英雄伝説 魔の軌跡   作:閃の細道

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さて、物語は学院生活編と戻りますが、久しぶりに先輩方が登場します。

そしてⅦ組とは違う角度からスレイン君を見ている先輩方。
一体、どのように関わってくるのでしょうか。


それでは、第29話、始まります。


日常に訪れた暗雲

 

「―――ああ、だからこそ私が出向くという訳なのさ」

 

 全身を紅の衣服に包んだ金髪の青年が、自賛しながら説明している。

 

 七曜暦1204年。7月某日。

 帝都ヘイムダル―――バルフレイム宮。皇族用サロン。

 

「それはそうとして、何故俺がここにいるのか説明してくれないか?」

 

 数分に渡り発言を許さぬ程の破竹の勢いで説明を終えた青年―――オリヴァルト・ライゼ・アルノール(オリビエ)に目を向ける。

 何故自分が、「皇族しか利用出来ない(・・・・・・・・・・)部屋に招かれているか」の理由を問いただす。

 

「スレイン君、いいではないか。君にも聞いてもらいたい話だったから呼んだんだ」

 

「それは俺を帝都に、だろ。何故この場所なのかの理由ではないだろうが」

 

「仕方ないだろう。アルフィンもセドリックも会いたがっていたんだ。それに、ここは内緒話には持ってこいの場所なんだよ」

 

 確かに皇族しか入れないこの談話室では、盗聴・盗撮の心配は皆無である。

 しかし、だからと言って今までの話は内緒話の類いではない。要するに、それはあくまで言い訳なのだ。

 

「あのな、それとこれとは話が別だろう。ここに一般人が入るなんて……」

 

「あの、スレインさん。すみません。スレインさんをここに招く様に頼んだのは僕なんです」

 

 スレインとオリビエの言い合いに今まで苦笑をこぼしながら萎縮していた少年が、か細い声で二人の話を制止する。

 

「え? セドリックが?」

 

「はい、いつも兄上と仲良くされていたのもありますし、僕も来年にはトールズに入学するので色々とお話が聞きたかったのです。しかし……流石に皇族が纏めてとなると、やはりここが一番な気がしたのです。それで兄上に無理を承知でお願いしたのです」

 

 申し訳なさそうな表情で、経緯を丁寧に説明するこの容姿端麗の少年は、セドリック・ライゼ・アルノール。

 エレボニア帝国次期皇位継承者である。オリヴァルトと対照的で大人しい性格である為に、兄の事を尊敬している。

 

 ちなみに、先程名前が上がった人物も説明しておくと、セドリックにはアルフィンという双子の姉がいる。

 セドリック皇子とともに『帝国の至宝』と呼ばれており、その天真爛漫な姿から帝国臣民から絶大な人気を誇っている。

 現在は、帝都にある聖アストライア女学院に通っている。そして、アルフィンは兄に性格が似ている為に仲が良く、息のあった掛け合いをする数少ない人物である。

 更に言えば、スレインは内偵時代に何度もお茶に付き合わされているので、この二人とは意外と仲が良かったりする。そして、この二人に「殿下を付けるな」と言われているので、第三者がいない所でのみ、そう呼んでいる関係である。

 

「トールズについてであれば、オリヴァルトも卒業生だったハズですよ?」

 

「と言っても、もう何年も前の話だ。それに、セドリックは君の話を聞きたいと思っているんだよ」

 

「Ⅶ組……ですか。セドリックには少々刺激が強いと思いますよ?」

 

 刺激と言っても、甘美な話という訳ではない。特別実習の殆どの場合が「領邦軍や正規軍などが関わっている」という、政治的な意味合いだ。

 それに、そこに絞るとやっている事は昔と変わらない。それこそ、トールズとしてではなく、ただの自身の話になってしまう。

 

「いえ、僕もそのような話をもっと聞いて見聞を広めたいのです。トールズの日常からⅦ組の話まで……聞いているとワクワクしますから」

 

 素敵な微笑みをしながらそう言うセドリックは、純粋無垢そのものだ。

 本心が言葉に乗っている事が分かるからこそ、これ以上の言及が無意味である事を悟る。

 

「まぁ、スレイン君。そういう事だ。だからちょっとばかり親友にお願いをして、うまく丸め込ませたのさ。感謝してくれたまえ、僕たち以外でここに入る人は君が初めてだ」

 

