「咲夜・・!」
呟いて睨み付ける。すると咲夜はふぅ、とため息をついてこちらを見据える。
「貴女がここに居るという事は・・あの子、失敗したのね。」
「ああ、けっこう骨だったぜ。どうせなら助けに来れば良かったのによ。」
「・・ふん。使えないわ。」
咲夜は小さく舌打ちする。オレの事は視界に入っているのかいないのか、廊下の隅をチラチラ見ながら給料カットがどうのこうのとブツブツ言っている。
(・・なに考えてんだ?)
敵意の読み取れない訳でもあるまいに、自分を意に介さないかのような振る舞いに苛立ちを覚える。
しかし、実際にやることは決まっている。相手がその気なら・・
「うらあっ!」
問答無用で殴りかかる。念のため多少手加減はしたが、油断している今ならまず当たるだろう。正直時間も惜しいし、その隙に抜き去ってしまえばいい。
そう思っていた。だが。
「・・・・っ!?」
拳は空を切った。顔をあげると、視線の数メートル先に咲夜が立っている。
「・・いきなり殴ろうだなんて、作法がなってないわね。」
「な・・ん・・」
咲夜は表情一つ変えずにいい放つ。オレは何が起こったかわからず呆然としていた。
「言葉遣いにも品が感じられない・・目障りだから出ていってくれないかしら。」
「・・っるせえっ!」
不躾な物言いに怒りながら、舌を出すのを忘れずに襲い掛かる。脚が地を蹴り、咲夜をとらえる瞬間、確かに舌先を不快感が襲った。
「ーっ!」
その刹那、足先に固いものがぶつかり、崩れる音がした。見ると、咲夜は消え、足が壁にめり込んでいる。
「ああもう・・修理代がかかるじゃない。」
背後から咲夜の声がした。振り返ると相変わらずの冷静な彼女。しかしさっきと違い、何かしらの力を使ったのは分かっている。
「瞬間移動・・か?」
推察をそのまま口にする。なにがしか特殊な事をしたのは分かっている。加えて咲夜は目の前にいたのにオレの背後へと移動した。仮に身体能力のみで一瞬で動いたとしたら、狭い廊下でオレを掻い潜ったということになるが、掠りもせずやってのけるのは不自然だ。自分なりに筋の通った考えのつもりだった。だが、
「さあねぇ。」
咲夜は事も無げにとぼける。再びムカつきが襲うが、咲夜は間髪入れずこちらに何かカードの様なものを投げつけた。色は白く、枚数は三枚。
「これは・・スペルカード?」
「あら、知っていたの。殴り合いだけの野蛮人とばかり思ってたわ。」
咲夜は肩を竦めて笑う。始めて見る笑顔がこれとはゲンナリするが、そんな事はどうでもいい。
「・・これを使えってのか?」
「ええ、幻想郷での勝負はこれが必須。やられるにしても格好つけたいでしょう?」
いちいちカチンとくるヤローだ。しかし急に言われてもどうすれば良いんだよ。
「・・カードを持って技をイメージしなさい。それだけで使えるようになる。」
余計な時間を使いたく無かったのだろうが、咲夜は淡々と使い方を教えてくる。こっちの身にもなってほしい。剣の素人が格好だけつけて剣豪に挑め、なんて言われたら何て思うか。
しかもこんな面倒くさそうに・・・・
心の中でボヤきながらも、言われた通りカードに三枚とも念を込める。
「・・終わった。でもここでやるのか?修理代がなおさらかさむぞ?」
「・・ああ、それなら問題ないわ。」
咲夜は腕を高く掲げ、パチンと指を鳴らす。すると、そこから広い灰色の一室が文字通り"現れる"。舌で力の有無を確認すると、周囲に咲夜を起点にして密室状に力が充満していくのを感じる。しかし、廊下で突如現れた格技場程の広さの一室。幻覚でも造ったのだろうか。
「・・・・」
試しに壁に体当たりしてみる。固い感触に肩が痛んだ。どうやら幻ではないようだ。
「この空間は、私が"創った"もの・・。私が解除するか倒れない限り、出ることは出来ない。」
二人きりになった部屋の中で、咲夜は言い放つ。壁を背にしながら、溜め息が漏れた。
「・・やるしかねえ、か。」
「ええ、さっさと始めましょうか。」
咲夜の言葉が終わるや否や、口から炎を吹き出す。無論、咲夜は姿を消し、攻撃をかわす。そうくるだろうと予想はしていた。すかさず頭上に目を向けると、案の定咲夜が見下ろしていた。
しかし、一つだけ予想外な事があった。無数のナイフがいつの間にかこちらに向けて浮かんでおり、一斉に切っ先を向けて飛んできたのだ。
