数分前(少なくとも意識の上では)、オレとルーミアは前方の黄と赤に色づいた山に向けて二人並んで飛んでいた。
「妖怪の山って近いんだな。」
「紅魔館の裏手だからねー。」
「なら飛ばなくても、景色見ながら登っても良かったんじゃねえの?」
まだ歩く方が馴染みのあったオレはそう言ったが、ルーミアは少し考えたあと、「めんどくさいしー」と言って続けた。
「空の方が自由だもん。木にぶつかったりしないし、晴れてたら危ないことなんてないから。」
「・・成る程ね。」
ルーミアに軽く相槌を打ってから、心の中で「危ないこと」という言葉が引っ掛かる。道中、何が出てくるか分からない。多分ルーミアが危惧している事とは違うのだろうが、ひょっとしたら飛び立つ前の判断が違えば今頃トラブルになっていたかもしれない。
今みたいに憂いなく山に行く事も・・
「ん?」
おかしいな、さっきまでの目の前には美しく色づいた妖怪の山が見えていた筈なんだが。
いつの間にか周囲一面、紫色に無数の目玉がギョロギョロ覗く空間が広がっている。少しルーミアと並んで話していた間に、だ。
はて、空にはこんな場所があったのか。雨が降ると『お空が泣いている』と言うのは存外事実だったか。なんてこったい。大人の常識、科学の限界がここに・・
「リザ!」
・・ふざけるのは止めよう。ルーミアが腰布を引っ張ってくる。とりあえず何が起きたのか把握しないと。
「ルーミア、なんだこれ。」
「"スキマ"だよ。リザが引っ張り込まれて、止めようとしたけど間に合わなくて・・」
「スキマ?」
隙間なんて言われてもこんな隙間は見た事がない。大体人二人が入ってまだ広々としているこの空間を隙間なんて、イメージにはそぐわない。
「スキマって言っても、妖怪の作った空間だよ?」
「あ、そ、そうか。」
怪訝な顔をしていたのがバレたのだろう。ルーミアが仕方なし、といった表情で教えてくれる。
「八雲 紫って妖怪。会いたくなくてもお構いなしにこんな事してくるんだ。」
「・・ヤバい奴なのか?」
周囲の異様な雰囲気からおどろおどろしい姿を想像してしまう。ルーミアはうーん、と考え込んだ後にピッと人差し指を立て、オレを見上げながら戒めるように言った。
「言い出したらキリが無いけど・・
とりあえず年齢の話はだm」
ルーミアの忠告は最後まで聞けなかった。視界の端から目映い光が差し込み、放り出される感覚と共に、気を失った。今にして思えばそれが出口だったのだろう。
―
かくして、彼岸花の中に落ちたオレとルーミアの前には八雲紫、そして博麗霊夢と名乗る少女達が立ちはだかった。
紫は紫色のワンピースにドアノブカバーみたいな帽子を被った頭から金髪のロングヘアーを風にたなびかせ、白くふんわりした日傘の下で笑顔を浮かべていた。色白な美人なせいかその表情はどことなく胡散臭く見えた。
霊夢は紅白の脇が露出した奇妙な巫女服?を纏い、肩の辺りまで伸びた黒髪に赤いリボンを着けている。表情は紫と対照的に不機嫌そうに眉をしかめていた。
「出来れば一人で呼びたかったけど、まあ良いわ。本題に入りましょう。」
霊夢がサラリと髪をかき分けて無愛想に言う。面倒臭そうに見えるはずのその仕草は、何故か彼女を凛とした者に見せた。しかしオレはと言えば急すぎる展開にムッとするばかりだ。
「リザ、だったわね。」
「んだよ。」
つい口調がぶっきらぼうになるが、霊夢は涼しい、いや冷たい顔で見つめながら近づいて来る。傍らでオロオロするルーミアを横目で気にかけながら霊夢の目を睨み返す。しばらく睨み合いが続いた。耳にはザワザワと彼岸花が風に揺られる音が響き、ルーミアがおずおずと手を差し出して来たのを握り返してやる。しかし視線はお互い外さない。霊夢の真っ直ぐに見つめながらも興味の無さそうな目付きが此方の意地を掻き立てた。