「そりゃ、皇族専用で皇族以外が入るんだからそうだろうよ」

 

オリビエとの押し問答を続けるのも面倒なので、可哀想な親友(ミュラー少佐)に心中で謝罪を言ってから、セドリックに御礼を言って話を戻していく。

 

「で、その『通商会議』に宰相殿が出席するから体裁を整える為に同席するって事だろ?」

 

 通商会議―――正式名称は『西ゼムリア通商会議』は来月クロスベルで開かれる初の国際会議の事である。

 その名の通り西ゼムリアのリベール王国、カルバード共和国、レミフェリア公国、エレボニア帝国の4ヶ国の首脳クラスが経済だけではなく、安全保障を含めた総合的な議論を交わす内容となっている。

 ちなみに、リベール王国からは女王代理のクローディア王太女。カルバード共和国からはロックスミス大統領。レミフェリア公国からは国家元首のアルバート大公。主催地のクロスベル自治州はクロイス市長とマクダエル議長。そして、エレボニア帝国からは、帝国政府代表ギリアス・オズボーン宰相と、皇族代表としてオリヴァルト・ライゼ・アルノールが出席予定という事である。

 

「ああ、そうだね。参加者の釣り合いの為というのが本音だろう。一応皇族に連なる人間だしね」

 

「まぁ、確かに各国のトップ連中相手に政府代表だけじゃ、威厳も何もないもんな」

 

 オリビエとスレインの会話に入る事なく、難しそうな表情をしているセドリックは徐ろに口を開く。

 

「面目ないです。兄上やスレインさんに比べたらまるで勉強不足で力も、機転も足りなくて……こんな僕がいずれ父上の跡を継いでもいいのかって……」

 

 上の空ながらにも一度で話を理解し、オリビエと対等に話しているスレインに対して、自身がそれを出来ていないという事を言いたいのだろう。

 責任感が強いからこそ、自身を蔑んでしまう発言だ。

 

「セドリック、それは違いますよ。そういうのは、嘆くよりも受け入れる事から始めるべきです」

 

「スレイン君の言う通りだよ。リベールのクローディア殿下も最初はセドリックと同じ様に悩まれていた。しかし、様々な出会いがあって自身を理解し、王太女となる事を決意したんだ。私の弟もそれが出来ないなんて事は思わない。セドリックなら大丈夫さ」

 

「スレインさん、兄上……」

 

「そうそう、あの方もかなり悩まれていたそうですから……でも、自身を受け入れてからは見違える様でしたよ。それこそ、力や機転って所が特に」

 

「まぁ、君はもう少し自分のやりたい事をすべきだと思うがね。少しくらいワガママを言ってもバチは当たらないんじゃないか?」

 

「それがどうも性に合わないみたいで……兄上が羨ましいです。天衣無縫・自由闊達に振る舞えて」

 

「オリヴァルトの場合はどちらかと言うと、ちゃらんぽらんで自分勝手な暴走列車なだけだがな」

 

「スレイン君、それは言い過ぎではないかい?」

 

 オリビエが頭を抱えてため息をつく。

 勿論、これは嫌味のつもりではなく本心で言っているが、そんな事を気にする人間ではないから言えるのである。

 

「あはは……あとは、そうですね。それと、オズボーン宰相の力強さにもちょっと憧れてしまいますね」

 

「ふむ……」

 

 誰にも気付かれない程度に険しい表情になるオリビエ。

 それもそのはず、オリビエは表面上こそ革新派にも貴族派にも属していないが、オズボーン宰相の強引な手法には納得がいっていない。

 大々的に敵対意識がないものの、言葉の節々にそう言った意図が汲み取れる。それに、どちらの考えにも納得がいかないからこそ、自身を『第三の勢力』なんて表現する事もあるのだ。

 

「昨年の帝国交通法の導入も反対勢力を押し切って強引に踏み切ったそうですが……。それ以来、導力車の事故が激減したと聞いています。父上の信頼が篤いのも頷けますね」

 

「確かにそうですね。施策としては十二分な結果が得られていますし、帝都庁とのキャンペーンも合理的でしたから―――」

 

 スレインが言葉を終える前に部屋の扉が開くと、天使のような少女が現れる。

 