「のわああ!」
間一髪、ナイフを掻い潜って咲夜に目を向ける。しかしそこに咲夜は既にいない。
「っ!」
背後を振り返ると、咲夜は悠然と浮かんでいた。さっきにも増して大量のナイフと共に。
「ちぃ!」
舌を出して身を翻す。しかし、
「・・!?」
ナイフ自体からは何の力も感じられない。つまり、あのナイフは本当にただの"物"だということだ。だとしたら、同時に何本も現れたのは一体・・
「っつう!」
ナイフが足を掠めて思考を邪魔する。避けるだけでも相当難儀だ。
「まさかもうへばっているの?降参するなら早くしてくれないかしら。」
「この・・・!」
カードを一枚取り出す。少し早いかもしれないが・・
「炎符『轟龍烈火』!!」
目の前にあるモノを全て呑み込むような勢いの炎を吐く。それはさながら炎の津波、龍のように畝って壁に激突した。
「はぁっ・・はぁっ・・」
炎は壁一面に黒々と焦げ跡を残し、尚もメラメラと燻っている。しかし、
「大した威力ね。」
横から咲夜の声。やっぱりだ。命中しちゃいない。
「ま、当たらなければ大した事はないけれど。」
「・・やんなるぜ。」
咲夜のいう通り、当たらなければ意味はない。しかし咲夜のいとも簡単に避けられる原理がサッパリ分からないのだ。
「今度はこちらから行くわよ!奇術『ミスディレクション』!!」
咲夜の宣言と共に、大量の赤いクナイが現れる。慌てて避けようとすると、途端に赤クナイが奇怪にバラけて襲いかかってきた。
「うおおぉ!?」
紙一重でかわしながら前方に目をやると、咲夜はまた一瞬で部屋の隅へと移動していた。「そこか」などと考える間もなくナイフが展開される。
「くっ・・あぁ!」
異なる2方向から迫りくる凶器に体に幾つも傷をつけられる。
「なろっ・・」
素早く左手でクナイ、右手でナイフを掴み、周囲の凶器を弾き飛ばす。
「セコい手を使いますねえ。」
「黙れ!てめえと違って両手が空いて・・ってわた!」
咲夜は間髪入れずまた赤クナイをばら蒔く。こいつ、少しは話を聞けってぇの。
手に持った武器で攻撃を弾く。しかしこれでは防戦一方だ。どうにかしてやつの技の正体を掴まなきゃ・・
「焦符『這舌咬獲』!!」
口から、さっきとは一転細く長い炎を矢継ぎ早に吐き出す。それはまっすぐ咲夜に向けて飛んでいく。オレはそこで目を凝らした。
実はこのスペル、イメージ通りなら相手の動きを追うように動く筈なのだ。
咲夜の姿が消える。そしてナイフが展開される・・ここで炎の行く末を凝視する。
・・すると、炎は咲夜のいる場所に向かう事はなく、以前いた今は誰もいない虚空をすり抜けて壁にボンボンと激突した。
("移動"したモノに付いていく筈なんだが・・)
ナイフを弾きながら考える。
(まさか・・いや・・)
頭の中である仮説が浮かぶ。しかし、普通に考えてあり得ない。しばらく悩んでいると、咲夜のスペルが中断した。
「幻象『ルナロック』!!」
宣言と共に、例によって展開されるナイフ。そしてばら蒔かれる光。
「・・けっ!」
仕方ない。これでダメなら・・
それまでだ!
「爆符『爆彩輪花』!!」
そこそこな大きさの火球をばら蒔く。てんで法則性がないが、大きめな為に避けるのは少々きついはずだ。上手く事が運べばいいが・・
思案していた、次の瞬間。
火球が全て、"一斉に"爆発した。
それが晴れて見えるのは、悠然とオレを見据える咲夜。
「・・ちゃんと避けやすい仕掛けがあったのね。」
「まあな。」
爆発自体はオレが仕込んだものだ。火球は撃てば爆発するように造られていて、一見無理ゲーでも血路が開く、という訳だ。
しかし、今の問題はそんな事じゃない。
今なら確信が持てる。火球の一斉の爆発。ナイフの一斉の襲撃。そして追いかけなかった弾幕。
「おい。」
咲夜を睨む。飄々としていた彼女の顔色に、微かに戸惑いの色が混じる。
「お前さ、まさかとは思うが・・『時間を止められる』なんて言わないよな?」
「!」
始めて見る驚きの顔。ビンゴか。しかし、すぐにまた余裕のある表情に戻る。
「・・へえ、何故分かったの?」
焦りは感じられない。寧ろ興味深い、という顔。腹立たしく思いながらも口を開く。
「・・ヒントは色々、な。
とにかくそうでも無きゃあ、あれだけのナイフを同時に投げられたりしねえだろ。」
