四葉の龍騎士   作:ヌルゲーマー

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第06話

朝から司波(しば)深夜(みや)は憂鬱だった。かつて随一にして唯一の精神構造干渉魔法の使い手として恐れられた、あの司波深夜は憂鬱だったのだ。

 

「はあ」

 

何回目かのため息。見かねた桜井穂波は声をかける。

 

「奥様、体調が優れないようであれば…」

 

「いえ、大丈夫よ。それより空港に着いたら、例の子を探して頂戴」

 

「はい。確か桐生斬君でしたね」

 

「ええ、お願いね」

 

久しぶりの旅行だというのに、真夜は人を一人つけると言う。護衛など間に合っていると言ったのに、何も聞きやしない。相変わらずわがままな妹だ。それも深雪と()()のガーディアンという、まったく意味が分からない。さらにどんな人物か聞けば今年中学生になった12歳だという。本当に何を考えているか分からない。

 

「あの、ばか真夜!」

 

深夜の声は小さく、隣の穂波にも聞こえなかった。

 

 

-○●○-

 

 

到着早々、荷物を持った穂波は少年を探そうとしたが、結果的に不要だった。出口には『司波家御一行様、いらっしゃいませ!』の看板を持った少年が立っていたのだ。

 

「君が桐生斬君?」

 

「はい。お待ちしておりました、司波深夜様」

 

「いえ、私は桜井穂波です。奥様は後からいらっしゃいます。私は預けた荷物を受け取ってくるので、待っててくださいね」

 

「はい。承知しました、桜井様」

 

看板を持ちながら器用にお辞儀をするザンに、穂波は苦笑する。

 

「私は穂波でいいわ。様もいらない。よろしくね」

 

「俺はザンでいいですよ、穂波さん」

 

砕けた口調になったザンを確認し、穂波は荷物を受け取りに行った。ちなみにザンは司波深夜の顔を知っているが、わざと知らないふりをしていた。数分後、親子らしき人影がザンの元にくる。

 

「あら、穂波さんは荷物を受け取りに行ったのかしら。達也、あなたも行って来なさい」

 

「はい、奥様」

 

会話を聞いていたザンは、親子というより主従関係の様だと感じていた。

 

「あなたが桐生斬さんね。これからよろしく。こちらは娘の司波深雪」

 

顔こそ笑みを浮かべているが、値踏みをしているようだ。確かに良く似ている。顔も、その性格も。

 

「よろしくお願いします、司波深夜様、深雪様」

 

そうすると、穂波と達也が荷物を受け取ってきた。

 

「桐生斬です。よろしくお願いします、司波達也様」

 

「達也に敬語は不要よ、桐生さん。さあ、行きましょう」

 

どうやら、この一家もいろいろありそうだと、心の中で嘆息するザンだった。

 

 

-○●○-

 

 

「着いたよ、ザン君」

 

恩納瀬良垣の別荘に着くと、穂波はザンを起こした。大人しくしていようと思っていたザンは、気が付くと寝ていたのだ。

 

「はぁ、すごいな。こんな別荘を持っているんだ。いい景色だ」

 

「そうね。初めて来たけれど、良い景色だわ」

 

「へ?」

 

同意を示す深夜の台詞に、思わず声が出た。

 

「ああ、この別荘は今回の旅行のために用意されたものなのよ。達也君、手伝ってもらえる?」

 

「はい」

 

「あ、俺も手伝いますよ、穂波さん」

 

「ありがとう。お願いするわ」

 

金持ちは何処の世界にもいるもんだなと、現実逃避するザンだった。

 

 

-○●○-

 

 

「さて、桐生さん」

 

「俺のことはザンとお呼びください、深夜様」

 

「そう。それではザンさん、妹に、真夜に取り入ってここまで来て、あなたは何を考えているのかしら?」

 

達也と深雪は部屋に入り、今はいない。リビングにいるのは深夜と穂波とザンだけだ。ザンは笑みを浮かべる。

 

「本当に妹さんとそっくりなのですね、深夜様。しゃべり方から思考までそっくりだ」

 

深夜の額に青筋が入ったのを、穂波は見逃さなかった。

 

「俺は、真夜様の命によりこちらに参りました。それ以上もそれ以下もありません。まぁ、真夜様は前の仕事の慰労とおっしゃっていましたが、その真意まではわかりません。私のことは、真夜様から伺っているのでしょう?」

 

「…真夜は肝心なことは何も言わなかった。言ったのはあなたが中学に上がった12歳ということぐらいよ。何故、ここに送ったのかなど何ひとつ、話そうとはしなかった」

 

