英雄伝説 魔の軌跡   作:閃の細道

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特別実習もついにノルドへと進みます。

ノルドは移動に時間が掛かるという性質で、足早にゲームを進めてしまった事を、今更ながら後悔しております…

さて、ノルドの地でスレイン君はどう活躍するのでしょうか。

第22話、始まります。


第3章
恵みの風と蒼穹の大地


 

 Ⅰ組の乱入というドタバタした実技テストを終えて、例のごとく特別実習の知らせが担任教官のサラから配られた。

 一同は次なる実習地は何処かとワクワクしながら受け取って確認をしていく。

 

 

【6月 特別実習】

 

  A班:リィン、アリサ、エマ、ユーシス、ガイウス、スレイン

  (実習地:ノルド高原)

 

 

  B班:マキアス、フィー、ラウラ、エリオット

  (実習地:ブリオニア島)

 

 

「なんで俺とスレインは固定なんだろうな」

 

「そうだなー。これだと皆に関係がバレちまうな、リィン君」

 

 少しばかり重苦しい雰囲気が残っていたので、それを取り払おうと思って発言した言葉に、全員が一斉にリィンの方を向く。

 目線はジト目の者もいれば、何かを悟る者までいる。言葉にはしないものの、それは軽蔑の眼差である。その光景を一人楽しむスレインは堪え切れない笑いを声に出す。

 

「スレイン……頼むからそういう冗談は辞めてくれ」

 

「ははっ、俺じゃなくてリィンにだけ視線が行く辺りが面白いな」

 

「だって、スレインはあり得ないじゃない。年上の女性とばかり仲良くしてるし……」

 

 なんて事を言い出したアリサは、自身の発言に恥ずかしくなったのか、語尾が聞き取れない程の小声になっていく。

 

「なんだ、アリサ。その自分も構ってもらいたいみたいな発言。そういうのはリィンみたいな男に言った方が効果あるぞ?」

 

「な、何言ってるのよ!? 別にあたしはそんなんじゃないんだから! 誤解を招く様な発言しないでもらえるかしら」

 

 頬まで染めて自棄になって否定する辺り、やっぱりこの少女は初心である。からかい甲斐があるものだ。

 

「なぁ、スレイン。何でそこで俺の名前が出るんだ?」

 

「ん? 何、アリサみたいな女の子は嫌な訳? もしかして、本気でそっち?」

 

「本当に勘弁してくれよ……」

 

 含み笑いをしながら言うと、リィンは本当に困った様な表情で肩を落としながらぼやいていた。

 

「しかし、スレイン。アリサの言う通り、そなたはサラ教官やシャロンさんと仲が良いと思うが……」

 

「確かに貴様の周りには女性が多いな。一体どんな関係なのだ?」

 

 何故か話を巻き戻してラウラとユーシスが不思議そうな表情でこちらを見ている。それは一同も同じな様で、もはやリィンの相手は誰一人していない。

 

「そんな事聞いても浮いた話なんて出てこねぇよ。遊撃士なんてやってると年上と話す方が楽なだけさ」

 

 笑いながらも視線を空に向けて何処か遠くを見つめる。

 せっかく和やかムードに戻ったのだから、学生に相応しくない話はこの場ではしない様に話題を変えたスレインであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

「まぁ、アリサ、落ち着け」

 

「落ち着いていられないわよ! しかもなんでシャロンまでいる訳!?」

 

 アリサが苛々している様であったので声を掛けたのだが、どうやら逆効果であったらしい。自棄になって文句を言い始めている。

 

 現在はノルドへ向かう貨物列車内。アリサを苛立たせている原因は、最後の乗り換えを行うルーレ駅構内で起きた。

 ルーレに到着し、乗り換えをしようと貨物列車方面へと歩いていたら、アリサの母親でラインフォルト社の会長であるイリーナ・ラインフォルトと遭遇した。ちなみに横には飛行船で先回りしたシャロンが立っていたのだ。

