トカゲ娘が幻想入り   作:ごぼう大臣

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あなたはだぁれ、って何すんだ!

「はっ・・!はっ・・!」

 

息を切らしながら走る。後ろからは小さな足音がずっとついてくる。

 

「・・くっ・・!」

 

背後をチラリと確認してみる。血のような瞳をギラギラと輝かせ、何故かまた両手を横に広げながら追いかけてくるのは、あの少女だった。

 

「あーっ!もう!どうしてこうなった!」

 

 

 

事の起こりは五分ほど前。

 

「貴女は、食べてもいい人類?」

 

「・・は?」

 

少女が急に訳の分からん事を言い出した。戸惑って突っ立っていた、その瞬間。

 

いきなり少女が突進してきた。間一髪回避する一瞬、確かにガチリと牙が噛み合う音がした。

 

「わっ・・!」

 

悲鳴をあげてよろめく。視界に映るのは夜の闇の中の、少女の背中。

その影がユラリと蠢き、こちらを少女が振り返る。

 

もうね。あの時の表情、忘れられない。金髪の陰から真っ赤な瞳が一杯に見開かれ、爪が生えた指を振り上げてカチカチと牙を鳴らすその姿。アレは完全に獲物を見る眼だった。そりゃ逃げたくもなるというものだ。

 

「待ってよぉー。」

 

「断る!」

 

反射的に返事をしてしまう。声は相変わらず可愛らしい女の子だった。というか、見た目もお人形さんみたいで可愛かった、筈だ。

いや、違う。見た目も問題じゃない。背中にビンビン突き刺さる視線。そして凶悪なオーラ。それらが何よりも逃走する脚を加速させる。

 

「っ!!」

 

背中にぞわっと悪寒を感じ、地面に伏せる。夜の闇に紛れてハッキリ分からなかったが、一瞬だけ、ぽっかりと黒い"穴"のようなものが頭上を飛び去るのが見えた。

 

(!?・・あれが・・)

 

――あの女の子!?と困惑しかけたその時だった。

 

"穴"が飛びさった向こうで、木にしこたま何かがぶつかる音がした。

 

「ふぎゃっ!」

 

響き渡るあの少女の間抜けな悲鳴。やはりアレがそうだったのか、と呆れる頭の片隅で判断する。

 

そんな事は良い。今のうちに逃げよう。体を起こそうとするが・・ああクソ、震えて上手く動かねえ。

仕方なく四つん這いのまま逃げ出した。あれ、意外にイケる?というかこの姿勢の方が速くないか?

 

「待ってってばー。」

 

またアイツの声が追いかけてくる。今度は最初からあの黒い"穴"になっていた。夜闇に紛れ、声を出さなければそうそう気付けない。

「・・!」

 

ふと頭に作戦が浮かぶ。傍らの木に、地を蹴って掴みかかった。そしてそのまま上に登る。手足の爪に蛇腹の起伏も手伝ってか、スイスイとてっぺんまで登ることができた。

 

その瞬間。案の定下の方でドスンとぶつかる音がした。急いで枝に掴まって葉の中に隠れると、下の景色を確認する。

 

「うーん、おかしいなー、こっちに逃げたはずなんだけど・・」

 

あの少女が頭を押さえながら辺りを探し回っている。アイツ、恐らく闇に隠れると自分も前が見えないのだろう。二度も同じように木にぶつかったのがそれを証明している。

 

「ぷふっ」

 

ウロウロする姿がおかしくて、思わず噴き出す。しかし、その拍子に・・

 

「っわあ?!」

 

足を滑らせてしまった。すかさず腕でしがみつくが、胸から下は宙ぶらりんになってしまう。

 

「あ、みつけた!」

 

少女がこちらを見上げてはしゃいだ声をあげる。ヤバイ、ばれた!

 

ふっ・・くっ・・!」

 

必死で枝に登り直そうとするが、どうにも腕だけじゃ難しい。まずい、このままじゃ捕まる・・!

 

「・・!・・・・ん?」

 

ギュウッと目をつぶった。が、肝心の少女は何もしてこない。

 

「えーと・・」

 

恐る恐る下を見てみる。そこには・・

 

「んーっ・・・・」

 

垂れ下がった尻尾を掴もうと、目一杯背伸びしてバンザイしている少女がいた。それでもギリギリ届かずピョンピョン跳ね、その度に尻尾の先にピタピタと指先が当たる。

 

「・・・・・・」

 

何となく、尻尾を少し横に振ってみた。

 

「まてー!」

 

少女はパタパタと尻尾の先を追いかける。それを見て逆方向にまた先を移動させる。

 

「待てったら!」

 

逃すまいと今度はバンザイしたまま後ずさった。しかし見上げた姿勢のうえに足元がおぼつかず、頭から引っ張られるようにステンと引っくり返る。

 

「おや。」

 

一瞬不味い事をしたかと思ったが、少女はパッと起き上がってかぶりを振ると、こちらをキッと見つめてくる。

 

「うー、もう!」

 

むくれながら、また尻尾を追いかける。それから逃げるように尻尾を振ると、今度は少女は前のめりに地面にダイブする。

 

あ、ちょっと楽しいかも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――数分後。

 

「ほーれ、ほーれ。」

 

「やー、いじわるーっ!」

 

しばらくすると最初の恐ろしさはどこへやら。少女はオレの尻尾をキャッキャ言いながら追いかけるようになっていた。右に、左に、たまに意地悪して誘導してやると、上向きのままゴツンと木にぶつかる。その度に少女は笑い声をあげた。

 

何だよ、結局可愛いもんじゃないか。最初必死で逃げていたのが馬鹿らしく・・

 

「ねえ、お姉さん。」

 

