と言っても、デート描写は殆どなし。
何を書きたかったのだろうという疑問は胸の中に閉まっておいて下さい。
という訳で、第12話、始まります。
※2015.08.17 修正
5月初頭。
ライノの木が新緑の葉を付け始めたこの季節。
トリスタの町並みはすっかり春の情景から初夏のものへと移行しようとしていた。
そんなある日、休日であるにも関わらず日課である早朝の体力トレーニングから帰ってきたスレインは、自身が住まう第三学生寮の玄関にある応接用のソファーに座る眼鏡の少女に声をかけられたのである。
「あの、スレインさん、ちょっといいですか?」
朝の挨拶もなしにそう言われたスレインは、「予定があるので少しなら」と答えて急いで自室に戻る。トレーニングウェアから私服に着替えて、少女と共に寮の近くにある公園へと向かった。
まだ早朝という事もあり町を出歩く人は殆どいない。その為、ベンチに腰を掛けてから沈黙が数分続けば、それはそれで結構な重圧と変化するものである。更に言えば、この少女が話そうとしている事もスレインは予想済みなので尚更だ。
「エマ、言いたい事は分かるが……そんなに警戒するな。俺まで身構えちまう」
沈黙に耐えられずそう言葉を口にすると、エマは「すみません」と一言謝るとまた沈黙してしまう。
「何も言ってなかったけど、薄々気づいてたんだろ? それと同じ理屈で俺も気づいてたさ。そして、エマが何も言わなかった様に、俺もまたエマの事は言わない。それでいいんじゃないか?」
時は遡る事、数日前。
初めての特別実習から無事帰還したⅦ組は、A班とB班における実習時の出来事を共有していた。
B班の結果は当初の問題であるユーシスとマキアスの仲違いもあり、結果は飛散なものであったらしい。
それでいてA班の結果は最高評価だった事もあり、話の中心はそちらの出来事になっていく。その折にスレインについての数々の話題が出てきて、B班のメンバーはそれぞれが驚愕の表情を浮かべていたのだが、エマ1人だけは何やら腑に落ちない表情を浮かべていたのだ。
それから数日、学院内でもエマの視線を感じるものの、話しかける事はなかったのでスレインも気にかける事はなかった。そして、やっと決心が付いた様で、誰も聞かないであろうこの時間に話しかけてきたのである。
恐らくの所、目の前にいる眼鏡の少女、エマ・ミルスティンは恐らく魔術について知っている。
スレインは入学時からエマに対して同系統の力を感じていた。決定的だったのは、数日前の会話の中でエマの表情が変わった瞬間の話題。
スレインが、アーツではなく
全員がその未知なる現象の話でスレインに目を向けていた中で、1人俯き難しそうな表情をし始めたのであれば、情況証拠としては十分過ぎる内容であった。
「それにさ、あの時も言ったけど、俺は何でそれが使えるか知らないんだよ。だから何か聞かれても答える事は出来ない」
自身にも言い聞かせる様にゆっくりと言葉を続ける。
数秒後、俯いたままだったエマがこちらの目を見据えて言葉を出す。
「そう……ですね。すみません、分からない事を聞こうとして」
それでもまだ腑に落ちない表情をしているエマは、聞きたい事を我慢している様だった。
「まぁ、さ、俺の俺の事で何か分かったら知らせるよ。それがエマに取って聞きたい事かは分からないけど、少しは悩みが解消出来るかもしれないしな。それに、急がば回れって言うだろ」
そう言葉を告げて、エマの頭に手を乗せ優しく撫でる。
それが正しい言葉なのか、正しい行動なのかは分からない。でも、反射的に行ってしまったので、今更手をどける訳にもいかなかった。
「あ……スレインさん、その……」
「あんまり悩み過ぎるなよ? ただでさえB班は厄介事に巻き込まれてたんだし、少しは頭の中をクリアにして学生生活を楽しもうぜ?」
