英雄伝説 魔の軌跡   作:閃の細道

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本編を一度離れて過去編がスタートします。

書いていたら思いのほか長くなりそうなので、二部構成となりました。

過去編という事で、閃の軌跡のキャラは殆ど出てこないですが、楽しんで頂ければ幸いです。


それでは、第25話、始まります。


追憶〜東方人街の英雄〜 前編

 

 七曜暦1203年某日。

 カルバード共和国内、東方人街。

 

「しかし、こりゃ別の世界に来た感じだなぁ」

 

 異国情緒漂う町並みを見ながらそう呟く少年は、露店で購入した食べ歩き用の料理を齧りながら歩いている。

 この街のメインストリートは、導力車がすれ違える程度の幅で、他の地域と違ってコンクリートや石畳での整備はされていない。左右から露店が延々と並び、併設した建物では窓際から商売をしている。ここでは建物に入らずとも買い物が出来る店しか無いようだ。

 ひしめき合う人の群れは賑わいを感じさせ、飲食系の露店からの排熱で、気温よりも暑く感じてしまう。大陸中歩いて来たが、これ程活気がある街は見たことない。

 少年は料理を食べ終えて、道に併設されたゴミ箱にゴミを捨てると、メインストリートから一本逸れて細い路地を進んでいく。

 町中の路地はどこも細く、碁盤の目の様に街中に張り巡らされている。一本でも入る道を間違えば、迷いそうな造りとも言えるだろう。

 そして、視界に入る建物はどれも東方風。遠くに見えるビルや洋館とのギャップが、一際異彩さを表している。初めて訪れた者からすると、どこかのテーマパークに来た様にも感じてしまうだろう。

 

「……ここか。ちょっと早いけど大丈夫か」

 

 予定より少し早めに目的地に到着したが、少年は構わず呼び鈴を鳴らした。5分程度は許容範囲内だろう。

 すると、玄関から案内役の男性が現れたので名前を告げる。

 

「スレイン・リーヴスです。5分程早いですが、大丈夫でしょうか」

 

「お待ちしていました。中へお入りください」

 

 男性は丁寧にお辞儀をしてそう告げると、言葉通り中へと案内していく。見た目の判断だが、年齢が一回り近く離れている男性に、そこまで丁寧に扱われるのはどうも歯がゆい。

 しかし、この人達にそれを言っても仕方がない。大げさに言えば、命の恩人(・・・・)である自分を、邪険に扱う事は誰もが許さないのだろう。

 前を歩く男性は足を止めて、奥の客間に入室の許可を伺っている。直ぐに許可が降りて中に通されると、そこには意外な人物が待っていた。

 ポロシャツにスラックスといったラフな格好で、短く切った金髪を整髪剤でしっかり整えた男性。世の中では『甘いマスク』と表現するであろう顔立ちは、男から見ても魅力を感じられる。

 

「スレイン君、久しぶりだね」

 

「リシャールさん。お久しぶりです。まさか自ら動いてくれたとは思いませんでした」

 

 形式的な挨拶を交わして、一先ず腰を下ろす。

 洋風ではない建物なので椅子や机はなく、イグサや藁を織った『畳』という床に直接座る。

 建物に入る時から洋風と違って土足厳禁であったし、一面に敷かれた畳の匂いが漂うこの場所では、スレインにとって新鮮で少しばかり落ち着かない。

 

「ああ、人手不足でね。ところで、スレイン君は初めてかい? 私も慣れるまでは手間取ったよ」

 

「ええ。共和国には何度か来ましたが、東方人街は初めてです。でも、新鮮で良いですね。町並みもそうですが、別世界の様です」

 

 在り来りかもしれないが、自身が感じた内容を素直に吐露する。リシャールは笑いながら『緑茶』と呼ばれるお茶を出した。

 

 アラン・リシャール。元リベール王国軍情報部の大佐。

 かのリベール王国クーデター事件の首謀者として服役していたが、結社『身喰らう蛇』による王都襲撃事件の際に活躍し、女王アリシアⅡ世から恩赦を受けて釈放された人物。その後は軍に戻らず、民間調査会社『R&Aリサーチ』を立ち上げた、情報分野のスペシャリストである。

