「お、おいちょい待ち、落ち着・・・・」
「うっさい!」
止めるのも構わずアリスのピシャリとした声が飛ぶ。同時にすぐ傍の人形がスピアを構えて突っ込んでくる。
「うひっ!」
間一髪回避。しかしすぐさま別の方向から剣を構えた人形が。木を蹴って飛び退く。
「ひゃー!」
「うわわ!」
見るとルーミア、魔理沙も同じように人形に襲われている。なんだこれ、アリスがやってんのか?
「リザぁ!」
人形を弾幕で振り払い、魔理沙が此方に向けて叫ぶ。
「アリスを狙え!これは全部アイツが操ってんだ!」
「ええ?で、でも・・・のわっ!」
横から飛び出した人形の弾幕をかわし、アリスに視線を移す。遠く離れているので本人は見えづらいが、人形に向けてアリスから糸が伸びているのは光の反射で見えた。どうやら本当に親玉らしい。
「しっ!」
アリスを見据えて一直線にダッシュ。アリスはオレの姿に気づくや三体ほど人形を差し向けてくる。
「っと!」
頭を下げてかわす。すると更に低い高さから二体。膝立ちだと首をやられる高さだ。どうにもかわしづらい。
仕方なく前のめりにヘッドスライディング。人形は頭上を通りすぎる。
しかし、顔を上げて少々不味いと感じた。背後から中段、下段に先程の人形が巻き戻って迫る。加えて前から上段に襲い掛かる人形、そして残りがアリスから真っ直ぐ地面に突っ伏したオレに向けて残りの人形が飛んでくる。
囲まれた。立ち上がる隙はない。
・・・・が。
「あぶね!」
「なっ!?」
四つ足で姿勢の低いまま、直前の人形の足元を駆け抜ける。元来走るスピードはこちらの方が上なので掠める程度で済んだ。そして何より、アリスは驚きで肩を竦ませる。虚を突けたのはいいが、そこまで不気味だろうか。
「くっ・・!」
一気に距離を詰めようとした時アリスが距離を取ろうとする。もし飛び掛かるのに失敗すると大きな隙ができる。一瞬思いとどまりそうになった、その時。
「うわ!?」
アリスがつんのめる。こちらに背を向け、腕を引っ張られるような格好で焦った顔で振り返った。
視線の先はオレじゃない。腕を引っ張られる方向。
「リザ!やっちゃって!」
ルーミアがアリスの糸を一本掴んで叫んだ。アリスは手から伸びる糸を切ることも出来ずルーミアを睨んで引っ張りあっている。
すかさず立ち上がって一足飛びでアリスに迫る。狙いは、引っ張られて大きく横に伸びた腕。
「せぃや!」
アリスの腕を自身の二本の腕で固めてアームロックをかける。
「あいたたたぁ!」
アリスからすっとんきょうな悲鳴が漏れた。かけ始めたばかりなのに大袈裟だと思ったが、まだ余裕のある証拠かと思い直し、腕を解かずに声をかける。
「おい、とりあえず人形達をしまってくれ。物騒な事したい訳じゃないんだ。」
もっとも、あの思い切り頭をぶつけた瞬間を見ているために気の毒ではあったが、喧嘩腰のままでは埒が開かない。
・・にしても、全く返事がないな。意地でも張っているのか?