その言葉に苦笑いで返したエマと共に、スレインは出発の準備をする為に寮へ戻っていったのであった。
「なんて言ったはいいけど、実際何が聞きたかったんだろうな……」
帝都ヘイムダル行きの列車内。
スレインはとある女性と先日約束したお礼をする為に一路帝都へと向かっている。その列車内で早朝の会話を思い出していた。
「(まぁ、何にしろ、俺ももう少し自分の事を知るべき……だよな)」
移りゆく景色を横目に心のなかでそう呟いたスレインは、もう間近で着く帝都へ到着する事に気づき一度感情をリセットする。
これから会う相手に対してどうやってお礼をするかを考えるのであった。
帝都ヘイムダル
エレボニア帝国中央部に位置し、古来より帝国の首都して存在する人口八十万の大都市である。
帝都ヘイムダルは16の街区に分かれており、北側に皇宮と帝国政府の入る《バルフレイム宮》などの政府関連の建物が集積街区を筆頭に、それぞれが地方都市並みの規模を持っている。
トリスタからも列車で半刻程度の距離に位置しているので、短い列車旅を終えて帝都に到着すると、駅のすぐ横に併設している鉄道憲兵隊の詰所へと向かう。
これから会う女性は非番だというのにわざわざ職場に足を運んでいるらしい。律儀というか何というか、詰所が待ち合わせというのも華がないものである。
「あ、ドミニク少尉! おはよう御座います。クレア大尉は今どちらへ?」
詰所入り口で部下に指示を出し終えて、一息付いている女性士官へと声をかける。
周りには見知らぬ憲兵を多いので、ある程度節度も持った言葉を選ぶ様にしておいた。
「あら、おはよう、スレインくん。大尉ならあと10分程で来ると思うから、もう少し待っててもらえる?」
帰ってきた言葉は予想通り。列車の時間までは言ってないので、待つ事は覚悟の上だった。
「分かりました。てか、大尉は非番でも詰所に顔を出すんですか?」
「んー、時々かなぁ? 基本的には来ないわよ? ってか何?今日はデートな訳?」
周りの兵士達がそれぞれ散らばった事を確認した途端に、口調は砕けてわざとらしく肘で小突く女性。あからさまに楽しんでいる様な顔つきである。
「まぁ、第三者から見たらそうなりますね。男女二人ですし。あ、でも、見た目上は姉弟って筋もありそうですね」
「何でそんなに冷静なのよ。大尉の方は今日、とっても機嫌が良いわよ〜?」
表情を作らず冷静に言葉を紡いでも、この女性には何の意味も持たない。
それを分かっているからから、無駄な表情は作らないのだが。
「じゃ、そういう事にしときますよ。あ、そしたらついでにもう一つ。最近、大尉って何か欲しがってました?」
「んー……そういう話は聞いてないかな? あ、でも、私じゃないんだけど、他の隊員が『サン・コリーズ』に大尉がいたのを見かけたそうよ?」
サン・コリーズとは、ガルニエ地区にある高級宝飾店である。
女性であれば足を運ぶのは当然な店だ。ドミニクがその後「何やら一人でショーケースを前に悩んでいる様な感じだった」と続けたので、情報としては十分である。
「サン・コリーズね……なるほど。少尉、情報提供の御礼として後でミモザのベリータルトを送りますね」
「あら、いいの〜? 楽しみにしておくわ♪」
場所が場所という事もあり、こちらは口調を崩さずに話していく。
ドミニク少尉の大好物である、百貨店内の喫茶【ミモザ】の名物を贈呈する約束を交わす。
この女性がどこまで考えているか分からないが、こうも親切に情報を教えてくれたのだ。それくらいの礼はしないと、後々面倒である。
そのまま彼女は職務へと戻っていったので、入口で待つのも失礼なので詰所を出る事にした。
「スレインさん、お待たせしてすみません」