 その際、最低限の挨拶のみを残して去ろうとしたイリーナに対して、アリサは自身が家を飛び出した事への言及もない事に怒鳴り散らした。しかし、それに対して何の感情も抱かず、自身がユーシスの兄ルーファスと同じく『常任理事』である事を告げて去っていったのである。

 イリーナの性格もアリサの内心も知っているスレインは特に何も感じなかったのだが、他の面々は少しばかり苦い表情をしていたのは言うまでもない。

 

「そりゃ出張なんだからシャロンがいるのも当たり前だろ」

 

「……あなたは知ってた様な感じね?」

 

 アリサにジト目で見られている様な感じがするが、その視線に痛々しさを感じるので、目を合わせる事をせずに答えていく。

 

「予想してただけだ。ルーレで乗り換えがある時点で、鉢合わせ出来る様に段取りを組むかなぁと。それに本社から出る以上はシャロンが同席しない訳がない。ただそれだけだ」

 

「なんで母様と鉢合わせするって知ってるのよ!?」

 

「だから、あの人、常任理事だろ? 実習先から列車の時間まで全部分かるじゃん」

 

「そうじゃないわよ! 何でそんな事予想出来るのかって事!」

 

「何となくだよ何となく。あー、もう分かったから騒ぐな」

 

 その言葉でやっと自覚したのか、アリサは勢いに任せて上げてしまった腰を無言で座席に戻す。

 

「(たく、親子揃って素直じゃねぇなぁ……)」

 

 スレインは以前ARCUS開発に伴い、イリーナ会長とは何度か顔を合わせている。その時にアリサの話になった事がある。イリーナ会長も「人だから」としか言いようがないのだが、一回だけウッカリ本音を出してしまった事があるのだ。

 勿論、その時の話は他言無用となっているので誰にも言えない。

 ましてやアリサに行ってしまったら最後。ラインフォルトから受け取る利益などなど。全てがまっ白になる可能性もある為、今回は何も言わないでおこう。

 そうこうしている内に、列車は長いトンネルを抜け、青空の光と共に遠くに広大な草原が窓に広がっていく。

 

「ノルド高原……思っていた以上に壮大な場所みたいだな」

 

 ここまで無口を決め込んでいたユーシスから声が溢れた。

 

「まぁ、それはゼンダー門を越えてから言った方がいいぞ?」

 

「確かにそうだな。スレインはノルドに来た事があるのか?」

 

 ガイウスが不思議そうな表情をして問いかける。それもそのはず、ここまでノルドの説明もあったのだが、その時は全く話に参加していなかったのである。

 

「ああ、昔に何回かな。中将は元気か?」

 

「ああ、入学前が最後だが、元気に見送ってくれたよ」

 

 他の皆も窓からこちらに目線を変えたのだが、到着のアナウンスと共に一同の会話は終わりを告げるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお、やっと到着したか」

 

 ホームを降りると、そこには正規軍の兵士を連れた隻眼の男性が待っていた。

 

「中将、ご無沙汰しています」

 

 ガイウスが声を掛けた、中将と呼ばれる男性は、一瞬微笑んだ後に値踏みするように制服を見ていた。

 

「うむ、数ヶ月振りになるか。士官学院の制服も新鮮でいいな。『トールズ士官学院』……真紅の制服は初めて見るな」

 

「中将、お久しぶりです。これが『特化クラスⅦ組』の象徴たる色ですよ。中将由縁のとある家系と同じ様な気がしますけどね」

 

「おお、スレインではないか。久しいな。話には聞いていたが、君の制服姿もまた新鮮だな」

 

 目の前の男性は視線を変えてスレインを一瞥し微笑む。

 ガイウスへの表情がどこか家族的なものであるならば、スレインへのそれは友人に対するそれの様なものだった。

 

「こっちの仕事はどうですか? まぁ、中将からしたら物足りないと思いますが……」

 

「うむ、やり甲斐はあるからな。楽しくさせてもらっている」

 

 また何やら意味深な発言をし始めたスレインをガイウスが制し、一同は軽い自己紹介をしていき、中将と呼ばれる隻眼の男性も合わせて自己紹介をした。

 

「帝国軍第三機甲師団、ゼクス・ヴァンダールだ。以後、よろしく頼む」

 

