次回は戦闘描写が入りオリエンテーリングが終わるかと思いますので、
どうかよろしくお願いします。
という事で第3話、始まります。
※2015.08.08 修正
エレボニア帝国には、強固な”身分制度”が存在する。
それはエレボニアという国家が建国された当初から存在したものであり、実にその歴史は700年にも及ぶ。故にこの国に存在する貴族は皆、身分制度を”帝国の旧き良き伝統”と称し、守り続けることを誇りとしてきた。
しかしながら、現在その伝統は少々ではあるが「綻び」を見せ始めている。その原因となっているのが、現エレボニア帝国宰相《鉄血宰相》ギリアス・オズボーン率いる『革新派』と呼ばれる勢力の台頭であった。平民初の政府代表である彼は、貴族制度を”時代遅れの風習”と断じ、その異常なまでの政治手腕で帝国臣民の心を掴もうとしている。
それに対抗するのは、勿論貴族を中核とした勢力である『貴族派』。”国家に身分制度は必須”という大義の下、『革新派』を担う傑物たちと睨み合いを続けている。これが、この国のやや危うい現状であった。未だ国内にそれほど不穏な影は落ちていないが、それもいつ悪化するかは知れない。
皇族直属の内偵をやっていた以上、関係もすれば興味もある、その帝国の現状。しかし、具体的にその問題に自分が関わるのは、その争いの中でも武力的・政治的な部分だと考えていた。数秒前までは。
「ユーシス・アルバレア。貴族如きの名前など、覚えて貰わずとも構わんがな」
「なっ……! だ、誰もがその大層な家名に臆すると思うな!」
目の前で、繰り広げられるクラスメイト同士がその話題で険悪な雰囲気になっている。
事の発端は、今年度から新しく発足となった士官学院のクラスの担任に就任した
「今年から新しいクラスができたのよ。身分に関係なく選ばれた、君たち”特科クラス《Ⅶ組》が」
学院の旧校舎に集められた”赤い制服”を着た生徒たちは、その言葉に驚愕の表情を浮かべた。
貴族と平民の間に決して越えることのできない絶対的な壁が隔たっている中で、その一線を越えて一同に介するという行為は、本来在ってはならない事である。例え当人同士が何とも思っていなくとも、その制度が公になれば一部の選民意識が強い貴族から非難を受けるのは必然だろう。
そのリスクを負ってまでこの制度を試験的であるにせよ、導入した理由。それはここにいる誰もが想像できていない。
「(風どころか嵐の予感しかしねぇけど……)」
ある程度の刺激しかない、自身にとっては退屈な学院生活ってのも、平和的でアリかと思い始めていた。しかし、流石にこの内容では、ある程度どころではない。前途多難な予感しかしないのだ。
そんな事を思いながら、サラが言うであろう次の言葉に耳を傾けようとしたところで、一人の男子生徒が声を挙げたのである。
「じ、冗談じゃない!」
身分に関係ないなどと言う事は聞いていない、と。その緑髪の生徒は声を荒げた。選民意識の強い貴族生徒かと思いもしたが、彼が自分の名前を言い放ったところで理由が分かる。
マキアス・レーグニッツ
「(レーグニッツ……帝都知事の息子か)」
帝国に住んでいれば、その
四大名門、正規軍中将、帝都知事。身分に関係なくと言っているが、そんな事を考えさせない人選である。
しかし、それであればこの緑髪の少年の先程の発言も納得は行く。
帝都知事と言えばオズボーン宰相の盟友としても知られ、『革新派』の中でも中核の人物。相対する『貴族派』に属する人物は、彼にとっては正に天敵。しかし、それでもまだ政治に足を踏み入れるどころか入学したばかりの学生が、ここまでの敵対意識は些か度が過ぎていると思うのである。
そして、そんな彼の貴族に対する罵倒に反応するように名を挙げたのが金髪の男子。
ユーシス・アルバレア。帝国における貴族の頂点、『四大名門』と呼ばれる四名家の一角にあたる『アルバレア家』と言えば公爵の爵位で大貴族中の大貴族。そんな名家の男子をこのクラスに引き込むなんて誰も想像できないだろう。
