「フランドール・・・スカーレット?」
名乗られた名を復唱してみる。名字に引っ掛かるものがあった。
「レミリアと同じ・・?」
「うん。お姉様だからね。」
フランドールは顔を斜めに傾け、ニコリと笑う。なるほど、姉妹なら背格好が似ているのも納得だ。
しかし・・こう、何だろう。雰囲気は違う。というより全く別物だ。フランドールは背中をゾクリとさせるような、無邪気そうに見える笑みを浮かべていても、その奥から底冷えさせるような何かを滲み出しているような感じがする。
「あー、はじめまして、リザだ。で、フランドール・・さん?」
「フランで良いよ。なあに?リザ。」
お互いにいきなり呼び捨てと来た。まあ、オレも気にしやしないし、今は関係者に会えただけで十分だ。
「ちょいと場所が分からなくなってさ・・案内してくれないか?」
会って最初に厄介事とは少し申し訳無いが、仕方がない。迂闊にも部屋番号を失念していたが最後にババ抜きした談話室が分かればなんとかなる。
「・・・・・・・・」
「・・・・?」
フランは無言で此方を見詰めていた。なんだ、頭が高いか?それとも間抜けだなーとか思われてんだろうか。
「それから・・どうするの?」
フランが伏し目がちになり、表情が曇る。何か気に触ったんだろうか、と戸惑いながらも正直に答える。
「どうって・・寝る。夜も遅いし。」
すると、フランは目だけをジットリとこちらに向け、口をへの字に結ぶ。内心を掴みかねて狼狽えた所で、ぼそりと一言、こう言った。
「つまんない。」
そしてフランは右手を伸ばし、掌をこちらに向ける。
「―ッ!!」
すかさず舌を出したその瞬間、フランが掌を握る。それは迫り来る言い様の無い不快感と直感に弾かれるようにオレが飛び退いたのは、ほぼ同時だった。
バチィン!!と何かが弾ける音と感触。風船が割れるのに似ているが、それよりも重みがあり、妙に柔らかい。
続けて尻の辺りに熱い何かが張り付いた。続けて後ろにバシャンと溢れる音。
「・・・・」
恐る恐るそちらを振り返る。廊下の床から壁に続いて、ぶちまけたように黒ずんで見える液体がへばりついて滴っている。暗がりの中では色ははっきり分からないが、鼻腔に届く生臭く鉄が錆びたような臭いが嫌が応にもそれが"血"だと知らせてくる。
「・・・・」
尻に手を当てる。今はひんやりと冷たくなった布。ぬちゃり、とした感覚の中を探るとその下にある筈のものが・・・・無い。
そう。尻尾だ。どうやら飛び退いたお陰かフランが放った力は生えかけだった尻尾が身代わりに当たってくれたらしい。
「・・・・っ」
取り敢えず命拾い・・なんて喜んではいられない。それどころか冷や汗が頬を伝い、生唾を飲み込む音がやけにハッキリ聞こえる。
何だ?今のは。何らかの力を使ったのは舌の感覚で分かる。しかし、フランは右手を握っただけだ。触れたわけでも、何かが飛んできた訳でも無い。にもかかわらず・・
フランを焦りを誤魔化すように睨み付ける。しかし、フランはキョトンと此方を見て突っ立っているだけだ。
あー、美鈴の寝巻き汚れちまったよ。どう言い訳したもんか。つーか、朝になって尻の辺りが血濡れの寝巻きって、あらぬ誤解を受けそうだ。生理現象的な意味で・・・・
頭の中で現実逃避を試みるもののパニックは収まらない。下手したらフランはオレを一瞬で殺せる力があるのかも知れない。
「・・何をした?」
答えを期待した訳ではないが、聞かずにはいられない。何をしたのか、何をされたのか?訳も解らぬまま殺されるなんて理不尽な話があるか。
フランは暫し面白い玩具か小動物のようにオレを見やると、平坦な声で言う。
「破壊の力、ってとこ?右手を握ったら弾けちゃう、私の得意技。」
ふざけんな。出鱈目にも程がある。あんなシュークリームでも握り潰すみたいに他人がくたばるだなんて。