 ゼクス・ヴァンダール。

 通称、隻眼のゼクスと呼ばれるこの男性は、『アルノールの守護者』と言われる皇族を守護する部門の一族であり、ヴァンダール流と言われる剣技は、アルゼイド流と並び、帝国の双璧を成す流派である。

 そして、補足であるが、オリヴァルト付きのミュラー少佐の父親にも該当する。

 

「中将、お願いしていた件ですが……」

 

「うむ、用意しておいたぞ」

 

 ガイウスとゼクスの会話に疑問点しか出てこない一同だったが、ゼンダー門の出口方面と歩を進める二人を追いかけていく。

 ゲートをくぐりゼクスに先導された先には、先程の疑問が完全に吹き飛ぶ程の広大な高原地帯が目の前に広がった。

 

「こ、これは……」

 

「なんて……なんて雄大な……」

 

 リィンとエマはそう呟き、他の者は声も出ずに、鉄路の果てに広がる蒼穹の大地を目にただただ圧倒される一同。

 

 ノルド高原は帝国北部に位置する高原地帯。遊牧民が独自の文化を持って暮らしている異境の地。厳密には帝国領ではなく、帝国と共和国に接する係争地だが、かつてドライケルス大帝が獅子戦役の折に挙兵した地でもあり、帝国との関係は深い。

 軍馬の産地としても知られ、帝国の紋章『黄金の軍馬』はノルド産の軍馬をモチーフにしたと言われている。

 という、総合教科書にも記載された解説を頭の中で完了させたスレインは、一同がノルドの地に感銘を受けている横で、ゼクスの方に目を向ける。

 

「中将、共和国(あっち)は大丈夫なのか?」

 

「うむ、今のところは問題ない。急にどうしたのだ?」

 

 スレインの急な問いかけに顔色一つ変えずに答えるゼクス。

 

「いんや、変な風が吹いてるだけさ。警戒を怠らない様に注意……ってとこか?」

 

「ふむ、承知した。何かあったらすぐに伝令を出そう」

 

「ノルドでそれは遅いって。自分で気づくわ」

 

 その言葉にゼクスは微笑みながら「確かに」と答えて、一同に目をやる。それと同時に先程の会話であった、用意していたものがやってきた。

 

「五頭用意するのに手間取ったが、これで集落まで行きなさい」

 

 ゼクスの言葉通り、兵士たちが連れてきた五頭の馬が一同の前に並ぶ。

 

「ああ、高原での移動は馬がないと成り立たない。中将から聞いていたスレインと馬術部のユーシスは勿論、リィンとアリサも乗れると聞いていたからな」

 

 ガイウスの言葉にアリサが一抹の不安を抱えながらも「大丈夫」と返し、馬の事などを踏まえてエマはアリサと同乗する事になった。

 

「スレインも馬に乗れたんだな。そんな話聞かなかったから知らなかったよ」

 

 ノルドの集落へ向かう道中、手慣れた手綱捌きをしながら話すリィン。

 

「おお、話す内容でもなかったからなー。多分、ユーシス以上の自信はあるぞ」

 

「なんだと? 貴様、ガイウスではなくこの俺に向かってそう言うのか?」

 

 挑発するつもりではなかったのだが、そう捉えた様である。ユーシスはしっかりと話に乗ってくる。

 

「じゃぁ、三人で勝負でもするか? ガイウス、集落はこのまま北だろ?」

 

「いいだろう」「いいな」

 

 珍しくリィンも最初から勝負に乗ってきた辺りは流石というべきか。乗馬という普段とはまた違う状況の為に、闘争心がいい感じに上がっているみたいである。

 

「ああ、そうだ。俺はアリサ達と向かうから先に向かっていてくれ」

 

 ガイウスの言葉と同時に三頭の馬のスピードが上がる。

 後方から「まったくもう」と呟くアリサの声が聞こえたのだが、乗馬中のリィンとユーシスの表情があまりにも楽しそうである。

 アリサに合わせたスピードで走っていた為に、先程から「もっと早く風を切りたい」という表情が二人から見えていた。だからこそスレインがこの提案を出した。なんて事は、誰も知らなくていい情報であった。

