。スタート地点が崩れやすい廃ビル内というのもありますが、この時も相手校は『破城槌』を使ってはいないとのことでした。これら当校におこった事を『偶然』と言うにはあまりに不自然です」
ザンの目が九島の目を射抜く。九島も考えざるを得なくなった。
「それで、私にどうしろと言うのだね?」
「はい。今までの事が意図的な妨害であれば、当校に対するものと考える事が妥当でしょう。であれば、次に考えられるのが当校選手のCAD細工です。当校のエンジニアがそのような事をすることは無いと考えており、エンジニア同士が監視の目となりますので、運営委員のチェック時が危険であると私は危惧しております」
「ふむ、分かった。しかし証拠が無いのも事実。そこで、本当に不正が無いか、CADチェックに私が抜き打ちで訪れるとしよう。それで良いかね?」
「は、ありがとうございます」
最敬礼の形で礼を言うザンに、九島は頷いていた。
-○●○-
運営本部のテント内でデバイスチェックが行われていた。ザンは気配を消しテント内に潜り込む。目に『龍の氣』を展開し、金色とする。これまでの選手のデバイスチェック時には特に異常があったようにはザンには見えなかった。
次は一高の小早川景子のCADを平河小春が運営委員に手渡す。運営委員が機械を操作し選手名をチェック。機械がCADのスキャンをしていると、黒い何かがCADに走ったようにザンには見えた。
姿を現したザンはダッシュし、その運営委員の間合いに入ると首を右手で掴み持ち上げ引きずり出す。
「がっ、がはっ」
「桐生くん!?」
そのまま地面に叩きつけ冷徹な目を運営委員に向ける。
「達也たちの言うとおりだ。貴様、今小早川先輩のCADに何かを混入させたな…!」
「…!」
流石に周りが騒ぎ出す。平河も動揺が隠せないようだ。
「ほう、しゃべる気は無い、か。良いだろう。それならば、これからもしゃべる必要が無いようにするだけだ。永遠に、な」
ザンの怒気が膨れ上がる。膨大な殺気が運営委員に叩きつけられ、運営委員は自分の死のイメージが明確に認識できた。まるで巨大な龍が顎を広げているようだ。恐怖のあまり震えるのが精一杯だ。
「何事かね?」
後ろから九島がテントに入ってきた。運営委員が二人犯人を抑えたことによりザンは手を離し、立ち上がると九島に向きなおる。
「はっ。ただ今当校選手のCADに不正工作が行われたため、実行犯を捕らえ訊問しておりました」
―訊問?拷問のまちがいでは無いのか?-
その場では、そういった意見を持っているものは少なくなかったが、誰も口には出さなかった。運営委員の一人が九島に小早川のCADを手渡す。
「…確かに異物が紛れ込んでおるな。私が現役だった頃、東シナ海諸島軍戦役で広東軍の魔法師が使っておった『電子金蚕』だ。『電子金蚕』は電子機器に進入し動作を狂わせる遅延型術式。我が軍はこれが分かるまでずいぶん苦しめられたものだが、君はこれを知っておったのか?」
「いえ、『電子金蚕』という言葉は初めて伺いました。ですが、私の先輩のCADに何かが侵入したのは分かりました」
「そうか」
九島は目線をザンから捕らえられている運営委員に向けられる。
「では君は、何処でこの術式を手に入れたのだね?」
うな垂れる委員は連行されていった。
「さて、このCADのエンジニアは誰かね?」
「は、はい!私です」
「そろそろ競技場へ戻ったほうが良かろう。CADは予備を使うと良い。このような事情だ、改めてチェックは必要はあるまい」
九島は平河にそう言うと、運営委員責任者に目を向ける。
「運営委員の中に不正工作を行うものが紛れ込んでいたなど、かつて無い不祥事。言い訳は後でじっくり聞かせてもらおう!」
そう言って、九島はテントから出て行った。
「桐生くん!」
「何やっているんですか、平河先輩!早くしないと、間に合わないですよ!」
「わ、分かってる。それでも、お礼を言いたかったの。ありがとう」
その笑みを、ザンは美しいと思った。自分だけではない、他人を思い救われた事が本当に嬉しかったのだろう。
「達也がCADに対する不正行為を予測していたから、俺はここに来れたんです。それでも、お力になれて良かった。さあ、早くいってください。お礼というなら、平河先輩のCADの力で小早川先輩が勝つところを見せてください」