「セドリックも兄様も、こんな広間からまた政治のお話なんて! ……って、え!? スレインさん!?」

 

 それと同時に矢継ぎ早に話す少女は、思わぬ来訪者に驚きの声を上げる。

 どうやらアルフィンは自分がここに通されている事を知らないらしい。

 

「アルフィン、お久しぶりです。何故かここに招待されまして……お邪魔しております」

 

 そう言って微笑をしながら言葉を返すと、セドリックが事情を説明してくれた。

 

「あら。そうだったのですね。セドリックはスレインさんの事が好きなのね」

 

 天真爛漫で容姿端麗のアルフィンが笑顔を見せる。普通の人間であればこの時点で卒倒する程であるが、慣れというものは怖いもので、今や何も感じない。

 といっても、最初から卒倒もせず照れる事もなかったスレインは異常である可能性もあるのだが。

 

「ええ、スレインさんにも憧れています。若くしてその強さや判断力をお持ちしていて尊敬します」

 

「いや、俺も自分の事を理解したからこうなった様なもんですから」

 

 嘲笑しながら話すと、視線を一端虚空に彷徨わせる。あながち間違ってはいないが、尊敬される様なものではない。

 その微妙な表情を察知したのか、オリビエが話題を変更する。

 

「そういえばアルフィン。今度の園遊会で一緒に踊る相手は決まったのかい?」

 

「ええ、スレインさんにお願いしようと思います」

 

「「「……え!?」」」

 

 男子一同、息のあった驚愕の声を上げる。

 さも当たり前かの様にアルフィンは言っているのだが、打診された覚えはない。

 それと相対するアルフィンには先程以上の笑顔となっている。しかし、この笑みには三割程度の遊び心が含まれている様な気がする。

 

「アルフィン? 男子を弄ぶのはどうかと思いますが……」

 

「滅相もありません。わたくしは至って本気ですよ?」

 

「ス、スレイン君? いつの間にアルフィンの心を……」

 

 戸惑い半分、茶化し半分で笑いを堪えながら質問するオリビエ。

 

「俺も初耳だわ。それに今年に入ってからは会ってないし」

 

「本当はアテがあるのですけど、上手く誘えるかどうか分からないので……スレインさんにもお誘いしてみようかと思ったのです」

 

「俺は代役って訳ですか。ですが、俺は貴族でもないので代役でもマズイと思いますよ。代役も探しましょうか?」

 

「色々と驚かされて頭が回らないよ……アルフィンが公式行事でダンスなんて。相手はやっぱり四大名門あたりのご子息なの?」

 

 アルフィンの爆弾発言の連続で、完全に思考が止まったセドリックはお手上げ状態である。

 

「ふふっ、まだ秘密です。それはそうと兄様、後で相談があるのでお時間を頂けますか?」

 

「ああ、構わないよ。で、スレイン君。代役とはいえアルフィンの相手は引き受けるのかい?」

 

「そのアテが決まれば問題ないのでしょう? それまで保留という事でお願いします」

 

 あくまで代役。そのアテが誰であれ、その人物で決まればいいのだから答えを出す必要はない。

 

「だそうだよ、アルフィン。まずは本命を落とす所から始めなくては。と、揃った所でお茶を用意しようか」

 

 オリビエのその言葉に納得した皇女殿下と目が合うと、悪戯っぽい笑みを向けられたので、自然に見える作り笑いを返して、お茶の用意に向かった。

 こうして話題は変わり、一頻り盛り上がった所で皇族達とのお茶会は終わったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

「スレイン君はどうやらARCUSの開発に携わっていたようだね?」

 

 7月18日。今日は自由行動日。

 つまり言葉通り、自由行動が出来る日であったのだが、トールズ士官学院の生徒会長でもあるトワ・ハーシェルからの呼び出しがあり、生徒会館二階の生徒会室に来ている。

 以前から不定期で行われているトワ・アンゼリカ・ジョルジュ・クロウの四人の先輩方主催の技術棟で開かれているお茶会の席で、トワに気に入られてしまい仕事を手伝う様に打診されていた。