何秒時間が経っただろうか。霊夢はゆっくりと口を開く。
「貴女、この際だからルーミアにも言っておくわ。
・・貴女達二人は、もう会わない方がいい。」
「え!?」
「・・・・」
オレは薄々感づいていたが、ルーミアにはやはり突然だった。「え?え?」と呟きながら何度も交互にオレと霊夢に視線を泳がせる。
「もう少し詳しく言えよ。戸惑ってるじゃねえか。」
ルーミアを見ながら霊夢に返すと、後ろから紫が口を挟んできた。
「詳しく、ね・・それが言えないのよ。」
「あん?」
イラついた声が漏れる。昨日に続いてまたこれだ。紫は続ける。
「貴女達の真実は、いささか重すぎるのよ。万が一噂になれば不味いし、何より知らない方がいい。」
「・・なんだそりゃ。」
舌打ち混じりに呟く。しかし紫の口調は冗談を言っているようには聞こえない。胡散臭い笑顔はいつの間にか消えていた。
「ね、ねえ待って。何の話?」
ついていけてないルーミアが声を震わせる。慌てて表情を柔らかくしようとした時、霊夢の呟きが微かに聞こえた。
「・・話の邪魔ね。」
その瞬間、霊夢の背後に二つの玉が現れ、空間を"裂き"得体の知れない景色を覗かせる。霊夢は躊躇いもせずに後ろに飛んでその中に飛び込んだ。
「っ!」
何をしたのか、と体が考える前に体が動いた。突如感じた気配に向かって、ルーミアと繋いだ手を離して勢い良く薙ぐ。直後、ルーミアの頭の真上に霊夢の持っていたお札が舞った。
「・・・・霊夢、テメェ・・・・」
怒りを湛えた眼で後ろを振り向く。いつの間にかルーミアの背後に回っていた霊夢は、またしても一瞬で大きく距離を取っていた。
「いい反応ね。」
霊夢が血のついた手をペロリと舐める。見たところ人間だろうに、バカにされているようにしか思えない。咄嗟に振るったつもりだったが、かすっただけか。
「ちいっ!」
「ちょっと、何なの!?なんでこうなるの?」
ルーミアのうろたえる声が聞こえたが、気にしてなどいられない。今ので完全に頭に血が登った。一発ぶん殴ってやらなきゃ気がすまな−
「霊夢、止めなさい。力づくは悪い癖だわ。」
「っ!?」
突然聞こえた女の声。反射的に拳を出したが、それは軽々と受け止められる。
「紫・・!いつの間に・・」
「そんな事はどうでも良いわ。とりあえず冷静になってくれないかしら。」
知らない内に目の前にいた紫。口調は平坦だが拳を止める手はギリギリと拷問器具のように関節を締め付ける。ルーミアはさっきにもまして弱った表情で口をパクパクさせている。
「よく言うぜ・・さっき相棒がやったことを棚に上げてよ!」
燻る感情を隠しもせずに自由な方の拳を振るう。が、
「遅い。」
その拳は空間の裂け目に飲み込まれた。それは丁度霊夢の飛び込んだ空間によく似ていたが、今度のは拳をピンポイントで飲み込む程の大きさで、しかもオレが殴ろうとした紫の顔にポッカリと穴が開くようになっていた。どうやら大きさも場所も自在なようだ。
「忠告しておくわ。このままだと不幸な事が起きる。必ずね。」
穴が開いたままの顔でいい放つ紫。一瞬ゾクリとするが、それでも怒りと苛立ちの方が上回る。気づけばこんな言葉が口をついて出ていた。
「アレコレうるせえな・・!勿体ぶって喋っていないで本性出せよ、
この、異空間ババァ!」
「あ」
瞬間、ルーミアの顔色が変わる。真正面で見つめ合う顔面に空間の穴を平然と開けた少女に自然に言ってしまった一言。しかしその直後、紫がふとポカンとしたかと思うと、次の瞬間には。
「いっ!?」
紫の体から膨大なオーラ、いや殺気が溢れ出す。抽象的な例えじゃなしにどす黒い煙のような形を持って『お前を殺す』という無言の圧力を五感に訴える。