咲夜に指を突きつける。散々悩ませてくれた鬱憤を晴らすように。
「お前は、人も弾幕も・・そいつらの時間を止めて、認識されずに行動できる。
丁度廊下に、こんな自分だけの空間を創るみたいにな。」
咲夜は暫くキョトンとした後、一つ頷き、俯いた。そして。
「ふふふ・・ははははは!」
ひとしきり笑うと顔をあげ、大袈裟に手を叩いた。
「驚いた。よく見抜いたわね。
でも・・」
咲夜がオレを見る。哀れみの混じった、冷笑を浮かべながら。
「貴女は既にカードを使いきった。私はまだ残っている・・。第一、カラクリを見破っても貴女に攻撃を当てる手段があるのかしら?」
薄ら笑いを浮かべながら問いかけてくる咲夜。息をつき、答える。
「・・さあな。けど、少なくとも四肢ぶったぎる位しなきゃ、諦めないと思うぜ。」
オレの言葉に咲夜は眉をしかめる。そしてナイフを掲げ、こう叫んだ。
「なら、望み通りにしてあげる!」
――
「あっぶねえ!!」
「ほら、どうしたの!?どんどん傷が増えていくじゃない!」
咲夜の最後のスペル、「メイドの秘技『殺人ドール』」。投げられたナイフが咲夜の時間停止と共に方向転換し、新たに投げられたナイフが加わって四方八方から迫りくるという厄介な技だ。避けるだけでも必死な上、こちらの攻撃は当てる術がない。段々と傷口は増えていった。
「ぐっ・・」
流石に膝が崩れだした。だが、まだ希望はある。奴を倒せるかもしれねー希望は・・!
「死体になられたら処分が面倒なん・・だけどね・・!」
咲夜は少しだけ辛そうに言葉を紡ぐ。若干戸惑う表情を見せたが、すぐに攻撃に移る。
「これで・・終わり・・よ・・!」
咲夜がナイフを構え、いざ投げようとした瞬間。
手からナイフが滑り落ち、咲夜が落下して膝をついた。
「な・・に、これ・・」
「・・よう・・やく、か・・」
首を押さえながらゼエゼエと息をつく咲夜に、オレはユッタリと歩み寄る。とはいえ、当のオレも苦しい。
「何を・・したの・・?」
咲夜がうずくまって見上げながら問いかけてくる。青ざめた顔に、脂汗を浮かべている、始めて見る顔だ。
「本当に・・密室だったんだな・・驚いたぜ・・」
「・・・・!」
咲夜はその言葉で理解してくれたようだ。視線の先、オレの背後にはオレが散らかした、そして未だに燻っている炎。
「空気が・・」
「・・そういう事。火は・・空気を使って燃えるし・・ガスも出る。・・余裕こいてて・・気づかなかったか?」
咲夜が悔しげに顔をしかめる。こちらは笑ってやりたいが、生憎そんな余裕はない。
「・・にしても、ラッキーだったよ・・。空間は隙間一つ無くて・・お前は本当に・・時間を止める、だけで・・オレは、火を使えて・・」
喋っている間にも頭がクラクラしてきた。まずい、このままじゃ共倒れだ。
「くっ・・」
咲夜は震えながら立ち上がろうとする。それをなるべく平静を装って言葉をかける。
「おっと・・まだやるか・・?いいぜ、お前がくたばろうが、どのみち空間は消え・・」
「うああぁ!」
オレが言いきらない内に、咲夜のナイフがオレの腹を掠める。油断していた上に疲労も重なり、深い切り口から血が痛々しく吹き出す。
「あ・・つ・・」
オレがよろめく瞬間、咲夜はナイフを振り上げて躍りかかった。今までと全く違う。殺意に燃えた動き。
「くっ!」
避けられない。そう思い歯噛みした瞬間。
咲夜は、ネジが切れたように四肢を投げ出して倒れ込んだ。同時に、周囲の空間がアメ細工のようにパキリと割れてくだけ散る。
残るのは、元の廊下に倒れる咲夜に、辛うじて立つオレ。
「馬鹿野郎が・・本当に、くたばったら・・どうすんだよ・・」
フラりと壁にもたれ掛かる。こちらも立っているのが精一杯だ。体に張り付く汗さえも重たく感じる。
「咲夜さん!リザさん!」
廊下の向こうから美鈴の声がした。疲労困憊の姿を見て焦っているのだろう。髪を乱れさせながらこちらに走りよってくる。
「ああ・・咲夜を、運んでやってくれ・・。死ぬほど疲れてる。」
オレはそれだけ言ったところで頭から倒れこむ。同時に視界が朦朧としだした。
「リザさん!」
美鈴が上から覗き込んでくる。もう答える力もない。腕、足の先から中心にかけて、体が弛緩して行く。
美鈴の呼びかける声を聞きながら、オレは意識を手放した。
知略戦とか無理。(-。-)y-~