 そして、他の三名の目も痛々しく感じられて、ついに断り切れなくなり手伝ったのだが、それから更に気に入られてしまってこうして時々呼び出されている。

 ちなみに手伝う内容は、導力学に詳しい事から「学内で使われている導力機器のメンテナンスや修理」。トワが忙しい時などは事務作業も手伝っていた。

 以前、エプスタイン財団やラインフォルト社で戦術オーブメントを開発していた時も、部の予算管理を始め様々な事務処理も行っていた。それが学院規模(それでもトールズは大規模な士官学院であり様々な部活があり、身分制度の影響も勿論あるので一筋縄ではいかない内容)であれば、スレインにとっては正直簡単だったのである。

 そして今日の作業を一頻り終えた頃にはお昼になっていたのだが、図った様に差し入れを持って現れたアンゼリカと共に応接ソファーでお茶をしていた。というのが、今のシチュエーションである。

 

「ええ!? そうなのスレインくん?」

 

 アンゼリカの横に座っているトワが、素っ頓狂の声を出して驚いている。

 

「アン先輩、どこからそんな話が出てきたんですか?」

 

 先日、アンゼリカ本人から「スレインくんはトワやジョルジュと同じ様に『アン』と呼んでくれ」との事だったので、今はこう呼んでいる。

 その理由は気になる所ではあるが、わざわざ本意を問いただすのも野暮な内容なのでこちらからは聞いていない。

 

「いや、先日ルーレに戻った時に叔父上殿にね」

 

 アンゼリカは苦笑交じりの顔でため息をつくと、その時の出来事を話しだした。

 アンゼリカの叔父でラインフォルト社の取締役ハイデル・ログナーは、アンゼリカの姿を見るなり呼び出し「トールズにスレインという学生はいるか」と聞いてきた。

 どちらかと言うと嫌いな人物から声を掛けられた事から無視を決め込んだが、ハイデルはそのまま勝手に喋り出したという。「スレイン・リーヴスがいなければ、第一製作所は今まで以上にラインフォルトに貢献出来た」と。

 自身が知る人物と同一の可能性があったので詳細を聞いたら、「ARCUSの開発は本来ハイデルが指揮する第一製作所が担当していたのだが、その人物のせいで会長直属の第四開発部に持っていかれた。だから彼がいなければ、第一製作所はもっと高く評価されていた」という事であった。

 

「あの人、まだそんな昔の事を根に持ってるのか……」

 

 確かにその話は事実であるが、一言で言うと完全に逆恨みである。

 元々第一製作所で開発されていたのは旧型オーブメントを基に製造された品であり、自身が手がけたENIGMAにも劣る性能であり製品化が出来ずにいた。

 それを製品化をする為にイリーナとは別で、秘密裏にエプスタイン財団との共同開発を依頼して日夜研究に明け暮れていた。

 その折に、ENIGMAの開発がひと通り終了して、テスターからの使用結果待ちの状態であったスレインが偶然(・・)ラインフォルト社に訪れたのだ。そして、イリーナ会長との会合の結果、「ARCUS開発計画」を会長直属の第四開発部で発起したのである。

 勿論、その一件で第一製作所の戦術オーブメント開発は中止。試作機が完成した際に行われた役員会も、製品説明を担当したのが自分である。

 ハイデルがそう思う事も当然と言えば当然なのかもしれない。

 

「という事は、叔父上殿の言っている人物はやはり君という事なのだね」

 

 アンゼリカはテーブルに置いてある紅茶を一口飲むと、小さな笑みをしながらこちらを見る。

 

「ええ、事が事なのであまり公にはしたくないですが、確かにARCUSの開発に携わっています。でも、先輩たちがテスターだったのは知りません。俺は試作機までしか関わってないので」

 

 苦笑しながら事実を述べていく。ARCUSの試作機以降は、全て第四開発部の方で各種テストが行える環境になっていたので、実用テストには関わっていない。

 そもそも、内偵業務の合間を縫って行っていたのだ。その直後に出張もあったので、それ以降は全くもって手付かずである。

 

「それでも凄い事だよ! 通りでジョルジュくんと同じくらい詳しいんだね!」

 

 トワは両手でカップを持って紅茶を飲み、口元に持ったままの状態で話す。

 かなり小柄なトワがその格好でいるというのは、好きな人にとっては破壊力のある絵になっている。

 

「いえ、ジョルジュ先輩とは分野が違うんで比較は出来ないですよ。正直、導力バイクにしてはジョルジュ先輩の方が知識をお持ちです」

 

