「なあ、良い加減に機嫌直してくれよ・・」
「・・・・・・・・」
オレがオロオロと声をかける先には、机に突っ伏してさめざめと泣いている魔理沙がいる。ルーミアはソファに腰掛けて傍観、いや最早傍らの積み上げられた本を手にとって読み始め、つまり無視を決め込んでいる。乱雑に物が散らかり床が見えないこの廃屋、もとい魔理沙の家で三人が気まずい雰囲気を存分に漂わせている。
原因は魔理沙の頭上に広がる、屋根に無惨に空いた穴である。一部石の残骸が剥き出しになり、丁度昼の二時ごろ、カラリとした日差しが空気を読まず射し込んでくる。
先刻、オレが屋根を犠牲にして化け物を退治したのである。余りの散らかりようと漂う侘しさ、怪しさからあばら家だと決めつけ、運悪く視力を失っていた魔理沙がとんでもない火力を持っていた為に起きた悲劇である。
もちろん謝罪はした。正直にあばら家だと勘違いした事もだ。
「ルーミア、お前は知らなかったのか?魔理沙の家・・・」
「知っていたけど、そんな事言ってられなかったじゃん。」
事もなげに言い放つルーミア。子供は時にドライである。しかし難しいことに、償いや手段には往々にして限界はあっても、感情の昂りや発露は際限がない。"当人が満足するまで"という基準を地でいくのがソレである。故に長引くと面倒臭い。
「いやさ、空模様からして暫く雨降らないと思う・・ぜ?」
我ながら下手な慰め方だ。案の定魔理沙は顔をあげて涙を拭った赤い目を此方に向けて来る。
「私の心は土砂降りだよ!雨ってのはなあ、いつ不意をついて降るか分からんのだぞ、いつ止むかも一緒だ!」
「でもさー、今の時期星が綺麗だよ。天然のプラネタリウム。」
「そりゃつまり星空だろーが!」
まさに天気と感情は似てる、と感じた。ルーミアの言葉も撥ね付け再び突っ伏する魔理沙。雨降って地固まる、などと言うが正直雨よけのお祈りでもしたい気分だ。
しかし、沈んでばかりもいられない。魔理沙に合わせて膝を屈め、つむじが見える位置からまた呼び掛ける。
「分かった。このままにはしておかない。オレが直すから。時間かかるけど、それで勘弁してくれ。」
「えー、私もやるの?」
「あ、ルーミアは・・まあ嫌なら良いが、オレはどの道かかり切りだな・・」
厳密にみればルーミアに責任が無いとも言えないのだが、個人的に気は進まなかった。それより心配なのは、一時的にルーミアと離れる事。ファーヴニルの言もあっていよいよ危機感やるかたないのが本当の所なのだが、だからと言ってほったらかしにするには薄情が過ぎる。義を見てせざるは勇無きなり。泣いている人自体は時に面倒臭くとも、泣かせた責任まで放棄するのは人非人のやる事だ。オレ妖怪だけど。
「・・・・」
魔理沙がようやく顔をあげる。はみ出した鼻水を乱暴に拭った。いや、ちり紙使えよ。
「・・良いよ。」
「へ?」
「直してくれなくても良い。なんか知らんが、事情あるんだろお前ら。」
涙混じりに鼻声でいう魔理沙。そしてガタリと椅子を立ち、少しふらつく。支えようと手をかけたとき、パシ、と軽くはたかれる。
「・・大丈夫。」
こりゃとうとう自暴自棄か、と身構えて、帽子がないと案外背丈の低かった少女を目で追う。すると、今度はしっかりした足取りで本の山とルーミアを掻い潜ると、手探りなしで帽子を掴んでパタパタとはたき、被る。
「アテはあるんだ。ついてきな。」
此方の返事を待たずして戸を開けて歩いていく魔理沙。ここに来てルーミアも本を閉じ、二人で後を追う。
「魔理沙!」
外に出ると、魔理沙は箒を手にとってオレ達を出迎えた。一瞬嫌な予感がしたが、まずは別の心配。
「・・魔理沙、眼は?」
「ああ、涙で毒が流れたのかな。もう割りと平気だ。」
ニカッと笑顔を見せる魔理沙。視力も機嫌も治ってくれたらしい。何が幸いするか分からない。それは良いんだが。
「・・で、その箒は?」
「アテはある、って言ったろ?乗れよ。」
やはりか。ルーミアは特に躊躇する事なく駆け寄るが、オレは全力で遠慮したい。前回乗っていた時も何度も肝を冷やしたのに、視界が悪い状態でそんな事が出来るか。
「魔理沙、悪いことは言わん。今はやめとけ。」
「ええ?もう目は平気だって。早くいかなきゃ日が暮れるぜ。」
「いや、風邪も治りかけがヤバイとかいうだろ。」
「リザ、置いてっちゃうよ?」
ルーミアが魔理沙に掴まりながら言う。まあ、尻尾も千切れたし、少しはましか・・?