 

 

 

「ありえん……」

 

「なんか、勝負にならなかったな」

 

「だから言ったろ? 自信あるって」

 

 愕然とするユーシスと苦笑を漏らすリィン。その横には勝利が当たり前という表情をしたスレインがいる。

 ちなみにこの言葉は、三人が到着してから暫く後に着いたアリサとエマが勝負の行方を聞いた時に出た言葉だった。

 

「そんなに差があったんですか?」

 

「差なんてものではないぞ。五分以上の大差だ」

 

 エマの質問に愕然としながら答えるユーシス。

 

「五分って……どうやったらそうなるのよ?」

 

「……馬の進行方向に合わせて前の風を左右に流しながら、後方から追い風を発生させる。これ使うと、どんな馬でも嬉しくて懐くんだよ。だから更にスピードが上がる。俺に乗馬で勝つなら、風を操れる様にならんと無理だな」

 

 アリサの問いに冷静に答えたスレインは、そのイカサマ地味た戦法にため息しか出なかった。

 勿論、それはここにいる一同全員に共通して言える出来事だった。

 

「フフ、良き友に恵まれたものだな」

 

「父さん、母さん、ただ今戻りました」

 

 民族衣装を着た家族が目の前に現れる。父親と思しき男性がそう声をかけると、今まで微笑みながら傍観をしていたガイウスが答える。

 

「ふふ、お帰りなさい。―――皆さんも初めまして。ガイウスの母、ファトマです」

 

 その言葉に驚愕する女性陣。それもそのはず、ファトマの年齢は母と感じさせない若々しい姿である。

 

「ガイウスの父、ラカン・ウォーゼルだ。よろしく頼む。士官学院の諸君」

 

 ガイウスよりも背が高く、民族衣装の上からでも分かるその逞しくもあり引き締まった身体は、正に屈強の戦士そのものの様だった。

 そして、一緒に来た子供たちをそれぞれガイウスの弟トーマ。上の妹シーダ。下の妹リリと紹介を受けた。

 時刻は既に夕暮れであるので、ラカンの言葉の元、荷物を用意された客人用の住居に置き、まずはウォーゼル家で夕食となった。

 ノルドの民は遊牧民であり、ゲルと言う移動式住居で暮らしている。帝国民にしたら馴染みのない座敷の様なスタイルには、スレイン意外の一同は普段とかって違うマナーにだいぶ苦戦していた。

 

「いや〜、しかし美味いな、このキジ肉。岩塩の塩梅も良くて香草の風味がしっかりと付いてる」

 

「あら、お口に合ったようで嬉しいわ」

 

 スレインの的確な表現に、「作った甲斐があります」と付け加えて返答するファトマは終始笑顔である。

 それはスレイン以外の面々も、普段食さない自然の恵をふんだんに感じる遊牧民料理に舌鼓を打っていくるからである。

 

「スレイン、よくそこまで分かるな」

 

「ああ、俺、元々自炊派。当たり前」

 

「当たり前ではないでしょうよ……」

 

 リィンの質問にサクッと答えたスレイン。それを聞いていて、最後の一言だけは理解出来ずに呟くのはアリサである。

 

「お前さんたち、あれだぞ。ノルドの料理は滋養強壮としても有名だからしっかり食っといた方がいいぞ」

 

「スレイン君と言ったか、よく知っているな」

 

 自身が言おうとした言葉を先に言われたので、ついつい言葉が出てしまうラカン。

 

「ええ、以前ゼンダー門に来た時に、ゼクス中将から聞いたんですよ。たまたま疲れてたんで、その意味をしっかりと体感しました」

 

 深く話す内容ではないので上辺だけを見繕って言葉を並べていく。

 

「なるほど。若いのに色々な事をしているんだな」

 

「いえいえ、ノルドの民程ではありませんよ。この広大な地で遊牧をしているからこそ、ラカンさんやガイウスの様な屈強な人物になるのでしょうから」

 

「はははっ、上手いことを言うのだな、君は。学生でなければ一杯やりたいものだ」

 

