四葉の龍騎士   作:ヌルゲーマー

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第08話

その日の夜、深夜よりパーティの話を聞いたザンは準備に追われていた。どうやら偶然この島にいる黒羽貢に招待されたらしい。どう考えても自分は出る必要が無いはずなのだと思い出していた。

 

「パーティ…ですか?」

 

深雪の問いに、深夜は笑みを浮かべて答える。

 

「ええ、貢さんが沖縄に来ているようなの。私のところにも招待状が届いたわ」

 

「でもお母様、お身体の具合が…」

 

「あまり良くないようですけど…」

 

深雪と穂波が心配そうに確認する。

 

「そうね…。今日はお部屋で安静にしておこうかしら」

 

深夜は二人の意見に同意するが、背筋を伸ばすと深雪を見つめる。

 

「でもね、深雪さん。今日の主催の黒羽は、あなたが『四葉』として生きていくためにとても重要なお人。パーティにはお行きなさい。達也とザンさんと三人で」

 

「はぁ?」

 

ザンはお鉢が回ってくると思っていなかったので、声が出てしまった。

 

「何ですか、ザンさん?あなた、深雪さんと達也のガーディアンとして来たのでしょう?同行するのは当然じゃないかしら?」

 

そう言われるとぐうの音も出ないが、ザンは舌を出している深夜の姿を見逃さなかった。

 

「あ…」

 

「わかりました、お母様。お母様の名代として行ってまいります」

 

深雪の言葉に退路を断たれ、天を仰ぐザンだった。

 

 

-○●○-

 

「めんそーれーー!!」

 

高価なスーツを身にまとった男性が、阿呆な出迎えをしてきた。

 

「お、お久しぶりです、叔父様」

 

「よく来てくれたね深雪ちゃん。それに達也君も」

 

「お久しぶりです、黒羽さん」

 

恭しく挨拶する達也に気を良くする貢。

 

「うんうん。ガーディアンはそうでなくちゃ。それに引き換え…」

 

「めんそーれー」

 

抑揚の無いふざけたザンの挨拶に、貢の額に青筋が走る。

 

「君はまだ自分の立場を理解していないようだね、桐生君。だいたい…」

 

貢の言葉をしれっと無視をして、どこかに電話をかけるザン。

 

「…あ、真夜様。今、お時間よろしいでしょうか。ただ今、黒羽貢様のパーティに呼ばれているのですが、何やら貢様が真夜様にお話したいとのことで、電話代わります」

 

はいっと端末を貢に手渡すザン。その顔には悪魔の笑みが浮かんでいた。

 

「真夜様、お久しぶりです。いえ、お時間をいただいてしまい申し訳ありません。…いや、特に桐生君に迷惑を受けているわけでは…。…はぁ、承知しました。いえっ、決してそのようなことは…。はい、失礼いたします」

 

なかなか止まらない冷や汗を拭いながら、端末をザンに返した。

 

「さ、さあ、よく来たねザン君」

 

引きつった笑顔で貢はザンを迎えた。

 

「深雪ちゃん、さぁ行こう。息子達も待っているよ」

 

達也とザンを壁際に残し、貢は深雪を連れて奥に行ってしまった。

 

「黒羽さんと面識はあるのか?」

 

達也に話しかけられると思っていなかったザンは、一瞬固まってしまった。

 

「?」

 

「ああ、すまない。今年の5月頃に『四葉』の仕事をしてね、その時の同行者が貢様だったのさ。仕事が始まる前にちょっとふざけたら、まぁ怒っちゃって。だから、あんまり印象が良くないんだろう」

 

軽く返すザンに、ため息をつきながら達也は右手を出した。

 

「あんな黒羽さんを見たことがなかったんだ。司波達也だ。達也でいい。よろしく頼む」

 

握手でザンは返した。

 

「ザンでいいよ、達也。こちらこそよろしく頼む。今日、二人とろくすっぽ話せなかったから、助かったよ」

 

「ああ、そうだったな。俺としても何を話してよいのかわからなくてな。真夜様の秘蔵っ子だというし、どう接したら良いかと思ってね」

 

「は?別に俺はそんな大した者じゃないぞ。話に尾ひれがついているなぁ。達也も12だろう?同い年なんだしよろしくな」

 

「俺は4月で13になったけどね」

 

「…同学年だろう?そこ突っ込むなよ」

 

中々言うやつだが、面白いやつだとザンは達也を認識していた。尤もそれは達也も同意見であり、似たもの同士かもしれない。

 

 

-○●○-

 

 

「深雪姉さま! お久し振りです」

 

「お姉さまもお変わりないようで」

 

文弥(ふみや)君、亜夜子(あやこ)さん。お久しぶりです。それにしても文弥君、今の時期にその恰好は暑くないのですか?」

 

文弥の格好は長袖長ズボンのタキシード。八月の、しかも沖縄ではかなり暑い筈だ。

 

「いえいえ、僕だって黒羽の人間です。どんなときでも恥ずかしくない恰好をいたしませんと」

 