 ここまで話してからスレインも紅茶を一口飲む。

 アンゼリカの悪戯っぽい笑みが戻らない以上、この後に厄介な話があると踏んだからである。

 

「ああ、ちなみにその時の叔父上はこうも言っていたよ。『試作機が出来上がるまでのテスターをしていたが、若いくせに軍人以上の技量を持っているのも気に食わない』とね」

 

 スレインは既に次に何が発言されるか検討が付き、頭を抱えてため息を付く。

 そもそもハイデルはどこからその情報を仕入れたのだろう。試作機完成直後の性能評価試験より以前のテストは、全て第四内部で行われていた極秘情報である。

 どうやら自分が知らない間に、ラインフォルト内部も複雑になっているみたいである。

 

「そこでだ、ちょっと私と手合わせしてみないかい? Ⅶ組にいるという事もあるが、そっちの方が気になってしまってね」

 

「アン先輩、本気で言ってます? 学院最強とも言える先輩相手じゃ分が悪いですよ」

 

 アンゼリカは体術のスペシャリストであり、武器がなければ学院最強と言われている程の実力者。

 その体術は「泰斗流」という武術で、キリカや「不動」の二つ名を持つ共和国のA級遊撃士「ジン・ヴァセック」が会得している活人拳である。

 ちなみに、アンゼリカの様な少女に泰斗を教えたという話はキリカから聞いた事があるので、こちらが一方的に知っているというだけで、まだ直接本人から聞いた訳ではない。

 

「アンちゃん、楽しんでるでしょ?」

 

「ああ、その話を聞いてウズウズしていてね。今日という日を楽しみにしていたのだ。ちなみに、ギムナジウムの使用許可も取ってある」

 

 トワの発言に満面の笑みをして頷くアンゼリカ。わざわざ鍛錬場まで用意してある時点で、恐らく何を言っても意味が無いだろう。

 観念した様に承諾をすると、三人はテーブルを片付けてからギムナジウムに向かうのであった。

 

「さて、スレイン君の得物は騎士剣……だったかな?」

 

 ギムナジウム内。フェンシング部がよく利用する鍛錬場で、アンゼリカは自身の得物である籠手を両手に装着して構えの姿勢をとる。

 

「ええ……そうです。と言っても、アン先輩の『泰斗』と違って我流ですが」

 

 最近は自由行動日でもⅦ組に手合わせを頼まれる事も増えてきた(といっても、手合わせを行うのは気分で決めている)ので、常に持ち歩いている学院用の得物(・・・・・・)を構える。

 自身の異能に関しては口止めをしてあるので、基本的に学院内では利用していない。

 グラウンドで利用したりしているし、実技テストでパトリックに乱入されたりしているが、その辺は全部教官(サラ)の力を借りてもみ消してある。

 

「ほう、驚いたな。構えだけで分かったのかい?」

 

「知り合いに居ますからね。それに自分の周りで体術と言えば『泰斗』なんですよ」

 

「アンちゃんもスレインくんも頑張ってね!」

 

 トワの言葉をきっかけにお互いが闘気を高め合う。アンゼリカは髪色と同じ澄んだ薄紫、対してスレインは白。

 アンゼリカの表情は先程までの笑顔はなく、既に屈強な戦士の様な真剣な眼差しとなっていた。

 

「はぁぁぁ!」

 

 アンゼリカが気功を使って、更に濃密な闘気を身に纏う。互いの目線が合わさると同時に「開始」の意を悟り、アンゼリカはこちらに目掛けて飛び出す。

 疾風の速さで繰り出される岩をも砕くであろう乱打を、軸足を固定しながら弾いていなしていく。

 トワの目にはアンゼリカの容赦無い猛襲は捉えきれてない様で、固唾を呑んで見守っている。

 

「これを全て弾かれるとは……叔父上殿の言葉は本当のようだ」

 

 自身の拳が届かないと分かった彼女は、後方に飛び退いて一端距離を取る。

 

「アン先輩も十分軍人以上の腕前だと思いますけどね」

 

 視認するのもやっとの速度で繰り出される打撃は、学生レベルではない事が一目瞭然である。

 一撃毎に的確な弾き方をしないと、こちらの武器が破壊されるのではないかと思う程だ。

 