「今何と言った・・?答えろ小娘、今何と・・」
「う・・」
紫の口から出る声。それはまるで機械のようなつらつらとしたモノに変わっていた。薄気味悪く感じて頬を汗が伝う。紫の両腕が首をガシリと掴んでくる。
「ぐっ・・!」
「答えろ答えろ答えろ答えろ答えろ答えろ答えろ答えろ」
おい、そんなに締め上げたら喋れないだろ、待て、ヤバい、コイツ目がマジだ。そしてあの特殊能力に加えて何という腕力。まずい、気が遠くなってきた。洒落にならない、あ・・
「そぉいっ!」
そろそろ気が遠くなってきた頃、ルーミアの声が響き渡り、紫の真上から爪を降り下ろす。紫は例の空間を使ってその場から消えた。
「はぁ、はぁ・・」
「駄目じゃないリザ、アイツ歳の事言われたら凄く怒るんだよ?」
「ああ、今身を以て知った・・」
うずくまってゲホゲホと咳き込むオレにルーミアが心配そうに言う。振り返ると紫は霊夢と並んで此方を見つめていた。
「・・ったく、誰がコイツの相棒よ。」
「ちょっと霊夢。訂正する場所が違わない?」
「何か言った?異次元ババァさん」
「酷い!」
紫はわざとらしく泣き真似をし、霊夢は呆れた表情でそれを見つめている。視界のなかで余裕ぶって行われる茶番は、今や逆に逃げ場が無いかのようにプレッシャーを感じさせる。
「ねえ、説得は諦めたら?」
ふと霊夢が面倒臭そうに紫に言う。紫は「えぇ・・」と気が進まなさそうな表情をしたが、霊夢が畳み掛けるように続けた。
「だって、何も知らないままで兎に角これから先関わるな、てんでしょ?どだい無理よ。納得させるなんて。」
「むぅ・・・・」
紫は顎に手を当てて宙を見据えた。思案する余地があるのか、と眉にシワが寄るのが分かった。霊夢の言ったことは自分等の行いが正に"理不尽"だと認めたようなものではないか。にも関わらず霊夢のふてぶてしい表情。紫も「それも一理あるかな」等と軽々しく呟いている。
「・・・・」
ふとルーミアと顔を見合わせる。お互い不機嫌そうに口を結んでいた。その時ため息に次いで紫の声が響く。
「ねえ二人とも。最後の確認。どちらか此方に引き渡そう、なんて気は・・・・」
「「無い!」」
振り向いたルーミアとオレの声がシンクロした。どうやら考える事は同じだったようだ。紫は何処からか取り出した扇子で口元を隠して、霊夢は無造作に肩を竦めてやれやれといった表情を浮かべる。
「じゃ、覚悟は出来ているわけね?」
「上等だ・・!」
二人を見据え、挑みかかろうとした、その時。
「あ、ちょっとタンマ。」
ルーミアの打って変わって暢気な声が響き渡る。かなり勢い込んでいたのを止められて前につんのめる。
「どした、ルーミア。」
「ごめん、ちょっと作戦タイム。」
少しずっこけそうになったが、紫達は意外にもそれを認める、というか呆れたようにヒラヒラと手を振り、こう吐き捨てた。
「・・さっさとしなさい。なるべく早くね。」
ルーミアが手を引っ張ってくる。気勢が削がれた視線を向けると、ルーミアは暢気さは今だ残っているものの、戒めるようにこう囁く。
「リザ、マトモにやったら勝ち目無いって。落ち着いて。」
そんな悠長な、とつい口を開きかけたが、慌てて止めた。考えてみれば先程垣間見た凶悪なオーラに加えてまだオレには分からない力を隠しているかもしれない。つい怒りに逸りがちなオレを止めてくれて感謝すべきだろう。
「・・すまん、で、何か打つ手があるのか?」
「それは今から考える。」
・・作戦はいいが、期待して良いんだろうか。
ルーミアはオレの不安を知ってか知らずか周りの彼岸花をいじくって遊んでいる。紫達が今此方を狙って来ないのを感謝するばかりだ。
「あっ!」