 ラカンの言葉に「皆の目をごまかせたら是非」と言った途端、A班一同の目線が冷ややかになったので、この会話は自粛する事にした。

 食後にはシーダから出されたハーブティーを頂き、ささやかな歓迎の食事が終わるのであった。

 

「このノルドの地はある意味、とても自由な場所だ。帝国人である君たちには新鮮であり、不便でも有るだろう。だが、そんな場所であっても君たちと関係がない訳ではない」

 

 食事の片付けはファトマが行ってくれており、食器類のなくなったその場で向かい合うラカン。

 

「士官学院を創設したドライケルス大帝……ですね」

 

「『獅子戦役』においてこの地で挙兵した逸話ですか」

 

 ラカンの言葉にエマ、リィンと続く。

 

「ああ、ノルドの民でも受け継がれていいて、彼と先祖が誓い合った友情を今日も尚続いているという訳だ」

 

「成る程。ノルドの地は正確には帝国領ではない」

 

 次はユーシスが言葉を出す。

 

「そうなんだよな。ノルドは帝国と仲良しなんだが、最近南東から一つの暗雲が出来てきたんだよ」

 

「……共和国、ね」

 

 ここで話に割って入り現在の問題を提起すると、一拍置いてアリサが即答する。

 

「ここ数年、直接的な戦争こそ起きていませんがけど……政治・経済的な対立はむしろ深まっていますね」

 

「つい最近もクロスベルで大きな事件が起こったようだが、その背景にも、帝国派と共和国派の対立関係があったと聞いている」

 

 補足するかのごとく教科書通りのエマと適切なユーシスの回答が挟まれる。

 ユーシスの方は若干真相からズレている様な気もするが、それは口にする様な事ではない。

 

「ま、とりあえず帝国側には監視塔も付いているから実習中は大丈夫だろ。そんな頻繁に問題が起きる訳でもないし」

 

「ああ、そうだな。こちらで課題はひと通り用意してあるから、明日の朝に渡そう。今日はもう遅いからゆっくり休むと良いだろう」

 

 その言葉を合図に、一同は宿泊用の建物『ゲル』に向かった。

 実家の方で休むガイウスと別れた一同は流石に長旅の疲労があったのか、ベッドに横になった瞬間には夢へと誘われていたのであった。

 

 

 

 

 

 空が白み始めた早朝。まだ周りは寝静まっている中、一人の少年は物音を立てずに外へと出る。

 

「んー! ……やっぱノルドの朝は気持ちが良いな」

 

 伸びをして呟く少年。深呼吸をすると、身体中の空気が入れ替わったかの様な爽快感を得る。

 

「さて……この辺りでいいか……」

 

 ゲルの脇に置いてあった木々を拾うと、丁寧に並べて腰をかける。

 その数秒後には、肩幅に広げた膝に肘を付ける。身体中の力を抜いて、自然体になり瞑想をしていく。

 すると、少年の周りに徐々にそよ風が吹き始め、風が彼の周りを包み込む。傍から見ると如何にも不思議な光景であるが、彼にとっては日常的なものであった。

 

「それは……」

 

 その一言が聞こえると同時に、彼の周りを踊るように吹いていたそよ風は、何もなかったかの様に霧散していく。その現象を確認するかの如く一拍置いて目を開けた少年は、自身に声をかけた人物が初めて誰か気づく。

 

「……ん? ガイウスか? わりぃ、これやってると集中し過ぎるんだ」

 

「スレイン、こちらこそすまない。何をしていたか聞いてもいいか?」

 

 丁寧に謝罪を述べながら、問いかけるガイウス。律儀というか何というか、この男は本当に礼儀正しいとスレインは思った。

 

「別に隠し事じゃないから大丈夫だよ。寝起きが良かったから、やってただけだし」

 

「そうだったのか。この時間に起きているから驚いたが、そういう訳だったのか」

 

 ガイウスは「そこ、良いか?」と続けて、頷いたスレインの前に座る。

 