「フッ、そう言ってくれると嬉しいよ。じゃぁ、これはどうだい?―――『レイザーバレット』!」

 

 言葉が終わる前に、アンゼリカの高速の拳から放たれた衝撃波が襲い掛かってくる。衝撃波の幅は人一人分。大きく飛び退くよりも相殺した方が良いと判断して、下段に構えた騎士剣を一気に振り上げて相殺する。

 その瞬間、既にアンゼリカは目の前に肉薄していて、迫撃の構えを取っていた。

 

「これは流石に受け切れないだろう―――『ゼロ・インパクト』!」

 

 中段に構えた拳をほぼゼロ距離から一気に突き出す。その一撃は、通常の人間であれば動けなる程のダメージを追うか、その衝撃で意識が途切れる必殺の拳だろう。

 スレインはそう判断すると、騎士剣の腹を突き出して切っ先に掌を添える。手に僅かなアーツの光りを纏わせると同時に、アンゼリカの拳が直撃した。

 

―――――――――バキィィィン!

 

 瞬間、金属が破砕した音が場に響き渡ると共に、スレインが横に飛び退いた。

 

「あら、強化したんだけどな……。アン先輩、本気で殺す気でしたね」

 

 手に持つ騎士剣は、先程の衝撃で無残にも粉々に砕け散ってしまって、既に柄より先がない。

 

「今一瞬だけアーツの光が見えたような……」

 

「トワ会長。目、良いですね。『クレスト』を掛けたんです」

 

 トワがポツリと呟いた言葉に解説をする。

 本当は二重で(・・・)詠唱してあるのだが、この場で言わないでおいた。

 それに名刀ではないものの、それだけ防御力を高めた武器を打ち砕くとは思わなかったので、そちらに意識がいっていたのだ。

 

「まさかそんな防ぎ方をするとは驚いたよ。あれは決まると思ったんだが」

 

 回避ではなく防御を選択された事に驚いているアンゼリカは、僅かではあるが確かに驚いてた様な表情をしている。

 

「回避後の行動も考え済みでしょうからね。だったら防御を取った方が意表は付けるかと思ったんです」

 

 刀身のない騎士剣を投げ捨てて、アンゼリカと同じ構え(・・・・)をする。

 これくらいであれば、ある程度の誤魔化しは出来るだろう。

 

「ほう。それが狙いかい?」

 

「いえ、奥の手ですよ」

 

 口角を僅かに釣り上げたアンゼリカの言葉に短く返す。

 一瞬の静寂の後、二人は同時に飛び出す。

 アンゼリカは細かなステップを刻みながら怒涛の勢いで拳を打ち込む。それに対してスレインは冷静に一撃毎に掌で弾いてく。拳同士のぶつけ合いよりも、いなしていく方が動揺を誘い出すには丁度いいのだ。

 すると、再び攻撃が届かない事に焦りがあったのか、アンゼリカの動きが変調的になる。拳の乱打に交えて、鞭の様にしならせた足技を織り込んでいく。

 

「やるね、スレインくん。こうもいなされると流石に悲しいよ」

 

「俺はけっこうキツイですけどね。アン先輩、そろそろ決めさせて頂きます」

 

 直接拳を交える事で、アンゼリカの一撃の重さが先程よりもよく分かる。それに、慣れない事をしている以上、長期戦にもつれ込むのは面倒だ。

 今まで弾くだけだった掌を固く握り締めると、アンゼリカの突き出された一撃を横から打ち当てる様にして弾き飛ばす。

 不意を付かれてバランスが崩れた事を確認した瞬間、先程アンゼリカが使用した、ゼロ距離からの強力な一撃『ゼロ・インパクト』を放つ。

 

「ぐっ……」

 

 体重移動で上手く衝撃を和らげても、やはりこの一撃は重い。アンゼリカは身体を折ってくぐもった声を漏らす。

 スレインはその隙を見逃さず後方へ飛ぶと、身に纏った闘気を足に集める。その濃密な闘気は雷となって青白い光に包み込む。

 

「泰斗流―――『雷神脚』」

 

 電光石火の如くアンゼリカに詰め寄り、雷を纏った強烈な蹴りを放つ。

 先程の衝撃が残っているアンゼリカは回避が間に合わずに、全身の残る闘気を籠手に集めて防御体勢を取る。

 しかし、その一撃の重さと威力に競り負けてしまい、一瞬で籠手は壊され後方に大きく吹き飛んでしまった。

 