突如ルーミアが声を上げた。何事かと弾かれたように向き直るとルーミアは目を輝かせながら此方を覗き込んでくる。
「リザって、炎が吹けたよね?」
「お、おう。それがどうした?」
ルーミアが耳を貸せ、とジェスチャーで示してくる。怪訝に思いながら、首をルーミアに向けて傾けた。
―
◆
「・・さて、そろそろ良いかしら?」
二人が揃って此方を見据えるのを確認し、仕切り直しの一声をかける。隣の紫はかったるい私に対して当て付けのようにゆったりした物腰で構える。
しかしそんなの珍しくもない。コイツとも長い付き合いだ。お互い息を合わせてかかれば結局すぐに片付くだろう。
「・・ふう。」
息を整え飛び込もうとする。その刹那。
「っせい!」
リザが高く飛び上がった。何かする気か、と視線を移した直後にその真下のルーミアが動いた。両手を広げ、あの十字架、いや十進法のポーズをとり、勢い良くギュルンと一回転する。
「そりゃあ!」
回転する身体に合わせて感じられる妖力の奔流。それに薙ぎ払われるように彼岸花が根こそぎ刈り取られ、一瞬にして見事な円形ハゲができる。
「・・・・!?」
頭に疑問符が浮かんだ瞬間、目の前がオレンジ色の何かで覆われた。ゴウゴウとうるさい音と焼けつくような熱さが耳と皮膚に伝わる。
「あっつ!」
炎だ。恐らくリザという奴の仕業だろう。すかさず飛び退いて距離を取ると隣には既に紫が周囲を見渡しながら「ふーむ」とか何とか唸っている。
「紫?何する気よアイツら。」
私が火照る顔を拭いながら尋ねると、紫は黙って私のいた方向を指差した。
「見なさい。」
「は?」
眉をしかめながらも向き直ると、リザが火を吹き続けているのか炎の壁が円形にグルリと広がっていくのが見えた。
「炎で自分を囲って・・逃げる気無いの?」
「無いでしょうね。追い掛けっこに転じたら結局不利だし・・狙いは。」
そこまで言った紫の方を見ると、手をかざして弾幕を放とうとする。
「はっ!」
紫の密度の高い弾幕が炎の壁に向かっていく。しかしそれらは炎に呑まれると爆発と共に消え去っていった。
「・・・・通じてない?」
私の疑問に紫は髪を掻き上げながらうっとおしそうに答える。
「妖力を込めた炎・・向かう力を掻き消し、放っておいても燃え広がる。便利なものね。」
言葉は平静に並べるが、喋っている間にも中心では炎を吐き続けているのか壁が熱の籠った津波のように此方に迫ってくる。注意深く後退りしながら舌打ちした。
「アイツらバカじゃ無いの!?こんなデタラメに燃やして、自分等も燃えるでしょうに!?」
紫はすぐ隣にいるにも関わらず、声は大きく、トゲが混じる。何しろ煙と熱がひっきりなしに体を包むのだ。こちとら燻製にされる干物の類いじゃない。しかし紫は炎を見つめたまままたもや焦る事なくいい放つ。しかし、今度はいささか真剣だった。
「いえ、多分生きているわ。この状況・・」
「・・本当に?」
いつもはヘラヘラしている紫が言うなら本当だろうか。あの一瞬見えたルーミアの行動と円形に刈り取られた彼岸花。気になるのと言えばそれくらい・・
「月符『ムーンライトレイ!』」
「っ!」
突如聞こえたルーミアのスペカ宣言。慌てて見るとルーミアが炎の壁から顔を出して此方にレーザーと弾幕を放ってくる。
「のわっと!」
咄嗟に左右のレーザーの届かない位置に飛び、弾幕を掠らせながら回避。不意を突かれたがこの程度問題じゃない。
「こんにゃろ!」
お返しにお札を投げつける。しかしそれは壁に引っ込んだルーミアに避けられ、空の彼方に消えた。
「ええい、うざったい!」
忌々しそうに叫ぶ私を紫は横目で黙って見つめている。しびれを切らし、不機嫌を隠さずに紫にこう言った。
「紫、あの壁の内側までスキマで穴開けてよ。簡単でしょ?」