「リザ!」
ルーミアと魔理沙が駆け寄ってきた。何やら慌てた顔だ。オレは一応相手を抑え込んでいる筈なのだが、まさかまだ隠し玉があるのか、とアリスに向き直る。
「・・ん?」
アリスは、カクンと頭を垂れ、体を震わせながら気絶していた。
―
「・・すまん。」
所変わって、ここはアリス宅。魔理沙とルーミアがソファでくつろぐ中、オレはアリスに頭を下げる。
「まさかアームロック一発であそこまで参るとは思わなかった。それに、その前も・・」
「アリスは体弱いからなー。」
「アンタも同じでしょ。魔法使い同士。」
魔理沙に向けてアリスがジト目で言い放つ。魔理沙はカカカ、と笑いながらテーブルのクッキーを口に放り込んだ。手を伸ばしかけていたルーミアが魔理沙を恨めしそうに見る。
「ま、話を聞く限り納得したわ。悪いのは魔理沙って事で。」
「何で私なんだよ!?」
「あはは、魔理沙、御愁傷様。」
ルーミアがからかうように魔理沙を指差す。オレは思うところが無いではないが黙っておいた。これを機に自分の運転を見直して欲しいものだ。・・・・ルーミアと帽子の取り合いに興じているあたり、期待出来なさそうだが。
「それで。」
アリスは小さくため息をつき、ヒラリとオレ達に向き直る。ルーミアに魔理沙はキョトンとアリスを見つめる。
「何の用で来たのよ。ただの観光?」
素っ気ない口振りで尋ねながらソファに腰を下ろす。魔理沙は思い出したように「ああ!」と手を打った。
「そうだアリス!お前に頼みがあったんだ!」
「だから何よ。」
身を乗り出す魔理沙に、憮然として返すアリス。ルーミアは二人の温度差を面白そうに眺めていたが、アリスは若干怪訝な顔をしている。・・オレも正直、嫌な予感がしないでもない。
「しばらく泊めてくれ。」
「・・・・は?」
―
「・・・・成る程ね。」
先程、アリスの目が点になったのを会話に割り込み、三人全員であの時の経緯をアリスに伝えた。ファーヴニルと戦ったこと、そして魔理沙の家の屋根が吹っ飛んだこと。
「つー訳でさ、悪いんだけど、修理の目処が着くまでで良いんだ。居させてくれ。」
全く悪いなどと思っていなさそうな顔で魔理沙は言った。むしろオレの方が幾分か真剣な顔をしていたかもしれない。ルーミアはつまらなそうにクッキーを摘まみながらチラチラと様子を窺う。
「・・はあ。」
アリスは先程より大きなため息をつくと、降参、とでも言いたげに両手をあげる。
「分かった分かった。少しだけだからね。」
「サンキュ!今度何かで埋め合わせするぜ!」
「期待しないで待ってるわ。」
魔理沙はパッと明るい顔ではしゃぎ回る。アリスはニコリともせず「やれやれ」と小さく呟く。
「ところでさ。」
「ん?」
アリスが不意にオレの方を見据える。いや、正確にはオレとルーミアを交互に見ていた。ルーミアも視線に気づいて首を傾げる。
「リザ、だっけ?私としては、そのファーヴニルの言ったことが気になるわね。
・・あんた達を連れていけば誉められる、って・・」
「ああ・・」
「ふーむ・・」
「んー・・」
全員が思案し、黙りこむ。やはり他人にも不可解みたいだ。オレ達自身にも、アリスや魔理沙からしてもわざわざ捕まえるような価値や理由がある存在には見えないのだろう。
「心当たりはある?」
アリスが神妙な顔で覗き込んできた。つい戸惑ってルーミアと顔を見合わせる。ルーミアは珍しく眉をひそめていた。何か本当の事をいうとまずいのか、と一瞬勘ぐったが、ルーミアはすぐに仕方なし、といった風にコクンと頷いた。いまいちよく分からないが、嘘を言う理由もないだろう。
「八雲紫、それに博麗霊夢とかいう二人組だ。」
「「!?」」
二人の顔色が一気に変わる。目を見開いて、信じられない、といった表情だ。
「あの霊夢が・・?」
「ちょっと、何されたのよ?」
アリスが食い入るように尋ねて来る。オレがいうよりも早く、ルーミアが口を尖らせながら喋りだした。
「いきなり『一緒にいない方がいい』とか言って襲いかかって来たのよ!何とか逃げたけど、冗談じゃ無かった。」