「スレインくん……すごい」

 

 トワは唖然とした表情で声を上げていた。

 

「……参ったよ。流石だね、スレイン君」

 

 籠手を破壊するも、威力は抑えてあって意識を刈り取るレベルではないが、流石に堪えたのだろう。

 呼吸を整える様に一瞬の間を空けて、アンゼリカは口を開く。

 

「アン先輩も流石ですよ。学院最強は頷けますね」

 

 アンゼリカに近づき手を差し出して、起き上がる支えになる。

 

「いや、それも今から二番目だ。まさか泰斗を会得しているとはね」

 

「これは非公式なんでカウントされませんよ。それに会得と言っても、体捌きと今の技くらいしか使えませんから。アン先輩が最強でいてください」

 

「アンちゃんに素手で勝つなんて……スレインくん何者なの?」

 

「それはご想像にお任せします。さて、いい汗もかきましたし、一端学生会館に戻りましょうか」

 

 トワの言葉をはぐらかしてからギムナジウムを出る三人。

 勿論、はぐらかした事に対してのトワの猛襲を躱す光景は、部屋に着くまで続いていた。

 

「アン先輩は身体が柔らかい分、足技にもっと力を入れた方がいいと思いますよ」

 

 トワが用意した紅茶を飲みながら、アンゼリカとの戦いを総評していく。

 部屋に着くなり「総評をしよう」と言い始めたので、仕方なく口を開いている。

 

「ふむ。確かに必殺となる一撃をどうするべきか考えていたのだが……」

 

「それなら尚更ですね。『泰斗』の奥義は並大抵の修行では身に付かないと聞いていますし、俺が使った『雷神脚』をアレンジすれば破壊力は十分でしょう。龍神功で高めた闘気を足に集中させれば、闘気の具現化も容易いかと思います」

 

「なるほど。確かにそれなら私でも出来そうだ。ありがとう、スレイン君。礼を言うよ」

 

「いえいえ、大した事はしていませんよ。―――トワ先輩? さっきから視線が痛いんですが……」

 

 手合わせの総評に熱中してしまった事が悪いのか、トワは真剣な眼差しでずっとこちらを見ている。

 流石に落ち着かなかったので、話を止めて問いかけたのだ。

 

「スレインくん、あのね、アンちゃんに勝つ事ってすごい事なんだよ? 非公式じゃなかったとしても、もっと喜んでいいんだよ?」

 

「ですが、公式な場でしたら武器を壊された俺の負けですからね。勝った気がしないんですよ」

 

「でも、負け知らずだったアンちゃんに勝つなんて、学院内でもすごい事なの」

 

「まあまあ、トワも落ち着いてくれ。スレイン君に言っている事も正しいからね。そのくらいにしてあげなよ」

 

 アンゼリカの言葉で制止されたトワは、プクッという擬音が出る様に頬を膨らませている。恐らくこれも、見る人が見たら殺人級の表情だろう。

 ふと見ると三人ともテーブルに並べたカップの中身がなかったので、紅茶のお代わりを用意する。

 それを悟ってくれた様で、話題を世間話に切り替わえて、一頻り談笑をする三人であった。

 

「なんか、スレインくんってリィンくんに似てるね」

 

 トワの突然の発言についつい紅茶を吹き出しそうになる。勿論そんな真似は出来ないので比喩である。

 

「俺は似てないと思ってますけど……」

 

「いや、トワの言う通り二人は似ているよ。謙虚さや自身に甘えない所とかね」

 

「そうですかね? 俺からしたら彼は正反対だと思いますけどね」

 

 思わず感傷めいた発言をしてしまった事に対して苦笑いをすると、手に持っていたカップを置く。

 

「ははっ、これは驚いた。本当に似ているね」

 

「そうだね。リィンくんも同じような事を言ってたよ」

 

「え?」

 

 二人の発言に思わず目を疑い、学院内ではなるべく崩さないでいたポーカーフェイスが若干崩れる。

 

「リィンくんも、君の事を『正反対に見えて眩しい』と言っていたよ。それがどういう意味かは知らないが、互いに思う事があるみたいだね」

 

「そうそう、男の友情ってやつだね!」

 