紫は空間を操ってワームホールのように繋ぐ力がある。遠く離れた場所でも"スキマ"を介して一瞬で移動する事ができるのだ。
しかし、紫は首を横に振る。
「無茶よ。あの二人の目の前に空間を繋いだら、向こうの攻撃も目の前から来るのよ。」
確かに、すぐ近くで食らえば弱い攻撃も危なくなるだろう。しかしこのままでは花畑まで火の海だ。
「焦符『這舌咬獲』!!」
今度はリザが火の玉を飛ばしてきた。また何とか避けるが、火の玉は舌のように体をくねらせて私に迫る。
「っええい!」
強引に体をねじ曲げ、袖を焦がしながら避ける。避けた背後で爆炎が上がる。火の玉は全てが私を狙っていたらしく紫は涼しい顔で私を見ていた。この隣の役立たずと打開策が浮かばないイライラで敵の動きに集中出来ない。
「ああもう!さっさと済ませたいのに!」
地団駄を踏んだ表紙に彼岸花が潰れた。しかしそんなものに同情も湧かず足に引っ掻けた虫を払っていたところで、やっと紫が言った。
「霊夢、耳を貸して。手はあるわ。」
「随分遅いわね。焼けていった彼岸花に謝りなさい。」
「花はどうでも良いわ。別の事を危惧してたのよ。」
「・・・・・・」
別のって何よ、と聞いてもマトモに答える訳が無いので、ため息に留めておいた。
「・・やってほしい事があるの。」
◇
―
「・・そろそろ来るか?」
「そうかもね。」
炎の壁を作って暫く経った頃、ソワソワしながら尋ねてもルーミアは気の無い返事をするばかりだった。
炎は周囲を取り囲んで燃え盛り、釜戸で炙られている気分だが自分達が焼けることはない。
手前の草を前もって刈っておき、内側から火をつければ、敵のいる場所に火を吹いて燃え広がろうが近くの火が迎え火となって此方に届くのを防いでくれる。ルーミアのアイディアだ。
「しかしよく思い付いたな。こんな手。」
「ん?うん・・・・」
オレが声をかけると、ルーミアはまたもや気の無い返事。何だと思い首を傾げるとルーミアは宙を見つめたままフワフワした口調で話し出した。
「いやー、なんか、なんか・・フッ、と思い付いたんだよね・・何なんだろ。」
「・・・・?」
歯切れの悪さを見せながら呟くルーミア。何となく思い付いただけ、ならそれはそれでらしいモノだが、何かが疑問、というより思い出せない、という様子で仕切りに唸っている。
「!」
その時、宙を見ていたルーミアがパッと目を見開いて飛び上がった。
「おい!?」
飛んだ先を見上げると、霊夢が上から攻撃しようとしているのが見えた。直後、ルーミアがスペカを宣言する。
「闇符『ディマーケイション』!」
ルーミアから放たれた光弾が霊夢に迫る。目と鼻の先からの攻撃に霊夢は呆気なく被弾する。
しかし、オレはそれを敢えて無視して地面に目を落とした。実は向こうの出てくる場所はハナから目星がついていた。360度分厚い炎で囲めば自ずと上か下しかない。そして案の定、地面に不気味な裂け目が走る。
「てぃや!」
咄嗟に真上に飛び上がり、地面を睨んだままルーミアと縦に背中合わせの格好になる。同時に爆発音と共に頬をお札が掠める。恐らくダミーだったのだろう。
それも事前に二人で予測は立てておいた。一発目は陽動、二発目が本番だろうと。
地面のスキマから紫が顔を出す。ソイツと目が合う瞬間、一番威力のあるスペカを宣言する。
「炎符『轟龍烈火』!!」
目鼻立ちまではっきり見える紫が火に包まれる。これなら少しはダメージを食うだろう。この隙にこちら側に片方でも引きずり込んでしまえば勝機も見えて・・・・
そんな風に考えていた時。
(うっ・・・!?)
紫の顔がペラリ、と剥けたかと思うと、一気に紙のようにバラけて炭化し、チリに変わる。
(・・コイツもダミーか!?)