 ちなみに、軍に在籍した折りに、『剣聖』カシウス・ブライトから剣の師事を受けている。八葉一刀流の『五の型・残月』を独自にアレンジした技は、剣聖の後継者とまで言われている程だ。

 スレインとの出会いは、王都襲撃事件の時。巻き込まれた形ではあったが、戦闘に介入した際に偶々出会い、名も知らぬまま互いに背中を預けた仲である。その時に、リシャール達が目指していた王宮まで、護衛して無傷で送り届けた。

 そして、王都を守護した功績を丸々リシャールに被せて、『R&Aリサーチ』の立ち上げを女王に進言した張本人でもある。

 

 閑話休題(それはさておき)

 

 『R&Aリサーチ』は、自身の仕事柄、その時から度々世話になっているのだ。今回も依頼(オーダー)で訪れた共和国内の情報収集を依頼していた、という訳である。

 会う度に昔の御礼を言われる通例行事を一頻り終えると、会話は本題に入っていく。

 

「さて、これが調査結果だ。と言っても、我々でも把握しきれなかった。申し訳ない」

 

 そう言って、厚めの封筒をこちらに差し出すリシャール。

 早速、中に入った資料を拝見していく。確かに曖昧な表現で綴られた調査結果には、いつも以上に不明確を示す言葉が並んでいる。

 

「……これは厄介ですね。リシャールさん直々でこれだと、流石に骨が折れそうだ」

 

「面目ない。もう少し日程があれば、裏も取れたかもしれないが……」

 

「いえいえ、こちらこそ短期間でお願いしてしまった身ですから。これだけの情報で十分です」

 

 リシャールに調査をお願いしたのは2日前。経ったそれだけの日程で何十枚の資料を纏めあげただけでも、その情報収集術は目を見張るものである。

 

「それと、報告書にも書いていないのだが、一つ悪いニュースがある」

 

「……最新のですか」

 

「ああ。『赤い星座』が共和国入りしたらしい。どうやら、大きな抗争が始まるかもしれない」

 

 表情には出さないものの、その言葉には耳を疑った。大陸二強とも言われる猟兵が何故現れるのか。相手はただのマフィア(・・・・)だ。互いがぶつかる理由がない様に思える。

 

「理由は分かりますか?」

 

「残念ながら不明だ。しかし、狙いが黒月(ヘイユエ)という事は確定している」

 

「この街を焼け野原にでもするつもりなんですかね。実態調査どころか、正体すら暴けそうですよ、それ」

 

 スレインの依頼(オーダー)は、『共和国マフィア黒月(ヘイユエ)の実態調査』である。帝国で動いている様な情報は一切ないが、共和国内部で暗躍するマフィアの情報というのは、今後の政治的交渉に大きく役立つ。

 クロスベル自治州を巡る争いで、共和国とは目下対立中。弱みとなる情報というのは、少しでも多く欲しい所である。

 雇い主(オリヴァルト)はあくまで手札の一つと考えているので、実態調査という範囲でしか命じなかった。

 

「君の力であれば可能かもしれないな。しかし、『白蘭竜』には注意してくれ。どこまで表に出るかは分からないが、気をつけるといい」

 

 調査結果にあった人物。『白蘭竜』と呼ばれる人物は、かなりのキレ者で黒月(ヘイユエ)の頭脳でもあるらしい。更に、東方武術の相当の使い手という情報も記載されていた。

 

「肝に銘じます。では、自分はこれで」

 

「ああ、また会おう」

 

 このまま会話を続けると、リシャールも手を貸すと言い出しかねない。こちらから話を終わらせて、最後に「カノーネさんにもよろしく」と伝えて退席する。

 この男性には帰りを待つ女性がいるので、危ない橋を渡らせたくない。そう言った人間を戦場に出すのは気が引けるのである。

 外に出ると、時刻は夕暮れ。ここから先は自分自身で調査をするので、風を使って地の利を得る所から始める。土地勘を付けるまでは無駄に歩きまわる事をしないスレインは、そのまま宿へと足を運ぶであった。

 一夜明けた翌日。

 この日もまずは、自身の足と風を使って、脳内で街の地図を作る事に専念する。

 その合間にあちこち聞き込みをしていたのだが、面白い情報は得られず空振りに終わった。元々調査対象がマフィアの時点で、住民からの情報などたかが知れているのかもしれない。