「・・・・冗談だよな?」
「確かめてみる?もう一度。」
フランが再び掌を開く。そして五本の指がゆっくり折り畳まれ・・・・
「やめてくれフラン。その技はオレに効く。やめてくれ。」
駄目だった。背中を寒気がかけ登り、肩がビクンと跳ねる。あんな汚い花火を残して死ぬ程人生に満足しちゃいない。
「え?良いの?」
フランがイタズラっぽく問い掛けてくる。コクコクと頭の上下運動を続けると、やっと右手を下ろしてくれた。
「うー、せっかくお客さんが来たのに・・・・」
生け贄か何かの間違いじゃ無いだろうか。少し不満げにむくれる仕草は可愛いが、あんな事の後だと和んだりなんてする余裕は無い。
「あの・・取り敢えず、フランはオレにどうして欲しいんだよ?」
恐る恐る尋ねてみる。とにかく今はコイツの機嫌を損ねないようにしよう。オレの命は文字通り掌の中。
フランは拗ねるように顔を伏せると、ポツリと答える。
「・・・・遊びたい。」
遊び・・・つまりオレと遊んで欲しくて、けど思い通りにならないから爆裂☆四散させようとしたのか。いやはや恐ろしい。コッチはこんな夜中に遊んで欲しいなんざ分かりゃしないってのに他人とのコミニュケーションをどう考えてんだか、姉の躾を聞いてみたいもんだ。
しかし。
「遊び、ね・・例えば?
トランプか?チェスか?それともかくれんぼか鬼ごっこか?」
思い付くままに遊びのレパートリーを羅列する。遊びたいけど断られてムカついた、てんなら殺しにかかるのはともかくとして理解できる思考回路だ。願わくば先手を打って提案した中からマトモなものをチョイスして欲しい・・・!
・・・・どうでもいいけど館の中で鬼ごっことかシザーマンみたいだな。
「違う。そんなんじゃない。」
ムッとした顔で睨むフラン。
はい、淡い期待は潰えました。心の中で鋏を鳴らしながら付いてくるフランを想像したのがバレたのだろうか。
「・・・・」
一歩、フランが近付いてくる。続けて二歩、三歩。表情は不機嫌さは無いが、何かを期待したような笑みと眼差しを崩さずに目をジッと見上げて合わせたまま、無言で近付いてくる。
とうとう至近距離まで来て立ち止まった。無言の笑顔に気圧されて一歩後ずさる。
「私がしたいのはね・・・・」
甲高い、しかし不気味な声。続けて体の周りに微かに赤い光が浮かび上がる。
―まずい。その光が何なのか感づいた直後、フランは瞳の中に宿る不気味な光を一層輝かせ、大きな声で叫んだ。
「弾 幕 ご っ こ!!!」
瞬間、フランを中心にして赤い弾幕が波紋状に瞬く光のように何度も放たれた。即座に後ろに飛んだが、床と言わず壁と言わず容赦なく弾幕が抉り、あわや瓦礫に巻き込まれそうになる。
「うえぁっ!」
廊下を全速力で逃げる。頭から全速力で走ってスライディングした数センチ後ろに、ドスンと煉瓦の塊が落ち、地震にも似た揺れを起こす。
「っぶねぇなあ!!」
巻き上がった埃を払いながら立ち上がる。もうもうと立ち上る埃の中でも目立つ赤の服がぼんやり浮かび、赤い瞳が此方を愉悦と好奇心と―危うい感情を隠しもせずに見下ろしてくる。
「スゴいなぁ。一発も当たらなかった。逃げ足早いね。」
嫌味は感じられない。ただ感心するように呟き、廊下に転がる瓦礫を蹴飛ばして来る。それはサッカーボールのようにこちらに飛んできた。
「っ!」
反射的に殴り付ける。瓦礫は粉々に砕けた。フランはそれを見て目をパチクリさせたあと、ペットの芸でも眺めるように、前屈みに目を輝かせ、はしゃぎながら言った。
「嬉しい!ヤル気満々ね!」
「んな訳あるか!やりたくねえから腹が立っ―おい!」
フランは懐からカードを取り出す。スペルカードだ。目は相変わらず爛々と光っている。
コイツ、楽しんでやがる。しかも他人の話を聞かねえ!