「うん!ありがとう。じゃあ、行ってくるね」
平河は走っていった。ザンも周りの視線を気にせず、テントから出て行った。
-○●○-
一高テント入り口から手が生えている。正しい表現ではないが、ザンが近くを通った際に手招きをしているのだ。ザンは諦めてテント内に入った。
「…なんの用ですか、七草生徒会長」
「大会本部から当校生徒がいきなり暴れだしたと聞いたのよ!」
まなじりを上げている真由美を見て、ザンはあまり似合わないなと思った。彼女は笑みが似合うのだろう。
「ああ、その事ですか。運営委員による不正行為があったので、捕らえただけですよ」
「それは本当か、ザン」
「本当だ。九島閣下もお見えになられてな、教えてもらったんだ。『電子金蚕』って言うらしいぜ」
「電子金蚕…」
達也にはその名に聞き覚えは無かった。
「なんでも電子機器の動作を狂わせる術式らしい。それが小早川先輩のCADに潜り込まされたところを、現行犯逮捕だ」
「…ザンくんは、何でCADチェックの場に行っていたの?」
「達也の推論が気になりましてね。もし、まだ不正があるなら、このミラージ・バットが危ないとふんだんですよ。それにしても良かった。最悪のケースだけは回避できましたよ」
もし、CADが狂わされ小早川が魔法の操作を誤れば、重大な事故に繋がる可能性があった。それはどちらかを奪う可能性もあった。魔法師としての人生か、それとも人生そのものか。
-○●○-
ミラージ・バットは深雪と小早川が順調に勝ち進んでいた。まして、深雪はトーラス・シルバーの『飛行魔法』を使ったため、相手の戦意をくじき圧勝を飾っていった。
レオやエリカたちも会場で応援していたが、ザンの姿が見えなかった。
「ザンの奴は何処行ったんだ?」
「さっき、トイレに行くってあっちに行ったよ」
「私は、あの売店の方を歩くのを見ましたよ」
「それってまるっきり逆方向じゃない。それじゃあ、ザンくんがまるで二人いるみたいじゃない。冗談じゃない」
肩をすくめるエリカだった。
大会会場にいたジェネレーターは無頭竜の命令により大会を中止に追い込むため、観客を無差別に殺害しようとした。しかし、その場にいた柳が会場外に投げ飛ばし、会場外にいた真田が退路を塞ぎ、そして藤林が確保する。息の合ったコンビネーションだ。そのことを藤林に指摘された柳と真田は複雑そうな顔をしていた。
「あぶないよ~。どいてどいて~」
さして緊張感の無い声が上から降ってくる。柳と真田が飛びのくと、巨体が二体落ちてきた。頭があったであろう場所は、少年が踏み潰していた。
「…四葉のところの小僧か」
柳が感情らしい感情を見せず呟く。友好関係ではなさそうだ。
「まったく。あと二体いたんだから、こんなところでサボっていないで倒してくださいよ。一介の高校生にやらせることじゃないよ」
ザンの内一人は金色の煙となって消えた。残ったザンがぼやく。
「貴様の腕なら、殺さず確保できただろう?」
「俺は仕事じゃないからね。一般人を殺そうとする、暴走した魔法師を潰しただけ、さ」
「達也くんは知っているのかい?」
真田がばつの悪そうな顔をしていた。
「いえ、何かしら感じるところはあるかもしれませんが、俺からは達也に伝えていません。今、達也はミラージ・バットのエンジニアとして忙しいですからね。余計な心労はかけたくないんです」
「同感だ」
「すまなかった。俺たちがいながら、お前に汚れ仕事をさせてしまった」
柳が謝る事が想定できなかったのであろう、ザンは若干固まっていた。
「あ、いや、私の方こそ言い過ぎました。申し訳ありません」
「ザンくんも、そうやって畏まっていると結構いい男なのにね」
「止めてください、藤林さん。そういうのは、達也に任せますよ。じゃあ、後始末はお願いします。」
ザンは会釈をして遺体処理を依頼すると、会場に戻っていった。
「…藤林は、まだアイツを軍に引き入れようとしているのか?」
「だって、あれだけの逸材、もったいないじゃないですか。わが国の防衛レベルは飛躍的に上がりますよ」
「…無理だろうね。三年前にも誘ったけれど、自分の力はより大きな戦を生むって断られたよ。それだけの経験をしてきているんだろう」