外で待っている事数分。開けられた扉から女性が現れてこちらに歩み寄る。非番という事もあり、前回と違い軍服ではなく私服であった。
タートルネックまではいかないが、首元まである黒のインナーに青のベスト。その上にはベージュのジャケットを羽織っている。下は膝上十五センチの濃紺のスカートにロングブーツを履いている。
なまじ美人である為に、そんなラフな服装でもこう、様になっている。
「いや、今さっき来た所大丈夫。ってか、クレアの私服を見るのも久々だが……似合ってるな」
さすがに凝視する事も出来ず、目を背けてそう言ってしまう。女性は優しく微笑むと律儀に一言お礼を述べた。
「さ、とりあえず行くか。飯、まだだろ?」
「えぇ、お先に昼食ですか?」
クレアには今日の予定について全く話していない。
話してもよかったのだが、それだと面白くない。御礼自体もまだ何も考えていなので、ギリギリまで情報を集めるべきと判断したのもある。
そうして二人は帝都のメインストリートである『ヴァンクール通り』に構える百貨店内の喫茶【ミモザ】へ向かった。
「スレインさん、わざわざ学院がお休みの日にすみません」
「んぁ? 別に問題ないぜ? 帝都なんて近いし、今までの俺からしたら正直休みすぎだ」
時刻が昼時時という事もあり店内はけっこう混んでいたが、運良く奥の席が空いていた。
ちなみに百貨店を選んだ理由は、クレアがついでに見たいお店があったという理由だ。
「確かに以前は働き過ぎでしたからね。私も正直心配でした」
「それは
呆れ声でそう言って、ため息をつく。それに対して優しい微笑みを見せるクレア。傍から見ればそれは年齢差など関係なく、仲の良い男女のそれの様である。
「そういえば……あれから一年、ですか。月日が経つのは早いですね」
「そうだな。そういえば全く気にしなかったけど、確かこの席だったな。いや、あん時は焦ったぜ? 誤認逮捕もいいトコだわ」
「あ、それは、その……今でも申し訳ないと思っています」
バツの悪そうな顔をして俯いて、何やらブツブツと言っている。
まぁ、かの有名な『
「ま、でも、あれがなかったら面倒な事になってたんだし、結果オーライだろ。ってか、まだ一年なんだな。頻繁に会ってたから、もっと前な気がするよ」
「確かにそうですね。あの件以来お世話になり続けてますし、何だか悪い気がしますね」
「あぁ、気にするな。半分くらいは仕事の延長だからな。こっちだって『子供たち』に世話になってるしお互い様だろ」
互いに気遣いの言葉を掛け合っていては、この状態が止まる事はない。
それを知っている二人は互いに微笑み話題を変える。そうして一頻り談笑した後に、百貨店内を回るのであった。
――♪―♪―――
「わりぃ、着信入ったからちょっと待っててくれ」
クレアにそう言い残し、少し離れてARCUSを取り出し、呼び出しに出る。
『や〜、スレインくん。久しぶりだね〜♪ 僕に会えない日々はちゃんと眠れたかい?』
開口一番こんなアホみたいな話をする人間は一人しかいない。放蕩皇子ことオリヴァルト・ライゼ・アルノールだ。
「何の用ですか? てか、その前に何で俺の番号知ってるんですか?」
『全部スルーだなんてヒドイじゃないか。番号なんて簡単だよ。誰が支給したと思ってるんだい?』
「で、何の用ですか? こっちも人といるんで、冷やかしなら切りますよ?」
一々話に付き合っていたら埒が明かないので、とにかく話は全部スルーする。
『スレインくん、今帝都に来ているらしいじゃないか。いや、せっかくの機会だから、お茶でもどうかなと思ってね。バルフレイム宮まで来れないかな?』
「……何かあったのか?」
先程の会話のトーンよりも少しばかり慎重な声色に変わった事に気付く。