ブスッとふくれるルーミアを撫でて宥めながら、魔理沙とアリスに視線を移す。二人とも深刻な顔で視線をこちらに向けたり逸らしたりと忙しない。その間がなんだか堪えられず、オレから口を開く。
「なあ、あいつら何者なんだ?」
「あー、そのだな・・」
魔理沙が説明しようとするのを遮り、アリスが喋りだす。
「八雲紫はこの幻想郷の創始者にして管理者。博麗霊夢はその実力行使担当の巫女よ。二人とも大物。」
「何だって?」
思わず聞き返してしまった。そんな大層な連中に狙われる覚えは記憶の限り無い。しかし現に手を出してきたし、目の前のアリスは嘘を言っているようには見えない。
「何か危惧するようなモンがあるんだろーかね・・」
魔理沙がマジマジと見つめてくる。うっとおしく感じたが、今はそれを気に留める気にもなれない。
「・・・・」
アリスと視線が合う。無言で見つめあう事十数秒。髪をかきあげ、アリスが気を取り直すように言った。
「・・誤解にせよ何にせよ、関わらないのが賢明でしょうね。相手の立場上、下手に手を出すのは得策じゃないわ。」
そういったアリスは涼しい顔だった。それが少々引っ掛かり、つい口を挟んでしまう。
「待ってくれよ。以前は何の前触れも無かった。関わらないって言っても、向こうから来たらどうしようも無いんじゃないか?」
「ええ、分かってる。」
アリスはあっさり言い放つ。分かっているなら何故、と眉を潜めた時、アリスはその提案を口にした。
「・・あなた達は、地獄に行きなさい。」
―
「・・でな、無法者共が移り住んだのがその"旧地獄"って訳だ。」
既にオレンジ色に染まった空を、オレ達は魔理沙にこれから向かう"地獄"の事を聞きながら飛んでいた。曰く、地の底の街が事情で打ち捨てられ、幻想郷のしきたりが馴染まない連中が移り住んだ、という事らしい。
ちなみに今回は魔理沙との相乗りはアリスが却下してくれた。口に出しては言えんが有り難い。
「聞く限りじゃ物騒な感じだな。大丈夫か?」
前を飛ぶアリスに尋ねる。アリスは顔だけを此方に向けて答えた。
「大丈夫よ。話の通じないやつばかりじゃないわ。私なんかは脳筋っぷりが鼻につくけどね。」
少しばかり嫌みったらしく笑うアリス。というか、オレはそういう気質の連中に合うと思われているんだろうか、何となくは分かるが・・・・ルーミアは気にも留めていないようでノホホンとしながら隣を飛んでいる。まあ良いか。
「紫達妖怪は地底に立ち入れない決まりだからな。幾分かは安全だぜ。」
魔理沙が笑う。その時、目の前に見覚えのある山が見えた。
「見えたわよ。妖怪の山。」
アリスが言う。そうだ。今朝に見たあの山じゃないか。眼下には小さく紅魔館も見える。紫にかなり遠くへ飛ばされていたのだと実感する。
「リザ?」
「ん?」
ふと、下の方から声がした。振り向くと、ルーミアが浮かんだままオレを見上げている。その更に下には魔理沙とアリス。
「何してるの?一旦降りるわよ。」
「早く来いって。」
「お、おう!」
慌てて後を追って下に降りる。地面に着地したところで尋ねる。
「何で降りたんだ?」
「・・地底の入り口は山の麓なんだけどね。山には見張りが沢山いて、飛ぶと見つかりやすいのよ。」
「・・成る程。」
考えてみると、面倒くさい案内を頼んだものだ。魔理沙じゃないがいつかお礼しよう。
「じゃ、いくわよ。」
アリスの声に続き、四人で山に向けて歩き出す。視線の先に夕日に照らされた木々が見えてくる。
「・・・・お?」
突然、周囲が暗くなった。夕日が沈んだにしても急すぎる。四人揃って端と立ち止まり、キョロキョロと辺りを見渡す。
「私じゃないよ?」
ルーミアがオレ達を見ながら言う。いや、それは分かっている。しかし原因は・・・・
背後を振り向く。
「・・・・誰だ?」
黒く長い影をつくる、異様に大きくたくましい体躯のその男。手には大剣、古代の鎧の様なものにまた大きなマントを羽織っている。
そいつは、長い顎髭を弄くりながら低い声で答えた。
「んんー・・・・我輩の名はリトー。リザ、ルーミア、両名の身柄を頂こう。」