 初日同様、何事も無く宿に戻ったスレイン。風を飛ばして索敵をしながら夜風に当たり耽っていると、やっと事が動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 東方人街のとあるビル内。

 青紫のスーツに、少し長い赤紫色(ワインレッド)の髪に眼鏡を掛けた男が、窓の外を見ながら口を開く。

 

「動き始めましたか……。ラウ、ここは割れていますか?」

 

「ええ、直ぐに第二地点に移った方がいいでしょう」

 

 ラウと呼ばれた深緑の短髪にスーツの男性は、直ぐ様答える。

 

「ふむ。(イン)殿の方は?」

 

「既に出ています。交戦するのも時間の問題かと思われます」

 

「そちらは問題なさそうですね。敵の兵力はどのくらいでしょう?」

 

「単純計算でこちらの五倍。それに、赤い戦鬼(オーガロッソ)に血染めがいます。ツァオ様、いかがされますか?」

 

 窓の外を見ていたインテリ風な男ツァオは、身体を反転させてラウの方に目を向ける。

 

「これは……ふむ。どうやら共和国から出て行く必要がありそうですね。準備を」

 

「はっ」

 

 ラウが足早に退室すると、沈黙が部屋に広がっていく。

 

「……さて、()が味方に付けばいいのですが……こればかりは神頼みですね」

 

 不敵な笑みをこぼしたツァオは、再び窓の外に目を向ける。その姿に焦りや戸惑いはなく、ただ冷静に宵闇を照らす月の光を見つめていた。

 

 

 

 

 

 時は同じくして、東方人街、北側。ツァオとラウがいたビルから数十セルジュ離れた地点。仮面を付けた全身黒ずくめの人影は、建物の屋上から索敵を行い、第一波の標的を発見した。

 敵の情報は、先程雇い主から聞いている。大陸二強と言われる猟兵団『赤い星座』。隊長クラスも複数潜入しているらしく、敵兵力はこちらの五倍以上はある。

 雇い主からの依頼は、『共和国脱出まで時間稼ぎ』。暗殺や殲滅でない以上は、奇襲しつつ雑魚を掃討して敵兵力を減らし、敵の注意をこちらに惹きつけるだけでいい。

 

「……あれか。練度は高いが、各個撃破すれば問題ない」

 

 その言葉と同時に、手甲から数本の鎖が猟兵に向かって素早く射出される。目標を捕らえた瞬間、猟兵達は声を上げて索敵を開始したが、もう遅い。

 数アージュの距離を一瞬で縮め、鎖が巻きつき身動きができない猟兵達に、疾風の如く斬撃を浴びせ次々と骸にしていく。ものの数秒で5人の猟兵は沈黙した。

 

「……他愛も無い」

 

 それと同時に、隊長の情報を思い出す。赤い戦鬼(オーガロッソ)血染めの(ブラッディ)シャーリィ。そして、『閃撃』のガレス。

 幸いな事に団長『闘神』が潜入した情報はないが、それであっても大陸最強クラスかつ『人喰い虎』と呼ばれる者達だ。この3人を相手にするには、自身でも分が悪い。

 今は隠密、奇襲に絞り、深追いをしなければ目標は達成されるだろう。

 

「―――いたぞ! あそこだ!」

 

 奥から増援の声が聞こえる。

 気配からすると、一個小隊がこちらに近づいている。とにかく今は目の前の敵を屠るだけだ。

 一蹴りで屋上まで飛び上がると、再び宵闇に消えて奇襲への準備を始めるのであった。

 

 

「(……これは……)」

 

 初手と同じく闇に紛れた奇襲を続け、三小隊を殲滅した所で邪悪な気配が感じ取れた。

 それは今までの敵とは違い、猟兵が纏う殺気ではない。悪寒と戦慄を感じさせる気配。一言で言うならば、狂気である。

 

「お前が(イン)……だな」

 

「な!?」

 

 闇に同化して気配を絶っていたにも関わらず、気づかれた事に声を上げる。

 目の前に現れたのは、サングラスをかけた男性。数アージュ程前に立ち、こちらをしっかりと見据えていた。

 

「悪いがオーダーに邪魔なんだ。死ね」

 