真田が悔しさをあらわしていた。
-○●○-
ミラージ・バット決勝。一高の小早川景子を除く全員が『飛行魔法』を使っていた。二回戦の後で各校から不正疑惑が上がったらしく深雪のCADの検査要望があり、大会委員が術式をリークしたからだ。達也はさして気にも留めず、深雪の勝利を疑っていなかった。小早川は他選手から遅れを取っていたが、焦ってはいなかった。
「せっかく桐生くんが助けてくれたんだからね。こんな事ぐらいで動揺していられないよ」
他校の選手たちはサイオン枯渇の安全装置として地上に降り始めていたが、深雪はかまわず天空を舞い続ける。小早川は自分のスタイルを貫き通し、遂に二位の選手を追い越した。可憐な少女たちの舞は、一高のワンツーフィニッシュで彩られた。
-○●○-
とあるビルの屋上、達也は全身黒ずくめの格好で立っていた。眺めるは横浜中華街の一室。伝手で入手した情報では、無頭竜のメンバーがいるはずだった。しかし、『精霊の眼』では一人しか生体反応が無い。端末からコールを知らせる振動があった。達也は電話を取った。
「何の用だ、ザン」
『何の用とはご挨拶だな、達也。俺がソーサリー・ブースター潰しをしているのは、知っているだろう?こいつらはその供給源なんだよ。それにしても来るのが遅かったな。もう終わったぜ』
達也の眉間の皺が深くなる。
「お前がやったのか」
『分かっている事を聞くのは良くないな。それに深雪も待っているのだろう?早く帰りな』
「まだ終わっていない。ボスもやったのか?それとも…」
『こんなところに、ボスはいねえって。…良いだろう。このまま帰っても腹の虫が治まらないんだろうからな。ボスの名はリチャード=孫。表では孫公明というらしい。そっちの首はくれてやる。軍にそう言っておけ』
「おい!」
電話が切られ、生体反応も消えていた。
「『幽騎士』か」
『精霊の眼』からも、ザンがあの一室に確かに存在していた。しかしそれが一瞬で消えうせたのだ。達也は一瞥した後、屋上を去った。
-○●○-
九校戦最終日、既に総合優勝が決まっていた一高は、モノリス・コードの優勝で有終の美を飾った。
閉会式も終わり、後夜祭というかダンスパーティが行われていた。ザンはウェイター姿で飲み物を配って回っている。
「ちぇ~。ザンさんはバイト中かぁ」
「懇親会もそうだったよね。最初はふざけているのかと思ったよ。あ、あそこにはエリカさんもいる」
エイミィが愚痴をこぼし、ほのかが同調する。雫は口には出さないが、結局ふざけていたに違いないと考えていた。
「ちょっと、バイト中では声をかけ辛いですね」
「そうね。学校でもあえるし、その時に改めてお礼を言う事にするわ」
小早川と平河がザンの姿を見て、声をかけられないでいた。
『突然ですが、皆さんの朗報です。閉会式にはお伝えできませんでした、特別賞があります』
ステージに立ったのは、何故かマイクを片手に持つ四葉真夜。酔っているのか、足取りがおぼつかない。後夜祭でお偉方が、それも四葉当主が出てくるとは思っていない生徒たちは何事かとどよめいていた。
『特別賞は、第一高校一年、桐生斬くんです。ステージにどうぞ!』
芝居がかった仕草で手をザンに向ける真夜。ザンは仕方なくウェイター姿のままでステージに上がった。会場にいた生徒たちも、ウェイターがあの選手だったのかと注目する。
「…何やっているんですか。俺が四葉関係者だって宣伝する気ですか?」
「んふふふ。まぁ、見てなさい」
小声で嗜めるザンだったが、真夜は聞く耳を持たず、相も変わらず妖艶な笑みを浮かべている。ザンは嫌な予感がしていた。
『では特別賞、四葉賞をお渡しします』
真夜はそう言うと、ザンの顔を両手で押さえる。真夜の顔がザンに近づいてきた。
「え…、ちょ、ちょっと…」
「「「ああーーー!!」」」
複数の女生徒から悲鳴のような叫びが会場を包む。真夜はザンに口づけをしていた。艶かしい音が二人を包む。
「ん。…っん、んん…」
―真夜、何やっているんだー!舌!舌が舌に絡んでくる…!―
何秒経ったのだろう。ようやく真夜はザンを離した。口と口の間には光るアーチが垂れ下がる。
「うふふ。ご馳走様」