『まぁ、そこまで緊急という訳ではないのだが、それは会ってからにしよう。ちなみに
そこまで今の状況を知ってるという事は、この呼び出し自体が何が意味があるものだろう。ただお茶をする為の誘いではないというのは、容易に想像が出来る。
予定を変更された事には憤慨を覚えなくもないが、1つだけ言伝を頼んで電話を切る。と言っても、最後に盛大に茶化されたので、無理やり切ったとも言えるが。
「クレア、悪い。予定変更だ。アホ皇子に呼び出しくらった」
ウィンドウショッピングを終えてベンチに腰を掛けていた相手に電話の内容を共有する。
そうすると彼女は一瞬だけ険しい表情をしたが、すぐさま冷静さを取り戻し、バルフレイム宮へと向かうのであった。
―――*―――*―――
「で、これは一体何のつもりだ?」
場所はバルフレイム宮内、皇族が利用する応接室。
豪勢な刺繍を施した幅広のテーブルには、人数分の紅茶と如何にも豪華そうな茶請けの数々が並んでいる。そして、目の前には呼び出した張本人が優雅に紅茶を飲んでいる。
「だからお茶をしようと言ったじゃないか♪ ん〜、やっぱり美味しいね。お二人も遠慮せずに召し上がってくれたまえ。僕のお気に入りだからオススメだよ?」
「と、とりあえず頂きましょうか、スレインさん」
本心が読めないオリヴァルトを相手に呆れてそう話し、紅茶に口を付けるクレア。あからさまに呆れた表情をしながらそれに続いて紅茶を頂く。
「ん……確かに美味いな。……さて、とりあえず俺が帝都にいる事はどこから聞いたんだ?」
「あぁ、それかい? それはサラ君から聞いたのだよ。学院の関係で電話をしていてね。たまたま話題が君の話になったので、その時に。そう言えば、その時のサラ君はどこか拗ねている感じであったよ? いや〜、罪な男だね〜スレイン君♪」
そう言ながらこちらに向かってウィンクを飛ばしてくる。横では横で、その言葉の意味を悟った瞬間に頬を染めている。なんだかこの雰囲気、とても面倒である。
この反応を楽しむかの様にオリヴァルトは更に会話を続ける。
一頻りこの雰囲気が続いたので、話を全て横に流していたが、本題に入った所で意識を戻す。
「……という訳なのだよ。だから、学院……いや、帝国の方に何かあった時はスレイン君に動いてもらう可能性が出てくる。といっても、杞憂かもしれないけれどね」
クロスベルの方が賑やかになっている。二杯目の紅茶を飲みながらそう言って話を続けたオリヴァルト。
勿論、この場合の賑やかと言うのは、活気があってのそれではなく、
「それにね、どうやら帝国とクロスベルの両方で“彼ら”が動いているらしい。そうなると流石に宰相殿でも一筋縄ではいかないだろう。それに隣に力を入れすぎて、足元を掬われるというのも些か問題だからね」
彼は最後にそう言い、先程と変わって慎重な面持ちでこちらに目線を向ける。
「なるほどな。国内の結社は俺、貴族派はクレアに目を光らせろ。そういう事か」
この皇子の考えている事だ。この言葉の本質の部分は別にあるだろう。考えているシナリオには、最悪のケースまで想定しているらしい。
「私をお呼びしてまでこのお話を聞かされるという事は、閣下との命令とは別に動け。という事でしょうか?」
一人納得のいっていない表情でそう告げるクレア。
それもそのはず、オリヴァルト皇子と鉄血宰相ことギリアス・オズボーンは、表面上では皇族と国内の政治代表としての関係であるが、それはあくまで表面。
オリヴァルトは、帝国内で起きている対立―――宰相率いる革新派と、四大名門率いる貴族派のどちらにも関与せず、真正面からぶつかる第三勢力として存在しようとしている。
公言こそしていないものの、少し前に起きたリベール異変から帰国後の動きは、関係者から見れば一目瞭然のパフォーマンスが多い。