「禁忌『クランベリートラップ』!!」
宣言した瞬間フランの左右に魔方陣が現れる。それが手前にスイーッと動くと、後には幾つもの光の弾が現れた。挟まれた格好で警戒していると、それらの光弾は螺旋状に左右一斉にオレに向けて動き出す。
「・・・・っ!」
身を翻してかわそうとした瞬間、背後の気配に気づいた。いつの間にか後ろに出現していた魔方陣が出した光弾が、左右と少しずらしたタイミングでスレスレまで迫り来る。
「くっ・・そお!」
体を捻るようにして無理矢理かわす。しかし息つく暇など無い。すでに至るところに魔方陣が現れ、光弾を残して消えていく。そしてその光弾は様々な方向からオレを押し潰さんと飛んでくる。
「あはははは!避けてる避けてる!頑張って!もっと見せて!」
フランは口を一杯に開いて笑いながら、ハイな状態で攻撃を続ける。こちらの焦りとの余りの落差に嫌が応にも苛立ちが募る。
「おい!いい加減にしろ!他人を何だと思っていやがる!」
オレが怒鳴ってもフランはからかうようにヘラヘラと手を振る。
「だぁーって、危ない奴が来るかもしれないから、しばらく部屋にいて、とか言われて退屈だったんだもん。」
ずれた答えが返ってきた。危ない奴とはオレの事か。この他人に特大花火をぶつける遊びは退屈しのぎだってのか。頭ん中どうなってやがる。
「こいつ!」
カードを持っておいて良かった。念のため威力の無さそうなものから発動する。
「焦符『這舌咬獲』!!」
口から矢継ぎ早に炎をはく。フランが退屈そうに横に避けようとするが、炎はそれを追いかける。
(イケる!)
咲夜の時とは違い、標的は認識できている。何も知らずに避けたなら十中八九当た―
「漢字のスペカなんだ。渋いね。」
「・・・・
―え?」
フランの呑気な声がすぐ近くで響く。直後に背後の遥か遠くで爆炎が上がる。スペカが当たったのだ。さっきまでフランが"いた"場所に。
「でも、センスがいまいち。」
「え・・あ・・・」
人差し指をピンと立ててそう言うフラン。その笑顔が純粋に暴れるのを楽しんでいるそれであるのが、ありありと感じられた。
何故って、
彼女は今、『目の前にいる』から。
スペカを使ったときは、確かにずっと先にいたはずだ。咲夜みたいに時間を止めたのでも無いはずだ。一体、何をして・・・・
「おーい?」
「!」
"お"が聞こえた瞬間、フランの人差し指を立てた手がデコピンに変わるのが見えた。そして"おー"の時点でそれが額に据えられ・・・・
"い"まで聞こえた時には、オレは仰向けの状態で宙に浮いていた。
「うがあっ!」
恐らく半回転したのだろう。うつ伏せに着地して顔を削りながら数十メートル滑っていく。床に突っ伏した状態でフランがケラケラ笑う声が聞こえた目には映らなかったが、さぞかし楽しそうに笑っていたのだろう。
「ち〜・・・・っ」
目を擦りながら顔をあげる。その瞬間、目を見張った。
フランが豆粒のように小さい。さっきデコピンを食らうまでは目の前にいた筈なのに。
「・・・・」
体に意識を集中する。デコピン以外に何かをされたと言うわけでもない。額の嫌って程の割れるような痛みが物語っている。
「・・・・・・」
身震いがした。さっきは何故に焦符が外れたかなど馬鹿な疑問を持ったが、今なら分かる。
吸血鬼の、圧倒的な身体能力。一瞬で数十メートルの距離をつめ、デコピン一発で遥か遠くにまで体を吹っ飛ばす。
・・敵わない。勝つことなど到底無理だ。とにかく今は、逃げる事だけ考えよう。
「ねえ来ないの?退屈させないでよ!」
再度波紋状に弾幕が張られる。ただし今度は量も密度も上がっている。
「くっ・・・」
姿勢を低くし、必死で目を凝らす。これに限っては単純だった。落ち着いていれば殆ど動かずに避けられる。それでも周囲の壁や床の崩壊はどうしようもなかった。足元が自分がヤジロベイにでもされたかと思う程盛大に揺れ、視界のチリさえ鬱陶しく思えてくる。
「つ・・・・」