「精霊ってのは、やっぱ土地によって違うからな。ノルドの風や大地は良質な魔力(マナ)を含んでるんだよ。それを取り込むっつうか、精霊に食わせるっつうか……んー、言葉にするの難しいな」

 

「スレインがそう言う発言をするなんて珍しいな」

 

 つい小難しい顔していたのか、ガイウスが驚いた表情をする。

 いつだって的を得た回答をするこの人物が、「言葉にするのが難しい」なんて事を言うとは思っても見なかった様である。

 

「俺の力自体が言葉で言いにくいからな。一言で言うならノルドの力を貰ってるって事かな。風の導きを得る為に、さ」

 

 自身の、否、ノルドの民の口癖を言葉にされた事で、ガイウスは自然と笑みが溢れていた。普段なかなか接する機会がなかったので、こうやって時間を共に出来る事が嬉しかった。

 

「さて、じゃぁ、皆を起こすか」

 

「そうだな。朝餉の準備も出来ている」

 

 その言葉を足きりに、まだ眠っている一同を起こしてウォーゼル家に朝食へと向かうのであった。

 余談だが、今まで以上に早い朝であったからか全員寝ぼけていたのは言うまでもない。

 

 ガイウスの妹シーダとリリが用意してくれた、羊の乳と塩漬け肉を使ったミルク粥に空腹を満たされた一同は、早速ラカンから課題を受け取った。

 午前と午後で課題を分けているらしく、午前は昨日ゼンダー門から集落まで通った南西部で終わる内容であった。ゼンダー門の依頼から薬草の調達まで、高原ならではの課題に一同は気を引き締めて依頼に当たるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

「スレイン、あんたの技って便利よね……」

 

「ああ、こんなに早く終るなんて思わなかったよ」

 

 アリサとリィンが言っているのは、依頼の進行スピードであった。

 この広い大地で実習を行うには二手に分かれた方がいいというガイウスの提案で、監視塔への配達をガイウス・ユーシス。薬草の調達をリィン・アリサ・エマ・スレインで行い、手配魔獣の情報を得る為にゼンダー門で待ち合わせをする形になった。

 単純に届け物という依頼内容から、ガイウス達の方が早いと踏んだ一同であったが、こともあろうに開始数十分で薬草の調達が終わってしまったである。

 

「んー、ノルドの風が良い風だからなー。優しさ一杯なんだわ」

 

「全然分からないんですけど……」

 

「エマは分かるだろ? この悠久の大地と心地良い風。その恵みをさ」

 

 アリサの言葉を無視して、無言で苦笑いをしていたエマに敢えて遠回しの発言するスレイン。

 

「え、えぇ、確かにそうですね。ここにいるだけでも力が湧いてくる気がします」

 

「そうそう、この恵みを受けられないのは邪な気持ちがあるからだよ。リィン君、アリサ君」

 

 笑いを堪え切れず、語尾には既に笑い始めるスレインに対して、アリサはジト目で、リィンは苦笑いで対抗していた。

 

「でも、スレインさんのその風って便利ですよね」

 

 一瞬だけエマの顔が真剣なものをへと変わる。何かを聞き出そうするかの様なものがチラリと垣間見えた。

 

「ああ、こういった探しものや索敵、後は伝令なんかには便利だな。……ガイウス達は今監視塔からこっちに向かってる。あと10分くらいで着くな」

 

「あなた相手に伏兵や奇襲なんて出来ないわね」

 

 アリサの言葉に一同が頷く。

 

「そ、密室でなければな。風が少しでも通れば、屋内でも迷宮でも建物の構造は勿論、人間や魔獣の気配まで全部分かる。まぁ、伝令に関しては制約があるが」

 

「制約……?」

 

 アリサがその言葉に反応する。

 

「そ、伝令って言っても、相手側が風を感知出来ないと伝えられないんだよ。普通だったらただの風と変わんねぇからさ」

 

「確かにそうですよね。一緒にいた私たちには何も感じませんでしたし」

 

 今まで気になっていたのだろう。自身が何も感じなかった事を指摘すると、リィンとアリサも肯定する様に頷く。

 

「俺の風を感知するには、俺の情報が必要なんだよ。血を飲むって言った方が早いか?」

 