冷や汗が頬を伝う瞬間、視界の端にあるものが入った。それは、両目で覗くのが精一杯、という程の小さな小さなスキマ。
(しまった・・!奴等しっかり観察していやがった・・!一体何処から・・・・)
視線が泳ぐ。するとさっきまで背に感じていたルーミアの気配が、スッと消える。かわりに感じるのは、腕を掴んで引っ張り込まれる感覚。
「ひゃっ・・!」
ルーミアも同じ事になっているのか、短い悲鳴があがる。精々十数センチの隙間でもモノともしないのか、と驚嘆する暇も無かった。
「わあああぁっ!」
「きゃあああぁっ!」
・・二人ぶんの悲鳴を残して、空間の歪みは何事も無かった。かのように消えていった。
◆
―
「・・目が覚めた?」
「うぅん・・」
「いてて・・・・」
スキマで移動させる距離が短かったからか、今度はごく短い気絶で済んだ。相手が気絶している間に何とか出来たら良かったのだが、そうもいかなかった。彼岸花畑がかなりの規模で燃えていたので大急ぎでスキマを使って湖の水を引き、消火する必要があったのだ。
余計な手間がかかったせいか、霊夢はご立腹だった。
「さて、観念して貰いましょうか。何も死んでもらおうとかいうんじゃ・・」
霊夢が乱暴にリザの腕を引っ張ろうとしたのを、手で制する。
「待って。」
「は?」
霊夢が睨んでくる。元々気の短い彼女だ。こう何度ももたついたら無理もない。
しかし、今のうちに確認しておきたかった。私は座り込んだままボンヤリするルーミアに屈んで視線を会わせ、一つ尋ねる。
「ルーミア、あの炎の壁・・どうやって思い付いたの?」
「へ・・?」
ルーミアはキョトンとした目で見返してくる。それはそうだろう。何も知らない彼女からすれば何故そんな事を聞くのか分からないだろう。それでも私の真剣な顔に押されたのか眉をひそめながらも答えてくれた。
「・・何となく、フッと頭に。」
「・・そう。」
考えすぎかもしれない。しかし安心は出来なかった。
「・・どうしたのよ。紫。」
横から霊夢が聞いてくる。まあ教えても大丈夫だろう。私は立ち上がると、ルーミアを見下ろしたままで答える。
「"草薙の剣"の伝承、知っている?」
「草薙って・・あの」
「何の事だよ?」
横からリザが口を挟んでくる。聞こえても構わない。話すとしよう。
「東方の平定を命じられたヤマトタケルが、途中で野火攻めに遭った時、タケルは剣で周りの草を刈り、火打ち石で迎え火を起こして火を退けた・・・・って話よ。」
遥か昔、神代の話。そのやり方はルーミアによく似ていた。霊夢は納得したようで黙って頷く。しかしリザは顔をしかめたままこういい放った。
「たまたまじゃねえのか、そんなの。」
無理もない。霊夢ならともかく、リザは知らないのだ。ルーミアのした事が神代の伝承と似ていた。それが恐れとなる理由を。
「この際だから貴女にも聞いておくわ。何かの妙なデジャブを感じたり、強く記憶に残ってる物とか無い?」
霊夢が余計な事を、と目で訴えてくるが無視。気がかりなのは変わらないし、話を剃らす意味もある。
「記憶ね・・三日間で色々ありすぎてな・・」
リザは滅茶苦茶嫌そうに答える。確かに記憶にあるだけでもこの世界は新鮮だったろう。しかしその中にも埋もれているかも知れない。重要な"断片"が。
「強いて言えば・・昨日のレーヴァテインが」
「!」
そこまで聞いて、私はリザの腕をひっ掴んでいた。
「わ、おい、何か不味い事言って・・な、何をするだァーっ!?」
「ちょ、ちょっと、やめてよ!」
「黙ってなさい!」
ルーミアの制止も手で払う。思ったより事態は深刻かもしれない。一刻も早く彼女を連れて行かなければ―
「痛っ!」