『革新派』と『貴族派』の二世同士のいがみ合いは、幸いにも大きな発展を迎える前にサラが言葉で制した。
「あー、はいはいそこまで。互いに言いたいこともあるだろうけど、とりあえず、”特別オリエンテーリング”を始めるわよー」
仮にも教官である彼女の一言でとりあえず両者とも敵対心を抑え込む。
しかしスレインの思考の矛先は既に目の前の二人からではなく、サラの行動に向いていた。
こんな人気のない場所に呼び出されて行われるオリエンテーリング。”普通”のものではない事は明らかだ。ましてやそれを行うのが、他でもないサラ・バレスタインなのだ。
「……そういう事か」
小声でそう呟くと、スレインと同じ様に警戒心を強めた者がいる事に気づく。それは小柄で銀髪の少女。その見覚えのある少女までいるとは、本当にこのクラスで何をさせる気なんだと疑問を覚える程である。
その他のⅦ組の面々は、一抹の不安に駆られながらも素直に教官の次の行動を待っていた。
「それじゃ、行ってらっしゃい♪」
そう言葉を放つと同時に、一段高いステージの様な台にいたサラは、校舎の壁に設置されていたいかにも怪しいレバーを何の躊躇いもなく下げていた。
直後、ガコンという重々しい音が響くと共に、一同が立っていた床が、大きく下方向に傾き始めた。
「うわぁっ!」
「な、何だ!?」
かなり速いスピードでその角度はどんどん傾いていく。突然の事で対処どころか何が起こったのかすら分かっていないメンバーは次々と下へとずり落ち、階下へと為すすべなく落ちていく。
「よっ、と」
そんな中で銀髪の少女はあらかじめ右腕の袖の中に仕込んでいたワイヤーを伸ばし、それを天井に括りつける事で空中に逃げて落下を阻止した。
「フィー、あんたもよ」
「えー、面倒」
フィーと呼ばれた銀髪の少女はポツリとそう呟く。
「やっぱりフィーか。随分と多種多様なメンバーを揃えたもんだな、まったく」
少女の名前を確認した後に、スレインは2人の会話に入る。
「あ、やっぱりスレインだったんだ。久しぶり」
「おう、サラに拾われたんだろ?話は聞いてるぜ」
「ん、そしたら何故かこうなった」
「はは、そりゃご愁傷さまだな」
フィー・クラウゼル。このゼムリア大陸には猟兵という戦争屋、つまる所「傭兵」的な集団が存在する。その中でも二強と言われていた『西風の猟兵団』で
「……って、あんたは何で
そんな他愛も無い話が一段落すると、目の前の女性教官が頭を抱えながらこちらに向けて話しかけた。
「ん? あぁ、アーツだよ、アーツ」
「
一同が立っていた床は、現在の傾斜は約50度。点ではなく面が傾いているこの床の上では、逃げ場もなく床の傾きとともに滑り落ちていくのが道理である。この傾いた床から脱出する方法があるとすれば、それこそフィーの様に空中に逃げる他ない。
しかし、少年はそんな状況で先程と変わらぬ場所、今や地に足を付ける場所がないにも変わらず、そのまま立っている。否、浮いている。
「そうかぁ? 足元に微量の低級アーツを常時発動してるだけだぜ?」
「「……もはや人間じゃない」」
その常人離れした技の前に、この場に残る二人は声を同時に上げる。これじゃ意味がないと思ったサラは肩を落とし、やれやれといった様に声をだす。
「まぁとりあえず、とっとと下に行きなさい。アンタ達もいないとオリエンテーリングに意味ないし、何も始まらないでしょ」
それは間違いない。条件反射で対応をしてしまったが、この場では先に落ちた学院生と同じく、素直に落ちておくべきであっただろう。それが、入学したての学院生としての自然体であり、普通の姿である。
「ま、とりあえずは小手調べって所か」
そんな心境を口にしながら、床が傾いた先へとゆっくりと身を投じたスレイン。生徒への配慮なのか、それ程深くもなかった為に数秒ほどで地下のフロアへと辿り着いた。
それと同時に、乾いた音がフロア全体に鳴り響く。
―――パァン!!