―
・・等と、思っていた時期が私にもありました。
「わーーーーっ!」
「キャハハハハ!」
やはり荒い運転。確かに尻尾が木にぶつかる事は無いが、目のせいかスレスレに木を掠める回数が増えている。目の前に木の枝が現れた時は一か八かの頭突きをかました。視界が白黒にチカチカしたが、まあ大丈夫。部屋で気づいたが、魔理沙はオレより背丈も座高も低いのだ。それゆえ魔理沙がスリル満点に潜り抜けた障害物はすべからくオレに向かうのだ。いい迷惑である。
そして視界が少し開け、ぶつかりそうな物が減ってきた。
「・・ふう・・」
そして、少しばかり油断した時。
「っ!」
目の前に、チラリと光るものが目に入った。それは細く、横斜めにピンと伸びている。
(糸・・!?)
細長い糸が体に食い込む映像が脳裏に浮かんだ。反射的に腕で掴む。
刺すような痛みが走った。魔理沙は知るよしもなく加速する。糸の方が千切れるか、オレの手が裂けるか・・!
挑むように痛みに耐えながら歯噛みした。その時。
「きゃあーーー!」
初めて聞く女性の悲鳴がした。横から、振り向くと糸の伸びる先からだ。誰かが腕を押さえて頭から飛んで来ている。
いや、引っ張られていた。オレの掴んだ糸、女性の五本の指から伸びるそれに引き摺られ、暴走から逃れようと虚空でジタバタと足をかく。
「おい魔理沙!ストップ、一旦止め―」
慌てて運転手に呼び掛ける。しかし遅かった。
「グハアッ!」
ドゴス、という鈍い音と女性の悲鳴。引っ掛かって初めて異変を感じた魔理沙が止めて振り返る。
「何だ!?」
「うわっつ!」
咄嗟に箒が急ブレーキ。前につんのめる。魔理沙が振り向いて焦った声をあげた。
「アリス!!」
そのまま箒から降りて駆け出す魔理沙。その瞬間浮いていた力がフッと消え失せ、箒を下敷きにして尻餅をつく。
「ぐえ!」
痛い。非常に痛い。というか今だから言うけど箒というのは乗り心地からしてどう考えても酷いだろ。誰だこんな物に乗る決まりを作ったのは。
心の中で愚痴っているとルーミアが魔理沙の後を追い出した。すぐさま立って駆け出す。
「アリス、おいアリス!大丈夫か!?」
青い衣服にスカート、茶色のブーツに金のショートヘアに赤いカチューシャを着けた人形のような見た目の少女、アリスという名前らしい彼女に、魔理沙が呼び掛けている。しかし、アリスはと言えばぐったりしたまま魔理沙の腕にもたれかかっているばかり。
「・・・・」
ひどく頭を打っていたのを思い出し、頬を冷や汗が伝う。その時、視界の端に何か動いたのが見える。
(・・・・指が?)
指輪の様なものを着けた五本の指が、ピクピクと動いている。最初は痙攣か、と疑ったが、どうにも違うようだ。自身の近くに何かを手繰り寄せるような・・そういや、あの糸みたいなのはここから伸びてたよな・・
「ひっ!」
突如、首もとにチクリとした冷たい痛み。横目にその方向に視線を移すと、奇妙な物が目に入る。
「・・人形?」
金髪に大きなリボンの小さな人形が、スピアみたいな物を向けて睨んでいる。え、なにこれ、浮いてる?
周囲を見渡すと、ルーミアに魔理沙も同じような人形に武器を向けられている。よく見るとそいつらからは糸が伸びている。そしてその先には・・
「さあて・・何をしてくれちゃってるのかしら・・
貴女達・・!」
・・いつの間にか立っていたアリスが、鬼神のごとき表情で此方を睨んでいた。