そういった背景もあり、宰相直属の精鋭
「いや、そういう訳ではないよ、クレア君。君にそんなスパイじみた事は頼まない。僕もまだ命が惜しいからね。どちらかと言うと、ただ警戒しておいて欲しいという事なんだ。宰相殿の事だから万事問題がない様にすると思うのだが……相手の戦力分析をしない上で過小評価するのは問題だからね」
「ま、この皇子の事だから、俺と一緒だと断らない。とでも考えてんだろ? 俺がYESと言っていて、そっちは警戒レベルでいいんだったらYESと答えるのが道理だろ。ましてや皇族直々のお願いだしな。わざわざ連れて来いって言うから何かと思ったら、そっちがメインなんじゃねぇのか?」
そう言って一呼吸置くと、背もたれに寄りかかっていた体を起こす。真剣な眼差しでオリヴァルトを見据えてから言葉を続けていく。
「言っておくが、今は休業状態で皇子の手駒ではない。だからこそ言うが、この状況下で仮に第三、若しくは貴族派が革新派とぶつかっても、俺は
「ふふっ、流石スレイン君だね。僕に牽制すると同時にクレア君の疑問点を代弁し、更に愛の告白じみた事まで言うとは。やはり君は罪な男だ。大丈夫、その様な事はしないよ。アルノールを冠する者として誓おう」
半ば笑いを堪え切れていないが、しっかりと皇族の名の元に正当な誓いを立てた。そして、自身の言葉をわざとらしく強調して言い換えたオリヴァルトの言葉に、頬を染めて俯いてしまい言葉を失うクレア。
その二人の状態を見て、どうしてこうなったのかと思いながらも、オリヴァルトが急に話題を変えた事に心の中で礼を述べる。
そうして、話題は再び元のお茶会に合わせたものとなって、談笑を続けるのであった。
「では、そろそろお開きにしようか。僕も忙しい身なのでね」
「はい、ありがとうございました」
「あぁ、今度からは事前に言ってくれよ」
そう告げて招かれた二人は退室しようと扉を出るが、スレインのみ呼び止められる。クレアには外で待っている様に告げてオリヴァルトの元へ近づく。
「忘れる所だった。はい、頼まれた品だよ。まさか彼女だとはね」
目の前の青年は紙袋を渡しながらそう言う。顔は勿論ニヤけている。
「そんなんじゃねぇよ。ケルディックの件でパシったお礼だ」
「ではそういう事にしておこう。しかし、そんな事して大丈夫なのかい? 影響がない訳ではないだろう?」
先程までの顔つきが一変して真剣なそれに変わる。
「あぁ、言葉ではない限り問題ないのは知ってるだろ。それに、誰相手でも俺にその気がないからな。そんな事知ってるだろうに」
無表情のまま彼を見据えて言葉を返す。この話題に対してはノーコメントと言わんばかりの目線も合わせて投げかけてる。
「大丈夫という事だからそっちはいいとして、その気がないというのは聞き捨てならないね。いくら君でも
「それはそれ、これはこれだ。人外の力を持っているとな、身の近くには何も置きたくないんだよ。いくら手練であっても結社相手には危険だ。身をもって体感してるだろ?」
リベールの異変時に、結社を相手に直接やり合っているオリヴァルト。報道には出ていないものの、リベールの異変は秘密結社《身喰らう蛇》が首謀であった事。その際、オリヴァルトが潜入し事件解決に一枚噛んでいる事は、一部の関係者では有名な話である。
「いや、だからこそだよ。愛は人を強くする。あの二人を見ていたからこそ、尚の事そう思うのさ。君の呪いは幸いな事に、その感情までも捨てる必要はない。言葉にしない表現はいくらでもあるものさ」
「向けられる感情が
流石にキレるぞ。と言いかけたタイミングで、目の前の青年は微笑みながら彼の肩に手を乗せる。
「まぁ、それを知っていて、この状況を作り出した僕も同罪だ。これ以上はやめよう。それと……Ⅶ組の事頼むよ」