 言葉と同時に姿が消えた。否、既に目の前に肉薄していて、鋭い手刀を浴びせてくる。

 片手に持つ大剣とも言える大型の片手剣を振るうが、逆の拳で弾かれる。

 その瞬間に一筋縄ではいかないと察知し、後方に飛び退き距離を取る。

 

「くっ……」

 

月明かりが照らす宵闇の死闘はこうして始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 一方、東方人街の南側。時刻は巻き戻す事、(イン)が猟兵と交戦を開始した頃。

 燃える様な赤髪に隻眼の男性は、視線を虚空に彷徨わせながら、自身の元に戻ってくる部下に索敵の結果を聞く。

 

「敵の動きはどうだ」

 

 2アージュ程の背丈で筋骨隆々の姿に、腹の底に響く様な低い声。

 例えるのであれば「鬼」の様な出で立ちの男性には、喩え自身の隊長と言えども萎縮してしまう。

 

「ポイントαには構成員10名が守備しています。思いのほか練度が高く、お嬢自ら出るとの事です」

 

「そうか。ガレスの方は」

 

「ポイントβに向かう途中に、一個小隊が殺られました。情報からして(イン)かと思われます」

 

「分かった。お前は索敵を続けろ」

 

 目の前の男は短く肯定して颯爽と去っていく。

 今回の依頼(オーダー)は『白蘭竜』の確保と、黒月(ヘイユエ)を潰すという事。雇い主に無用な詮索をしない流儀なのだが、たかだかマフィアを潰すのに自分たちを雇う必要があるのだろうか。

 その理由と真意にどうしても気がいってしまうが、今は戦場で自身は依頼(オーダー)を受けた身。自身の推論など無用の長物である事を再度認識させる。

 

「『痩せ狼』さん。あんたはどうするんだ?」

 

 横にいるオレンジがかった短髪に、サングラスを掛けた男性に声をかける。漆黒のスーツの上からでも分かる、無駄な筋肉すらない細身の体型から相当の手練という事が分かる。

 更にはその全身から殺気が放たれており、戦鬼(オーガロッソ)と呼ばれる自身ですら、軽く身構える程の邪悪さがある。

 

「俺も動く。お前らはオーダーに従えばいい」

 

 男は一言だけ告げて去っていく。

 

「何が目的なのか……まぁ、考えていても仕方がない」

 

 自身の事を『痩せ狼』と名乗った男性は、多額の報酬と引き換えに依頼をしてきた。その時の話では「自分の雇い主からのオーダー」とだけ告げていた。だからこそ、この一件について色々憶測を立ててしまうのだが、今更そんな事を言っても仕方がない。

 自身が出る事になるのかどうかを考えながら、ただ戦況の行方に目線を向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 半刻程前のとある宿屋にて。

 

「これまた派手にやってんな……」

 

 少年は全開の窓から、血と硝煙の匂いが交じる風を全身に感じている。既に街全体に充満していて、予想よりも遥かに大きい事態になっている事を告げていた。

 『R&Aリサーチ』の面々がうまく動いてくれたのだろう。住民には既に避難を開始しているので、この区域には殆ど一般人の気配が感じられない。

 それであっても、早めに対処しない事には人的被害が出る可能性は高いので、一刻を争う事態なのは変わりない。

 しかし、相手は『赤い星座』だ。そう簡単に鎮火出来ない火種である事は分かっているので、この抗争にどう介入すべきか悩んでいた。

 

「……しかし、何故赤い星座(あいつら)が動く?」

 

 疑問はここだ。マフィアを潰した所で、猟兵には何らメリットがない。そもそも、畑違いである双方がぶつかり合う理由がない。

 考えられる点としては、『赤い星座』が雇われたという事。大陸でも随一の猟兵団を雇ってまで潰す必要がある程、黒月(ヘイユエ)は危険な存在だったのだろうか。しかし、誰が雇ったのか。結局の所、その疑問にぶつかってしまう。

 そう考えた瞬間に雇い主(・・・)は分かった。何回かやり合った、狂気の気配が感じたからだ。

 

「なんで結社(あいつら)が関わってんだよ……」

 