「「「え!?」」」

 

 三人とも同じ反応で、驚きの表情をしている。

 

「いやいや、飲むって言っても吸血鬼みたいにゴクゴクじゃないからな。一滴でいいの一滴で」

 

 その言葉を聞いた瞬間に「なんだ、驚かせるな」と目で訴えていたのだが、しっかりと答えたのだから、そんな表情はしないで欲しいものだ。

 

「でも、それをしたとしても、俺からの風が感知出来て風の言葉が聞けるだけ。相手側が風を使う事は出来ない。要は一方的な伝令なんだ」

 

 三人はその言葉の意味を理解した時に、どこか心配そうな表情をしていた。

 要は、スレインは自分たちに危機察知などの伝令をする事は出来るが、その逆にスレインに伝令を飛ばす事は出来ないという事なのである。

 それはつまり、一方的に守られている様なものなのではないだろうか。そう考えた途端、彼に対して何処かいたたまれない気持ちになってしまった。

 

「ん? 何でそんな顔してんだ?」

 

「いや、スレイン本人には使えないのかと思うと……」

 

「馬鹿か? 俺は全部感知出来るんだから、自分が危ないんだったら誰よりも先に気づくわ」

 

 飄々として表情でそう呟くスレインに対して、その言葉が本心から出た言葉なのか三人は読めなかった。

 

 そうしてガイウスとユーシスと合流したA班は、中将から手配魔獣の情報を聞き、指定されたポイントへと向かった。

 その際、ガイウスと中将の出会いも合わせて聞いたのだが、中将が魔獣に囲まれた際にガイウスが颯爽と現れてあしらったという武勇伝を聞いた一同は、ガイウスの凄さを改めて感じるのであった。

 

「話によると全体攻撃と魔法攻撃が厄介……だよな」

 

「そうだな。後は雑魚が群がっているのも注意と言っていたな」

 

「(中将がこっち来てすぐって事は、もしかして俺もガイウスに会ってた? いや、でも何も言われていない時点で気づかれてない……んーそしたら大丈夫か)」

 

 リィンとユーシスの戦略会議を聞きながら、物思いにふけるスレイン。

 先程の中将とガイウスの出会いを逆算して記憶を引きずり出していたのだが、一年前に出会ったかもしれない出来事なんて思い出せない。それ以上の詮索を諦めて、意識を現在に回帰させる。

 

「攻撃は私が可能な限り反射するので大丈夫ですが……小型魔獣が厄介かもしれませんね」

 

「いや、纏めて潰せよ。お前さん達、何のための必殺技だよ」

 

「と言っても、俺たちの技だと場合によっては射程に入らないケースがある」

 

 エマの言葉に異を唱えると、今度はガイウスが異を唱える。どこまで消極的なのだ、今回のメンバーは。

 

「左右から同じ的を挟め。リィンとユーシス左。ガイウスとアリサが右。エマは後方から魔法反射の盾を展開。タイミングが合わない時は俺がカバーする。それでいいだろ? リィン、お前さんリーダーなんだから少しは戦略立てろよ」

 

「え、俺か? いや、だってスレインの方が的確だし」

 

「バカ、俺はいない時の方が多かっただろうが! 自分の頭使えよ」

 

 なんて漫才の様な会話をしていると指定されたポイントへ到着する。情報通り大型の手配魔獣の他に群れをなした小型魔獣が佇んでいた。

 リィンの合図に攻撃を開始した一同はスレインの作戦(そんな高度なものではない)通りに動き、無傷で勝利を収めるのであった。

 

 そうして、ゼクス中将へ報告をした後にノルドの集落へ戻り昼餉を食べ終えた一同は、午後の依頼を受け取り、午前同様に手分けをして当たるのであった。

 

 

 




ゼクス中将とも面識があるスレイン君。

今後は色々な所で過去編が出てくると思いますので、明らかになるのは暫く先の予定です。

それと、暫く更新が遅くなるかもしれません。
飽きずにお付き合い頂ければ幸いです。


それでは、今回もお読み頂き、ありがとうございました。
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