胸を張る文弥は、本人は格好をつけているようだが、周りからは可愛らしく見えているだろう。

 

「その通りですわ、お姉さま。私たちも美しいお姉さまがいらっしゃるとの事で、精一杯着飾らせていただいておりますの」

 

亜夜子はどうやら深雪に対抗心を持っているようだ。黒羽文弥、黒羽亜夜子、四葉家の分家である黒羽家の双子で文弥は深雪と同じ次期当主の後継者候補の一人でもある。

 

きょろきょろしていた文弥が深雪に聞いた。

 

「あの、深雪姉さま。達也兄様はどちらに?」

 

「ああ、あの人でしたらあちらに」

 

右手を壁際にいる達也の方に向ける。達也はザンと何か会話をしているようだった。

 

―そういえば、桐生さんの説明はどうするのかしら。私お話もしていなくて分からないんだけれども―

 

深雪が悩んでいる間に、二人は達也の下に行ってしまった。

 

「達也兄さま!こんばんわ」

 

「ご機嫌麗しゅう」

 

「久しぶりだな、二人とも」

 

「達也兄さま、こちらはどなたですか?」

 

「私は桐生斬と申します。ザンとお呼びください。文弥様、亜夜子様」

 

「ああ、あなたが『傍若無人を地で行く』ザン様ですね。お父さまから伺っております」

 

「私に敬称はいりませんよ、亜夜子様。そうですが、お父君が…」

 

「そうだ、達也兄さま、この前僕は習字の先生に褒められたんですよ」

 

「私はピアノのコンクールで優勝しましたの」

 

「すごいな二人とも」

 

達也と談笑している二人を見て、貢は一瞬苦虫を潰した様な顔した。一方、貢の傍らにいた深雪は、達也が笑っている姿をみて寂しそうな顔をしていた。

貢はゆっくりと達也達に近寄り、笑みを浮かべながら子供達をたしなめた。

 

「こらこら、文弥、亜夜子。達也君、ザン君の仕事の邪魔をしてはいけないよ」

 

「あ、お父さま…」

 

「ご苦労様、しっかりお勤めを果たしているようだね」

 

「恐れ入ります」

 

 貢の社交的なあいさつに、達也は淡々と返す。

 

「『傍若無人を地で行く』私も、何とか果たさせていただいております」

 

口止めしておくことを忘れていた貢は、自分の失態に恐怖していた。真夜様のお耳に入ったらどうなるか。

 

「このパーティが無事に終わりましたら、真夜様にご報告しておきます」

 

にっこり笑っているが、目は笑っていない。

 

「う、うむ。よろしく頼むよ」

 

「あら、お父さま。少しくらいよろしいのではありません?深雪お姉さまは私たちがお招きしたお客様。ゲストの身辺に危害が及ばぬよう手配するのは、私たち役目ですもの」

 

「姉さまの言うとおりですよ。黒羽のガードは、お客様の身の安全も保証できないほど無能ではありません。そうでしょう、父さん?」

 

「それはそうだが・・・」

 

困っているように見えるが、話が流れてほっとしている貢だった。

 

「…文弥、余りお父上を困らせるものじゃないよ。黒羽さん、会場の中はお任せしてよろしいですか?自分は少し、向こうを見回ってきますので」

 

「私も達也と共にに見回りに行ってまいります」

 

「おお、そうかい?それは立派な心掛けだ。分かった。深雪ちゃんのことは任せておき給え。この場は責任を持ってお預かりしよう」

 

達也とザンの申し出に、貢はやや大げさに驚いて賞賛した。貢からすると話が流れたことを喜んでいるようにも見える。

 

「はい。私の奇妙なあだ名については、後ほど」

 

何一つ流れていなかった。後に真夜からの連絡を恐れていた貢だったが、ザンのあだ名について連絡が来ることは無かった。

 

 

-○●○-

 

 

会場に曲が流れてきた。

 

「叔父様、今日はパーティーにお招きいただきありがとうございます。母が参れませんでしたので、僭越ながら私が母の名代をつとめたいと思うのですが、一曲おどっていただけませんか?」

 

ほう、と貢は感心した。この年代の成長というのは目を見張るものがある。笑みを浮かべて貢は了承した。

 

「喜んで」

 

貢と深雪の、いや深雪のダンスに会場が酔いしれる。

 

「深雪姉さま、お美しい…!」

 

「やるじゃありませんの…」

 

文弥、亜夜子も見入っていた。深雪は視線を周りに向けると、達也とザンも見ていることに気がついた。

 

―お母様の代わりとして、そして四葉の次期当主候補として。期待に応えられる人間になるために、私に与えられて役割を、精一杯演じてみせましょう―

 

ダンスが終わり、賞賛の嵐。達也とザンも賞賛の拍手を送っていた。深雪は賞賛を満面の笑みを浮かべ、会釈で受け取っていた。

 




貢さんが、どんどん軽くなってしまう。

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