 ため息をついて頭を抱える。それと同時に覚悟を決めて、窓から飛び降り隣の屋根に着地する。

 この抗争を裏で操っている者は分かった。今はそれだけで十分。あまり派手にやられては、自身の依頼(オーダー)も達成できなさそうなので、今は影で抗争を止めるしかない。

 まずは黒幕の所に向かうべきと判断し、屋根伝いに急いで向かうのであった。

 

 数セルジュ程進んだ所で、弾丸が飛んでくる気配を風が感知した。

 弾丸と自身の間に分厚い風の壁が生まれると、弾丸はの勢いは停止して地面へと落ちる。

 

「うわ、アブねぇな……」

 

 思いのほか威力が高い狙撃で、つい足を止めてしまった。

 回避を選択しとけば良かった。なんて事を考えていたら、幾つか足音が迫っている事に気づく。

 

「何者だ! ん? あれは、悪魔の魔導士(デモンズソーサラー)じゃねえか!」

 

「な! 隊長を逃したやつか! まさかやつらと!?」

 

 どうやら見知った顔がいるらしい。そもそも、狙撃の時点でこちらを殺しにきていた。

 以前の出来事(身内喧嘩)に巻き込まれた時の事を知っている部隊だろう。

 しかし、発している言葉からすると、あらぬ方向へ勘違いをされている。

 

「おいおい、ちょっと待て。俺は部外者だ。それに、逃がしたんじゃない。アイツ自身の判断だ」

 

「問答無用だ! お前たち、仕留めろ!」

 

 そんな事は言っても無駄という事は分かっているのだが、反射的に異議を唱えるのは人の性だろう。まさか瞬時に判断して、因縁をふっかけてくるとは思わなかった。

 先程の狙撃だけではなく、小隊員からも無数の銃撃が放たれている。こんな所で時間を使う余裕はないので、一先ず逃げる事を選択する。少し遠回りのルートを選ぶと、向こうも無理に追ってくる事はしなかった。

 追手の気配を感じ取れなくなった所で一息つく。しっかりとこの街の構図を頭に入れていて正解だった。狙撃の名手『閃撃』のガレスが、アレほど目が良いとは思わなかったが、撒けただけ良しとしよう。

 

「……ほう、お前も来てたのか」

 

 後方から声が聞こえて、ゆっくりと振り返る。

 先程の小隊員を撒いたタイミングで、目当ての気配がこちらに近づいているのは分かっていた。しかし、先程と違って敵意と殺気が消滅していたので、あまり気にかける事はしなかった。

 この男は、それだけで判断出来る性格なのだ。

 

「まぁな。ヴァルター、上の意向は聞いてるか?」

 

 このサングラスの男は、結社『身喰らう蛇』の執行者№Ⅷ『痩せ狼』のヴァルター。元々は泰斗流の使い手だが、殺人拳に身を染めて執行者となった人物。しかし、先のリベール異変で、弟弟子で遊撃士のジンに敗れたらしい。

 泰斗の使い手では最強と言われる実力のこの人物は、殺し合い以外は興味がないと言ってもいい程の戦闘狂である。今の様に戦う気がなくなったら、本当に何もしない。その前に会った時からそうなので、その点においては信用が出来る。

 だからこそ、落ち着いて話が出来るのだ。

 

「さあな。俺も強者と殺り合えると聞いてきただけだ。思惑なんざ知らねぇよ」

 

「そうか。その割には、随分後方にいるようだな」

 

 先程気配を感じ取れた時は、誰かと戦っていたようだった。

 それなのに現在の位置は、先程よりやや後方。この男からすると、自陣内と言ってもいい場所だ。

 

「ああ、興が醒めた。俺の勘違いだったみたいだな。だからお前とも殺り合う気はねぇ。俺は消えるから後は好きにしろ」

 

 そう言い残してヴァルターは闇に消える。

 

「……んな事言ってもな……」

 

 好きにしろと言われても、当初はヴァルターから詳細を聞き出す予定だったのだ。何も知らないと言われてしまっては、これ以上情報は得られない。

 抗争を止めるにしても、自分からしたら三つ巴。両者を沈黙させるには如何せん面倒な状況である。

 そんな事を考えていたその時。こちらに向かって何かが飛んでくる。

 判断が遅れてしまって、自分に向かって飛んでくるのが、短剣という事を察知してギリギリの距離で弾く。

 すると、その短剣には札が付いていて、自身の横で爆発する。

 