ねめつける深夜に対し、一回肩をすくめるザン。ため息をつくと再び笑みを浮かべた。

 

「先ほども申し上げましたが、私は真夜様の真意は分かりかねます。俺自身についてどう伝えてよいのかも分かりませんが、ひとつだけ」

 

人差し指を立て、ウインクをする。その行為はさらに深夜はイラつかせた。

 

「俺は『ケルン・ジークフリード』を知る者です」

 

目を見開き驚いている深夜を尻目に、ザンはリビングを出て部屋へと向かってしまった。

 

事情を知らない穂波はオロオロするだけだった。

 

 

-○●○-

 

 

「何?姉さん。私はそれほど暇じゃないんだけど」

 

「どういうことよ、真夜!彼、彼よっ!ケルン・ジークフリードよ!何故あの子は知っているの!?あの子は何者!?」

 

あまりの深夜の剣幕に、引く真夜だった。画面には深夜の目しか写っていない。

 

「ちょっと、落ち着いて姉さん。顔近い、近いから」

 

「フーッ、フーッ…」

 

穂波が用意した紅茶を一気に飲み干すと、少し落ち着いたようだ。ぷはーっという声は、真夜は聞かなかったことにした。

 

「そう、あの子ったら話しちゃったのね。せっかく後で教えて自慢したかったのに」

 

「何も聞いていないわよ!ただ、『ケルン・ジークフリード』を知る者だってだけよ!真夜、あなたねぇ、彼が『四葉』にとってどういう存在か分かって…」

 

「分かっているわ、姉さん。でも今回の旅行には関係ないから、あまり伝えるつもりは無かったんだけど、仕方ないわね。長くなるけど、いいかしら」

 

 

-○●○-

 

 

「はぁ?」

 

深夜の声は、心底「何言っちゃっているの、この子。頭大丈夫かしら?」という意味を含んでいた。もちろんそれは真夜にも伝わっている。

 

「何よ、せっかく一から経緯を話したというのに、何その態度。失礼しちゃうわ」

 

「いや、だって、信じられないでしょうが。異世界人?救世の英雄?あの子が?」

 

「でも、あの子はケルン・ジークフリードを知っていた。経歴から何まで。また、あの子の特殊性がさらにそれを裏付けるの」

 

「特殊性?」

 

「突然四葉邸の庭に現れたあの子は、魔法を受け付けなかった。いったん家に招き入れて薬入りの紅茶を飲ませたんだけど、その薬すら効かなかったわ。どうやらあの子の『力』に関連することらしいんだけど、そこまで話は聞けていないわ」

 

ため息をつくと、ジト目で真夜を見る。

 

「そんな子を引き取って、懇切丁寧に知識を与え、学校に行かせて、CADを与え、さらに仕事もさせたというの?バカなの?あなた」

 

「うるさいわね、私にも考えがあるのよ。あの子は確かに他と違うけど、私達と違って純粋なの。あと、あの子の『力』は、私達の手に負えない『理不尽』に対して、強力な武器となるはずよ。あの子が自らの意思で出て行くと言うまで、私はあの子の保護者となるつもりよ」

 

「ふ~ん」

 

意地の悪い笑みを浮かべる深夜。

 

「…何よ?」

 

「いーえ、別に。まさか、真夜がショタコンだったとはねぇ」

 

「そんなんじゃないわよ!」

 

「そんな真っ赤な顔をして言われても、説得力ないわよ。ようやく来た春だけど、犯罪よ真夜」

 

「違うっていっているでしょ!…もう、この話はおしまい!」

 

真っ赤に顔を染めて切ろうとする真夜だったが、深夜にはまだ聞きたいことがあった。

 

「ちょっと待ちなさい、真夜。まだ聞いていなかったわ。何故あの子をこちらに送ったの」

 

「ああ、簡単なことよ。達也さんと深雪さんに同世代の友人をプレゼントしようと思って」

 

「…本当に?それだけ?」

 

「誰に似てそんなに疑い深くなったのか知らないけど、それだけよ。ガーディアンは口実。それに、ザンはガーディアンが何か知らないわ」

 

「はぁ、まったく。面倒事はこっちに押し付けるんだから。わかったわ。預かるわよ。…それにしても、あの子を呼び捨てなのね」

 

「うるさい!バカ姉!」

 

真っ赤になったまま切られてしまった。でも、久しぶりに真夜の焦った顔をみた深夜は、うれしさを噛み締めていた。




性格改変が進んでいくw

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