音の出処は自分ではないので周りを見渡すと一瞬で事が理解出来た。
頬に紅葉が浮かび上がったリィンと、その行動を起こした金髪の女子生徒が向かい合い、それを他のメンバーがバラバラに囲みながら見ている状況。
「……うわぁ、ベタ過ぎる」
金髪の少女が頬を赤らめている時点でお察しの状態であった。
―――*―――*―――
「ベタ過ぎだわー。助けようとして転んで顔が胸に埋もれた、ね。どこのラブコメですか」
「いや、確かにそうなんだけどさ……」
事の発端となり、この問題の当事者でもある黒髪の少年は済まなそうにこう答える。
「まぁ、先に謝っとけ? こういう問題はどう足掻いても男が悪くなるもんだ」
「そ、そうなのか……とりあえずタイミングを見て謝罪するよ」
腑に落ちない、という様な顔ではなく、観念した様な顔つきで少年はそう答える。
「ま、相手も不可抗力って事は分かってると思うぜ? そんな悩む様な事じゃないさ」
他のメンバーから離れて小声で会話をしながら、スレインはそう言ってリィンの肩を軽く叩く。
この年の若者、特に女性はそういったものに敏感な年頃だ。会ったばかりの同年代の男に、不可抗力とはいえ、セクハラまがいの事をされれば、誰だってカッとなるだろう。そして時間と共にどちらか、又は双方がぎこちなさに繋がっていると悟り和解。大体がこんな流れになる事は概ね予想が出来る。
スレインは、経験に基づいた思考を一旦そこで留めて、静かにそれとは違う問題に目線を移す。先程から頑なに視線すらも合わせようとしないユーシスとマキアス。こっちは流石に時間が解決する様な流れではないだろう。
今は関わらない事を決めたスレインを含め、一同は改めて自分たちが落とされたこのフロアを見回していく。旧時代的な雰囲気を醸し出すその空間は、この場所が普通とはなにか違う事を嫌でも認識させられた。
「ん? あれって……」
「あ、門のところで預けた荷物、か」
そんな広間の壁際には、円を描くかのように10の台座が設置され、その上には各々が校門前で預けたはずの荷物と小箱が置かれていた。
一様に頭の上に疑問符を浮かべていると、突然制服のポケットの中から電子音が鳴り響いた。その音の発信源となっていたのは、入学前に入学証明書と共に送られてきた
『全員、無事みたいね』
むしろ無事でない人間がいたらどうするつもりだったんだ、なんて安易なツッコミはせず黙っておく。そしてその後、サラによるこの
エプスタイン財団が開発した
そして、預けた荷物と一緒に置いてある小箱。その中身の説明も合わせて受ける。
そこに入っていたのは、小さい球状のクオーツ。それもただのクオーツではなく”進化するクオーツ”、マスタークオーツと呼ばれる特殊なクオーツ。
今までのクオーツと違い、
そして戦闘記録を逐一保存、所有者と同じく戦闘でも経験が一定まで溜まると、セットした『マスタークオーツ』自身が成長していく。基本性能や特殊能力が強化される他、使用可能な
というのは、自身頭の中での説明であり、実際に聞こえてくる説明はテキトー、もとい簡易的なものであった。
その説明を聞いて、性能の優秀さに色めき立つクラスメイト。
「(まぁ、初めて聞けばそんなもんか)」
スレインは元々、戦術オーブメントに深く関わっていたので、周り程驚きはなく特に何も考えずに
『さて、と。ようやく本題に入れるわ』
サラの声と同時に、広間を塞いでいた重厚な石の扉が重々しい音を立てて開いていく。扉の先は暗闇ではあるが、道が続いているだろうという事は分かる。
『そこから先はダンジョン区画で迷路みたいに入り組んでたり、ちょーっと魔獣なんかも徘徊してるけど、無事に終点までたどり着ければ旧校舎の1階まで戻ってこられるわ』
そんな説明を聞かずとも目的と方法が容易に想像出来たスレインは、扉の先のを見据え、神経を研ぎ澄ましていく。
感覚的に言うと不気味であった。今の広間が旧時代の雰囲気を醸し出している事もあるのだろう。しかし、それほど強い魔獣の気配はないという事から、比較的単純なダンジョンである事が推測出来る。
『それじゃあこれより、トールズ士官学院特科クラスⅦ組の特別オリエンテーションを開始する。各自ダンジョンを踏破して、旧校舎1階まで戻ってくるように。文句はその後に受け付けるわ』
確かに、ここで留まってゴチャゴチャ文句を言っている場合ではない。面倒な事に巻き込まれる前に進もうと決意し、スレインは台の上に置かれた自分の荷物を手に取る。それは、入学式前にミュヒトから受け取った、彼の”形式的な得物”の騎士剣である。形式的であっても、一度自分の手元から離れた得物。おかしな点がないかゆっくりと見定め、問題がない事を確認する。
「(異常なし。まぁ、ある訳ないんだろうけどな)」
心の中でそう呟きながら周りを確認する為に目線を動かすスレイン。しかし、その先には、通信が切れて1分にも満たないその時間で、既に問題が起きようとしていた。
「厄介事は御免なんだけど……」
自分の得物を確認した行為自体を後悔しながら、彼は他のクラスメイト達に歩み寄るのだった。
次回こそ戦闘描写が始まります。
スレインの力がかいま見えるかと思いますが、このメンバーが相手だと今後沢山解説していく流れになると思います。
まだまだつたない文章ですが、読んで頂きありがとうございました。