その言葉と同時「僕の事は今後、オリビエと呼んでくれ」と告げて少年を送り出す。わざわざ自分がよく使う偽名まで持ち出してくる辺り、今後も連絡をするつもりなんだろう。
その後、大幅な予定変更を余儀なくされたスレインは、ヴァンクール通りのブティックに寄り礼装を整え、帝都歌劇場で開かれているコンサートを鑑賞して1日を終わろうとしていた。
勿論、ブティックでのクレアの慌て振りは異常なもので、慌てたり頬を赤らめたりと、忙しそうな表情であったのは言うまでもない。
「ほい、クレア。本日のメインイベント。ちゃんとした入学祝いのお礼だ。」
列車の時間まで少し余裕があったので、二人は駅内にあるカフェで一服をしている。先程オリビエから渡された紙袋をクレアに渡した。
「え、いいのですか? バルフレイム宮から出る時から持っていましたけど……」
「そ、自分で買った訳じゃないから何とも言えないが……多分合ってると思うから中開けて確認してみてくれ」
「? ええ、それではお言葉に甘えて」
不審そうに頭を傾げて、包紙を綺麗に開けていくクレア。と同時に手に持った物をこちらの顔を交互に見て声を上げる。
「え、ええ!? スレインさん、どうしてこれを!? というより、どうしてこれが!?」
手元にあるのは、自分が気にかけていたシンプルなゴールドのネックレス。小さな粒のボールチェーンの先には細めで小さな台形タイプのプレート、その先端には同サイズのリングが付いている。先日の休暇の際に宝飾店サン・コリーズで購入をしようか迷った挙句、軍人の自分には勿体無いと思い諦めてしまったアクセサリーである。
何故自分が欲しかったものが分かっていて、それを買ってくれたのか。そういう質問だと思うのだが、いつもの彼女ではあり得ない興奮した表情で質問を飛ばしている。どうやら物は合ってたみたいだが、この反応は予想を上回っておりサプライズにしては花丸だろう。
「その反応からしたら正解みたいで良かったよ。予定では直接にお店を行くハズだったんだけどな。急に予定が変わったから危なかったぜ」
どんなものが欲しいかはドミニク少尉から聞いていた。
そして、オリビエとの電話でした約束。それは、宝飾店サン・コリーズで、クレアが気にかけていたアクセサリーが合ったら買ってくる事。なかった場合はシンプルなネックレスタイプの物にしろ。そう伝えていたのだ。
バルフレイム宮からの帰り際にオリビエから言われた事の顛末は、使いに出したメイドが、クレアが気にかけていた品を店員から聞き出して買ったから間違いない。という事だった。
「そ、そうだったのですね。とても嬉しいです。大切にさせて頂きますね」
少し恥ずかしそうにそう言ったクレアの表情は、今日一番の笑顔だった。
その表情を見れただけでも、こちらも茶化される覚悟と恥を惜しんであの皇子に頼んだ甲斐があったものである。
「また何かあったら頼むかもしれないが……その時はよろしく頼むよ、クレア」
そう言うと同時に列車到着のアナウンスが流れたので席を立つ二人。
駅の改札口まで一頻り談笑をした後、形式的な挨拶を交わしそれぞれの帰路についたのであった。
「(スレインさん、流石にこれは反則ですよ)」
改札口から先程まで一緒にいた、とても頼りになり、自身の恩人でもある計算高い少年。
その後姿が見えなくなるまで見送る彼女は、その二つ名には似つかない程の暖かく愛らしい微笑みをして心の中でそう呟くのであった。
何やら怪しい言葉がポツポツ出てきましたね。
スレイン君の言動や皇子が話す呪い……
今後明らかになっていくのですが、一体どんなタイミングで明らかになるのか。
それは神のみぞ知る……という感じです(笑)
それでは、今回もお読み頂きありがとうございました。