「ん?」

 

思考を中断し、少女に向き直る。今では大分緊張せず話せるようになった。

 

「今気づいたんだけどさ。」

 

「おう。」

 

急にもったいぶった話し方になった。何やら大事な話だろうか。そう思っていると、少女はニヤリと牙を覗かせながら、こう言った。

 

「パンツ、見えてるよ。」

 

「っ!!」

 

反射的に膝を折って縮こまる。少女はそれが可笑しいのかケタケタと笑った。前言撤回。やっぱ少し可愛くない。

 

「お、お前な・・!」

 

「下から見えるんだもん。しょうがないじゃん。オレなんて言っててもやっぱり恥ずかしいんだ。」

 

「うるさいっ!どういう理屈だっ!」

 

ムキになって叫ぶ。しかし少女は堪えないのか笑みを絶やさない。いや、狙いは別にあった。

 

「隙あり!」

 

少女はそう叫ぶやいなや助走をつけてジャンプし、オレの尻尾をハッシと掴んでぶら下がった。

 

「あ!は、離せ!」

 

「やだよーだ!」

 

しまった。油断した。少女は焦っているオレをよそに、こんな事を言った。

 

「パンツも黒なんだ。黒好きなんだね。」

 

「う、うるさい!オレの勝手だろ!」

 

というか下着は黒だったのか。こちとら気付いたら着ていたモノだから知らなかったぞ。

って、そんなのどうでもいい。今はコイツを何とかしなきゃ。しかし蹴落とすのも気の毒だし、うーむ・・

・・そんな風に悩んでいた、その時だった。

 

ブ チ ン

 

「ん?」

 

「へ?」

 

何かが千切れるような音と共に、体にかかっていた負荷が急に軽くなった。

 

「おろ?」

 

オレが間抜けな声を出すと同時に、下でドスンと何かが落ちる音がした。

 

「いたたた・・」

 

見ると、少女は大の字に寝転がって文句をいっていた。手には何かビチビチ跳ねる変なものが握られている。

 

「うぇっ!?」

 

握られていたモノをよく見ると、なんと尻尾だった。慌てて腰の部分に手を当てる。

 

・・無い!

 

「うう・・流石トカゲ・・尻尾が千切れるなんて・・」

 

少女が呻きながら呟く。マジか。ビックリしたけど、確かに痛みはない。習性・・と考えていいんだろうか。

 

だとしたら有り難い。今のうちに逃げよう。そう思った時。

 

バ キ ン

 

「へ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う〜・・」

 

イテテ・・

 

何か妙な音が手元でしたのは覚えてる。まあ、何があったのか大体予想はつくが・・・・

うっすら目を開けてみる。案の定、オレを見下ろす大木。その枝の中の一本が、見事に根本からポッキリ折れている。

 

ああやっぱし。まっ逆さまに落下したという訳だ。アイツからやっと逃げられるかもってチャンスに、なんて間抜けな・・・・

 

・・ん?アイツ?

辺りを見回すが、あの少女の姿がない。そう言えば、落ちたにしてはあまり痛みとか無い気が・・

 

「・・・・」

 

下へと目を向けてみる。そこには、これまた案の定というかなんというか・・

 

「ふにゃ〜・・」

 

あの少女が目を回して下敷きになって倒れていた。あちゃあ、という言葉がそのまま口から出てきた。

 

「おい、大丈夫か?」

 

思わず少女を抱き起こす。よく考えれば、いや考えなくとも今が最大の逃げるチャンスなのだが、自身で潰してしまった手前、体が先に動いてしまうのだ。

 

「う・・ん・・」

 

少女が顔をしかめながら目を開ける。良かった。大事無いみたいだ。

 

「・・・・」

 

少女はしばらく、オレに抱っこされた格好のまま不思議そうにキョロキョロしていたが、オレが何もしないでいると安心したのか、目を合わせてこう言った。

 

「お姉さん、意外に重いんだね。」

 

おい、起き抜けの第一声がそれかい。と口をついて出かかったが、ふう、というため息と共にそれらは流れ出る。

 

「・・大した事無さそうだな。」

 

「えへへー」

 

少女は小憎らしそうな笑顔を浮かべ、ふと自分の手を見た。オレの尻尾の切れ端が握られている方だ。

 

「・・・・」

 

珍しいのだろうか、しげしげと見つめている。それもそうか。オレも驚いたからなぁ。

 

などと思っていた矢先。

 

「あむっ。」

 

おい、食うな。本人の見ている前で食うな。つぅか、呑み込むな。

そんな風に考えていても通じる訳もない。少女は呆気にとられているオレに向けて、笑顔で血に汚れた口元と牙をみせながら、こう言った。

 

「ごちそうさま!」

 

ご馳走した覚えはない。オレが呆れ顔で見つめるのに気づいた少女は、しばしキョトンとした後、くりくりした目付きで笑いかけてくる。腹が膨れたのか、単に飽きたのか、敵意は全く感じられなくなっていた。何だか調子が狂う。

 

「なあ、お前・・名前は?」

 

ふと思い付きで尋ねてみる。少女は、ん、と言って目をパチクリさせた後、また笑いながら言う。

 

「ルーミアだよ。」

 

よろしくね。と言葉をつぐ。どうやら悪い印象は持たれていないらしい。ついでにもう一つ聞いておこう。

「ルーミア、ここって何処だ?」

 

「え?魔法の森だよ?」

 

「魔法の森・・?」

 

随分とメルヘンチックな名前じゃあないか。しかしその名前にもピンとくるものはない。

 

オレがうんうん唸っていると、ルーミアがふと、こんな事を言った。

 

「もしかしてお姉さん・・"外来人"?」

 

「へ?」

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