「っ……今度は何だよ」

 

 あちこちで殺気立っている人間が多いせいか、血の気の多い輩しかいないらしい。

 目の前に佇む人影もまた、敵意と殺気がむき出しになっている。

 

「何者だ。奴と話していたという事は敵か」

 

 言葉と同時に、相手の手甲から無数の鎖が飛んでくる。鎖は生き物の様に曲がりくねってこちらを拘束すべく肉薄する。

 その全てを両手に精製した双剣で弾き落とすと、目の前に現れた人影が大剣を振り下ろされる。

 

「聞きながら攻撃するんじゃねぇよ……」

 

 双剣を交差させて大剣を受けて、会話の間を作る。

 目の前には仮面を付けた黒装束の人物。素性を隠すという観点からしたら、『暗殺者』という感じだろうか。

 

「答えないという事は敵だな」

 

「俺は被害者だ。どちらでもねぇよ」

 

「問答無用だ」

 

 短い言葉と同時に、再び無数の鎖が舞い踊らせて距離を取る黒装束は、先程の短剣を無数に投げつける。

 

「―――『爆雷符』!」

 

 今度は着弾と同時に爆発する。先程と違った起爆のタイミングに慌てたが、爆発のタイミングに合わせて、自身の身体に風の鎧を纏わせ爆風とダメージを軽減させる。

 それと同時に、スレインの中で何かが切れる音がした。勿論、あくまで言葉の綾である。

 

「だー! もう、ふざけんな! どいつもこいつも話を聞かねぇで! 少し黙れや!」

 

 切れるではなく、キレた(・・・)スレインは、無数の剣を精製させて、目の前の敵に向かって突き刺していく。

 数十にも及ぶ剣戟に圧倒されて、避けきれない剣を捌きながら後方に飛ぶ黒装束。

 しかし、それを避ける事は想定済み。着地地点に向かって、無数のアーツを爆裂させる。

 『赤い星座』も『黒月(ヘイユエ)』も、自身の存在を勘違いされて、苛立ちがピークになってしまったのだ。

 最大火力で放たれるその猛襲に、回避も防御も間に合わなかった黒装束が、アーツの直撃を受ける。

 

「ぐぁ!」

 

 後方に大きく吹き飛び、背中から着地した黒装束。少しばかり鈍い音が聞こえて、身動き一つしていない。

 どうやら完全に沈黙した様だ。

 

「やべ、火力強すぎたか?」

 

 身のこなしや斬り合いから察すると、相当の手練である事は分かっていた。

 流石にこれくらいなら生きているとは思うが、火力の手加減はしていないので、少しばかり焦ってしまう。

 ここで無力化すれば情報も聞き出せると思っていたので、動かない敵に歩み寄り、様子を見ようと屈んで呼吸を確認する。

 

 その瞬間、またしても弾丸が飛んでくる気配を感じた。しかし、今回は自身を狙っている訳ではない。ましてや、この黒装束でもない。右手にある建物に向かって撃たれていた。

 着弾した事に気付くと同時に、周囲の空気がビリビリと震えて建物が大爆発を起こした。

 

「(くそったれ……武器庫(・・・)かよ!)」

 

 爆発の規模から想定すると、どうやら大量の銃火器類が保管されていた武器庫の様である。火薬に引火する様に狙撃したのだろう。

 爆音が轟き、爆風と熱波がこちらを襲う。建物と自分たちの距離は数アージュしかない。この距離でまともに喰らうのは危険過ぎる。

 瞬時にそう判断すると、黒装束を抱きかかえて逆方向の民家の窓に飛び込む。

 風を盾に爆風を軽減するが、如何せん至近距離過ぎる。黒装束を抱きかかえたまま、民家の奥まで吹き飛ばされた。

 

「痛っ……たく、町中にどんだけ爆薬置いてんだよ、ここは……」

 