 何故か勝ち誇った様な表情のトワ。

 しかし、自身が彼に対して思っていた事までも、同じように思われていたのは意外である。

 それを考えた瞬間、急にこそばゆくなってきたので、この話に反論する事はしなかった。

 

「なるほど……今後の学院生活の参考にさせて貰いますよ」

 

「ふふっ、まぁ、私としては君みたいなミステリアスな性格は好きだからね。リィンくんと似すぎても困ってしまう所だな」

 

 アンゼリカは微笑みながらウィンクをする。

 いつの間にか空を茜色に染め始めている夕陽を背景にしたその姿は、男っぽい性格とも言える彼女に女性らしい麗しさを持たせるには十分な演出となっていた。

 

「また訳が分からない事を……俺としてはアン先輩の方がミステリアスですよ」

 

 彼女から目を逸らしてため息を付くと、自分しか感じる事の出来ない異変に気づく。

 学院内に佇む風が異変を察知してざわついている。

 この場の二人には気づかれない様に調査だけを指示すると、急いでこちらに向かってくる気配を察知した。

 

―――――――――バン!

 

「ハァハァ……会長にアンゼリカ先輩……とスレイン?」

 

 力強く扉を空けて、慌てた様子で息を荒らげながら入室した少年が声を上げる。

 

「リィン、何かあったか?」

 

 風のおかげで良からぬ状況になっているのは分かっている。

 この場にあった適切な言葉と共に、真剣な表情で彼に問いかける。

 

「ど、どうしたのリィンくん? そんなに慌てて……」

 

「なんだか切羽詰まっているようだね」

 

 トワとアンゼリカもリィンの状態を理解して問いかけると、一瞬躊躇ったリィンが現在の状態を手短に説明していく。

 状況は、”リィンの妹エリゼ・シュバルツァーを探している”という事であった。

 どうやらリィンに会いに、帝都の”聖アストライア女学院”から来ていたらしく、屋上で会話をした後にいなくなってしまったとの事。

 聖アストライア女学院は、俗に言うお嬢様学校であり高校までエスカレーター式の女子校である。

 貴族は勿論のこと皇族、アルフィン・ライゼ・アルノールも在籍している、トールズと並ぶ由緒正しき名門校である。

 トールズの敷地は広大ではないが狭い訳ではない。一度見失うと探すのも一苦労であり、ましてや女学院の生徒となれば尚更だ。

 面倒事が起きる前に探さないと、飛び火が多い状態である。

 

「俺らはずっとここにいたから見てないな。リィン、探すの手伝うぜ。この場合、俺が適任だろ」

 

 紅茶を一気に飲み干すと立ち上がり、リィンの方を向いて目で訴える。

 それを「風を使って探す」と理解したリィンも短く頷く。

 

「……ふむ、それにしても、あの聖アストライアの生徒で流れる様なストレート長髪か……。リィン君の妹らしいし、さぞかし淑やかで器量のよい、花の様な美少女なのだろう。……ええと、見つけた者が愛でられるというルールで良かったのかな?」

 

「そ、そんなルールはありあせん!」

 

 鼻の下を伸ばしたアンゼリカの発言に、真剣な表情で否定するリィン。

 アンゼリカがこの性格な事を知っている上で、この状況にも関わらず的確なツッコミを真剣に入れるあたり、この少年はシスコンという性質を持っているのかもしれない。

 

「まったくもう……えっと、生徒会の方でも連絡網を回してみるね。見つけたらすぐに連絡するから、他を当たってみて!」

 

 二人のやり取りに呆れてため息をついた後に、的確な指示を出すトワは流石生徒会長である。

 そして、アンゼリカの方も導力バイクを使って学院の周辺を回って探すという事を伝えると、リィンは御礼を述べて足早に去っていく。

 言葉通り行動を開始した先輩二人の為に、先程まで行っていたお茶会の片付けだけ行ってから生徒会室を退室した。

 

 

 




今回はアンゼリカとの仕合を中心に書いていきました。

原作ではルーレ編でスポット参戦を果たすアンゼリカは、なかなか絡みもないし、絆イベントがないというちょっと残念な感じがありましたね。

今後、他の先輩方と共に登場する機会が増えていくと思いますので、乞うご期待です(笑)

それでは、今回もお読み頂き、ありがとうございました。
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