真夜はそういうと、顔を火照らせうれしそうな笑みを浮かべたまま、そして会場を凍らせたまま出て行ってしまった。ザンは膝から崩れ落ちる。ザンの顔はまるでほおずきのように真っ赤に染まっていた。
達也の動きは迅速だった。真夜が見えなくなるとステージまで駆けつけ、ザンの意識を確認するが反応が無いと判断するやザンを背負い、そのまま会場外まで走って出て行った。
そして会場の時が動き出す。当然皆混乱していた。
「な、何だったんだ今のは!?」
「あの選手は、四葉の物だという宣誓か?」
「それって『ツバをつけた』って意味?」
「駄洒落か!?」
ようやく会場が静まると、演奏が再開されダンス・パーティも再開される事になった。なんとか深雪とダンスを踊る事ができた一条だったが、真夏のくせに何故か一帯が真冬のようだったと記憶していたそうな。
-○●○-
「…はっ!ここは何処だ?俺は一体…?」
「気が付いたか?」
達也がザンにグラスを渡す。ザンは一気にグラスを開けると一息ついた。
「ぷは~。ここは、会場の外、か。達也が連れてきてくれたのか?」
「ああ、流石にあのままでいるわけにはいかないからな」
「…何があった?」
「叔母上がお前にキスをしていた。それもバードではなくディープなやつをな」
ザンは自分の記憶が信じられず、思わず達也に聞いてしまったが、達也の回答はオブラートに包まれてはいなかった。
「うがーー!!何を考えているんだ!あの…」
「ここに居たのか。司波、桐生」
ザンが叫ぶ途中で後ろから声をかけられた。振り返ると十文字が立っていた。
「十文字会頭、どうしましたか?」
「お前たちを探していた。司波、お前は十師族の一員だな?」
ひとりひとりを呼び出すわけでもなく、とんでもない事を聞いてきた。
「いえ、俺は十師族ではありません」
「右に同じく」
「桐生には聞いておらん。それに桐生は四葉になったのだろう?先ほど四葉真夜が接吻をしていたではないか」
十文字は当然そうなのだろうと認識していたようだ。
「いやいやいや、ちょっと待ってください。俺はまだ混乱していますが、そんな話聞いていないですよ!」
「ふむ、そうか」
…天然さん?達也とザンはそう思わざるを得なかった。
「師族族会議において、十文字家代表補佐を勤める魔法師として助言する。司波、お前は十師族になるべきだ。…そうだな、例えば七草はどうだ?」
「どうだというのは、もしかして結婚相手にどうだという意味ですか?」
その問いに、十文字は肯定する。
「自分は会頭や会長とは違って一介の高校生なので、結婚とか婚約とかそういう話はまだ…」
「…そうか。だが一条将輝、十師族の次期当主に勝利した事の意味は、お前が考えているよりずっと重い。あんまりのんびり構えては、いられないぞ」
「この話、俺が聞いちゃまずかったんじゃ?」
「かまわん。桐生も同じく一条に勝利してしまったのだからな」
そう言い残し、十文字は会場に戻っていった。入れ違いに深雪が現われる。
「お兄様、十文字先輩と何か?」
「いや、ちょっとな」
「深雪、俺もいるんだけど、聞かないの?」
「…どなたですか?」
深雪は冷たい眼でザンを射抜く。
「いやいや、深雪さん。それは無いんじゃない?何でそんなに怒っているのさ?」
「知りません!」
ぷいっと顔を背けてしまう。ザンは頭を掻いた。
「こりゃあ、駄目だな。達也、姫様のご機嫌斜めなので俺は会場に戻るよ。後はよろしく」
「お、おい!」
手を振り、そのままザンも去ってしまった。
「…深雪。ザンは…」
「ごめんなさい、お兄様。分かっているのです。それに自分が間違っている事も。でも、何故か分かりたくないんです…」
会場からの曲が変わる。
「…最後の曲のようだな。深雪、ラストダンスを一緒に踊ってくれないか」
深雪は達也の顔を見た。その慈愛の色を持つ眼に、達也が自分に気を使っている事も当然分かった。
「お兄様…。はい、喜んで。会場に戻っては時間が勿体ありません」
そう言うと、深雪は達也の前に立つ。達也が深雪の手を取ると、その場でダンスが始まった。ちょうど噴水から水が立ち上がり、ライトアップされる。まるで二人を祝福するかのようだ。
「ふふ、お似合いだぜ、お二人さん」
影より見守っていたザンは、会場に消えた。
次回、とりあえず最終回。