 吹き飛ばされた衝撃で頭を打ったらしい。上半身を起こそうとすると、後頭部に衝撃が走った。

 武器庫に面した側は、既に瓦礫と化しており半壊した状態。幸いな事に目の前には瓦礫が山の様になっており、直ぐには発見されそうにない。

 自身に大した怪我はなかった様なので、安心して床に手を付ける。

 しかし、手にとんでもない違和感を感じる。床に手を付けたはずなのだが、何か柔らかいものを触っている。

 爆発の影響で床が柔らかくなるなんて聞いた事がない。その「むにゅっ」とした触り心地の真意を恐る恐る確かめる。

 

「ん? なんだ?」

 

 そこには、目線に明確な殺意が籠っていて、耳まで真っ赤にしている少女がいた。

 そして自身の手には、女性特有の胸の膨らみを掴んでいた。どうやら自身は馬乗りになっているらしい。

 一瞬でそこまで状況を確かめ、慌てて手をどかした瞬間、瓦礫の家の中に乾いた音が鳴り響くと同時に、少女の叫び声が聞こえた。

 

「きゃぁぁぁあ!」

 

 偶然にも叫び声は爆音に紛れたのだが、自身の頬への衝撃は紛れる訳がない。

 こちらも突然の出来事に思考が停止してしまったので、反応出来ずにいた。

 何故少女がここにいるのか。いや、先程の黒ずくめが少女であるのは衣装から判断が出来る。しかし、気配も体格も違う事に困惑している。

 

「な、な、な、何するんですか!?」

 

 再度叫ぶように声を上げて焦る少女。

 そこでやっと自身の意識が現実に回帰する。今はそんな事を考えている暇はない。

 ここは戦場である。ましてや、街を破壊するつもりで大爆発を起こしてきた時点で、見境なんてものはないのだ。いつまでも同じ所にいては、流石に危険である。

 

「静かにしろ! まだ敵がいる!」

 

 少女の口を手で塞いで、声を潜めて気配を探る。あの爆発では敵もそう簡単にこちらの場所を発見出来ないだろう。

 叫び声も爆発音に被さってくれたおかげで、敵に悟られた様な感じはしない。

 

「んんんん!」

 

 息苦しそうな表情でいた少女を見て手を離す。

 咄嗟にした行動で、かなり強めにおさえていたらしい。

 

「ぷはっ……はあはあ……何するんですか!?」

 

 声を殺しながら怒声を浴びせる少女。その言葉が先程と同じである事にも気づいていない程の慌て様である。

 

「いや、あの爆発から助けたんだから仕方ないだろ! 乗っかったのも触ったのも不可抗力だ!」

 

 その言葉でやっと少女は現状を理解して冷静になる。

 

「とりあえず奥へ行こう。このままだと見つかる」

 

 相手が短く頷いた事を確認して、奥の小部屋に向かう二人。

 まだ敵の索敵が続いている。しかし、大規模な爆発のおかげで、この辺りは簡単には近づけない。ましてや、無傷でいるなんて思わないだろう。生きていたとしても周囲が炎上しているこの場所では、炙りだして狙撃した方が早い。そう考えているはずである。

小部屋に入り一息つく二人。しかし、ゆっくり休憩している余裕はない。ただでさえ火の周りが早いのだ。早めに話を付けて脱出しないと危険な事は変わりない。

 

「さて、とりあえずどういう事だ? さっきまでと色々な意味で違うだが、説明出来るのか?」

 

 この状況は彼女にとっても緊急事態だろう。強要するのではなく、聞いていい問題なのかを確認する。

 

「……今更、隠せませんね」

 

 決心した様な表情をした少女は、徐ろに口を開くと言葉を続けた。「(イン)という人物を聞いた事がありますか?」と。

 昨日受け取った『R&Aリサーチ』の報告書に記載があった名である。『伝説の凶手(イン)』。カルバード共和国の生きた伝説。100年も前から存在する伝説の暗殺者。その存在を知る者であっても素顔や素性は一切不明で、不老不死とも噂されているらしい。

 少女が話した内容は、『伝説の凶手(イン)』の正体。『(イン)』とは、人物ではなく道。先代、先々代から引き継がれた闇の道が『(イン)』であり、その姿や声までも気功を使って再現しているという事だった。

 そして、目の前にいるこの少女リーシャ・マオが、先代から引き継がれた現代の『(イン)』であると説明を受けた。

 

「なるほどな。お前さんが『(イン)』だったのか。てことは、今回は『黒月(ヘイユエ)』からの依頼で出てきたって事か」

 