突然腕に痛みが走った。歯のような固いものが食い込む痛み。ルーミアが噛みついたのかと思ったが、違う。ルーミアは私の腕を見て目を丸くしていた。そして、その腕には・・・・
「・・死霊!?」
黒い骸骨が浮き上がった、煙のような尾を引く塊。行き場を失った魂が成り果てる、死霊だ。そいつは腕に噛みついたままゲタゲタと笑う。
「きゃあ!」
霊夢の悲鳴。見ると霊夢の周囲にも、いや、それどころかここら一帯を死霊どもが纒わりつくように襲いかかってくる。
「この・・離れなさい!」
掴み所がない上、数が多すぎる。霊夢も私も虫に集られたようにその場で滑稽に踊る。
「ルーミア、逃げるぞ!」
「う、うん!」
「あ、こら待ちなさ・・」
止めようとするも眼前には死霊が躍り出る。無我夢中で追い払う内に自分の向いている方向すら覚束なくなってきた。その時だ。
「霊符『夢想封印』!」
霊夢のスペカを宣言する声が聞こえた。伏せる暇もなく辺りが光に包まれる。
衝突音が耳を割る。回りをうっとおしく漂っていた輩が消えたのを肌で感じられた頃、瞑っていた目を恐る恐る開く。
目の前には、焼けた上に先程の衝撃でなぎ倒された彼岸花。その中でため息をつく霊夢の姿だった。
「霊夢、攻撃するなら言ってよ。巻き込まれたじゃない。」
「手加減はしたわよ。」
私の文句を一蹴。気持ちいい位につれない。
「追う?アイツら。」
そして切り替えも早い。つくづく厄介事は長引かせたくない性分なのだろう。いつも余裕ぶってる私だが、時には悲しくなる。
「・・いえ、もう姿は見えないわ。今まさに何処にいるかまでは私にも分からない。」
霊夢は頭を一つ掻いてから「アンタがモタモタしているから・・」と愚痴を呟く。この刺々しい性格は博麗の巫女の立場ゆえか、ぶちのめす類いの解決法に馴染んでいるせいか。しかし、ゲンナリしてばかりもいられない。
「ねえ、」
私は一言。霊夢は目だけを私に向けた。
「ここらの死霊、やけに多くなかった?」
この彼岸花の咲き乱れる場所は『再思の道』。外部から自殺願望のある人間が流れてくるなどして、死の気配が濃く漂う場所だ。ゆえに死者の魂も珍しくはない。が、あんなに急に湧くのは不自然だった。
「さあ。」
霊夢はまたもやつれない返事。しかしやはり何か気にかけた様子で瞬きし、イラついた声で言った。
「しかし、死霊がいる場所でやるのは失敗だったんじゃない?」
「そうね。ひっそりしてて良いかと思ったけど・・」
確かに考えてみれば失敗だったかもしれない。
「・・奴は、死者にとってのカリスマだから。」
◆
―
「はあ、はあ・・」
手を引いていたリザが苦しそうに足を止める。どれだけ走っただろう。いつの間にか日の差さない森の中に入っていた。
「リザ、大丈夫?」
「ああ、ちょいと、休むか・・」
リザはフラリと木に背を預けて座り込む。よっぽど急いだみたいで汗をかきながらハァハァいっている。
「何なんだろ、今の・・」
隣に座って聞いてみる。黒いフワフワが沢山集まって来たアレ。まるで自分達を助けるみたいに。
「・・知らね。」
・・まあ、リザに聞いても仕方無いか。よく分かんないことはあるけど今は休ませてあげよう。紫達も振り切った事だし・・
「・・ん?」
なんだろ。カシャカシャと変な音がする。まるで固いものが歩いているような・・
「っ何だありゃ!?」
グロッキーだったはずのリザがパッと立ち上がる。視線の先を追うと、スゴいものが目に入った。
「しゃれこうべ?」
歩く骨だけの人間たちが何人も此方に向かってくる。"すけるとん"とかいう妖怪だっけ。みんなギャーギャー煩くて、仲良くしようって雰囲気じゃない。
リザが気だるそうに構えるのを見て、私も戦う準備をする。あんな事があった後なんだし、少しは楽させてあげないと。
・・にしても、
食べるところが無いのは、残念だなぁ・・・