顔を庇い、膝をついた頃弾幕がやんだ。その時目の前のあるものに気づいた。
さっきの弾幕で床に大穴が開き、そこから階下の廊下が覗いている。
すぐさまそこに飛び込む。煙がモウモウと上がっている今なら逃げられるかもしれない。
両足で屈んだ姿勢で着地する。少しジンときたが、大した事はない。すぐにここから離れ―
「どこいくの?」
・・・・聞き覚えのある声が背中に響く。油の切れた人形のように恐る恐る、首だけを上空に向ける。
七色の羽。赤い瞳。
フランだ。
「逃げる気なの?まだ遊びの途中だよ?」
「・・付き合ってられるか。命がいくつあっても足りねえ。」
体が震えているのが分かる。立ち上がろうとすると膝が崩れ、尻餅をついてしまう。
「そんな事言わないでよ。綺麗なもの見せてあげるから。」
そう言うとフランはオレを見下ろしたまま二枚目のカードを取り出す。床を背にしているせいか圧迫感がすごい。このままどんなものが降り注ぐのだろう。
「禁忌『スターボウブレイク』!!」
色とりどりの光弾が雨あられ、いや、最早隕石のように落ちてきた。体を無理に動かし、ゴロゴロ横に転がってまだ天井の残っている部分に避難する。
しかし、その天井、フランから見た床も光弾は容赦なく叩きつけられたようだ。避難した直後に煎餅でも粉々になるかのように天井が崩れた、というか陥没した。
「・・・・!」
このままでは天井の下敷きだ。しかしそんなのは想定内。
オレは床に寝たままスペカを取りだし、両腕を顔の前でクロスさせる。
そして、クロスさせた腕を解いて左右の拳を床に叩きつけると同時に、カードを発動する。
「爆符『爆彩輪花』!!」
吐き出した火球は天井の残骸にヒットし、こちらにも爆風が届くほど盛大に爆発する。一方両の拳が当たった床はオレの周辺を切り取るように崩れ出す。
上手く行った。フランの弾幕なら兎も角、物体なら爆発で一瞬浮き上がるはずだ。オレが床をぶち抜いて階下に逃げるまでの時間が稼げる。
背にした床が崩れ、「落ちた」感覚がした瞬間一回転して下の床に降り立つ。数メートル先には直後に瓦礫が更に床を崩したらしくがらくた箱をぶちまけるように瓦礫が落ち、山を作った。
「―ふう。」
取り敢えずここまでは作戦通り。後は瓦礫に難儀することを期待して遠くに・・・・
そう考えた、その瞬間。
「逃・が・さ・な・い♪」
声がした刹那。目の前に轟音が響き渡る。いや、最早音じゃない。エネルギーの塊だ。瓦礫の山を落ち葉のように吹き散らし、そこに落ちてきた。
フランドール・スカーレット。フランだ。
「・・・・まじか。」
今、ハッキリと悟る。普通の人にとっての障害は、フランには遊びにもならない。石の壁はまるでウエハース。絶壁の山はアスレチック。深い森も盆栽程度だろう。
「逃げないでってば。リザって何だか面白そう。」
「・・面白い?」
こんなときに、引っ掛かる台詞だ。何も抵抗できず逃げ出す自分の何に興味を引かれたと言うのだ。
「何だか、スゴいものを持ってそう。私には分かるの。」
「・・・・オレには分からん。」
下らない。今からズタボロにされる雑魚に気休めの冗談は止してくれ。
フランがカードを取り出す。もう抵抗する気も起きない。
「禁忌『レーヴァテイン』」
「・・・・」
宣言した名前に何故か一瞬気を引かれた。だが、今更どうでもいい。
フランの手に燃え盛る炎の大剣が握られる。ああ、アレで斬られるのか。
「それえーーっ!」
剣が大きく降り下ろされる。視界がオレンジ色に染まる。
そして、意識は無くなった。
◆
「・・・・嘘・・・・!」
あり得ない。私は確かにレーヴァテインをリザに使った。避けたり、受ける気配などありはしなかったのに。
これは・・一体・・・・
微かに火が燻る音がした。そして、アイツが口を開く。
「レーヴァテイン・・・・?奴の使った炎剣か?
温い・・温すぎるぞ・・!」
あらすじ決めてから伝承とか慌てて調べたバカは私です。(´・ω・`)