 リーシャから説明を受けた所で、正直どうでもよかった。自身の依頼には関係がないし、『(イン)』の正体が分かった所で、それについて言及される機会もなければ言うつもりもない。

 こんな少女が闇の道を歩くのは、いずれ限界が来る。そう思ったからだった。

 

「ええ、そうです。『黒月(ヘイユエ)』は、度々依頼をしてきましたから。今回も脱出の援護をする予定でしたが……」

 

「脱出? 共和国から出るのか?」

 

「一部のメンバーだけですが、一端、この地を離れて潜伏するそうです」

 

 この地を放棄するとなれば、迎撃にも出ず被害状況を考えない戦い方には納得出来る。

 しかし、この少女は何故そこまで情報漏洩をするのか。何となく理由は分かるのだが、一応真意を聞いておく事にしよう。

 

「ふむ……で、そこまで俺に話してどうするんだ? 正体を知られた上に依頼内容も吐露するって事は、始末するつもりではないだろう?」

 

「ええ、私にはもう戦う余力がありません。ですから、貴方に抗争を止めて頂きたいのです」

 

「初対面の人間に随分な申し出だな。信用出来ないかもしれんぞ?」

 

「貴方は私を助けました。それに、(イン)の正体を知っても、何も感じていない様です。今はそれだけで十分です」

 

 リーシャは真っ直ぐな視線をこちらに向けてそう告げる。

 そんな視線で言われてしまっては、こちらとしては何も言えない。それを狙っているのだろうか。いや、それは考え過ぎだろう。

 

「なるほどね……まぁ、どちらにしても俺も『黒月(ヘイユエ)』には用事があるからな。それに抗争も止めない事には被害がでかくなる一方だ。いいぜ、乗ってやる」

 

「ありがとうございます。それと……」

 

「分かってるよ。リーシャの事は誰にも言わない。その誓いとして俺の正体を話すよ。それで納得してくれるか?」

 

 リーシャの言葉は分かっていたので制する様にこちらから話す。

 本当は自身の立場など言いたくないのだが、不可抗力とは言え、相手の知られたくない事を知ってしまったのだ。相手が信用すると言っている以上は、こちらも誠意を見せた方が良いと思った結果である。

 

「……分かりました」

 

 自身が帝国の内偵である事。共和国入りした理由が『黒月(ヘイユエ)』の実態調査である事を端的に告げる。

 リーシャは驚いた様な表情をしていたが、それと共に、自身が勘違いから攻撃を仕掛けた事に対して申し訳なさそうな表情にもなっていた。

 

「そう……だったんですね。勘違いしてすみません」

 

「今更いいさ。……さて、とりあえず、そしたら動くか。リーシャは体力が回復するまで避難してろ。朝までに終わらせる」

 

 いつまでも話している予定はない。そろそろ外の黒煙も薄くなってくる頃だ。動き出すには良い頃合いである。

 そして、リーシャに余力がない以上、下手に動くと素性がバレる恐れがあるので、無理せず避難をさせる事にした。

 本人は納得いかない様な顔つきをしているが、合理的な判断には目を瞑るしかなかったのだろう。僅かな沈黙の後に口を開く。

 

「……分かりました。ツァオがいるのは東方人街の北側。ここから5セルジュ程進んだ先にある、白いビルにいます」

 

 黒月(ヘイユエ)の幹部。『R&Aリサーチ』でも追えなかった『白蘭竜』と直接顔を合わせる事が出来るのは、自身の依頼には好都合である。

 

「了解。『白蘭竜』……まさか直接拝めるとはな。じゃ、上手く逃げろよ」

 

 こうして、スレイン・リーヴスは意外な事に、黒月サイドに入り込んで抗争を止めるべく動き出すのであった。

 

 

 




ちょっと無理な設定が多かったかもしれませんが、如何でしたでしょうか?

シリーズ通して共和国の描写ってアルタイル市がちょこっと出ただけだったので、正直大変でした。

リベール異変の裏側やリーシャとの出会いなどを纏めてみましたが、お気に召して頂ければ幸いです。

次回は、抗争の終結編となりますが、一体どんな戦いとなるのでしょうか。


それでは、今回もお読み頂き、ありがとうございました。
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